第三話 パラレルワールドのようなもの。
修正
6/7サブタイトルが仮名のままでしたので修正しました。
天羅に運ばれて到着した支部には、すでに人が待っていた。
俺は背負子ごと扉の前に降ろされそのまま地面に座り込む。
俺を降ろした天羅は一つうーんと背伸びをしてから待っていた子に話しかけた。
「男の人一人、支部まで輸送しました。待ってない?大丈夫?」
「天羅先輩、お疲れ様です。大丈夫ですよ。先輩を待つくらい何の問題もありません!!……あ、先に到着していた烏たちが連れてきた誘拐犯二人組は、一時的に牢に入れています。後、そちらの人間種の男の人はこちらで応接間へ案内しておきます」
支部の入り口で待ってたあの子、天羅の後輩さんかな。先輩って呼んでたし。
あ、天羅が俺のほうに歩いてきた。
「陽介さん。多分さっきの話聞こえてたと思うけど、陽介さんには私の後輩と一緒に応接間に行ってほしいの。私がついていければいいんだけど、先に到着した烏たちをこれから還してあげないといけないから」
天羅がいてくれれば少しは気が楽かもなんて思ってたけど、なるほどまだやることがるなら仕方ないよね。天羅の後輩さんは真面目そうだし、問題ないかな。
にしても――
「烏は普段は森かどこかに放してるの?さっき返すって言ってたけど」
「森?ううん。私の烏たちは特別だからいつもは冥界でのんびりしてるわよ。冥界に帰ってもらうから『還す』なの」
「こ、今度は冥界か……」
普通に生活してたらまず使うことのない冥界なんてワードを、こんなところで聞くことになるなんて思わなかったよ……。
空飛んでる最中も『妖怪種』だとかまだ二つ種があるだとか言っていたけど、やっぱりいるんだろうか、妖怪が。
「陽介さん、大丈夫?」
名前呼ばれてるの気づかなかった。
「だ、大丈夫。それじゃ俺は後輩さんに応接間まで案内してもらうよ」
「そう。ならいいの。じゃあ私も烏たちのところに行くわ」
「天羅、待って!」
そう言い残して立ち去ろうとする天羅を俺は呼び止める。どうしても伝えなければいけないことがある。
これだけは今、伝えないと。
「ん?どうしたの?」
「背負子から解放してください……」
▼
忘れててごめんねと、背負子と俺の足の縄をほどいた天羅は、少し照れた表情でばいばいと言い残し去っていった。
ちょっと可愛いとか思ってしまった。背中から真っ黒い羽根生やしてたのに。あまつさえそれで空飛んでたのに。明らかに俺の知る『人間』ではない。
そんな邪念を追い払った俺は、前を歩く天羅の後輩さんに俺の手を結んだ縄の先を引っ張られ会館の中を歩いていた。
入り口をくぐり、少し廊下を歩く。
あれ?会館こんな広かったっけ?もう会館の端につくくらい歩いたと思うんだけど。
「あの、そろそろ応接間につきます」
「少しいいですか?」
「なんですか?」
「もう結構歩いたんですけど会館ってこんなに大きいものでしたっけ?」
俺の疑問を聞いて後輩さんはくすくすと笑う。
俺変なこと聞いたのかな。やだ恥ずかしい。
「この会館、座敷童のひなこちゃんが管理しているんです。たまに家鳴といたずらして会館で遊びだすんです。それで会館の大きさが少しずつ変化していっているんですよ」
「へ、へぇ~。座敷童と家鳴がいるんだ」
「えぇ、ですからここで仕事をし始めたときはよく迷いました。今はもう慣れましたけどね」
も、もういいや……。だって聞いた?座敷童だよ。うちにも来てくれないかなぁ。
「着きましたよ」
後輩さんがそう言い中に案内してくれる。
いたって普通の部屋だな。ザ・応接間って感じ。
「もうすぐ支部長が来ると思います。それまでこちらの椅子に座って待っていてください」
そう言ってソファーを勧められた。まぁその支部長が来るまですることもなさそうだし大人しく待たせてもらうか。
部屋を見渡してみると、いや別に何かあるわけではないのだけど……
ん?棚の上に飾っている――あれは観葉植物か。葉っぱがすっごい揺れてるな。それになんか上から軋む音が聞こえる。
「不思議かい?その子は家鳴というんだよ。知らない人が来て興味津々なんだろね」
扉の方から声が聞こえてきた。
振り向くと背は低いがしっかりとした歩きでこちらに近づいてくる女性がいた。
「あ、あなたは?」
「急に話しかけて悪いね。とりあえず椅子に座らせてもらうよ」
俺が座る正面のソファーに深く腰掛け、温和な表情を浮かべている。
多分この人が支部長なのかな。そう思いながら目の前の女性を見ていく。
……少し顔にシワが見えるけど、それ以上に顔が整っている。多分昔はすごいモテたんじゃないかぁ。
「今でもモテモテだよ、人間の男の子」
ん、俺声に出したっけ……?
「こんな立場になって長くなるとね、顔を見るだけで少しくらいは考えてることが分かるようなるんだよ」
やっぱり支部長はそれなりに大変な立場なのかと驚いていると、女性はいたずらが成功したと言わんばかりに表情を崩す。
まるでいたずらが成功したと言わんばかりのものだった。
「わるいねぇ。私と初めて会う人は大抵が容姿に目が行くものだから。こうしてお客人を驚かせるのが私の楽しみの一つなんだ」
「驚きました。てっきり俺の考えていることが分かるのだと騙されました」
この人、支部長なんて肩書なのだからてっきり硬い人なのだとばかり思っていたけど、笑顔は柔らかくラフな性格の人なのかもしれない。
「さて、あなたについて聞かせてもらう前に自己紹介をしようか。私はNAT東京支部の支部長をやっている玉森ようこと言う。……普通の名前だと思ったね?」
「顔に出てましたか?」
「いやぁ、みんなそう言うんだよ。普通だとか地味だとかね」
「それは失礼しましたよ」
「いいさ、気にしなくてもね」
ではこちらも自己紹介を。
別に隠すような名前でもないし正直に。
「それじゃあ気を取り直して。俺は椿陽介と言います。気絶して、誘拐されて、ここまで連れてこられました。……ところで支部長さん」
「玉森でもようこでも好きに呼んでくれたらいいさ。それで、なんだい?」
「それじゃあ玉森さんでお願いします。あの、NATって、一体何なんですか?」
俺の言葉を聞いた玉森さんは困った表情をする。
「あら、NATを聞いたことがないのかい?日本に住んでいるのなら誰もが知っているはずなんだがねぇ……。もしかしてあんたは記憶喪失にでもなっているのかい?」
「いやー、さっき天羅にも聞かれたんですけど記憶はしっかりありますよ」
「天羅に運んできてもらったのか」
「えぇ、背負子でここまで運ばれましたよ。あ、その時に話を聞いたんですけど、人間種と妖怪種が喧嘩してるとかなんとかって。妖怪がいるなんて言われてびっくりしましたよ」
光が夜でも都市を照らし、暗がりの数はほとんど無くなった日本。
幽霊や妖怪などの属に言う化け物と呼ばれる者たちの住む場所はもう無くなっていた。
それに加え発展した科学によって存在が否定され続けたことにより、日本の社会でも化け物を信じる人は減少し、化け物など存在しないという考えが常識となっていた。
俺の言葉を受けて難しい顔ををしていた玉森さんは、次第に信じられないものを見た表情を浮かべていた。
「どうかしました?」
「なぁあんた、一つ聞きたいことがある」
すごく真剣な顔してる。なんかあったのかな。
「なんですか?」
「日本の今の元号を言ってくれないか」
肩透かしを食らった気分だ。眉間にしわを寄せて言うものだから重大なことなんだろうと思ったのに。
年号くらいいくらでも言うよ?
「最近令和に変わりましたよ。数か月前までは平成でしたけど」
「あー……やっぱり……」
「や、やっぱりってどういうことですか?」
どうして玉森さんが、あっちゃーみたいな顔をしているのかピンと来ない。
「落ち着いて聞いおくれよ。多分、これから話すことは信じられないことばかりかもしれないけど、全て事実だよ」
「わ、わかりました」
「まず初めに、この世界には異界の人間が紛れ込むことがよくある。そうして紛れ込んだ人間は転移者と括られるのだけどね、この世界の住人と話をすると一様にこう言うんだよ。『妖怪なんているわけない』、『伝説の生き物なんて想像の産物だ』って」
俺もそう考えた。妖怪も化け物も存在しないのは当然のことなのだけれど。
だけど俺はまさにさっきまで天羅さんに運ばれていた。烏たちに運ばれた誘拐犯達は百歩譲って相当に訓練された烏が運んだ、と言い訳できる。だけど俺は違う。天さんの羽根で飛んできたのだ。信じざるを得ない。
「たまに紛れ込んだ人間の中にも適応力というか妖怪種や幻想種を信じてくれている人が来るんだけどね。だけど頭の固い奴らはやっぱりいてね、どうしても信じてくれないものだった。あぁ、妖怪種は妖怪と、幻想種は想像から生み出された生物たち幻想の種と、言った感じに名づけられているよ。そんな者たちと交流を重ねていったこの世界の住人は、転移者のいた世界と私たちの世界との違いに気づいたんだ。それが元号。この世界は明治から大正、昭和と歩みをすすめ、次の元号に変わり今は三十一年の時間が流れている」
三十一年。確か元号はこの前新しく……令和だ。令和元年が俺の知っている元号だ。
にしても元号が違うって何を言っているんだこの人は。昭和の次は平成、そして令和に変わったはずだ。
「私たちの世界は昭和の次の元号を、永遠に進化を続け、発展を止めない、と意味を込めて『永化』とした。これが転移者と異なる点なんだよ」
「そ、そんなわけないだろ?昭和の次は平成だ。最近令和に年号は変わったが永化なんて聞いたことない……」
「だがこれがこの世界での元号だ」
「そうは言っても……」
「信じられないか?ならあんたスマホを確認してみな」
そうだ!スマホで連絡とってネットで色々調べて――って研究所みたいなところで奪われたんだった……。
「俺が捕まっていた研究所みたいなところで奪われたか何かで、今手元にないんですよ」
「あぁ、それなら多分……」
玉森さんが懐からきんちゃく袋を取り出しその中を探ると――
「あったあった。これのことだろう?」
そういった玉森さんの手には確かに俺のスマホが握られていた。
「そ、それです!ってなんでもってるんですか?」
研究所で盗られたはずなのに!それに鞄まで出てきている。
きんちゃく袋より大きいのに。どうなってんだか。
「あんたを回収しに行った隊とは別に、研究所の制圧を任せていたんだ。その時に拾ったって回収してくれていたんだよ」
「わかった。それで納得しますよ」
受け取ったスマホで今の元号を確認する。
玉森さんの言葉を信じたわけじゃない。だがそんなわけないと否定したいがために検索をかける。
徐々にスマホを握る手から嫌な汗が流れる。
そして見たくはなかった文字が映し出される。
『永化三十一年五月――』
「あっ――」
平成でもましてや令和でもない、俺の知らない元号『永化』の二文字がありありと画面に表示されていた。
どうも、お芋の人です。
今回では陽介が元居た世界との違いを知ってしまうお話となります。
突然見知らぬ環境に放り出され、独りになってしまう状況というのは心細いものですね。
私が子供の頃ですが好奇心の塊みたいな生き物だったのです。
そんなクソガキ……失礼、やんちゃな子供だった私は親との旅行先で、自分の興味のあるものに惹かれて迷子になったんですね。
興味の権化みたいになっている間は全く問題はないのですが、ふっと現実に戻されることがあるんです。
その時言いようのない寂しいというか、何かマイナスの感情が襲いかかってくるんですよ。
まぁこれが怖い。全く分からない土地に、周りは背の高い知らない大人ばかり。
心細い、なんて言っている場合じゃないくらい怖さとか色々襲いかかってくるんですね。最後は親が見つけてくれて事なきを得ますがね。
この時子供ながらに決心するんです。もう二度と親から離れない!!って。
次の日馴染みのスーパーで迷子になっていました。
バカですね!!
そんなことは置いておいて、陽介はそんな独りぼっちの状況で立ち回らなければなりません。
この世界での振る舞いをゆっくり考えてもらって、次回に期待を馳せていただきましょう。
今回はこのあたりで失礼しますね。
次回もお待ちしています。