姿見
会わせ鏡
私は「タバコがなくなった」と言って買いに外へ出ようとした。
二人目の私は「お金はあるの?」と聞き、無いと答えたので千円札を持たせて私は家を出ようとした。
三人目の私が私を部屋から呼び止めて「靴は履いていけ」と、裸足で外に出ようとした私に忠告した。
四人目の私は浴室でシャワーを浴びながらイギー・ポップの「シスター・ミッドナイト」を大声で叫んでいた。
五人目の私は部屋の真ん中でドストエフスキーの「白痴」を読んでいた。
高卒の私には、その本に書いてある内容がさっぱりわからず、同じ頁の同じ文を何度も読み返し、十分ほど同じ頁を読み続けていた。
六人目の私は「お前には読むことができないんだよ。ばかだからさ、このばか!」と言った。
私と私が喧嘩を始めた。
私に千円札を持たせた私と、私に靴を履かせた私が止めに入った。
何とかして私と私を引き離した。二人は不完全燃焼で、なんだか煮え切らないようだった。
「お茶でも入れようか」
千円札を持たせた私はお湯を沸かすためにヤカンに水を溜めて、コンロの火をつけると爆発した。
十数分後、タバコを買いに出た私が帰ってきた。
部屋を見て愕然とした。
部屋にあった五枚の姿見が全て粉々に割れていた。
浴室にいた私に「私はどこへ行ったの?」と聞くと
「お前はここにいるじゃないか。ばかだな。とりあえず靴脱ぎなよ」
私は靴を脱いで玄関に置き、再び浴室へ戻った。鏡に写った私は話を続けた。
「孤独だからって鏡の自分に向かってベラベラ話しかけるのはやめようね。お風呂屋さんに行ったときは特に。あと、オチがつかなくなったからって爆発させるのもダメ」