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数刻後。
母には強力な眠り薬を与えて、なんとか寝かしつけた。
母を抜いた私達は、昼間の貴賓室にもう一度集まっていた。
「で、殿下……」
先にソファに座っていた私の横に殿下が腰掛ける。
「殿下はこっちにお座り下さい」
「何故だ」
「ちゃんと話を聞いて欲しいからです」
呆れと疲れを滲ませたセイナムが殿下を頑張って説得してくれたおかげで、嫌そうにでも殿下は私の前のソファに移ってくれた。
先程と同じように一人がけにガジュバルトが座り、空いている一人がけにセイナムが座った。
それぞれに紅茶が置かれ、人払いされて部屋には四人だけになる。
「レイシアさん、先程は混乱させる物言いをしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
セイナムが頭を下げた。
「いえっ…あのっ…。その、あなたが私の弟だなんて……」
「それは事実だ、レイシア」
小さい頃から私をかわいがってくれていたガジュバルトが肯定するなら、事実なのだろうと理解はできる。
けれど、突然現れた異母姉弟なんてそんなことにわかには信じられない。
「レイシア、お前の父親はコーネシュタイン公爵だ。マーナは今までずっとレイシアの父親のことは内緒にしてきた」
「そうなんですか…」
ガジュバルトに説明され、セイナムはしょぼんとする。
「僕はずっとマーナさんとその娘は行方不明だって父から聞いていたんですけど…。ガジュバルト侯爵のお側におられたということは、父は……」
「もちろん、あなたの父上はご存知だ。だが、コーネシュタイン公爵はここには立ち入り禁止になっている。その息子であるセイナム殿も立ち入り禁止にしていたはずなんだがなぁ」
ガジュバルトが腕を組んで唸る。
「立ち入り禁止…ですか?」
「母さんですね…?」
立ち入り禁止と言われて肩を落とすセイナム。
きっと立ち入り禁止にしているのは母だ。
それも、実力行使で立ち入り禁止にしているに違いない。
「レイシアの想像通りだ。マーナ、ここら一帯にコーネシュタイン公爵の侵入禁止の結界を張ってある」
「どうりで、今回の東の砦の立ち寄りを父が強く提案していたわけだ……」
正式な訪問者としてセイナムはやってきたので、マーナが作った特定人物を弾く結界で今回弾かれることはなかった。
「何やってるの、母さん…」
マーナ・アイグとは『東の魔女』と称されるくらい有名な魔法の使い手だ。
東の国境付近にあるこの砦一帯に結界を張り、守護の一端を担っている。
その結界を実は私情に使っていたらしい。
「で、レイシアがコーネシュタインの者で間違いないのだろう」
先程からずっと黙っていたが、視線は私に固定して私をガン見していた殿下が耐えきれないと口を開く。
「私はレイシアを連れ帰るぞ」
「それは、マーナが発狂しそうだ」
「それなら、マーナとやらも皇都に来ればよい」
ガジュバルトは皇太子として尊大な言葉を口にする殿下に頭を抱える。
「マーナとコーネシュタイン公爵の…レイシアの問題はそんなに簡単なものじゃない」
ガジュバルトが唸る。
「どのような事情があるのですか?」
私は今日、生まれて初めて自分の父親が誰か知ったのだ。
コーネシュタイン公爵。
それは、この国の第一位の貴族の名なので、貴族社会に詳しくない田舎暮らしの私でも知っている名だ。
「僕の母と結婚する前に、父とマーナさんは恋人同士だったんです」
そのくらいしか知らないと、セイナム。
「これ以上はマーナの許可を取らないと話せないから勘弁してくれ」
疲れたように、ガジュバルトがソファの背に体を預ける。
「だが、私とレイシアは唯の番なのだ。それを否定することは許さない。レイシアは人間だからまだそれを感じとれないのだろうが、直にわかる」
熱の篭もった視線が私を射抜く。
「レイシア?」
殿下がテーブル越しに私の方へと手を出す。
「触れてみてくれないか?」
そうすれば、私が彼の番かどうかわかるのだろうか。
私は厳しい表情をしているガジュバルトを見る。
ガジュバルトは口元に手をやり、私達を見つめているだけだ。
私は意を決して、出された殿下の上に手を重ねる。
「………?」
「何も感じないか?」
重ねた途端、殿下に手を握られてしまう。
私は驚いて手をひこうとする。
「レイシア…」
握っているのとは反対の手で、殿下が私の手を撫でる。
「レイシア……」
愛しそうに私の名をつぶやく殿下。
「やはり、竜性に目覚めなければ唯の番だとわからないのでしょうか」
困惑気味にセイナムが状況を確認してくれる。
残念ながら、私はただ少し硬くなった大きな男性の手に包まれているだけ、それが皇太子だから緊張しているだけ、の状況だ。
「俺は…すぐに…わかったのにな…」
少し哀しそうな色を滲ませ、殿下が手を離した。
殿下の期待外れのようで、とても申し訳なくなる。
「今日はもう遅い。ここでお開きにしよう」
「そうですね。明日にはダラッシュ大臣も到着されます。我々だけで話を進めるよりは良いでしょう」
そもそも、今回殿下達は隣国カレント王国への外遊へと向かう予定だったのだ。
外務大臣を務めるダラッシュ侯爵は、殿下達とは違い竜に騎乗してくるので明日到着する予定だ。
「外遊は取り止めだな」
「殿下……」
「そもそもがカレントには、嫁探しのつもりで行く予定だったのだ」
もう唯の番が見つかったので、殿下としてはこれ以上は嫁探しをする必要はない、ということだ。
そんなことで外遊が取り消されるのかは、私にはよくわからない。
「殿下、レイシアも疲れておりますから…」
一番疲れているのはガジュバルトだろうが、殿下が部屋を出なければ誰も退室できない。
「参りましょう、殿下」
セイナムが殿下を促す。
「では、また明日。おやすみ、レイシア」
「お、おやすみなさいませ、殿下…」
とびっきりの笑顔を私に飛ばしてくるのはやめて欲しい。
殿下は私が赤面したことに満足して、部屋から退室してくれた。
「レイシアも今日はここに泊まるといい。マーナのいる部屋を使ってくれ」
「わかりましたわ。おやすみなさい、おじさま」
私もさすがに色々ありすぎて疲れてしまった。
母もガジュバルトに挨拶をして、私は母のいる部屋に向かった。
「殿下、昔の因縁なのだ。殿下の番相手がレイシアならば、あなたは先王が…あなたの祖父とあなたの母がした罪からは逃れられない」
閉まっている扉に向かってガジュバルトがつぶやいたのは、誰も聞いていない。