第九話 言葉は慎重に選ぶようなもの。
夢を見た。
元の世界での出来事を俺は上から見ていた。よくある第三者視点の夢だ。大学の講義でたまたま隣に座っていた女の子に声をかけられたんだ。
「消しゴム、貸してくれない?」
可愛いと部類するには充分な程整った顔立ちの女の子だ。近くを通るとするいい匂いに絆される間抜けな男は少なくない……らしい。
急なことだったが、ホワイトボードの文字を取るに必死だった俺はそれ所ではなかった。
理系の大学に進んだために女の子に話しかけられることなんて数えられるほどしか無かったのに、……素っ気ない返事を返すしかできなかった。
「これ、使っていいよ」
これが初めての会話だった。この後成り行きで近くのラーメン屋に行った。女の子と二人で行くのに色気も何もあったもんじゃない。まぁ緊張でそれどころじゃなかったけど。でも彼女はあの時楽しそうに俺と話をしてくれた事をよく覚えている。
それで、ラーメンを食べ終わってから気づいた。あ、この子の名前知らないわと。
どう聞こうかと頭を悩ませていたら彼女が俺に声をかけてくれたんだ。
「椿くん、頭抱えて……大丈夫?」
「あ、いや、なんでも……ん?なんで俺の名前を?」
俺、名前言ったっけ……?
彼女はクスクスと笑った。イタズラが成功した、みたいな笑い方で嫌な気は全然しなくて。
「消しゴム、貸してくれたよね?書いてあったよ、名前」
慌てて俺は筆箱から消しゴムを取り出して確認した。大学生にもなって名前なんて……書いてたわ。結構くっきり『椿』って書いてあるや。
「どうも、椿です」
どうしようもなくて照れながらそう言うしかなかった。
「俺だけ名前知られてるのはなんか不公平な気がする。名前、教えてよ」
そう言う俺に、一つ深呼吸をした彼女は分かったと言いながら居住まいを正した。
「私は魚海。魚海彩春って言うの。よろしくね」
これが彼女との出会い。
懐かしかった。それと同時に、もう会えないかもと考えてしまうのも仕方ないことなのだろう。
思い出に浸っていた俺は何故か自分の身体が勝手に揺れていることに気づく。
「あ、いや待って。なんで揺れてるの」
よく見れば世界自体も歪んで、身体がずっと揺れてて……頭がグラグラと……
元の世界の夢が――終わって――
「ん……」
気づけば俺は床で寝ていた。
どうして床で……あ、百目さんが泊まりに来て、流石に同じ布団はまずい、ベッドで寝てくれと言って先に寝たんだ。
枕元のスマホを見るとまだ深夜だ。なんで……目が覚めたの?
「ごめん。起こした」
「うわっ!」
ふいに声をかけられて後ろを振り向くと目の前には百目さんの姿。
ち、近い……。なんか少しいい匂いがする。っとそうじゃなくて……。
「……どうしたの」
「目が冴えて、眠れない」
「え、あぁ……そゆこと」
なるほど、俺を揺らして起こしたのは百目さんか。
聞けばジェンガで盛り上がりすぎて眠気が一向に来ないらしい。では木乃葉はと言うと、俺のベッドの上で気持ち良さそうに寝ていた。幽霊……寝るんだ。
「寝れるまで、話し相手になって欲しい」
「まぁ……別にいいけど」
そう答えるとベッドに腰かけてこちらを見てくる。
じっと見つめて視線を逸らさない。
「な、なんだ。……もしかして俺が話題を出せと」
「うん」
「分かりづら!」
さすがに出会って数時間の子とアイコンタクトは難しいわ。
「それじゃ、百目さんが所属してる二番隊のことを教えてくれないか」
「ん、分かった。けど」
「けど?」
「さんはいらない。陽介は年上だから別にいい」
「わ、分かった」
俺が緑茶を用意し終わるのを待ってから、百目はゆっくり話してくれた。
「二番隊は、犬巻紗苗を隊長にして私と、後輩の植本桜娘と雪野結女で構成されてる」
犬巻紗苗って子は多分昨日の朝に寮で会った子かな。リーダーっぽい子だったはずだ。
植本桜娘ってあれだな、俺の部屋に来て木乃葉と盛り上がってた子だ。落ち着きが欠片もなかった。食堂で俺放ったらかしでどっか行ったし。
雪野結女……?多分助けて貰った時に見たことあるんだろうけど如何せん覚えてない。まぁ、どこかで会うこともあるかな。
んでベッドに腰かけているこの子、百目魅代。あんまり表情は変化しないジト目っ娘。というか突然人の部屋に上がり込んでくる謎っ子――なのは桜娘も同じか。何だ?二番隊の人間は人の部屋に忍び込まないと気が済まないのか?
「メンバーの半分が勝手に俺の部屋に入ってきてる件について意見を聞かせてもらおうか」
「桜娘はバカ。そこまで考えずに行動するせいで、たまに迷惑をかける。ちゃんと言い聞かせておく」
「そんな『私は悪くないんだけどね?うちの息子のせいでご迷惑かけたようだから私が謝っておきますね』みたいなお母さん的な返しはいらんわ」
そんなものには騙されないよ?
「チッ」
「いま、舌打ちしなかった?」
「してない」
絶対嘘だ!!誤魔化せなくてほら、目を逸らしてるよこの子。
「はぁ……次来るときは一言くらい連絡くれればそれでいいから」
「!」
勢いよくこちらを振り向いた百目の目が怪しく光っているのが見えた。やばい、してはいけない提案だった。
なんか手をワキワキとさせてるし……地雷踏んだ?
「ま、まぁそれは置いとこう。ところで二番隊はどんな力?能力?を持ってるんだ?あんまり人に言うもんじゃないなら別に言わなくていい」
結構気にはなっていた。一番目を引いたのはあの髪の毛を伸ばして拘束してきた桜娘の能力。髪の毛というか植物の蔓のように変化したものが手足に巻き付いていた。普通に怖かったです。
けど純粋に興味本位だけど知りたい。
「他の三人の力はそれぞれに聞いて。それが人外たちの暗黙のマナー」
やっぱりそうだよな。個人情報をホイホイ教えるのはよろしくない。
「ん?他の三人は?」
「ん、みぃのは教えられる。急に押し掛けたから、その代わりだと思って」
そんなに気にしてないけど……そういうなら喜んで教えてもらおう。
俺は頷いて肯定を示す。
「まず、みぃは、百々目鬼という妖怪がルーツ」
「百々目鬼って言うとあれか、身体中に目がついてるっていう……」
「ん、正解」
「でも百目、普通の人間にしか見えないけど」
「当たり前。妖怪種をまとめていた、烏天狗の首領、烏森楼さんの妖術のおかげ」
ここで一度言葉を止め用意したお茶を飲む。
「その妖術で、妖怪種の姿は、人間種に近いものになった」
「だから人間と大差ない見た目なんだな」
百目は小さくうなずく。
「でも、意識したら出せる、目」
「い、いや別に出さなくていいや」
「だめ、見て」
嫌だって言ったのに関係ないと言わんばかりに俺に近づいてくる。
集中するように目をつむりながら腕をまくる。すると、腕にいくつかの亀裂が入ったと思うと亀裂が開いた。一つ一つの亀裂から見えたのは百目と同じ色をした綺麗な目。
一斉にこちらを見つめてくる様に少し恐怖を感じて言葉を失う。
そんな俺の反応を見た百目は少しだけ寂しげな表情をしているように見えた。
「これが、身体中にあるのが、みぃのご先祖、百々目鬼という妖怪。怖い?気持ち悪い?」
あんな表情をしたり俺にああやって聞いてくるのは、多分今までにも今の俺と同じ表情の人間種と会ったことがあるからなんだろうな。
怖いなんて言われてうれしい女の子なんてそうそういないだろう。だから俺はちゃんと言葉は選ぶ。
「正直ちょっと怖い。元の世界では想像物でしか見てこなかったからさ」
はじめは素直に感想を伝える。何せ俺の嘘はすぐにばれるのは自分のことだからよくわかってる。
ほら、百目の表情が案の定暗くなった。元が眠たそうな目だからすごくわかりずらいけど。
けど流石にそんな表情のままは心が苦しい。ちゃんとフォローはする。
「けど、目はとってもきれいだった」
俺の言葉は気休めくらいにはなったらしい。
「陽介は、いいこと言う」
表情が少しだけ柔らかくなった……気がする。
その後、百目は無事眠たくなったらしくそのまま寝付いてしまった。
結局能力については全く聞けなかった。とりあえず百々目鬼という妖怪が元にあることはわかった。
百目は自分がどんな妖怪か俺に教えるために腕を見せてくれた。先に自分から見せていれば怖がられたり嫌われたりする時に心の準備ができるからだろうか。
正直なところ“恐怖感”もあった。普段目にすることはない場所と数の目、これに“嫌悪感”を抱かなかったと言えば嘘になる。
だけどわざわざそれを伝える必要は無い。傷つけると分かってることをする理由もないから。嘘もついていない。言ってないだけだ。
飲みかけのお茶を飲み干す。あまり、人に気遣って喋るのは得意じゃない。だから喉が変に乾いて辛かった。
彩春と打ち解けるまで.......というか俺がまともに話せるようになるまでも結構の時間がかかった。正直そんな俺と話しててつまらないのではと何度も考えたが、彩春は何故かいつも楽しそうにしていた。
今でも俺のどこに気に入ったのか分からずじまいでこんな所まで来てしまった。彩春は……今何をしているだろうか。俺のことはどうなっているんだろうか。気になることは多くあるが確認する術はない。
壁の時計を見るとまだ起きるのには早い時間で二度寝してしまおうと床に寝転がる。
そして今度こそ眠りについた。
お久しぶりです。お芋の人です。
最近めっきり肌を刺すような寒さに空気が変わってきました。
さすがに寒すぎて冬用の布団を出したのですが、とても快適ですね、布団。タオルケットで寝ていた時とは大違いです。朝起きた時寒さで目が覚めるのが日常だったのが布団から出たくなくてギリギリまで布団と共に生活する日々になってしまいました。
……ダメになってるとか言わないでください。心が折れてしまいます。
とそんなことはさておき、今回は百々目鬼の妖怪こと魅代さんの正体に触れていきました。
実は私自身百々目鬼という妖怪にどのような力が備わっているのか未だにわかってないんですよね。調べてもイマイチイメージが掴めないというか、そもそも能力についてあまり載っていないというか。
とまぁそんなせいで想像で魅代さんには能力を身につけてもらっています。なので百々目鬼って妖怪は本当はこんなことするんですよ、みたいなのがあれば喜んで話聞かせて欲しいです。
さて次回ですが桜娘と木乃葉と買い物に行ければいいなぁ……位のお話になる予定ですので、気長にお待ちください。
ではでは〜





