ハッピーエンドを掴みとる?1(side.スーエレン)
『騎士とドレスと花束と』。
通称『騎士ドレ』と略されるそれは、私が前世でドハマリしていた、花屋の娘が四人の騎士と恋をしていく恋愛シミュレーションゲームだ。
無難に攻略対象者の紹介からしてみようと思う。
チェルノ・ゴドウィン。
男爵家長子。下に弟を持つためかお兄ちゃん気質で面倒見のいい人。恋愛観も普通で攻略もしやすい、公式おすすめの攻略対象者。実際に「結婚するなら?」のランキングでは一位を取るほどの安定感がある。二次創作サイトの夢小説の類いではかなり大手の人物だ。
アイザック・ジンプラー。
伯爵家次男。ヒロインより年下で弟属性を持つ甘えたがりな人。生真面目で時々融通が効かない所もあるけど、その分一途にヒロインを愛してくれると公式のお墨付き。チェルノと合わせて二大看板な所がある。お腐れな人たちはチェルノとカップリングしてたりするけれど、母性本能に抗えずに夢女に落ちてくる人もしばしばいると聞いた。
セロン・バステード。
寡黙で秘密を多く抱えるミステリアスな騎士。実は隣国の第六皇子で、王位争いから逃れるために身分を隠して騎士になった。攻略ルートは難易度高めだけど、四人の内、圧倒的ストーリーのボリュームで涙なしには見られないと評判の攻略対象者。実際、私もプレイしながら号泣した記憶がある。王位争いにヒロインを巻き込んでしまった時のセロンの名台詞「お前が王女でも、第六皇子である俺には遠い存在だ」に、何度幸せになってくれと思ったことか。
そしてエルバート・リッケンバッカー。
侯爵家の一人息子で、悪役令嬢スーエレン・クラドックの婚約者。柔らかな物腰の見た目に騙されて計算高いその気質と、トゥルーエンドのえげつなさにヤンデレの名をほしいままにしている。ハッピーエンドの溺愛っぷりは攻略対象者随一なんだけど……翻ってヤンデレモードに入った時のヤバさが他の追随を許さないのは界隈では有名な話だった。
そんなきらきらしい四人の騎士たち。
その内のエルバートを婚約者に持つのが、転生した私です。
つい今しがた自分で言った通り、「騎士ドレ」の悪役令嬢というのが私の立場です。
ヒロイン含めて死亡率の高い「騎士ドレ」。悪役令嬢である私はルート関係なく、何の恨みがあるんだこの野郎と叫びたくなるくらい、どのルートへ行っても必ず死ぬ。
前世の記憶を取り戻した時にはもう既に運命に抵抗するのが馬鹿らしい程の所まで来ていた。だから私は余生を心穏やかに過ごそうと決めたのだけれど……。
おや? 婚約者の様子がおかしいぞ?
毎日贈られる花束に「社交辞令お疲れ様です~」とか思っていた私。
馬鹿か、ちゃんとエルバート様を見なさいよ!?
これ一歩間違えるとヤンデレモードに突入しますよ!? むしろ現在進行形でしちゃってない!?
私は過去の自分にそう言ってやりたい。
まぁそんな抵抗今更なんですがね!
「エレ、また少し髪が長くなったね? 以前はこのドレスの後ろのフリル一段目に髪が届くくらいだったのに、二段目に届きそうだ」
機嫌よく私と並んでソファに座っているエルバート様が、うっとりとした表情で私の髪を指先に絡めて遊んでいる。
対する私は思わず遠い目を窓の外へ向けてしまった。
髪切った? ならまだ分かる。なんなの、髪伸びた? って。毎日顔見合わせてるのによく分かるね。それに私ドレス結構持ってるけど、よくピンポイントでこのドレスにある背中のフリルの位置と後ろ髪の長さの比較ができるね?? 私でも気づかないよ???
エルバート様は私をよく見ていることがよく分かる。
つい数日前までは社交辞令程度に花を贈ってくれるだけだった人のこの変わりように、私は内心かなり動揺していた。
だってエルバート様だよ?
『騎士ドレ』の攻略対象者様だよ?
悪役令嬢である私と結ばれるルートがあるのおかしくない?
何回首を捻ったって、自室で人目を盗んでひっくり返ってみたって、今の私が直面している現実は変わらない。
エルバート様が、私に甘い。
家族的な甘さではなくて、今まで幾度もシミュレーションしてきたゲーム的な甘さ。
つまり、こ、こここ恋人、てき、な、甘さ。
やめてよぉぉぉぉ仕事一本で生きてきた喪女に突然の恋愛フラグやめてよぉぉぉぉ。
ねぇ信じられる??? 昨今のラノベのように(転生しているので昨今という言葉が適切かどうか分かんないけど)悪役令嬢に転生したら、婚約者が何のフラグもなしに私を溺愛してくるの。
意 味 が 分 か ら な い 。
私にはエルバート様に愛されるような理由もなければ可愛げもない。ゲーム補正というものがあるのなら、エルバート様はヒロインに惹かれていくはずである。
それがどういうわけか、ヒロインと手を組んで私の処刑回避のために色々動いてくれている。
お父様の起こした不祥事は消すことはできないし、お母様の野心も見過ごせるものではなかったけれど、私個人だけはエルバート様とヒロインの権力によってこれまでと変わらない貴族らしい生活が守られた。
平民落ちくらいなら、前世の記憶を思い出した今の私なら平気だろうと思っていたけれど、どういうわけかクラドック侯爵家没落直後、私は国王陛下の勅令でリッケンバッカー侯爵家に嫁入り。
そこから始まる軟禁生活。
そう、軟禁生活。
何か違うって? いや合ってる。何も間違ってはいない。
私の新婚生活は、エルバート様に始まってエルバート様に終わる一日の繰り返しなのだから。
結婚式? たぶんやったと思うよ。この世界の結婚式は神前で婚姻届に記名することをいう。神前ならぬ、国王陛下の前で婚姻届に記名したからこれはもう実質結婚式だったのではと思っている。
嬉し恥ずかしハネムーン? いやいやいや、旅行なんて没落した身である私が言い出すことができる訳もなく。その代わりに、ぼーっと油断していると、庭先やら廊下やらで野獣となったエルバート様にほにゃららされてしまう。
ほにゃららって何だとは聞かないで。
思い出すだけで、私は恥ずかしさのあまりに熱が出てしまう。
「おや、エレ。顔が林檎のように熟れているよ。何を考えていたんだい?」
「ひぇっ」
ご機嫌で私の髪をすいていたエルバート様が、指を滑らせて、私の顔の輪郭をなぞる。ぞわぞわとして、身体が条件反射で引きそうになる。
私の表情が強張ったのに気がついて、いっそう優しくエルバート様が微笑んだ。
「僕には言えないこと? そんな恥ずかしいこと、考えていたのかい?」
「そ、そういうわけではなくて、その」
「違うのか。てっきり昨日の夜の事でも思い出してくれてるのかと思ったのに」
脇腹をやわやわとエルバート様が撫でてくる。その撫で方が、あまりにも昨夜のベッドの中での愛撫を彷彿とさせてきて……ってだめぇぇぇまだ昼間ぁぁぁぁ!!
「え、エルバート様っ、て、手を! 手をどうか離してぇ……っ」
「可愛い人」
ぷすんぷすんと、頭が湯だちそう! 絶対確信犯! この助平!
エルバート様はご機嫌で私にそっと顔を寄せてくるとそっと囁く。
「続きは夜にね。仕事行ってくるよ」
ポーンとタイミングよく置き時計の鐘がなる。
同時に私の唇に、エルバート様は吸い付いて。
「~~!!」
何回やっても慣れない突然のキスに、私が身悶えている間に、エルバート様は爽やかな笑顔で私の頭を撫でると、何事もなかったかのようにお仕事に行かれた。
一人部屋に残された私は、ソファの上で顔を抑えて丸まる。
な、なんで、あんな、自然に、キスができるのぉ……!
恋愛経験値がゼロからスタートしている私にエルバート様のこの日々のお戯れはつらい! 心臓が! もたない!
ばたばたとはしたなく足元をばたつかせて、ひとしきり身悶え終えると、ハッとなってソファから身を起こした。
「お、お見送り……!」
せっかくの新婚夫婦! よく分からないけど私はあのエルバート様のお嫁さんになったんだよ! お見送りするのはお嫁さんのお仕事だ!
今からでも遅くはないかなと慌てて扉へ飛び付くけれど―――扉が、開かない。
ガチャガチャと数回ドアノブを回して、ふっと諦める。
「またかあのヤンデレ騎士……!」
じわじわとヤンデレの片鱗を見せているエルバート様は私を屋敷に軟禁している。独占欲、なのかもしれないと思えば愛されてるんだな~とは思うけど……屋敷に閉じ込めるどころか、使用人との接触も最低限にするために、しれっと私の部屋に外から鍵をかけるのはやめて欲しい。これ切実。
とりあえず今日も、隙を見て私付きの侍女が鍵を開けてくれるのを待つしかない。
それまでのんびりソファでお茶でもしてよう、そうしよう。