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これから次話投稿します。
空を見上げると竜の一群が飛んで来るのが見える。
「もう少ししたら着くわね」
今日は私のお手伝いしている東の砦に、我が国の皇太子が立ち寄ることになっていた。
「レイシア、あなたは竜舎の方を手伝っていて。くれぐれも表に出て、お客様にその姿を見せないようにしなさい」
そう私に言いつけるのは、私の母マーナだ。
母はここで竜の調子を診てあげる仕事をしている。
「いい、絶対に、大人しく、ここに、いてね!!」
一言ずつ区切って強調して、母は自分の仕事に戻るために去っていった。
なぜ、今日に限ってここまで言われるのかわからない。
今日もいつものように手伝うつもりだったのに、ここに来ることさえも母は拒否していた。
でも、流石に皇太子一行が来るので人手がいる。
そういうことで、渋々母に手伝いを認められたのだが、その条件が皇太子一行には姿を見られてはいけない、というものだった。
理由は聞いても答えてはくれなかった。
皇太子の前で粗相をしたら、首でもはねられてしまうのだろうか。
私は首をかしげながら、騎乗竜用の竜舎へと向かった。
バサッ、バサッ。
頭上を大きな竜が飛んでいく。
その一羽の竜と目があった気がした。
「気のせいよね…」
それよりも竜の一群が到着したのだから、こちらも用意をしなければならない。
今飛んで来た竜のために、高級な薬草を混ぜ、餌の飼い葉に混ぜた。
私の住む国フターバル帝国は、竜族が統治する国だ。
竜族は人間と同じように人形をしているが、高位の種であればあるほど長命で竜に変化することができる種族だ。
竜族でも人形しか取れない竜族もいるので、そういった人は普通の竜に騎乗する。
ここは竜と共にある国なのだ。
かといって、普通の人間もいるわけで。
私や母は普通の人間族だ。
ただ母マーナはちょっと特殊で、魔女と呼ばれるほどの魔法と製薬技術を持っている。
竜についての知識も半端なく、私は現在そんな母について修行中だ。
「よし、これで準備万端!」
竜舎は清潔だし、飲むための水はきちんと入れてある。
まあ、ここらへんはこの砦にいる兵の仕事だから私の仕事ではないのだけれど、それでも少しでも竜のことを知りたくてよく竜舎の世話をしていた。
今飛んで来た竜達がこちらに連れて来られ、休むだろう。
竜に異常が無いか母にチェックされた後、こちらに来る手はずだ。
「ん?もう来たのかしら……」
なんだか、騒がしい声がこっちに近づいて来ているような気がする。
「ちょっとお待ち下さいっ」
よく通るバリトンボイスはナッサム・ガジュバルトだ。
彼はここ東の砦の司令長だ。
「そちらはっ……でんか!!?」
焦るガジュバルトの声に混じり、ザッザッと砂を蹴る音が聞こえる。
こちらに誰か来るのだ。
私はハッとして、急いで竜舎の中に入った。
ガラッと脇にある通用口が開かれる音がする。
「お待ち下さい、殿下!ここにはまだ何もっ……」
竜舎は躯体の大きい竜のために、空間が広く取ってある。
そのため、隠れるところは少ない。
私は入口から見えないように柵の下にしゃがみ込んでいるが、近付いてくる足音が聞こえる。
ガジュバルトは先程、『殿下』と呼んでいた。
つまり、ここには今さっきこの砦にやってきた皇太子がいるということだ。
母には絶対に姿を見せてはいけないと注意されていた相手がそこにいる。
「そこに、誰かいるな」
姿勢が柵越しに私を射抜いているのを感じる。
「ここにいるのは、手伝いに来ている娘でして…」
「ガジュバルト、そこをどけ」
地面が足を踏む音が一歩一歩近付いてくる。
そして、私の横で止まった。
「何故、そこで隠れている?」
私は恐る恐る横に立つ男性を見上げた。
「あっ……」
赤銅色の髪に皇太子に相応しい装いを身に纏った男性がそこにいた。
「殿下!!」
怒声といっても過言ではないような声がガジュバルトから放たれる。
「きゃっっ!!?」
私はいきなり手を掴まれ、体を引き上げられ強制的に立たされたと思うと、なぜか抱き締められていた。
「……見つけたぞ」
私の頭の真上から、蕩けるように甘い声が降ってくる。
私の目の前にあるのは装飾が施された豪華な服と見事な赤い髪。
さっき見上げた光景が眼前にあるのかいまいち理解できてない。
「え…あ、あの……」
私は囲まれた腕の中から脱出したくて身をよじる。
けれど、逞しい腕は私を離してくれそうにない。
「君、名前はなんていうの?」
このままの体勢のまま、耳元で囁くのはやめて欲しい。
「その者の名はレイシアと申します。殿下、良いからレイシアを離して下さい!!」
「お前に聞いてなどおらんのに……」
私の代わりにガジュバルトが答えたので、声が不満そうだ。
「殿下!!」
しばらく離してくれそうにない雰囲気に私は体を固くしていたのだが、聞き慣れた声に私はまたモゾリと体を動かした。
「殿下、娘をお離し下さいっ」
母はそう言うなり殿下の腕を掴み、私を救出してくれる。
不敬ではないのか、という考えが一瞬よぎるが、今は解放されたことが嬉しい。
「殿下、私の娘がなにかっ!?」
母の後ろに追いやられ、私は母越しに先程まで私を捉えていた人物を見る。
赤銅色の髪に美麗な顔、筋肉がついた逞しい体に、皇太子として申し分ない気品。
そんな人がなぜ私を抱き締めていたのかわからない。
「それは私の番だ」
「はっ!?」
いきなり言われた言葉に、思わず驚きの声が出た。
「そんなこと、許すわけないでしょう!」
「貴女に許される必要はないと思うが」
皇太子が私の方へと手を差し出す。
「駄目よ、レイシアッ」
悲痛に叫ぶ母が私を行かせまいと抱きついてくる。
はっきり言って、状況がよくわからない。
私は助けを求めるようにガジュバルトの方を見る。
ガジュバルトは額に手を当て、眉間に皺を寄せていた。
「ひとまず場所を移しましょう。ここじゃ、埒が明かない」
ため息混じりに、ガジュバルトか提案した