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ハッピーエンドを掴みとる?3(side.スーエレン)

 エルバート様がお仕事に行かれてまるっと一日。

 私付きの侍女の恩恵により、エルバート様が帰ってくるまでの束の間の自由を謳歌していたら、お昼過ぎに来客があった。


 どなただろう。私がこの屋敷の女主人として出てもいいのかしら。いやでもエルバート様の許可もないし……。


 おろおろしている内にリッケンバッカー家の家令が客間に通してしまう。え、やっぱり私が対応しなくちゃいけないの!?


 不安にかられて侍女をうかがえば、彼女は優しく微笑んでくれた。


「旦那様ではなく、奥様へのお客様です。旦那様の独占よ……こほん、過保護さにそろそろ気も滅入る頃でしょう? たまには気分転換をされてはどうでしょうか」

「私にお客様? どなた?」

「シンシア様とセロン様、それから護衛のアイザック様です」


 ヒロインと攻略対象者じゃん!?

 ついこの間、私の断罪(らしき)イベントを回避するのに一役買ってくれたあのヒロインさんですよね!?


 何故今頃私に……? 私とヒロインの接点ってそれだけでしょう? 私がヒロインを避けていたから、悪役令嬢としての接点も皆無でしょう?


 エルバート様もまだ帰ってこられていない。でも侍女や家令の様子を見るに、ヒロインと私がお話ししても問題ないの? いやでもヒロインの本当の身分は隠されてるんだよね? それならただの花屋じゃん、なんで普通に侯爵家のお客様として通されてるの?


 失礼だとは思いつつ、侍女へともう一つ質問をしてみる。


「シンシア様って、あの花屋の? どうして私に? 私、花屋との接点なんてないわ」

「そうなのですか? 奥様に会いに来られたと申されたので、てっきり奥様のご友人かと……。シンシア様は旦那様のお仕事の護衛対象とも伺っております。何かありましたら丁寧にもてなすように言われておりましたから、家令もお通ししてしまったのでしょう」


 困ったように眉尻を下げる侍女に、今さらヒロインに帰れと追い出すこともできないことを悟る。これは私が対応しなくてはならない奴だ。


 女主人らしい振る舞いなんて分からないけれど、私を救ってくれたエルバート様が丁重にもてなすように周知していたんだ。私も、その意図を汲むべき。


 一つ深呼吸して思考を切り替えると、「貴族らしいスーエレン」の仮面を被る。前世を思い出してからぐだぐだになりがちだったけど、私には十八年間染み着いた貴族の振る舞いがあるんだ。


 うん大丈夫。相手が格下の伯爵家のアイザックであっても、ヒロインがこの国の王女であっても、セロンが身分を隠した隣国の皇子であっても、私の振る舞いは完璧な、はず!


 ……ちくしょう、身分隠した王族二人も相手とか、私ストレスで死にそう。






 侍女の先導の元、客室に入ると、ソファで少し緊張した面持ちで座っていたヒロインが顔を上げた。ヒロインの隣にはセロンが座っていて、アイザックは護衛らしく壁に控えている。


「お待たせしました。この屋敷の主人であるエルバートが妻のスーエレン・リッケンバッカーと申します。シンシア様、ようこそいらっしゃいました。先日は私のためにエルバート様に力をお貸しくださったと聞きまして、お礼を申し上げたく思っておりました」

「こんにちは、スーエレン様。覚えて頂けて嬉しいです」


 最初の挨拶はクリア! なんとか和やかに進めることができそうだとほっと一息ついた。


 そこからお茶やお菓子を振る舞って、私の断罪イベント回避に対するお礼を重ねて伝える。そうしたら、ヒロインが思いもよらないことを言い始めた。


「お礼はいいんです。それよりスーエレン様、『騎士とドレスと花束と』という作品は知っていますか?」

「え」


 一瞬、何を言われたのか理解できずに固まる。

 引きつりそうになる頬に全力で筋力を総動員して、笑顔を作った。

 作ったのはいいけど、この次になんて言えばいいのか分からなくなる。


 え、今、ヒロイン『騎士とドレスと花束と』って言った? 言ったよね、聞き間違いじゃないよね。


 これは知っているって答えるべき? 知らないっていうべき? そもそもヒロインの言ってる『騎士ドレ』って私の知っているものと同じ??


 フリーズして心の中で百面相している私に、ヒロインがくすくすと笑った。


「その様子だと、知っているんですよね? 私の本当の身分」

「シンシア」


 ヒロインの隣に座っているセロンが咎めるように名前を呼ぶ。でもヒロインは私から視線をそらすことはしなくて。

 その確信めいた視線に、私は溜め息をついた。


「……いつ、気がついたんですか。私、あなたとの接点を持たないようにしていたのに」


 この場にはセロンもアイザックも、私の侍女もいる。下手なことは言えないから、言葉を選んで肯定の意を示せば、ヒロインは嬉しそうに笑った。


「どのルートを選んでも、あなたとはいつか何処かで会うはずなのに、ちっとも会えないんだもの。エルバート様のご様子から、ズレが生じてるだけかと思ったけど……スーエレン様、断罪イベ回避の直後、気絶する直前に『これどこのルート?』って言ったでしょう。ずっとそれが引っ掛かっていて。その上でただの花屋である私に違和感なく、対等にもてなしてくれたことで確信しました」


 えー、私そんな事言ってた!? しかもヒロイン、洞察力すごくない!?

 私自身はエルバート様のキスが衝撃的で自分の言動全然覚えていないというのに……というか、今更だけど、あのエルバート様の熱烈なキスシーンを見られてたんだよね!? あ、無理、穴掘って埋まりたい……!


 思い出しちゃいけないことまで思い出してしまって、私は顔を覆って呻いた。無理、顔あげられない! 恥ずかしい!


 突然顔を覆って呻き出した私に、ヒロインがぎょっとする気配を感じた。


「え、大丈夫ですか?」

「今すぐキスシーンを忘れてほしい……」

「あー、あのエルバート様の……」


 苦笑するヒロインに私は恨めしげに顔を上げた。


「あれは本来、あなたが受けるものでしょう」

「残念ながら、私は心に決めたルートがあるので」


 ヒロインがちらりとセロンに視線を向ける。セロンはそれに気づいたらしく、ヒロインと視線を交わしている。ヒロインの視線の意味はたぶん分かっていないだろうけれど、その目元は優しげに細められていて、見ているこっちが恥ずかしくなってしまうほどに、甘い。ちょ、これ普通に両思いじゃない?

 後ろではアイザックがそわそわとしている。おーいヒロインさんや、エルバートルートのフラグはへし折れても、アイザックルートはへし折れてないですよ?


 しかしなるほど、ヒロインはセロンルートを目指しているのか……だからエルバート様に協力的だったのかな。自分のルートには関係ないから?


「エルバート様も素敵な方なのに、わざわざ茨の道を選ばなくとも良いのでは?」

「私、うっかり好感度上げてイケメンに刺されるより、自分の意思でイケメンを守って死にたいの」


 なんて勇ましいヒロインなのかしら。

 物騒な喩えにセロンとアイザックが顔をしかめているけれど、ヒロインの言いように私は思わず笑ってしまった。

 前者はエルバート様ルートのバッドエンドで、後者はセロンルートのバッドエンド。ヒロインの行動原理も良く分かる。セロンルートに行きたいのに、エルバートルートが進んで勝手にバッドエンドにされたらたまらないもんね。


「そっか……だからあなたがエルバート様を焚き付けてくれたのね。そのお陰で、私は今こうして生きている……」

「いや、確かに私は私でフラグをへし折ろうとしていたけれど、エルバート様のあの溺愛っぷりは最初からスーエレン様に向いていましたよ?」


 真顔で言うヒロインに、私は目から鱗が落ちるかと思った。

 え? 最初から?


「最初から? どの時点での最初?」

「ゲーム開始前からの最初」


 それってヒロインとエルバート様が出会う前からですよね!?

 え、私、そんなにエルバート様に愛されてたの? 全然、そんな覚えがない……。


 前世の記憶を思い出す前の自分を振り返ってみるけれど、正直記憶があやふやだ。生きてるかどうかも定かじゃないくらいにぼんやりと毎日過ごしていたツケが今ここに巡ってきている。


 参考までにゲームの中のスーエレンも思い出す。それまでお母様の洗脳もどきによる貴族らしい教育によって人形のようだったスーエレンが、ヒロインに対して初めて感じた嫉妬という感情をもて余し、取り返しのつかないレベルの嫌がらせをしていくんだよね。


 ゲームのエルバート様は元々スーエレンとの婚約に無頓着だったはずなのに……その前提が、ゲーム開始前から崩れていたという事?


 私は唖然としてヒロインに穴があくのではというほどに見つめてしまう。


「嘘……」

「でもエルバート様があなたを溺愛しているのは良く分かるでしょう? 今だってあなたを軟禁してしまうほどの独占欲を見せているのだし……」


 ヒロインの言葉を否定ができなくて顔を覆った。おーまいがー、これほんと一歩間違えるとヤンデレが加速していく前触れじゃん……!

 事実、エルバート様は私を愛してくれている。軟禁の事もそうだけど、よ、夜だってあんなに丁寧に私を気持ちよくさせてくれるし……!


 でも、だからこそ、私は不安に思う。


「……エルバート様が、私を愛してくれる理由が分からない」


 この一点だけが、分からない。

 この不明な理由が、私を冷静に現実に引き戻してしまう。


 恋に溺れてみるのには憧れる。しかも相手はゲームで何度となく恋をしてきた人物だ。

 でも現実の私は既に没落してしまった貴族の、何の取り柄もない女の子。私に、エルバート様に愛されるだけの価値があるの?


 俯いて、ぽつりと囁いた言葉は広い部屋に静かに取り残される。

 そんな私の言葉を拾って、ヒロインはやんわりと私を諭した。


「それはもう本人に聞くしかないでしょう」

「何か企んでるのかしら」

「企んでるとしたらスーエレン様をどうやって美味しく調理して頂くかとかじゃないの……最近のエルバート様、かなりお花畑で砂吐きそうだもの」

「ちょっと待って、エルバート様はあなたに何を話しているの!?」


 それまでのしんみりとした空気をかなぐり捨てて、思わずソファから身を乗り出してヒロインに迫ってしまう。ヒロインは「どうどう」と私をなだめにかかるけど、ねぇ本当にエルバート様は何を言っているの!?


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