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アレグサンダー視点です。
なんでなんだ。
俺はフターバル帝国皇太子アレグサンダーだ。
なんであんな魔女に凄まれたくらいで、俺の大事な唯の番を目の前にして、城に帰らねばならんのだ。
「殿下、お待ち下さいっ」
俺はガジュバルトの静止の声も聞かずに、竜体へと姿を変え東の砦を飛び立った。
俺の姿は、始祖王竜ディアベルに似ているとされる竜体だ。
とても大きい。
竜体になれば、馬車で何日もかかるような場所もすぐに飛んでいける。
その目は千里をも見通すとも言われ、地上にいる人の表情さえもわかる。
俺が東の砦に到着する直前に、視界の端でかすかにその少女こ姿を捉えただけでそこに自分の番がいるとわかった。
雷に撃たれたかのように、全身に衝撃が走った。
これが噂に聞く、唯の番と出会う瞬間というものかと、本能で納得した。
俺の相手もきっと衝撃に打ち震えているのだろう。
そんな想像をしながら、少女がいるだろう場所へと向かった。
けれど、番となる少女は別の意味で震えていた。
自分に見つからないように、隠れていたのだ。
ショックだった。
相手が人間だから、竜族の唯の番という運命を感じ取れないらしい。
さらにショックだったのは、俺の番になることを少女の母親に猛反対されたことだった。
唯の番は何人も介入できない関係だ。
この国の民ならそんな知識くらいあるだろうに、彼女の母親は俺を番に触れさせることさえ許さなかった。
「殿下、どうか冷静におなり下さいっ。父にも事情を聞かねばなりません」
休むことなく飛び続け帰城した俺の後を、息も絶え絶えでついてきたセイナムが声をかけてくる。
「お前の父親に使いを出せ。すぐに城に来るようにと!」
セイナムは俺から離れ、自宅へと使者を出すために詰め所に向かう。
俺は先触れを出し、この時間ならお茶をしているだろう両親に急ぎの面会を知らせた。
「まあ、随分と早かったわね」
夫婦の時間を楽しむ両親の元にやってくると、母であるこの国の皇后キャナリアが楽しそうに息子の俺を迎えてくれる。
「もう、番相手が見つかったの?私の言った通りだったでしょう」
鈴の音を転がすように、得意げに母が笑う。
東に行けば俺の唯の番に会えると示したのが母なのだ。
キャナリアは『竜族の巫女』と呼ばれ、竜族の中でも特別な力を有している。
始祖たる竜の声を聞き、また竜族の未来を導く役割を持つ。
その力は皇帝と同等の影響力を持ち、またある意味竜族は何人もその竜族の巫女の託宣を違えることは許されない。
「して、どうなのだ?」
父親であり、この国の皇帝であるハバードが、急に帰ってきた俺を見て驚きを隠せずに尋ねた。
「……番は見つかりました」
「連れて帰ってきてないの?」
母がこれみよがしに俺の後ろを確認してくる。
だが、俺の後ろにはセイナムしかいない。
不思議そうに母が首をかしげる。
「唯の番を見つけました。でも、番をきちんと申し込むことができませんでした」
「なんてこと!相手はどこのお嬢さんなの?」
「レイシア・アイグという令嬢です」
「まあ!」
母のわざとらしい驚きよりも、その隣で驚きで固まってしまった父の反応に、やはりと納得してしまう。
「レイシア・アイグはマーナ・アイグの娘だそうです。父上、俺はマーナ殿にレイシア嬢へ求婚することは許さないと言われました」
「あの子ったら、なんて失礼な!竜族の番の、それも唯の番の仲を邪魔しようなんて」
母が憤る。
「やめろ、キャナリア。マーナを責める資格はお前にはないだろう」
無邪気に怒りを表情に出す母とは違い、父の表情は険しい。
「キャナリア、少し席を外してくれ」
手を額に当てた父が母の退室を促す。
「アレグの番の話なのに、母の私を除け者にしとうとするの!?私の導きのおかげでしょ!!」
「キャナリア、後でまた場を設けるから」
父の説得に渋々母が部屋から出ていく。
母は自由奔放だ。
竜の巫女だから許されている振る舞いなのだ。
「アレグ、セイナム、座りなさい」
側に控えていた侍従が俺とセイナムが着席すると、お茶を置いて部屋を出ていく。
人払いされたということはそれだけ機密性の高い話なのだろう。
「陛下、マーナ・アイグが私の父とかつて恋人だったというのは本当なのですか?」
「あやつ…コーネシュタイン公爵から何も聞いておらんのか?」
「何も……」
セイナムの返答に、父が深い溜め息をつく。
「マーナ・アイグとアインシュブルグ・コーネシュタインはかつて結婚を誓う仲であった。しかし、実際に結婚したのはセイナムのは母ココーノだ。それは当時の皇帝マギート王が、カレント王国との戦争終結のために政略結婚させたためだ」
「政略結婚ですか?」
「当時、カレントの王女を娶ることができる者はコーネシュタインしかいなかったのだ」
当時、この国はカレント王国と長きに渡り戦争を行っていた。
強大な兵力を以てカレント王国を滅ぼすことはフターバル帝国には簡単なことではあったが、同じ竜族の国として、竜族の盟主たるフターバル帝国が叩き潰すことは同義的に無理だったのだ。
カレント王国との和平に際し、カレント王国の王女ココーノの嫁入りが約束された。
しかし、当時のフターバルの皇族には適当な男性はおらず、まだ皇太子だったハバードは竜の巫女であるキャナリアを妻に娶らなければならなかった。
そのため、貴族一位の公爵家で独身であったアインシュブルグ・コーネシュタインに白羽の矢が立ったのだ。
皇帝の命令に逆らうことが許されなかったアインシュブルグ・コーネシュタインは、マーナ・アイグと引き裂かれココーノ王女と結婚することになる。
「公爵は…アインは何もそなたに話してはおらんかったのか……」
父親の過去の悲恋を聞いて、セイナムはショックを受けているようだった。
それもそうだろう。
自分の母親が将来を誓っていた二人に割って入っていたのだから。
「アインはココーノを…セイナムの母君をとても大事にしていたのはそなたもわかっておろう。だが、ココーノ姫は亡くなった。それ故に、アインはマーナと再び共に在ろうとしていた。しかし、マーナは拒絶した」
「マーナ殿とコーネシュタイン公爵とのことはわかりました。では、レイシア嬢がセイナムの姉であるというのは?」
「マーナが人知れず産んだ娘がそのレイシア嬢だ。時期的にマーナの妊娠がわかったのは、ココーノ姫の輿入れの頃だろう。セイナム、お前の父親はココーノ姫に対して不誠実だったわけではないことだけはわかってやって欲しい」
ここまで事情を聞いても腑に落ちない。
何故マーナはあんなに俺に敵愾心を向けたのか。
「まだ、何かあるのではないですか?」
父をジッと見つめる。
「おそらく、マーナはキャナリアを憎んでいる。皇帝の命令を直接下した父よりも、きっとキャナリアを……」
「なぜ…ですか?」
「コーネシュタイン家は神竜の末裔とされている。だから、竜族同士から生まれた子供を作らなければならない。だから、アインとマーナが番うことは許さないと……」
「そう、母が言ったのですか?」
「そうだ……」
竜の巫女が許さなければ、竜族と人間が番になることはできない。
それは、結婚さえできないということだ。
自分の立場で考えたら絶望でしかないだろう。
俺はどちらかといえば母に似ているとされる。
そんな俺が竜族の番のシステムを盾にレイシアを得ようとしたのだ。
どんなに傲慢に写っただろう。
憎き女の息子が娘を奪おうとする。
拒絶されても仕方ないのかもしれない。
「そんな……」
俺は想像以上に重い過去に頭を抱えた。