第四話 人外の住む世界にようこそ。
修正
6/12第五話との辻褄を合わせる為に加筆。本筋に影響はありません。
6/12なごみ→和
永化。
自分の知る元号とは異なるものを液晶を通して目の当たりにし、俺は動揺を隠しきれなかった。
「う、嘘だろ……?令和じゃない。えい……か、永化って書いてある……」
「そう。それが事実だ。そしてあんたがこの世界で生きていくためには受け入れてもらわなければならないことだ。だがあんたは運がいい。この世界に来てすぐに説明してもらえたんだ。転移者の中には何もわからない山中に飛ばされてそのまま……といったこともあると聞いている」
だけど……こんなのは……。
「正直なところを言うとね、別にあんたに信じてもらわなくても問題はないんだ。だが、ここにたどり着くまでに明かりの灯らない街や背中から黒い羽根の生えた天羅を見たんだろう?」
「え、えぇ。その羽根で飛んできただなんて今でも信じたくはない事態ですがね……」
髪が伸び蔓に変わる。
空を飛ぶ。
そして令和とも平成とも異なる元号。
気づきたくなかった事実。
だけど見てしまった以上受け止めるしかない。
ここは――俺のいた世界じゃない。
「彩春は……大丈夫かな……」
「いろは……あんたの家族かなんかなのかい?」
「まだ……家族じゃないです」
そう言う俺を見た玉森さんは、優しい目をしてふふふっと笑う。
「若いね。初々しさが懐かしく感じて、少し笑ってしまったよ。最も、私があんたくらいの歳の頃は腰を落ち着けるなんて考えはなかったがね」
そんな表情を見た俺は少し、ほんの少しだけ気が軽くなった。
ほとんど気のせいのレベルだろうけど。
だけどどうしよう。戻れないのは……相当きつい。
「そう沈んだ顔するんじゃないよ」
声にすっと顔を上げると玉森さんはスマホを手に取り何か外と連絡を取り始めていた。
暫くして小さく頷くと、助かる。と一言いい電話を切っていた。
「いま別の支部に確認を取らせている。見知らぬ女が迷い込んでないかどうかをね。NATは基本的にどの県にも一つ支部が設置されているから。まぁ後数分もあれば連絡が出揃うだろうね」
この人、どうしてそんなことを。見ず知らずの人間で、もっと言えば転移者だからこの世界の人間ですらないのに。
どうして俺に親切を売るんだ。
数分。普段なら別段気になることの無い時間なのだが、今だけは早く過ぎて欲しいと、そう願わずにいられなかった。
静かな部屋に着信音が鳴った。
「お、結果が集まったようだね」
彩春はこの世界に迷い込んでいないだろうか。
あいつ、人当たりはいいし、性格もいい。なんでもうまくこなすし……あれ?心配いらなくない?
そ、そんなことないさ!もし迷子になっていたら、支部の人が助けてくれるのか。あれ?俺いらなくない?
「おい、あんた」
「あ、はい」
「転移者らしきものはすでに警察に保護されているらしい」
血の気が引く。最悪の事態を想像して心臓の鼓動が早くなる。
「い、彩春ですか……?」
「いろは、とは女性なんだろう?」
「えぇ……」
「安心したらいい。保護されたのは男性、との連絡だ」
はぁ……、よかった……。彩春はどうやらこの世界には入ってきていないみたいだ。
ほんとによかった。
一気に緊張が解ける。そして力が抜け背中を背もたれに任せた。
「これで少しは気が楽になったかい。大切な人の安否はやはり気になるものだからね」
玉森さんの表情が少し陰りを見せた。しかしそれは一瞬のことで優しい笑顔に戻っていた。
「さて、少し気の緩みが見えてきたところであんたには確認しなければならないことがある」
「確認したいこと?」
「あぁ。あんたを一旦はこの東京支部で保護することにしている。寮もあるし食事も困らせるようなことはない。だけどね、決まって転移者としてこの世界に来るのが人間種である以上、転移者は政府に管理されることになるのが普通なんだよ」
転移者は人間種だけ。それは多分元の世界に存在しているのが人間だけだからかな。
そして玉森さんは政府と言った。ビルやこの施設を外から見て、薄々そうじゃないかなぁーとは思っていたけど、俺の世界の日本と文化レベルや統治体制はあまり大差ないような気がする。
「どうしてこんな話をしたのかというとね、あんたには決めてもらわないといけないからだ。この先、あんたがどんな道に進むのかを、ね」
働かざるもの食うべからず。自ら動かなければ社会では生きていけない。
この世界での振る舞いを考えろと言っているんだ、この人は。
「そう難しく考える必要はないよ。とりあえずこちらが提案できるのは三つでね、まずは日本政府に打診して政府のお世話になることだ。この場合は大体が政府の犬として妖怪種や幻想種とは敵として関わることになる」
「敵……?人間は他の種族と敵対しているんですか?」
「表向きはそんなことはない。社会では妖怪種も幻想種も溶け込んで生活している。見分けももうほとんどつきにくくなっているんだけどね。だが、それぞれの種族には種族ごとの言い分があるんだ。思想の固執というものは傍から見れば子供の言い合いのようにしか見えなくて笑えてくるよ」
意見の食い違い。そういうのは大体宗教が絡んでいるものだ、って聞いたことがあるけど種族間の抗争も似たようなものなのだろうか。
「結局のところ、どんな世界でも裏側には汚い大人の権力争いがあるのさ。権力者の身を守ってリスクの排除を行う。要するにボディーガードのような立場で働くことになる。もちろんしっかりと手綱は握られているし、裏切った場合は……ね?」
玉森さんの目線が冷たく俺を貫く。
ぬくぬくと大学生をしていた俺がいままで関わることのなかった世界は少し刺激的過ぎる。
「怖がらせて悪いね。だけどね、これも一つの道なんだよ」
「わかりました……。では二つ目は何なんですか?」
「そう急かさなくてもちゃんと話してやるよ。では二つ目の道を提案しよう。何ならこちらの方がきついかもしれないね。それは、このままこの世界に放り出される道だ。支部から出ていき、社会でもアウトローでも好きな場所で生きていく。一つ目の道と違い、自由は約束されたようなものだ。だがその代わり見知らぬ世界に一人心細く生きることになる。後ろ盾もないから万が一自分を守ってくれるものもなくなるね。自力で生きていくハードモードが好みなら是非こちらを選んでみるといい」
この人俺をビビらせようと面白がっているな。
こ、怖くないよ?これくらいなら。
「もうビビりませんよ」
「ん?そうか。実は転移者の中には一人で生きていきたいと言って政府に頼ろうとしなかったやつがいるらしいがね、そいつは数か月したら部屋に引きこもるようになったらしいよ。一体何を見たんだろうね。ずっと『なんでお前らがここにいるんだよ』とか『ここはおかしい、狂ってる』とか言い続けて最後には廃人のようになったって聞いたね」
「……」
「噂程度の話だよ。さあここまで不安要素しかないわけだが最後の道はいいぞ。そのあたりの不安は一切ないからね」
確かに先の二つの道は不安要素が強いように感じる。
とりあえず最後の道を聞いてから考えようか。
「三つ目の道。それは私達NAT東京支部で働いてもらう、だね」
「こ、ここで……?」
「あぁ、あんたにはここでNATの一員として私達と共に動いてもらうことになる。さっきあんたが私に聞いていたNATが一体何なのかもここで説明してしまおうかね」
NAT、それは俺を助けてくれたあの女の子四人組のリーダーっぽい子の口からも聞こえてきていた。
こんな夜中に女の子たちを活動させるってどんな組織なんだよ。
「NATはそもそも略称でね、正式名称は『Non human Aegis Team』と言う。まぁ名前の通り人ならざるもの、つまり妖怪種や幻想種、幽霊種の保護を行う組織だ。人間社会で溶け込み生活しているとはいえ、力の制御が難しい者や人間種が力を悪用しようと誘拐される者がいる。そういった人外の保護をするのがNATの活動ね。後は単純に人外が起こした犯罪の制圧も活動の一種になるね。一部の人外の行動のせいで私たち普通の人外の生活を脅かすことになるのを防ぐためだ」
「なら、俺を誘拐犯から助けてくれたあの女の子四人もNATの一員なんですか?」
「その通り。あの子たちはうちの二番隊に所属している。日中は学校に行っているからね、活動は夜が主なんだ」
そっか。もし会えたら挨拶くらいしとかないとな。
あ、あと感謝の言葉も大事だよね。
そういえばNATって人外相手って言ってたな。
「あの、NATって人間以外の相手をするんですよね」
「そうだね」
「それじゃあNATに所属しているのって……」
「あんたの想像通りだ。NATに所属している面々は全員が妖怪種や幻想種の子たちだよ。そうじゃなけりゃ人外の相手なんて務まらないからね」
「んな魔窟みたいなとこで働くんですか?」
「まぁそういうな。妖怪種、幻想種とは言っても見た目は人間種と大差ない。生活リズムも一部を除いて人間種と変わらない。いたって普通の生活が送れるはずだ。それにな……」
ここまで言って言葉を止め、玉森さんは声を小さくして俺に囁く。
「ここに所属する子たちは女の子ばかりだ」
え、女の子だけ……?そうかぁ、女の子だけかぁ……。
「とても……魅力的な提案ですね。少なくともファンタジックな世界が好みの転移者なら食いついてここにいついたと思います」
「そうだろう?あんたも興味はあるんじゃないかい?」
あぁ、種族が違うとはいえ女の子が多数所属するこの支部。異世界バンザイ男なら楽園だろう。
けど、異世界だろうと裏切るのはだめだよな。
「俺には彼女が、彩春がいるんです。そういう話は遠慮させてください」
「そうか。義理堅い男なんだね。異世界にまで彼女が来るわけでもあるまいのに」
「そんなのは関係ないです。彼女を泣かせるなんて、妖怪だろうと幻想の生き物だろうと男のすることじゃないでしょう?俺はごめんですよ」
そう言い切る俺を玉森さんは少し目を見張り、いいものを見たと笑顔になっていた。
「かっこいいじゃないか!あんたはよくできた人間だよ!――それで、あんたはこれからどうするんだい?」
さっきまで恋バナ好きの女の子のように話していた玉森さんの空気が変わった。
「色仕掛けにも似た誘いにのらなかったんだ。なら人間の犬として尻尾振って生きるのかい?それとも心壊れる独り暮らしを謳歌するかい?こればっかりはあんた次第だよ」
いやいや、選択肢って言ってもどう考えても一つしかないでしょうが。
裏稼業みたいな事させられるのは嫌だし心壊れるのは論外だろ。
消去法だよ。まぁむさくるしい職場よりいいだろうしね。
「ここでお世話にならせてください。まだ壊されるわけにはいきませんから」
「そう……か」
長い時間顔を俯かせ、思案するように手元のスマホを弄ぶ。ゆっくりと立ち上がった玉森さんはにやにやと笑みを浮かべていた。
「なら、まずは挨拶からだね」
「え?」
突然玉森さんの身体がオーラに包まれる。その光が収まると中から出てきたのは、背は先ほどの姿とは打って変わって高くなり、スタイルもそこら辺の女性では太刀打ちできるわけがないほどのものへと変わっていた。
そして何より目を引くのは、腰より少し低い位置から生える真っ白でふさふさな、いわゆる尻尾。それが九本生えていた。
「なっ!九尾!?」
「ほう、よく知っているじゃないか。九尾は有名なのかね?」
「も、元の世界で有名なマンガに出てくるんですよ。き、九尾が……」
「そりゃいい!あんたの世界の人間はよくわかっているじゃないか!――っと、少し興奮してしまった。すまないね」
そういって落ち着きを取り戻し、続いて話し出す。
「さぁ、あんたはこのNATで生きることを選んだ。だから私の本当の名を教えてやらないとね」
あ、玉森って本名じゃなかったんだ。
「人間種や幻想種と会うのは基本的に『玉森ようこ』なんだけどね、本来の名は『玉藻琥珀』。こはくさんだとか呼んでくれと言っているんだけど、支部の子たちは支部長って呼ぶ子が大半だよ。あんたも好きに呼ぶといい」
妖怪がいる世界なんだ、もしかしたらとは思っていたけどまさか玉森さんが……いや、玉藻さんか。
「それじゃ俺も先人に習って支部長にしますよ。にしてもどうして変化なんかを?」
「そんなもん、私の素性がばれないように決まってるだろ?これでも東京支部の長として仕事しているんだ。警戒はしておくに越したことはないだろう」
そう言われてみればそうか。だけど、平和ボケしたただの大学生に異世界の政治の話を持ち込まれても困る。
「まぁ挨拶はここまでにしよう。幸い寮の部屋に空きはあるから、今日からその部屋で生活するといい。和、長いこと待たせて悪いね。こいつを寮の空き部屋まで連れて行ってくれ。……確かあの部屋なら今からでも使えるかね」
「支部長、足が棒のようです。こちらの新人さんは寮まで連れていきますので、アイスが欲しいです」
そう支部長に主張するのは、俺を応接間まで連れてきてくれた後輩さん。なごみって言うのか。
茶道部とか所属してそうな名前だなぁ。
ずっと部屋の隅で待たせて悪いことしちゃった。
けど上の立場の人にああやって言えるなんて度胸あるなぁ。
「わかった。200円もあればコンビニで買えるだろ。ほら、私のポケットマネーだ。後で行ってきたらいい。後、これも」
支部長はそう言ってまた巾着袋を取り出し和さんに放り投げた。
「ありがとうございます。それでは案内してきます。新人さん、これから寮へ向かいますのでついてきてくださいね」
和さん、とっても嬉しそうだ。それじゃあ部屋を出る前に俺も挨拶を。
「支部長、どれほどの期間になるかは分かりませんがこれからよろしくお願いします」
小さくお辞儀をし、俺は和さんの後を追った。
▼
「あの椿陽介という男。どうしてはると同じ気配を薄らとだが感じたんだ。ま……?まさか……いや、そんな偶然はないだろうね。まぁなんにせよ……」
そう言葉を区切り、私は椿陽介が出ていった扉へ体を向ける。
そして、ここで生きていく人間種へ相応しい言葉を贈ろう。
「人外の住む世界に、ようこそ」
どうも、お芋の人です。
主人公はこの世界が元の世界とは似て非なる世界だということを支部長の玉藻さんから聞くことになります。まぁどう転んでもこの人外の世界で生きていくことには変わりませんが、選ぶルートで陽介のその後が変わります。大体は支部長が説明してくれたので省きますが、NATで生活していくルートが一番安全なのではと私は思っております。それに女の子いっぱいいるし。
ここで少し支部長こと、玉藻琥珀さんについて話していきます。
作中でも触れましたがこちらの方は白狐といって、妖狐や霊孤と同じ類いの生物です。
狐と言えば狸と並んで人を化かすのが得意、なんて言われていますが、人間を化かすのは低級の妖狐らしいのですね。
それに人間に厄災をもたらす狐は野狐といい、稲荷の眷属として働く霊孤とは大きな違いですね。
玉藻さんは名前の通り玉藻前から名前をお借りしました。
玉藻前は安倍泰成と呼ばれる陰陽師に対峙されたと言われていますが、作中の玉藻さんはそんな悪女ではありません。
ですが支部長としてNAT東京支部をまとめ上げ、人間種からの干渉を許さないその技術は油断できません。
陽介が政府の犬としてNATと敵対していれば、大きな脅威となったのではと思っています。
無駄話が過ぎましたのでお開きといたしましょう。
それでは次回もお待ちしております。