第一話 二度あることは三度あるようなもの。
修正報告
5/29 ちゃん→ちゃんと
大学の講義を終えて、帰り道はもう夕日は落ちあたりは街灯が点き始めている。二本の長い影が横に並んで伸びていた。
「あの教授意味が分からん。何が『研究室掃除しといてね~。僕この後用事あるんだよ~。』だ。俺は召使かいじゃないのにさ……疲れた、背負ってくれ彩春」
「まぁそういわずにね?話し相手になれっていうからわざわざ私も来てあげたんだし、この後ご飯でも食べにいこ?あと、あんた背負ったらあたしが潰れるわ」
「じゃあ引きずっていいいからぁ……」
横を歩きながら俺を晩御飯に誘ってくるこの子の名前は魚海彩春。大学で知り合ってからよく遊ぶようになった女の子で、俺の彼女だ。基本スタンスがめんどくさいで構成されてる俺に比べて明るく、性格もいい。面倒みもよくて、周りの女の子よりよっぽど顔も整っているんだから他に引く手数多だろう。なぜ付き合ってくれているのか、付き合い始めて三年目になるが今でも疑問だ。
頭を垂れながらそういう俺に、ため息を寄こすだけで全く取り合わない彩春に少しの悲しみを覚えるが、これもいつもの二人のノリだから気にしない。いや、ほんとに気にしてないよ?
「はぁ。ま、片付けも手伝ってくれたし、晩御飯はおごるよ。何食べたい?」
「んーそれじゃあいつものファミレスにしよ。帰りにコンビニでアイス買ってくれるまでがセットね」
「ゴリゴリ君のコンポタ味でいい?」
「それこの前食べたけど滅茶苦茶不味かったからダメ!」
「食べたんだ、勇者だな」
「だ、だって珍しかったし……」
こいつは珍しいものには目がない。もう少し言うなら新作のお菓子に滅法弱いのだ。新作のお菓子が出れば「これ買ってみたの!一緒に食べよ!」と用意されるお菓子を食べるのが何気に俺の楽しみになっているのだがそれは言わない。いや、もしかしたらもうバレているかもしれないけど。大半がケーキやアイス、お菓子の開拓に費やされるデートも割と気に入っていた。
大学から徒歩で十分ほどの場所にあるファミレス。近い、早い、安い、そして何より美味いがそろっているためこの店は付近の学生たちから重宝されている。この店に向かうには、俺が大学に入学したころから既に工事中の看板が立てられていた道があるのだが、工事前はそこを通るのが近道になっていた。未だに終わる気配がないその道を横目に通り過ぎようとした時、異変は起こった。
「あ、今日はもう工事の人達いないんだね。この時間通ったらいつもはまだやってるのにね」
「まぁたまには現場の人も休憩がないとやってられないんだろ。休憩は大事だ。俺も大学を休憩して――」
「ダメだよ。ちゃんと卒業して一緒に住むんだから」
「はい」
「その……ところで陽介。あのもや……なに?」
陽介とは俺の名前なのだが、彩春に言われて工事現場内の奥に続く路地を見る。よく見なければ分からないが、確かに霧のようなもやが路地を覆っていた。
「ちょっと見に行ってみるか」
単純な好奇心。それは時に猫をも殺す。ちょっと陽介、やめときなよ。と止める彩春の声は、この時の俺にはほとんど聞こえてなかった。ゆっくりと黒もやに近づいていき、もう少しで触れられると手を伸ばした瞬間、突然後ろから肩に手をかけられた。黒もやに意識を取られていた俺は、一気に意識が引き戻されとっさに振り向きながら後ろに下がる。そこにはふくれっ面をしながら立っている彩春の姿があった。
「い、彩春……?」
「もう!何回呼んでも返事しないんだから。そんなのほっておいて早くいこ?」
いやあんたが先に反応したんだろうに。などと言い返した日には焼肉の刑に処されるのは目に見えている。大人しくついていこう。
「悪い。それじゃさっさと行くか」
「うん。それでいいの。ほら、それより早く行かないとお店混んじゃうよ!いそご!」
「はいはいわかりました――」
「陽介後ろ!!なにか来てる!!」
彩春の切羽詰まった声と表情が、俺が残せた最後の記憶だった。後ろを振り返る余裕はなく俺の視界は暗転して意識を手放すことになった。
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「……ん?」
目を覚ますとそこは異世界でした。と言えればどれだけ良かったか……。あたりは草原に囲まれて目の前にはスライムが――とか、足元には魔方陣、前を見ると着飾った王様らしき人物が――とかの方が気分的には楽だったよ。だってファンタジーに召喚はつきものだから!なのに……なのになんで俺は真っ白な部屋の中心でベットの上に寝かされているんだ。
確か……俺は彩春とご飯を食べに行く途中で……。あの黒もや、なにか関係あるのか?それより……ここに彩春は居ないみたいだな。多分これは誘拐だ。もしかしたら別々の場所に連れていかれたのかもしれないけど、巻き込まれていないことを願って。
さぁて、自分のことを考えよう。急に意識を失ってここに来た。まず自分の状況を把握するところから始めよう。自分が寝転がっているベッドは普通の形をしている。わかりやすい例でいえば病院のベッドのもっと簡易なやつ、とでも言おうか。特に体に異変はなく注射の跡とかも見つからなかった。
少しずつだが辺りを見回して見たけど……。うん、白いや。所々変なシミはあるんだけど、掃除してないのかな?えんがちょ。……あれ?よく見たらあの壁だけ色が違う。あ、いや、シミの色とかじゃなくて、純粋に壁紙の色が違うというか……少しくすんでいる。
はぁ……めんどくさいなぁ。けどこれ多分、このままここにいたら普通にやばいよね。部屋の外からは足音も聞こえないことだし、あのくすんでいる壁を少し調べてみるか。扉かもしれない。
扉なら外に出られるかも、と淡い期待を込めて調べてみた。結果から言うと扉ではあったのだが、取っ手がない。押しても引いても扉が開かず、途方に暮れる中『TOUCH』の文字が書かれているのを見つけた。その少し上には掌をかたどったような模様が描かれていて、俺はそこに手を乗せた。
『――認証確認を行います』
『――ピー――』
『――登録されたものと異なります。認証に失敗しました』
「これ生体認証ってやつか」
これはダメだ。ここの人間じゃないと開けられないみたいだ。一旦ベッドに戻ろう。
取り敢えず自力で出ることを諦めて……スマホは何処にしまったっけ。普段から右ポケットに……あぁ、今日は巾着に突っ込んでたの忘れてた。手元にないってことはこれ多分奪われてるか落としたか、まぁ奪われたんだろなぁ。ということはやっぱり誘拐か何かか。もちろん普段使いのポシェットも回収されてるみたいだ。服は、気を失った時から変わっていないようだ。
次にさっきの生体認証だが、これを見てそろそろ俺も気づき始めた。たぶん異世界に転移とかをしてるわけではないなと。だって生体認証だぞ?異世界に定番の『中世レベル』ならこんな技術は発達していない……と思う。この施設?が一体何なのかさっぱりだけど、施設の人間がこの部屋に来るまでは俺にできることはなさそうだな……。
少し不安はあるけど、騒ぎ立てて施設の人間に不審がられるより黙って機会をうかがう方が、この先万が一の時にうまく動けるだろう……という言い訳をしてゆっくり休もう。実のところ考えるのに疲れただけなのだけど。
結局施設の人間は誰も来なかった。部屋の外からか足音は度々していたのだが、扉を開けてこの部屋まで入ってくることはなかったから外に出られない。性格上、じっとして何もせず無駄な時間を過ごすのは得意なのだが、さすがにこの真っ白な空間に何時間も閉じ込められ続ければストレスもたまる。正直今が何時かくらい分かれば幾分かましにはなるのに――。
「はっ!!」
めっちゃ寝てた。何もなさ過ぎて退屈に押しつぶされかけてた。もう殆ど気を失うくらいの勢いで寝てしまった気がする。
「そろそろ誰か来てくれないかなぁ。監禁してきた張本人でもいいからさぁ……」
さすがに言い過ぎたけどそれくらい暇をもてあそんでいたのだ。
静かで時間の進まないこの空間は唐突に壊される。
『――認証確認を行います』
「え、今!?」
急だな!いや確かに誰か来てほしいとか思ったけど。せめてもう少し頭が冴えてから来てくれてもよかったよね!?
『――ピー――』
「いやまってまってまって!!」
『――認証成功しました』
「おう……」
カチャ
あぁ、開いちゃった。ということは誰か人が――来た。
「三島さん、対象は目が覚めているようですよ。ほら、豆鉄砲を食ったような表情をしてます」
扉を開け、俺の前まで歩いてきたのは真っ黒な衣装を着た大柄な男。奇妙な仮面をつけ素顔を隠している。それの顔を覗き込んでから後ろを振り向き誰かに話しかけていた。反応したのは小柄な姿をした女。こちらもやはり黒蓑に身を包み、男のものとは少し模様の違う仮面をつけていた。
「待ちなさいよ。あんたは歩くのが早すぎる。もう少しあたしに合わせようとかって気にはならないのかしら」
「すみません。ゆっくりとした歩調になるよう努めていたのですが、一歩が大きくなってしまっていたようですね。股下の長さは変えようがありませんが、善処はします」
「絶対気を付けるつもりないわよね、あんた。いつか痛い目見るんだから。そもそもあんたはね……ん?これは何?」
女は俺に気づいたのか急に言葉を切り、仮面の奥からこちらを見つめながら大柄な男に尋ねている。
「な、なんなんだ?あんたらは」
「この男は今回の輸送対象ですよ。あなたは本当に顔を覚えるのが苦手なんですね。依頼主から対象の顔写真、渡されていたでしょうに。鳥頭ですか」
「な、なぁ。ここは何なんだ?」
「あんたはいっつも一言余計なのよ。今回は少し忘れていただけなんだから。ほら、対象が見つかったんだしさっさと連れ帰るわよ」
慣れない……というか慣れてたらおかしい監禁で気がたっていた俺は普段は出さないような怒鳴りにも近い声が出てしまった。まるで俺がいないかのように話し出す二人にいら立ちを隠せなかったのだ。
「おい!反応しろ!さっきから声かけてるだろ」
「あんたうるさい。少し黙ってなさい」
言葉と同時に女の姿が掻き消えたと思ったら耳元で舌打ちが聞こえてきた。そしてそのまま――。
俺はまた意識とさよならをしたのである。
あ、どうもお芋の人です。
私としては
異世界転移わっほーい!!、とか
さよなら日常。ウェルカムファンタジスタ!!
なんて叫びたいところなのですか、主人公こと陽介の紛れ込んだ異世界は異世界っぽくない異世界です。
さて、無事巻き込まれることを回避した彩春はある場所に駆け込むのですが、また話を進めることで明らかになると思います。更新されるお話を読みながら、予想を立てていただけると嬉しいです。
次回からは陽介が迷い込んでしまった異世界がどのような世界なのか少しずつ説明していく予定ですので、今後ともよろしくお願いします。
P.S.誤字脱字の報告や感想をワキワキしながらお待ちしております。