5
母はいつものように家事をこなしていく。
そして、あっという間にお昼ご飯ができた。
「まずは食べましょう。話はそれから」
お腹が空いていては、まともな思考はできない。
私は言われた通りに食事を開始した。
思っていた以上にお腹は空いていたらしい。
おかわりもして、ペロリとご飯を平らげる。
「母さん……」
食後に淹れたお茶を手に、母を見つめる。
「ねぇ、なんでずっと父さんのこと、教えてくれなかったの?」
私が父のことを尋ねた時、父は死んだ、と言われたこともあった。
「レイシア。あなたの本当の名前は、レイシア・アイグ・コーネシュタイン。コーネシュタイン公爵の実の娘。私があなたの父親と恋人になったのは、セイナムの母親ココーノ様と結婚が決まる前だった」
当時の王と公爵、つまり殿下と私の祖父に結婚を反対された父と母は別れてしまったらしい。
「あの人いわく、私達は唯の番だったらしいの…」
哀しみの色を纏わせる母が、先程激怒した理由がわかった。
「人間と竜族が番になるには、竜族の王の許可と洗礼が必要なの。でも、私達の結婚は王には認められなかったから…」
父と母は番になることが許されず、離れるしかなかったのだ。
私を身籠ってしまった母は、ガジュバルトに保護され、ここで暮らしてきたらしい。
「何よ、それ……」
竜族にとっては命よりも大事な相手である唯の番を、王がその判断で引き裂いたなんて。
そんなひどいことはない。
竜族の番は、小説の題材として様々な恋の物語がある。
どんな困難な恋でも、番になれば二人は結ばれるのだ。
それなのに、父と母は結ばれなかった。
「色んな事情があった。それは仕方ないことだったとは理解している」
「母さん……」
「ごめんなさいね、父さんに会わせてあげれなくて。あの人、何度もここに来ようとしたんだけど……」
「母さんが辛いなら、私は会わなくていいよ」
昨日も今日も、あんな感情的な母の姿は見たことがなかった。
それだけ、辛く哀しい思い出なのだろう。
「さて、辛気臭い話はここまでよ。しばらく皇都に滞在するんだから、家のことをちゃんとしておかなきゃね」
食器を持って立ち上がった母は、いつも通りの母だった。
どのくらい家を留守にするかわからないから、やることはたくさんだ。
家の中のことは母に任せ、私は外に置いてある道具や干してある薬草を片付けていく。
庭で育てている薬草は、留守の間はと砦の人に世話してくれるように頼むらしい。
山に囲まれた家と砦を往復ぐらいしかしてこなかった私は、初めて皇都に行くので、実はちょっと浮かれている。
少しぐらい街中にいく時間ぐらいあるだろうから、買い物できるといい。
なんて軽く考えていた。
そして次の日、私達は荷物を持って砦にやってきた。
迎えてくれたのは、ダラッシュだ。
「ガジュバルト侯爵は殿下と共に先に経たれた。お二人を迎える準備をなさるようだ」
「あなたは?どうするんですか、ダラッシュ殿」
母はなぜかニヤニヤとからかいの笑みを浮かべている。
「私は行き同様に、竜に乗って帰るつもりです。籠を用意したので、あなた方と共に帰ります」
ダラッシュの言う籠とは、竜に騎乗する以外で竜に運んでもらうための移動手段として、人が入れる籠に乗り、それを竜に運んでもらうのだ。
「私は竜籠が嫌いなのは知っているだろう。あなたも連れて行ってあげるから、転移魔法陣の起動の許可が欲しいわ」
この国の人はだいたい竜で移動するが、魔法を使える一部の人は転移魔法陣で長距離を移動する。
しかし都市間の移動用の魔法陣は国が管理しており、許可がないと使用できない。
「あなたのことだから、許可はもうとってあるのでしょう?」
「もちろんです。私を連れて行ってくれるなら、同行者1名までの許可はもらってあります」
ダラッシュを連れていけば、転移魔法陣は使えるということだ。
「では、行こうか」
都市間の移動魔法陣は、私の家に繋がる魔法陣がある場所とは違う場所にある。
あれはあくまで私的に作られたものだから、人目につかない場所にあるのだ。
「お待ちしておりました」
魔導師を示すローブを着た人が頑丈な扉を開けてくれる。
ここに、都市間の移動魔法陣があるのだ。
普段は許可無く入ることはできない。
「私が転移魔法を使うから、あなた達は補助をお願いね」
「はい、マーナ様」
魔導師の二人が母に頭を下げる。
「では、私は先に戻っているから、追いかけておいで」
ダラッシュが置いていく自分のお付きに何事か指示している。
「準備できたわ」
私は母の分の荷物を持ち、魔法陣の中に入る。
母は魔法陣の中心で魔杖を構えてダラッシュが来るのを待っている。
「やれやれ…とんぼ帰りになるとはな」
「お前も耄碌したか?」
「冗談もほどほどに、マーナ殿」
軽いやり取りから、母とダラッシュはそれなりに仲が良かったのだろう。
「では、行くよ。まずはナルーガへ」
ナルーガとは、この東の砦から一番大きな都市だ。
カンッと母が杖を魔法陣に下ろすと、魔法陣が光り出す。
「出発だ」
私の皇都への旅は始まった。