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父親

卵ってスゲーと思わね?え?何、全然思わないって?君、想像力が足りなあい。この白く小さな卵が、割ったり、焼いたり、煮たりするだけで様々な形になるんだい。目玉焼きに、煮卵に、スクランブルエッグ、卵焼き。

あ、そうそう。今度の話は卵焼きが出てくるから。今度は湿っぽい感動話?それとも、嫌いな父に対する悪口を語っているだけの身の上話?

とりあえずおいらから言えることは~ひと~つ!

親孝行は親が生きてるうちにしとくべき。


じゃ、次の話スタート!




「思えば父が、酔いつぶれた姿を見たことは1度もありません、酒飲みの癖に。それなのに暴力を振るうわけですからこちらの方がたちが悪い。常にこちら側が気を張ってなければならないからです」

父の葬儀の場で喪主の僕は参列者に対してどうしてこんなことを語っているのか?父のことを語ろうとすると出てくるのは父に対する悪口ばかり。


「自信家で、プライドの高い父は、皆さんも予想がつくでしょうが、亭主関白で母もどれだけ苦労したことか……家事なんてほとんどしません。風呂掃除をしている姿を1、2度見たくらいで、暇なときは、銀の玉を買いにいっては財布の中身をすっからかんにしては機嫌を悪くして帰ってくる。父の気に入らないことをすると叩かれるのでビクビクしていました」


「父は、不器用なので、料理なんて出来ません。母が毎日毎日毎日毎日、好き嫌いの多い人なのでメニューを考えるのも一苦労だったと思います。焼き魚はよく焦げるくらい焼く、自分ではしないくせに注文は多いんですね。全くもって最低な男ですよ」


「ただ、料理を作らない父が1つだけ、卵焼きだけは何故か作ってくれました。というより、卵焼きだけは母に作らせないんです。意味が分からないでしょう?父は、卵焼きから産まれたんでしょうかね?はははっ、冗談はさておき」


「卵焼き、ウチのは甘いんです、砂糖とかマヨネーズが入ってるんで……嫌いです父が、嫌いな父が作る卵焼きなのに、嫌いなのに、美味しいんですよね。あれっ、どうしてだろう……」

喪主だから泣かないでおこう、いや、嫌いな父が死んだのだから泣けるはずがないと思っていたのに、目から一粒一粒と涙がこぼれ落ちる。


「すみません、泣くつもりじゃなかったんですが、勝手に涙が……」



「社会人になるまで、父の卵焼き、意外食べたことがありませんでした。母には作らせませんし、外食先でも勿論。卵焼きを頼んだときに、どのようなことが起こるかは目に見えている。皆さんも想像はつくとは思いますが……」

「父が機嫌を損ねるといけないので、ウチは外食にもルールがありました。卵焼き以外にも頼めないものがあるんです。エビフライとか、海鮮丼とか」


「レストランに着くとまず、父が頼むものを決める。僕らは父が頼んだものよりも安いものを選らばなければなりません。父がかけうどんを頼んだときには悲惨です……」

「頼むものを僕らが決めるのですが、最終審査があります。父に頼むものを見せてOKをもらわなければそれを頼むことができません。この最終審査がなかなか通らないんですよ」


「例えば、僕がチキンステーキを頼もうとした時です。父は首を横に振り、チゲ鍋定食を指差しました。僕はチゲ鍋定食を注文することになります。チゲ鍋定食と、チキンステーキ……もはや別の食べ物です」


「そんなこともあって、社会人になり、自分1人でレストランに入ったときは嬉しくて仕方がありませんでした。自由だ、何でも頼んでもいい、何だって食べられるんだ、父への反発みたいなのもあって、少し高めのステーキとともに卵焼きを頼みました」


「ステーキは美味しかったんです、初めての給料で食べたからでしょうか?値が張っていたからでしょうか?料理人の方の腕がよかったからでしょうか?ステーキは本当に美味しかった、美味しかったのに、卵焼きだけは全然美味しくありませんでした」


「卵焼きを口に入れようとすると、何故か思浮かぶいんですよね。父の顔だったり、卵焼きを家族みんなで楽しく食べている風景だったりが、父が作った卵焼きを皆で食べているときが、一番 家族団らんって言葉が似合うんですね」

「どうして卵焼きだけだったのか?何故 卵焼きなのか?全然聞くことが出来ぬまま父は死んでしまったので、結局 逃げたのは自分なんですが」


「本日はお集まりの皆さん、本当に有難うございます。知りませんでした。僕は……暴力的で自分勝手で浪費癖があって服のセンスが全くないのに自分をおしゃれだと思い込んでいて、不器用でな父のためにこんなにたくさんの方が父の葬儀に来ていただけているなんて」

参列者の顔を見るとほとんどの人が涙を流していた。同じ職場だからとか形上参加しておくか。そういうので集まった人たちではないことが分かる。あんな父なのに、こんなに人を呼ぶことができるなんて。誰かが言っていた、「親の偉大さは葬儀に集まった人数でわかる」と。


「レストランで食べてから以降、もう何年も卵焼きは食べませんでした。社会人になり、カッコつけて反抗するように家を出たので恥ずかしくて自分から帰ることはできませんでした。父もああいう人なので、帰ってこいと言うことは1度もありませんでした。」

「母からは何度もそういう電話はあったのに、こっちも意地になってるので、父から言われるまでは帰るものかと、母は僕の住むアパートに何度か来てくれましたが」

父が僕の住むアパートにくることは1度もなかった。来たら来たで部屋が汚いとか、もっと自炊しろとか文句を言われそうだけど、自分は家事なんてほとんどしたことないくせに。


「こんなことになるなら、父に聞いておけばよかったです。卵焼きのレシピを。僕はもう一生卵焼きを食べることがないでしょう」


喪主なんて初めての経験だから……

結局 何を長々と親父の悪口と卵焼きの話を参列者の方が静かに聞いてくれたのは僕が親父の息子だからか、ただ大人としての当たり前の対応か?




葬儀が一通り終わり、一段落していると、1人の熟女が話しかけてきた。

「この度は、ご愁傷さまです。突然でしたから私たちも驚いています」

誰だこの女性は、まさか!

父の不倫相手とかじゃないよな。遺産でもめるとか面倒事は勘弁だ、やめてくれよ。


「私、部長の部下だった 藤山と言います。お父さんには本当によくしてもらって感謝してもしきれません。何度助けてもらったことか、私以外にも助けられた人はたくさんいますよ。素敵な方でしたので残念です」


「そ、そうですか……」

「逆に迷惑をかけませんでしたか?父は怒りっぽくてすぐに手が出るんで、僕は何度叩かれたことか」


「いえ、部長は、手を出すどころか私たちに対して感情的になることは1度もなかったですよ。それは私たちに関心がなかっただけかもしれませんけど」

関心があるから、真剣に考えているからこそ手が出るって言えば聞こえはいい。父は、俺のことに関心なんてあったのかな。


「卵焼き……部長は毎日のように卵焼きを作ってたんですよ」


「えっ?」


「部長の弁当箱にはいっつも卵焼きが入っていて、好きなんですか卵焼きって聞くと、息子がいつ帰ってきてもいいように卵焼きを毎日作っているんだって」


「と、父さん……」

僕が1度でも実家に帰っていれば、父との関係性も少しは変わったのかな。言いたかったことたくさんあるのに死んでしまったらもう何も伝えられないじゃないか。


「たかやす、たかやす……」

後ろから誰かに名前を呼ばれた気がして振り返えると、父が怒った顔をしてこちらを見ている。


「何 泣いてんだ、お前 男だろ!」

「いつまでも泣いてんじゃね!」


「父さん、ごめんよ、父さん……」


「家に戻れ、たかやす……」

「父さんの寝室の入って左側にあるタンスの上から2番目の引き出しの左側、右側じゃなくて左側に、俺の美味しい美味しい卵焼きのレシピが書いてある。それを見て今度はお前が大切な人に卵焼きを作ってやるんだぞ!」

「分かったか、タンスの左側だからな、右側ではなく、左側、箸を持たない方な、左だからな!」

左を主張して父は消えていった。何なんだあの人は勝手に現れたと思ったら一方的に説教して!


「ごめん、ちょっとだけごめん!」

葬儀後のめんどくさいあれこれを妹に託すと一目散に実家へと向かった。急いで走れば30分くらいでつく……僕は、まだ知らない。タンスの左側には卵焼きのレシピの書かれた大学ノートが入っていたが、右側には成人向け雑誌が6冊くらい出てくることを……父は、僕に遺品整理をさせたかったのか?

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