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第七話 喧嘩するほど仲がいいようなもの。

 女子寮の中を歩いていくと104号室のあったあの空間ほど豪華ではないが、よく手入れがされていて住みやすい場所が広がっていた。寮に住む女の子は皆学校へ行ってしまっているらしくとても静かな空気に包まれていた。


「先程も少しお話しましたが、基本的に私たちが掃除をするのは廊下と、窓、あとはお風呂とかですね。ゴミ出しもしないと行けませんよ。それと、掃除ではありませんが、寮の設備に不備があれば困りますので定期的に点検を行います」


 説明をしながらでテキパキと窓拭きをして行く杏朱さんに習って、俺も隣の窓を拭いていく。


「あの、ここの寮母さんということは杏朱さんもやっぱり人外……なんですか?」


 杏朱さんは少しキョトンとした表情を見せたが直ぐに優しい顔に戻る。


「そうですよ。私はこう見えても蜘蛛、絡新婦の妖怪なんです」


 そう言って俺の持つ布巾に手を向けると、勢いよく糸がとび出て布巾を絡めとった。

 布巾はそのまま杏朱さんの手元へと運ばれていく。


「と、こんな感じです」


 そのまま俺に返してくれた。

 すげぇ……糸をあんな器用に使ってる。


「凄いですね……こんなに自由に使えるものなんですね」

「だって私の体の一部ですから。それで、陽介さんは……そう言えば人間種でしたよね」

「えぇ、そうなんですよ。だから、空も飛べませんし、手から糸も出てきません。もちろんしっぽが九尾も生えてるなんてこともないです。……けど……」

「けど?」

「学生の頃に体術を少し習っていたんです。杏朱さん、俺の右手を右手で掴みかかりに来てくれませんか?」


 俺は試しにと杏朱さんに相手をしてもらう。

 「いいですよ?」と構えを取る杏朱さんは少し嬉しそうだった。


 俺は両足を肩幅に開き、楽な姿勢になり右手を前に出す。それを確認してか、杏朱さんは俺の手を掴もうとしてきた。

 右手を掴もうと踏み出してきたタイミングで、左足を前に踏み出しながら掴みかかってきた杏朱さんの左手に右手を掴まれないようにスっと腰に引きつける。。すると掴もうとした手が無くなり、杏朱さんの左手はくうをつかむようになり力は行き場を失ってしまう。

 後は、この手を上から左手で掴み自分の右側の腰に巻き込むように引き付けると、杏朱さんの体勢は綺麗に崩れて、床に倒れてしまう――となれば成功なのだが、杏朱さんはするすると手から壁に蜘蛛の糸を伸ばすと、うまくその場から逃げ出してしまった。


「だ、大丈夫ですか?その蜘蛛の糸……さすが便利ですね……」

「ちょっと焦りましたけど大丈夫ですよ。それに、もうこの力とも長い付き合いになりますから。咄嗟に使うのも慣れたものです」


 自信たっぷりいとった風に言った後、少し照れた顔をしながら俺に話しかける。


「でも陽介さんのその体術には驚かされました……。危うく床にダイブするところでしたよ!その、他にもあるんですか?」


 あ、照れ臭くなったか、話題を変えようとしてるな……付き合うのも悪くないか。


「えぇ、さっきのは俺が身につけている技術の一つです。なので後いくつかありますよ。でも、人外相手には役に立たなさそうですね」


 苦笑いをする俺に「そんなことありませんよ」と杏朱さんは慰める。


「今の世の中は大体の人外が私や琥珀のように人間種に似通った姿をしています。大妖怪の烏天狗であるろうさんが力のほとんどを消費して妖怪種の姿を人間に近い形へと改変したらしいです。その反動で、もう妖術を扱えないのだと聞いたことがありますが……」


 掃除の間、まず妖怪種や幽霊種、幻想種とは一体なんなのか聞いてみた。

 杏朱さんによると、幽霊種と妖怪種は人間種が存在した辺りと同等の頃からいたらしい。人間種が死を迎えてもなおこの世界に未練があれば幽霊種になり、未練を解消すると空へ昇華される。だが、その未練が解消されなかったら?それは未練から力となり妖怪種へと生まれ変わることになる。


 中でも『トイレの花子さん』はいい例だ。

 元は人間だった女生徒が死後、トイレに憑き『トイレの花子さん』と言う名前で存在している。今では知らない人はいない程の妖怪だろう。元の世界にも『トイレの花子さん』というワードはあったが誰も信じていなかった。この世界には居るのだろうか。


 では妖怪種は幽霊種からしか産まれないのかと言うとそうでもないらしい。

 長い時を生きて妖怪へと変質していったもの、大切に使われたモノに意思が宿ったものなど、他にも様々な形で生まれてくるもの、だと言っていた。

 参考までにと杏朱さんに絡新婦の発祥を聞いてみると「長生きした女郎蜘蛛です」と教えてくれた。


 そして幻想種。これは純粋に人間種の豊かな想像力が生み出した産物らしい。

 例えばツチノコは、蛇がうさぎなどの小動物を胃袋に収めた所を見かけた人間が見間違えたものだ。見間違えたまま珍しい生物がいると話だけが一人歩きし、伝説となるのだと言う。


 仕事も終わりに差し掛かった頃、杏朱さんがふとこちらに顔を向ける。

 俺は額に少しだけ滲んだ汗を服の袖で拭きながら声をかけた。


「どうかしたんですか?」

「ひとつ、申し訳ないのですが尋ねたいことがあります」

「別に、俺に答えられる範囲であればいいですよ?」


 答えて都合の悪いことも特にないし。


「では……、あなたは、一体何者なんです?」

「何者、ですか?」

「えぇ。今日一日あなたと共に居て分かったのですが、やっぱり懐かしい香りというか雰囲気というか、そんなものを感じるんです」


 質問に少し頭を傾げる。懐かしいと言われても正直俺には心当たりがない。そもそも異世界で生きてきた人間なんだ。この世界に一切関わりがない。


「流石にこの世界に来るのは初めてですから、懐かしさを感じるものはないと思うんですけど……それとも誰かと似てるとか?」

「いえ……あの子にどこが似てると聞かれるとイマイチ答えられないんですが……強いて言うならあなたの持つ力や雰囲気?。あ、あの子って言うのはこのNATを作ったうちの一人なんです。随分前にここを飛び出して一体どこで何をしてるんでしょうね」

「そんな人と俺の雰囲気と……力?一般人ですよ、俺?」

「そうなんです。だから余計頭を悩ませてるんです」


 NATの創始者で俺と似た何かを持つ『あの子』。『あの子』が話に出る度、杏朱さんば寂しげにいている。


「……あなたにも心当たりがない以上仕方ありませんね。また、もしなにか思い出したり気づいたことがあったら私か琥珀に伝えてくれると嬉しいです」


 そう言い切ると時計を確認した杏朱さんはサッと身だしなみを整える。


「さて、今日のお仕事はおしまいです。陽介さん用にいくつかの作業は省きましたが他にも月一とかでしなくちゃいけないことや、寮生の要望に応えたりかはありますが、とりあえずはこれくらいです。なにか聞きたいことはありますか?」


 一つだけ、尋ねてみたかったことがある。ただの好奇心だけど。


「あの、答え辛かったら構わないのですが……『あの子』の名前を聞かせてもらってもいいですか?」

「そう……ですね。名前は『道春(みちはる)』と言います。苗字は聞いたことがありませんので恐らく名前だけなのでしょう。もし、心当たりがあれば教えてくださいね」


 優しさな笑みを浮かべた杏朱さんは「夕陽も窓から覗いてますしお部屋に戻りましょうか」と言って解散となった。


「道春……」


 ぜんっぜん聞いたことないわ!!一体誰なんだ、その人は。

 モヤモヤとしたものを抱えて俺は部屋に戻った。

 



「……は?」



 部屋に帰ると、中でふわふわと空を飛ぶ木乃葉と昨晩俺を縛った――桜娘と言った名前だったか、二人が相対していた。


「もう!今はお兄さんの部屋なんだから勝手に入ってきちゃダメって言ってるでしょ!」

「いや、だからあたしはお兄さんに挨拶しに来ただけっすから!」


 これは……止めたほうがよさげだな。


「木乃葉……何してんの……?」

「あ、お兄さん!聞いてよ、この子が急に『失礼するっすー』とか言って部屋に入ってきたの!」

「はっ!き、昨日のお兄さんっすよね!なんなんすかこいつ!?なんでお兄さんの部屋に女の子がいるっすか!」

「いや、それは俺のセリフだから……まぁ、二人とも落ち着けよ……」





「お兄さん、私紅茶かいいなー」

「あ、あたしは緑茶がいいっす!」

「どっちも捨てがたいけど……今日は紅茶だな」


 一旦二人をなだめた後、それぞれの言い分――というかなんで俺の部屋で二人が言い争っているのかを聞いてみる。三人分の紅茶を注いで机に並べてやる。二人は競うように紅茶に口をつけようとした。


「あ、その紅茶――」

「「あつっ!?」」

「熱いよって言いたかったんだけど……」


 遅かったみたいです。

 二人からめっちゃにらまれてるけど湯気立ってたからわかるよね。

 仲いいなこの二人。


「お兄さん酷い」

「舌がひりひりするっす……」


 急いで水をコップに入れて二人に渡してやる。

 あ、舌出して水にチロチロしてる感じ可愛い。なんかこう小動物みたい。

 っとそれより聞かないとなぁ。


「それで、桜娘さんだっけ?どうして俺の部屋に?」


 一度姿勢を居直し、尋ねてみる。まぁ、元は客室に急に入ってきた身だし私物も特にないから困ることはないんだけど。


「それはっすね、お兄さんに挨拶をしようと思ってきたんすよ!」


 ぐっと机越しに身を乗り出して目を輝かせる桜娘。


「昨日はごたごたしてお話もできなかったから、学校終わりに遊びにきたっす」


 確かに昨晩はあの後、天羅さんに運ばれてからあの四人組には会っていない。

 もしかしたら俺から菓子折りでも持ってありがとうと言いに行くべきだったか。


「昨日はありがとう。見ず知らずの場所であのまま誘拐なんて洒落にならないからなぁ」

「お兄さん昨日は何かあったの?」


 小首を傾げながら聞いてくる木乃葉に昨日の出来事を説明した。徐々に顔が引きつっていくのが見てわかる。


「お兄さん……なかなか面倒なことに巻き込まれてんのね」


 同情の声がシンプルに辛い。あぁ、なんでこんなことに。


「そ、そんな悲しすぎるお話はもういいっす!!あたしたちは人外が安心して生活していければいいって思いながら活動してるっす。だからお兄さんを助けたのもその一環っすから気にしなくていいっすよ」


 だけどそうなると……


「俺を助けに来た時は一体どんな依頼内容だったんだ?」


 俺に尋ねられると、少し思案した後に桜娘は少し声のトーンを落として話し始めた。


「実は、この支部に『名無し』という名前の女の人の声で電話が入ったらしいっす。なんでも、ある研究室に保管されている『片割れ』というものを手に入れるために、政府の駒が忍び込むからそいつらを捕まえてくださいっすって。だから、元々はその『片割れ』を確保する依頼だったっす」

「それで、その政府の駒が外に持ち出したのが『片割れ』なんて大層なものじゃなくて俺だったと」

「まぁ、そういうことっすね。結局『片割れ』がなんだったのかよくわからないっすし、そもそも電話リークしてきた女の人が誰か分からないっすから本当のところを確認する方法もないんすよ」


 苦笑いをしながら話を続ける。


「研究所の場所なんて関係者とか支部の人間しか知らないはずなんすけどね」

「ねぇねぇ、お兄さん」

「あ!?しまったっす!部外者に色々聞かれちゃったっす!!」


 あ、この子アホの子だ。……っても俺も木乃葉のこと忘れてたからバカにできないか。


「木乃葉、ここでの話、誰にもしないって約束できるか?」

「あたしからもお願いするっす!そうじゃないと紗苗さんにまた叱られるっす……」


「別にいいよ。喋らないでいてあげる」

「あ、ありがとうっす!よかったっす……」

「けど」

「けど!?何かあるっすか!?」

「今度買い物に連れていって!ずっとここに引きこもってたけど、私もオシャレしたいの」


 すごく切実な頼み事だった。


「そ、それくらいならいくらでも連れていくっすよ!次の休日まで待ってもらえれば一緒に行けるっす」

「じゃあ桜娘と週末に遊びに行くっと……。あ、お兄さんもちゃんと予定空けといてね。買い物に行くよ!」

「了解っす。楽しみにしとくっす」

「え、俺も行くの?」

「当たり前じゃん。お兄さんも着替えの服とか買わないといけないだろうし、ちゃんと来てね」


 勝手に決められた俺の予定だが、確かに俺の日用品が全然ないから週末に買い物に行こうと思っていたし。

 なにより、あんなに楽しみにな表情をしている木乃葉を見ていると行っても悪くない気分になってきた。


「分かったよ。行けばいいんだろ」

「物わかりがいいじゃん、お兄さん」


 その後は世間話をダラダラとしていた。本当に普段は人と接する機会がないんだろうな。木乃葉はずっと桜娘と仲良さそうに話していた。

 いつの間にか俺の桜娘の呼び方から「さん」が無くなっていた。


 ふと時計を見ると、晩御飯にいい時間になっていた。


「桜娘、そろそろ晩御飯だがどうする?俺は食堂に向かうけど」

「そうっすねーあたしも一緒に食堂に行くっすよ」

「二人だけで食べに行くなんて良い御身分よね。私は部屋でゴロゴロしてますよーだ」


 拗ねたように空中に寝転がる木乃葉にはお菓子で我慢してもらおう


「悪いな。帰りに何かお菓子を買って帰るから待っててくれ」

「お菓子……今回だけだからね!」


 あ、笑顔になった。単純だなー。


「お菓子で釣られるなんて単純っすいだいっ!?」

「単純じゃないわよ!」


 お、おう……。口に出した桜娘は迎撃にあったか。思ったことすぐ口に出したら危ないな。


「もう、桜娘は失礼ね!」

「わ、分かりやすい顔してる木乃葉が悪いっす!」

「そんなことないもん!」

「あるっす!」


 また始まったよ。この二人は喧嘩しないと落ち着かないのか?


「桜娘、俺はもう行くから、ついてこないと置いていくぞ。木乃葉もおとなのれでぃーなんだろ?なら落ち着けるはずだよな」


 そう言いながら部屋の外に出ようとすると焦った声が後ろから聞こえてくる。


「あ、置いていかないで欲しいっす!酷いっす!!」

「お兄さんに言われなくても私はおとなのれでぃーよ!」


 もう少しくらい待ってやろう、くらいには思える声だった。

お久しぶりです。お芋の人です。


……特に話すことがない!?

というか話す元気がない!


仕方ないので、この作品のキャラのネーミングについて少し。


この作品には妖怪や伝説上の生き物が多数出てきます。なので、名前をつける際もその人外達がどのような能力を持ち合わせているのか、どのような姿をしているのかで名前を決めています。


例えばNAT東京支部の寮母さんをしている八雲杏朱さんですが、蜘蛛の妖怪である絡新婦という妖怪なのは、本編でお話させて頂きました。


名前の付け方としては、蜘蛛なので八本足だから、八と、蜘蛛(雲)で八雲、とか蜘蛛の朱を取り出していい感じにこねくり回して杏朱さん、と言った具合です。


ですので、既に出てきたキャラクター達も名前に注目してみると、どんな生物が元になっているのか、分かるかもしれません。ぜひ探してみてください。


短いですが、あとがきはこの辺で。


次回もお待ちしております。

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