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砦にある貴賓室。
ソファとテーブルが置いてある部屋に私達は移動した。
ひとまずは落ち着こうと、殿下の侍従らしき人が紅茶を淹れてくれる。
そして、殿下、私と母、ガジュバルトの前にそれぞれ紅茶が置かれた。
私は隣に座る母のを伺うが、母は紅茶に手をつけるでもなく目の前にいる殿下を睨み付けていた。
ガジュバルトは紅茶を一気に飲み干し、おかわりを所望している。
殿下は私と目線が合っては、ニコリと笑ってくれる。
どうにもいたたまれない。
「私からよろしいでしょうか」
殿下の後ろに立って控えていた金髪の青年が口を開く。
「貴女はマーナ・アイグ様とお見受けいたしますが…」
母は答えない。
いくらなんでも不敬すぎだろう、と私は自分のことでもないのに焦りだす。
「そうだ。彼女はマーナ・アイグで、その隣にいるのは彼女の娘のレイシアだ」
「そうか、君の名前はレイシアと言うんだね」
殿下が嬉しそうに私の名前を口にのせる。
「えっと…あの……」
横の母をチラチラと見るが、母は無反応だ。
「は、初めまして、殿下。私、レイシア・アイグと申します」
本当は立ち上がってきちんとお辞儀をするべきなんだろうけど、さすがにこんな雰囲気ではできない。
「レイシア、可愛い名前だね。私はアレグサンダー・ディアベル・フダーバル。アレグと呼んで欲しい」
私に向かってそう告げる殿下に、私は反応が困る。
ただの平凡な娘が自国の皇太子を愛称で呼べるはずがない。
「僕の名はセイナム・コーネシュタインと申します。殿下の補佐官をしております」
金髪の青年が名を名乗ると、横で母の体がビクリとした。
「お久しぶりにございます、マーナさん」
セイナムと母はどうやら知り合いだったらしい。
「初めまして、レイシアさん。僕は…」
「セイナム殿、おやめ下さい」
母の硬い声がセイナムの声を遮る。
セイナムが哀しそうな表情を見せる。
「セイナム、お前が知り合いなら早い。私はレイシアを番にするぞ」
殿下が立ち上がり、テーブルを回って私の側にやってくる。
そして私の手を取り、殿下が片膝をついた。
「レイシア・アイグ殿。貴女は私の番のようだ。どうか、私と共に生きてくれませんか?」
「えっ!?あっ、な……」
「殿下!」
殿下に言われたことまの意味が良くわからない。
番とは、竜においては伴侶という意味だ。
つまり、私は現在、殿下にプロポーズされているということ!?
「レイシア。貴女はようやく見つけることができた私の唯の番だ」
「唯の番ですって!?」
私の頭の情報処理が追いついてないのに、隣の母が鋭い声を出す。
「そんなこと私は認めないからっ」
そう言って、母は私の手を握る殿下の手を払いのけた。
「母親といえど、唯の番を邪魔することなど許されないぞ」
殿下の声が低くなる。
母は母で殿下を睨みつけている。
一触即発。
母は私を抱き寄せ、手を握りしめてくる。
殿下はそんな母に怒りを隠せていない。
唯の番。
それは竜にとってはとても特別なものだ。
番は竜の婚姻制度のようなものだ。
お互いがパートナーであるとマーキングする行為らしい。
竜族は高位であれば、複数の番を持つことが可能だ。
しかし、唯の番は違う。
生涯唯一無二の伴侶なのだ。
共に生き、共に死ぬとされるのが唯の番。
唯の番は伴侶への執着が半端ないときく。
身内であれど、触られるのさえも許せない場合もあるのだとか。
「殿下、マーナさん、落ち着いて下さい」
殿下の怒りにビリビリと体が焼かれそうになっていたところに、セイナムの声が割って入る。
「殿下はこちらに着席を。マーナさん、お願いですからレイシアさんを離して下さい」
殿下が渋々と先程座っていた位置へと思う。
母が私を離してくれたが、横で舌打ちが聞こえたような気がする。
母の横顔は、心なしか青褪めているように感じる。
「殿下、ひとまず番の話は置いておかせて下さい」
番の話が一番大事なような気がするのだが、セイナムとしてはそこではないらしい。
「マーナ、こうなってしまった以上は仕方ないだろう。殿下の唯の番がレイシアであるなら、きちんと話をすべきだ」
ガジュバルトにセイナムが勢いよく頷いている。
「よろしいですね、マーナさん」
「母さん…?」
母の様子がおかしい。
先程までの怒りの表情はなく、オロオロと視線を彷徨わている。
「お前が説明できないなら、俺がしよう」
いいな、とガジュバルトが母に聞くが、母はフルフルと首を横に振るだけだ。
「殿下、あなたのお探しであった番はレイシアさんで間違いないのですね?」
「そうだ。レイシアだ、間違いない」
「そんな……。何かの間違えよ……」
母が小声でつぶやく。
「殿下、そこにいらっしゃるレイシアさんは、私の姉です」
「は!?」
「えっ!!?」
殿下も私も予想外のことを言われ、口をポカンと開ける。
「どういうことだ?」
金髪の青年が私の弟なんて、衝撃の事実。
「母さん、どういうことよっ!?」
私は隣に座る母の腕を掴む。
「正確に言えば、私の異母姉です」
「コーネシュタイン公爵の娘ということか」
殿下はラッキーという表情を浮かべている。
しかし、私は困惑しっぱなしだ。
「じゃあ、私と結婚しても、なんら問題はないな」
うんうん、と殿下は一人で納得している。
「結婚なんかさせないって言ってるでしょう!!!」
母が立ち上がり叫ぶ。
「落ち着け、マーナ」
今にも殿下に掴み掛かりそうな母を、ガジュバルトが抑え込む。
「とにかく、今この場は一度解散してくれっ」
全身からゆらゆらと魔力を立ち上らせている母を見て、ガジュバルトがやばいと判断する。
「セイナム殿、殿下を連れて行ってくれっ」
「わかりました」
セイナムがチラリと私の方に視線を向ける。
「では、行こうか」
殿下が何事もないように、私の方へと手を差し出す。
「殿下っっ」
ガジュバルトが悲痛の叫びをあげる。
このままでは母が殿下を傷つけてしまう。
それだけは避けねばならない。
「殿下、大人しく出ますよ。マーナさんは東の魔女なんですからっ!」
セイナムは私に手を出して立ち止まっている殿下を強引に引っ張り、部屋から出ていった。