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ハッピーエンドを掴み取る?2(side.エルバート)

 いつものように騎士団へと顔を出してから、シンシア嬢の花屋へ行こうとして……今日のシンシア嬢は城にいる日だと思い出して登城する。


 王女であると発覚してから、シンシア嬢は数日に一回登城して王族の教育義務を課せられた。教育義務を課せられたとはいえ、その存在は秘匿されているので、表向きは王室御用達の花屋として出入りし、宛がわれた部屋でひっそりと勉強する。


 王位争いに巻き込まないためとは銘打っているけれど、国王陛下はその実、王女であるシンシア嬢を体のいい政争の駒に仕立てあげたいのは明白だ。その内、勅令でどこかに嫁がせる気満々だからこその王族教育なのだろう。


 それが分かっているからこそ、シンシア嬢が登城する時のチェルノとアイザックの機嫌は頗る悪い。


 何が悪いかって、自分の手元にシンシア嬢が落ちてくることはないと突きつけられるからだ。


 二人が、シンシア嬢が王女と分かる前から男女の感情をもって惹かれているのは分かっていた。だからこそ、自分と釣り合わないと分かった二人がその感情をもて余しているのも気づいている。

 シンシア嬢も二人の想いには気づいていて、折りにつけて断ってはいるものの、二人は打たれ強いのか中々進展もなければ後退もしていないのが現状だ。


 そんな二人を登城の護衛につけるのはシンシア嬢にとっても、二人にとってもよろしくない。だから僕とセロンで上手く調整して、登城日はどちらかが護衛するようにしている。


 護衛の交代時間は昼食後の午後一番だ。

 登城して、シンシア嬢が勉強している部屋へと向かう。


「失礼します、エルバート・リッケンバッカーです」


 部屋の前で名乗りをあげれば、そっと扉が開かれる。セロンが扉脇に控えていたのか、すぐに開かれた。


「こんにちは、エルバート様」

「三日ぶりだね、シンシア嬢。恙無くお過ごしになられましたか」

「うん、まぁ、それなりに?」


 苦笑しながらシンシア嬢は昼食らしいパンを千切って口にいれる。


「エルバート様は結婚してから仕事以外に来てくれなくなったから、ちょっと寂しいです」

「それはそれは、申し訳ない。可愛い奥さんを愛でるのに忙しいのでご寛恕ください」


 にっこりと笑って簡略した騎士の礼を取れば、シンシア嬢は白けた目を僕へと向けてくる。


 ……薄々思っていたけれど、シンシア嬢と僕はその本質が良く似ていると思う。ただの花屋の娘らしからぬ堂々とした態度の方が際立っているから分かりにくいけれど、彼女は駆け引きとか腹の探りあいが得意な手合いだろう。


 だからこそ、僕の思考を彼女は読み取っているし、僕もそれを予想して彼女が考えていることがそれなりに分かる。


 今はきっと「いい加減引きこもるのやめてエレを外に出せ」だろう。

 僕はそれを笑って黙殺する。


 エレを外に出すなんてとんでもない。

 あの子は僕の腕の中で、危険や悲しいことから切り離して過ごせばいい。


 エレの前科を思えばこれくらい当然だ。

 彼女は自分が死ぬことに抗わない。むしろそうあるのが必然だと、これから開花していくはずの命を散らそうとする。


 クラドック侯爵家の罪に、エレは気づいていたんだ。だから誰にも気づかれずに、自らも罪をあがなおうと静かに死んでいこうとした。


 エレは全く分かっていない。僕がどれ程彼女を愛しているのか。理解できない故にたじたじになっている姿は、それはそれで可愛いんだけれど。

 でも、僕からの愛をちゃんと理解するまでは、屋敷から……部屋から一歩も出したくない。


 僕のいないところで静かに死へと向かって行こうとするかもしれないあの恐怖を、僕は二度と味わいたくない。


「セロン、ご苦労様。交代するよ」

「……ああ」


 こっくりと頷いたセロンが、シンシア嬢に視線を向ける。

 シンシア嬢もそれに気づいて、小さく手を振った。


「それじゃセロン様、明日よろしくお願いします」

「任された」


 シンシア嬢の言葉にセロンがゆるりと口角をつり上げた。それから意味ありげに僕の方を向く。


「ではな」


 僕の肩を叩いて去っていったセロンの意図が分からずに眉を寄せれば、シンシア嬢が昼食を食べ終わったらしく立ち上がる。彼女の世話をしていた侍女がさっとテーブルの上を片付けだすのを見て、シンシア嬢が僕のすぐ側をすり抜けた。


「ほらエルバート様。午後からはダンスレッスンなんですって」

「お供します」


 仕事なので大真面目に頷いてシンシア嬢のために扉を開いた。ダンスレッスンならレッスン室に行かないといけないな。


 そうして一日、恙無くシンシア嬢の護衛をした。夜、シンシア嬢が花屋兼自宅に戻って寝ている間も、居間を借りて意識を完全に落とさない程度の仮眠を取る。


 以前、徹夜で護衛していると知ったシンシア嬢にアイザックが叱られたらしい。夜は寝るものだとベッドに押し込められそうになったという話を聞いて以来、深夜の護衛は居間で仮眠を取りながらということになった。

 さすがに一人暮らしの女性の家で心置きなく休むことは無いし、護衛の任務に付いているのだから羽目を外す事もないけれど、果たしてこれでいいのかという疑問はある。


 シンシア嬢の家の間取り上、シンシア嬢の寝室に行くには居間を通らなければならないので、警護上の問題はないはずだけど……やはりエレじゃない女性と扉一つ隔てて二人きりという状況はとてもしょっぱい。


 目をつむりながら、昨夜味わったエレの肢体を思い出す。

 エレの隙を付くように結婚してから夜毎に彼女の身体を暴いているけれど、未だ初々しさを忘れない彼女への愛しさは筆舌し難いものがある。僕の手によってシーツの上で頬を蒸気させ、乱れ狂うあの一時。僕の手の中にある安堵感と、僕だけを見つめてくれる幸福感。無理をさせてしまって朝起きるのもつらいだろうに、僕に合わせて朝食を摂ってくれる健気さ。あれだけ夜に責め続けても、毎朝彼女自身を食べてしまいたくなる衝動に駆られてしまう。


 シンシア嬢の自宅で寝起きしてはエレの寝顔を見ることもできない。あの至福を一度知ってしまえば、僕の至宝がそこにないだけで睡眠の質も悪くなる。


 元々、騎士は二日三日徹夜しても問題ない体力がある。シンシア嬢には寝た振りをして、僕は仮眠を取ることなく出勤前に部屋へと閉じ込めてきたエレへと思いを馳せた。


 あまり考えすぎると生理的な現象をもよおすので、程々にしなければならないけど。


 エレに思いを馳せていれば夜もあっという間に明けていく。

 太陽が家々の屋根の隙間から顔を覗かせる頃、シンシア嬢が起き出してきた。


「おはようございます」

「おはようございまぁす……」


 まだ少し眠気が残っているのか、シンシア嬢は欠伸を堪えながら朝食の準備をし始めた。僕も並んで手伝う。


 シンシア嬢が護衛をしてくれるお礼だと言って朝食を作ってくれるようになって随分経つ。僕が並んで料理ができるのは、護衛対象に気を遣わせるのもどうかと護衛騎士四人で相談し、騎士団で料理の練習をした成果だ。


 料理をしながら、ふとシンシア嬢が僕に尋ねてくる。


「エルバート様は侯爵家の方なんですよね? ご自宅でも料理はされるんですか?」

「しないよ。家では使用人達の仕事だからね」


 僕が料理をし始めたのは、シンシア嬢の護衛をするようになってからだ。分かっているだろうに、何故そんな事を聞いてくるのか。

 シンシア嬢は卵とミルクを混ぜた液体にパンを浸して焼く『ふれんちとーすと』なるものを作っている。僕はバケットを切ってシンシア嬢に渡してから、食器を用意した。


「スーエレン様にその腕を振る舞ってあげたことは?」

「まさか。僕なんかがエレの舌に合うものが作れる訳がないよ」


 そう言って肩を竦めれば、シンシア嬢は「ふぅん」と頷くだけにとどまった。

 質問の意図が読めなくて眉を顰めてしまったが、朝の世間話の一貫なのだろうと思うことにした。


 そうして二人で朝食を食べ終わると、本日のシンシア嬢は花屋の簡単な掃除をするに留めて営業をしないことにしたらしい。これまた護衛の仕事には含まれないが、手持ち無沙汰なのを利用して花屋の店内の清掃を手伝った。


 そうしている内に昼になる。昼食を終えた頃、アイザックが交代のためにやって来たのでシンシア嬢に暇を告げ、僕は騎士団へと報告へ向かった。

 徹夜明けなので一度家で仮眠を取ってもいいのだけれど、家に帰ってしまうとエレを構い倒してしまいたくなる。これから三日分の休日を得るためにも、さっさと仕事を済ませるに限る。


 今日も長い一日だったと、僕はシンシア嬢の花屋兼自宅を後にした。

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