手料理で悩殺する1(side.スーエレン)
「ねぇ、スー。生クリームたっぷりのショートケーキが食べたくない?」
「食べたい」
思わずテーブルから身を乗り出して、ガシッとシンシアの手を握り込む。
シンシアはニヤリと口角を上げた。
突然ですが、『騎士ドレ』悪役令嬢こと私スーエレン・クラドック改め、スーエレン・リッケンバッカーは本日、友人となったヒロインことシンシアと一緒に女子会をしています。
ええ、女子会。
前世、夢にまでみたあの女子会!
モテないどころか友人にも恵まれなかった私は、女友達なんて両手で足りるくらいしかいなかった。
その上、社会人になってからは仕事一筋だったから当然のように友人と遊ぶ暇なんてなくて。
こうやってあだ名で呼びあえるような友達とガールズトークしながら、美味しいお茶と美味しいお菓子でまったりとすることが、密かな夢だったりしたのです。
現状、ヤンデレ目前だった婚約者様はシンシアのおかげで渋々ではあるけれど軟禁をやめてくれたので、こうやってシンシアが時折遊びに来てお茶をしてくれている。エルバート様公認だから、後ろめたいことは何もなく心置きなくお喋りができる。
シンシアについている護衛騎士も、私達女子に気遣ってくれて目の届くギリギリの距離まで離れてくれるという気遣いをしてくれる。
まぁ、四人中二人だけなんだけど。
エルバート様は家にいる間は四六時中私にぴったりだし、チェルノ様も結構シンシアにぐいぐいと行くタイプだから女子会でも席を外すことはない。必然と、シンシアが遊びに来てくれるのはエルバート様が騎士団に出掛けているとき且つ、セロンかアイザックが護衛の時に絞られた。
ちなみに本日のシンシアの護衛は四人のうち身長が一番低くて、色白、茶髪、黒目という三毛猫配色な年下アイザック君です。
そして人払いがされたガーデンテラスで私とシンシアが話すことといえば……。
「スーからエルバート様におねだりして、生クリームの元って手に入らないかな?」
「生クリームの元……?」
前世の記憶を気兼ねなく発揮して、シンシアがおねだりをしてくる。
その目的は濃厚ホイップクリームを使用した甘いケーキ。
前世の甘味を知っていると、この世界のケーキは微妙に美味しくない。何が美味しくないって、ホイップクリームかと思って食べたらただのすかすかのメレンゲだったりするからだ。
この世界に転生し十八年。
たまのお祝いにとコンビニで買っていたショートケーキが恋しい今日この頃。
本日用意されたケーキも色々とプレーンのシフォンケーキに甘さ控えめのメレンゲ。控えめな甘さは絶妙なさじ加減だけれど、私は今、猛烈に生クリームに餓えている。
椅子に座り直して、シンシアの言葉を吟味してみる。生クリームの元、ねぇ……。
「私、市販の生クリームしかしらないんだけど、この世界にないわよね?」
「そう。だからエルバート様に頼んでとれたて牛乳の上澄みを用意してもらえないかなって」
私はぱちくりと目を瞬く。
とれたて牛乳の上澄み……。それが生クリームの元になるんだ。
「生クリームの元って牛乳の上澄みなのね。知らなかった……普通の牛乳じゃ駄目なの?」
「うーん……この世界はどうだか知らないけど、前世だと加工された牛乳は上澄みがとれないから……こっちの世界の牛乳の加工具合も分かんないし。とれたてなら確実かなって」
「博識~」
パチパチと拍手をすれば、シンシアは珍しく照れたように頬をかいた。
「そんな事ないよ。私、前世で農業高校に通ってたの。だから牛とかにちょっと詳しいだけ」
「農業高校」
私は思わずまじまじとシンシアを見てしまう。
だってあれよ? 乙女ゲームのヒロインらしいストロベリーピンクの髪にアイスブルーの瞳という美少女の口から、農業高校という言葉が出てきたのよ? なんかちょっとイメージができなかったというか、油断していたというか。
作業着を着て、牛や豚と戯れるシンシアを思い浮かべる。いやでも前世だから黒髪黒目? 私の創造力が乏しくて、黒髪黒目の同級生に囲まれたコスプレ美少女の図しか思い浮かばなかったので、前世の彼女の様子を思い浮かべるのはやめた。
それにしても農業高校かぁ。農業高校出身ならあれだよね、農業チートみたいなこともできるのかしら。
試しに聞いてみると「無理」って言われた。
「私ができることなんてたかが知れてるよ。ちゃんと卒業できてたらまた別だったかもしれないけど……」
困ったように笑うシンシアに、私は目を丸くした。
「シンシアってもしかして私より年下だった……?」
「どういうこと?」
「私、バリバリの社会人してた」
「あぁ」
そういうこと、とシンシアも頷く。
肉体的なものでいえば、私は十八歳、シンシアは十六歳なんだけど、精神的なものでいえば私はずっとシンシアの方が上だと思ってた。だって私よりしっかりしてるし。
「こういうの、マナー違反だとは思うけど、スーって何歳でこっち来たの?」
直接的な言葉は抜きにするシンシアの気遣いに、本当にこの子は良くできた子だなぁと内心舌をまいた。私なら絶対に素で「何歳の時に死んだの?」とか言いそう。どうも、デリカシーのない人間です。
「二十六だったかなぁ。仕事帰りに交通事故で。無灯火運転の馬鹿がいたのよ」
「それは御愁傷様です」
「本当にね」
シンシアには肩をすくめて見せるけど、実は内心の動揺が半端ない。
聞いてくれ、今、生前の自分に対するお悔やみの常套句を自分で受け取ってしまったよ。この、なんか、もぞってする感じ、誰か分かってほしい。
「というか、スーの方が完全に年上なら私も敬語の方がいいのかな……」
「やだ! タメ、タメのままでお願いします! そもそも年齢関係なく、この世界基準で言ったら身分の方が重要でしょう!? 私の方がむしろあなたに敬語使わなくてはいけないのではっ」
「私はただの花屋でーす」
シンシアがケラケラと笑うので私もつられて笑ってしまう。
ふふ、まさか自分の死に際のことをこんな風に話せる日が来るなんて思わなかった。エルバート様には話せなくても、私と同じシンシアには話せるのが嬉しい。前世の事を気兼ねなく話せるのは、私にとってもシンシアにとっても変なところに神経を使わなくて良いから気が楽なんだよね。
エルバート様とかと話すときはこれでも結構気を付けてるんだよね。だってうっかりこの世界にない事を話してしまうと不思議そうな顔をされてしまって誤魔化すのが大変なんだもの。
好奇心旺盛そうなシンシアならともかく、一日ぼんやりしてるくらいで本もろくに読まない私が妙な知識を持ってるのはおかしいもの。
うーん、本を読もうかなぁ。本を読んでいれば、本の知識です! って言い訳できるし。でもエルバート様がずっと側でイチャイチャしてくるから私だけの時間ってあんまり無いんだよね……。
ほぅ、と溜め息をつけば、シンシアが心配そうに声をかけてくれる。
「どうしたの? 何か悩みごと?」
「うーん、まぁ、悩みといえば悩みかな」
首を捻りながら答えて、そういえばこんな事を相談できる相手なんていないからとシンシアに相談をしてみることにする。
「エルバート様、夜が激しくて」
「ぶッ……!」
シンシアが、飲みかけていたお茶を吹いた。
それはもうゲッホゲッホと噎せるので、慌てて立ち上がって手拭きを渡しながら背中をさすってやる。
気管支に入って苦しいからか、涙目でシンシアが睨んできた。