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【連載版】死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。  作者: 采火
番外

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騎士とドレスと花束と(side.Player)

「エルバート様……あなたはやっぱり彼女を選ぶのね……そう……」


 ただ一人、人形令嬢だけが何の感慨もない視線で、自身を囲む人間達へと視線を向けた。


 クラドック侯爵家は既に制圧され、残すは人形令嬢スーエレンの身柄だけ。

 陽当たりの良い部屋は、今はカーテンが引かれて薄暗い。年相応の女性らしい部屋でありながら過度の装飾の無い部屋は、何物にも興味を示さない人形令嬢らしい無機質さを感じさせる。


「スーエレン嬢、ここまでだ。クラドック侯爵夫妻共々、王女誘拐の罪で捕縛する」


 かつての婚約者を見据えて厳しい声をあげるエルバートに、君は不安を隠すように寄り添った。

 エルバートの蜂蜜色の瞳が、怒りで濃蜜に染まる。


 その様子を見たスーエレンが紅い瞳を伏せて、憂いの色をその美しい顔にのせた。


「そう……そうなの……」


 特に抵抗も反対もしないスーエレンが、ゆらりとソファから立ち上がる。

 部屋へと突入していた騎士達が身構えた。

 身構える騎士を一瞥することなく、スーエレンはローテブルに飾られた花瓶から二本の色違いの花をその手に取る。


「どちらか一輪をあなたにあげる……私からの餞よ……?」


 そう言ってスーエレンは君を見つめた。


 人形令嬢が差し出すのは赤いゼラニウムと白いゼラニウム。

 可愛らしい形をした幾つもの花が、君の言葉を飲み込もうとこちらを向いている。


 君は迷う。

 スーエレンの言葉通りに動くべきか、それとも無視をするべきか。

 君はまだ、エルバートの婚約者であるはずのスーエレンに対して、罪悪感を抱いている。

 スーエレンの婚約者を愛してしまって───その上彼女から奪ってしまった事を。

 クラドック侯爵家の悪事を考えれば、いずれエルバートとスーエレンの婚約が破棄されることは分かっていた。

 けれど、こんな罪悪感を抱えてスーエレンと対峙することなんて無かったのかもしれないと思ってしまう。


 やがて意を決した君はスーエレンを見つめる。

 スーエレンの問いに応えるべく彼女に近づこうとしたら、君を止める人がいた。


 腕が引かれて体がつんのめる。

 振り返れば、エルバートが君の腕を掴んでいた。


「捕らえろ」


 君の体を引き寄せて抱きすくめたエルバートが短く告げる。

 控えていた騎士達がスーエレンに近づき、彼女の腕に縄を繋いだ。

 床へ二本のゼラニウムが落ちる。

 スーエレンは微笑んでされるがままだ。


「……不変の愛なんて、ありえないのよ……? エルバート様……」


 これからの自分の中の運命など歯牙にもかけないで、スーエレンは騎士に囚われ君の横をすり抜けていく。


 君とエルバートだけを残して皆、ぞろぞろと部屋を出ていった。

 静かになった部屋で、おもむろにエルバートの腕から逃れた君は、スーエレンが落としていった二本の花の元へと歩み寄る。


 赤いゼラニウムと白いゼラニウム、君はどちらを拾うか迷う。


 【君は白いゼラニウムを拾い上げた。】


 一つの茎に何輪もの花がついている白いゼラニウムは、花嫁の持つブーケのように清楚で上品な雰囲気を醸し出している。


「エルバート様、本当にこれで良かったんでしょうか……」

「仕方がないよ。スーエレン嬢含め、クラドック家は情状酌量の余地がない。因果応報とは、良く言ったものさ」

「それでも、スーエレン様はエルバート様の婚約者でしょう? 罪悪感無しにはいられないのでは……」


 白いゼラニウムを手に君はエルバートを見る。するとどうしたことか、エルバートは表情の抜け落ちた顔で君を見ていた。


「僕の愛を疑うのかい?」

「いいえ、そういうわけでは……」


 エルバートが君へと歩みより、そっと顔の輪郭をなぞった。


「スーエレン嬢は不変の愛なんて無いと言ったけれど、僕はあると思ってるよ」


 エルバートがうっそりと微笑んだ。


「シンシア。僕の可愛い、シンシア。僕の愛を疑わないように、君の愛が永遠に続くように、僕が君を愛してあげる」


 だから、とエルバートは君を抱き寄せた。

 熱い吐息が耳へとかかり、君はピクリと肩を揺らす。


「僕を信じて」




 ◇




 クラドック家の断罪に決着が付くと、君はエルバートと正式な婚約を結んだ。

 クラドック家は一家全員処刑されることになる。侯爵夫妻は尽きぬ余罪のために断首、スーエレンは夫妻ほどではないにしろ王女誘拐幇助のために毒杯を仰いだ。


 エルバートとの婚約の際、君は王女としての身分を捨てることも考えたけれど、平民のままではエルバートと結婚できない。花より愛を選んだ君は、王女として正式に公表することに決めた。


 だけどそれを拒む者がいた。

 エルバートだ。

 エルバートは君の籍だけを正式に王女とし、公表をしない内に臣籍降嫁の証の書類を国王へと求めると、式すら挙げること無く君を屋敷へと閉じ込めた。


「シンシア。可愛い僕のシンシア。僕が君だけを、君が僕だけを見ていれば、永遠の愛が約束されるよね?」


 とろける笑顔で君を寝台に繋ぎ止めるエルバート。

 君は足首に嵌まった鎖を鳴らして、ベッドの上からせつなくエルバートを見つめる。


 君はエルバートを愛しているけれど、エルバートの突然の豹変には戸惑った。

 恋人だった時も、エルバートが日に日に執着を増していた気がしていたけど、物理的に縛られることは考えたこともなかった。


 エルバートは君がエルバートをないがしろにすることを赦さない。

 常に視界にエルバートを見つめ続けていないと、彼は君の愛を疑って甘くて激しいお仕置きをされてしまう。


 君の愛を独占したいエルバートの行動は、日々エスカレートする。

 鎖に繋がれている以外、とろけるように甘かった日々が、子が生まれ成長していくにつれ、狂喜の箱庭と化していく。


「シンシア。シンシア。愛しているよ」


 君は盲目になった。

 今やもう、エルバートすら見ることは出来ない。


「シンシア。シンシア。ああ、好きだよ」


 君は不治の病を患った。

 今やもう、エルバートの愛を疑うことはない。


「シンシア。シンシア。永遠に一緒さ」


 君は指一本も動かせない。

 今やもう、エルバートが君の全てを理解している。


 光の当たらない箱庭で、美しい在りし日の体のまま、エルバートは空っぽになった君に愛を囁く。


「シンシア。可愛い僕のシンシア。これで君の愛は永遠に続く。不変の愛を共に紡ごう」


 物言わぬ人形と成り果てた君は、今日もエルバートの愛をその身に享受する。


 甘く囁く声が届いているのかは、動かぬ瞳からはわからない。

 快楽へ誘う指先を感じているのかは、動かぬ四肢からはわからない。


 息も忘れて、君は愛しきエルバートに見惚れ続ける。






 True end.



エイプリルフール特別編、お楽しみいただけたでしょうか。

これにて「死にたがりの悪役令嬢」の物語はおしまいです。ブクマ、評価、感想等、ありがとうございました。


また本日、新連載投稿しました。「母上、攻略対象なので光源氏計画始めてもいいですか?」という、スーエレンとエルバートの息子・アルフォンスくんのお話です。スーエレンもエルバートもバリバリ活躍する予定です。

次世代の物語もどうぞよろしくお願いします。

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