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【連載版】死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。  作者: 采火
番外

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36/40

ヤンデレと愛と首輪と(side.スーエレン)

時系列は結婚九年後。おしどり夫婦の特殊性癖回。

よい子は真似しないでね。

「エレ、首を絞めたい」


 唐突に、旦那様に殺人予告をされました。


 乙女ゲームの攻略対象としてヤンデレの素質がある事は知識として知っていたし、結婚して息子のアルがお腹にいると分かったばかりの頃になんやかんやでヤンデレ発揮で死にそうになったこともあった私スーエレン・リッケンバッカーですけど。

 でもこんな風に、困ったような、慈しむような、怒っているような、複雑そうな顔で私の首が狙われる理由はこの直前までの行動にあったっけ?


 今日はイガルシヴ皇国の王誕祭。つまり国をあげたセロンの誕生日。

 城で夜会が催されたので、私とエルバート様、それからアルはそれに出席して、今しがた帰ってきたばかりだ。


 まだ八歳のアルは本当ならデビュー前だけど、今年六歳になるセロンとシンシアの息子であるラスカー皇子の話し相手として出席。子供の体力的に限界だったのか、アルは帰ってくるなりふらふらと自室へ引っ込んでいった。


 そして私もメイドにドレスを脱がしてもらって、湯も浴びて、すっきりと寝室へとやって来た現在。

 新婚夫婦が恥じらうような、めくるめく官能の世界へいざ───というところで、エルバート様のこの発言。


 え? どこ? 本当にわかんないんだけど? エルバート様何を思ってそんな怖いこと言い出したの??

 ヤバくない? 素でこの発言はさすがにヤバくない?

 私の旦那様の殺意が高過ぎて、悪役令嬢な私ピンチでは?


 ベッドの上でちょこんと座っている私。

 ベッドの縁に腰かけて私を見ているエルバート様。


 正解が分からない私は、とりあえず曖昧に笑って見せた。


「私、何かエルバート様のお気に召さない事をしてしまいましたか」

「…………」


 え、だんまり?

 嘘、本当に私何かやってしまったの? え? どこ? 本当にどこの場面なの。


 心当たりが全く無いのに下手なことは言えない。手を伸ばせばすぐに届いてしまう距離。エルバート様が本気で私の首を絞めようと思えば絞めてしまえる距離だ。


 不安そうにエルバート様を見やれば、エルバート様はその長い睫毛を臥せて琥珀の瞳を閉じてしまう。


 そして深く、長く、息をついた。


「……ごめん、エレ。変なことを言ってしまった」

「いいえ。何か思うことがあるのでしょう? ご相談に乗りますよ」


 相談する事で楽になるならそれで良い。むしろそれだけでヤンデレルート回避が出来るのなら安いものです。


 ぽんぽんと自分の膝を叩く。エルバート様はおもむろにベッドに上がると、私の膝に頭を乗せて横たわった。さらさらの髪が私のお腹をくすぐって、エルバート様の形のよい頭が私を下から見上げてくる。


「……エレが、チェルノやアイザックと話していただろう?」

「ええ。久し振りにお会いしたので、ご挨拶をしました」


 今日の夜会の事を思い出す。確かにチェルノやアイザックと話した。と、言っても世間話を少し程度だけど。

 二人はエルバート様と違って、国籍をイガルシヴ皇国へと移し引き続きシンシアの騎士を続けている。でも以前とは違って、皇妃付き近衛隊隊長アンド副隊長という管理職なので直接護衛をしているわけではなかった。

 ほとんどを屋敷の中に籠って過ごし、夜会やお茶会も最低限しか出席しない私は、昔馴染みの知り合いがほとんどいない。

 エルバート様が飲み物を取りに行ってくれている間、都合よく二人が通りかかったので声をかけたのだ。とはいっても、エルバート様がすぐに帰ってきたから、その後エルバート様を交えて四人で話していたんだけど。


「……僕が離れている間、エレとの繋がりが感じられなくて……あの二人と話していたエレを見て、本当ならエレは僕じゃなくても幸せにしてくれる誰かがいたんじゃないかって考えてしまったんだ」


 目を伏せるエルバート様。

 私は微笑んで、そっとその銀糸の髪を撫で付けた。

 エルバート様、それは取り越し苦労というものですよ。


「心配しなくて良いのに。私の命はエルバート様のものです。私を救ってくれたあの日からずっと……」

「言葉だけじゃ不安になる」

「アルもいるのに、エルバート様と離れる事はありませんよ」

「でも形が欲しくて」

「我が儘な人ね」


 くすくすと笑ってエルバート様の言葉を受け流す。

 今日のヤンデレは中々に手強い。

 そういう時は……と、私は少し腰を上げて腕を伸ばした。


「エレ?」


 エルバート様が身を起こす。

 私はこれ幸いと身体の向きを変えて、横着にもベッドからベッド脇のチェストの引き出しを開けた。


 この中には、大人のオモチャが……というわけでもなく。


 中からちょっとした小道具を出す。


「エルバート様、これで我慢してくださいまし」


 私はエルバート様にとある小瓶を手渡して微笑んだ。





「エレ、これくらいはどう?」

「ん……大丈夫ですよ……」

「エレ、温かい」

「そう、ですか?」

「眠いのかい? 寝ていてもいいよ」

「寝させてくれないくせに……」


 そう言いながらも私はベッドに身を横たえた。エルバート様が私に体重をかけないように馬乗りになる。


 馬乗りになってるエルバート様の指は私の胸……なんかではなく、首へとかかっている。


 ノット合体、ノット桃色空間。

 ちょっと夫婦の営みにしてはヤバめな構図だけど……まぁこれでエルバート様の心の平穏が守れるなら安いものだ。


「もう少し、このままでいいかい」

「どうぞ、お好きに」


 ふふと笑えば、エルバート様も笑み崩れる。そんなに首絞めたかったのかエルバート様。くれぐれも、力を入れないようにだけお願いします。


「エレの首、どくどくしている」

「大動脈が通ってますからね」

「大動脈?」

「一番太い血管ですよ」

「ああ」


 元騎士のエルバート様はそれだけで理解したのか、なるほどと頷く。

 そして泣きそうな顔をして、笑った。


「エレ、生きているね」

「はい、生きてますよ」

「心臓も、動いてる」

「はい、動いてます」


 エルバート様が私の首から両手を外して、私の胸へと頭を埋めてきた。エルバート様の重さが体へ落ちてくる。


「エレ、愛している」

「私もです、エルバート様……」


 エルバート様の手が夜着の上から私の身体をまさぐってくる。


 もう、眠いって言っているのにこの人は……。

 抗議の意味も込めて、私はそっとエルバート様の唇を自分の唇で塞いでやる。


 甘やかな口付けの後にエルバート様の蜂蜜色の瞳を覗き込めば、その瞳にはとろりとした欲の熱が波打っていて。


 ……うん、私は大概エルバート様に甘い自覚があります。

 だから結局雰囲気に流されて身を委ね、エルバート様の好きにさせてしまうのだった。




 ◇




 翌日、リネン交換担当のメイドから私が叱られていた時、ひょっこりとアルが私の部屋へと顔を出した。


「母上? 昨日の夜会なんですけ、ど……?」


 入ってきたアルがひきつった顔で私を見てくる。いや、ひきつったというより、青ざめてる?


「は、母上、その首……」

「え? ああ、これ……。大丈夫よ。心配しないで」

「いや心配するでしょ!? なんで首に手形がついてるの!? 誰!? 父上!? あのヤンデレ、とうとう覚醒したの!?」


 叫ぶアルを手招きした。アルが慌ててこちらに近づいて来て、私を見上げてきた。腰を折って視線を合わせると、私はやんわりとアルに事情を説明してあげる。


「エルバート様だけど、大丈夫よ。これ、水彩絵の具だから。赤くなってるけど、本当に首を絞められた訳じゃないのよ」

「は?」

「エルバート様の発作みたいなものだから安心して頂戴」


 アルがスンッと真顔になった。おや、理解できるような、理解したくないような、そんな感じの顔。八歳児にして表情ばかりが達者になっていって、お母様はちょっと苦笑いです。


 アルが黙って遠い目をしだすと、頭上からメイドの声が降ってきた。


「どこが安心できますか。アルフォンス様からも言ってやってください。いい加減そのような特殊な営みはお止めくださるように。安全で! 健全で! 尚且つ、リネンの洗濯が楽な営みをしてくださいまし!」

「ちょっと待って、僕八歳児。八歳児の前でそういうぶっちゃけ話やめて?」

「だって奥様に何度言ってもお止めくださらないんですもの! シーツや枕に絵の具を付けないようにともう何度お伝えした事か……!」

「だってエルバート様がそういうことしようとするのって、閨の時が多くて……」

「そんなでしたらせめてシーツや枕を汚さない努力をしてくださいまし!」

「汚さなきゃいいの……?」


 アルが半笑いでメイドに突っ込みを入れてる。私も思った。汚さなきゃセーフなら、次からはもっと気を付けるようにしようか。

 まぁ、本当なら次がないのが望ましいんだけど……元々結婚当初から微妙にヤンデレ覚醒気味だったエルバート様なんだから、今更治るわけがないんだよね……。


 メイドはぶつぶつと文句を言いながらも、汚れたシーツを洗濯籠へと入れて持っていってしまった。毎度毎度申し訳ないです……。


 メイドが出ていった部屋で、私はアルともう一度視線を合わせた。


「それで、アル。用事って?」


 アルは困ったように視線をそらしてしまう。あら? どうしたんだろう。

 私が首を捻っていると、アルが大きくため息をついた。


「……うん、用事あるけど、その前に母上着替えない? 夜着のまんまだと、僕が父上に殺される」

「あ、ごめんなさい」


 アルに指摘されて、自分が夜着のままだったことを思い出す。いけない、いけない。寝起きにメイドに怒られてそのままだったわ。


 私は立ち上がると、着替えのために備え付けてあるベルを鳴らす。私付きのメイドが直ぐ様やって来て、さくっと着替えさせてくれた。


「……母上、その手形消さないの?」


 着替え終わった私に、アルが尋ねてくる。

 私は笑って頷いた。


「これは首輪だから。エルバート様を繋ぎ止めるための、首輪なの。今日一日はこのままよ」


 そう、この首の痕はエルバート様を繋ぎ止めるための首輪。

 エルバート様の衝動を封じて、理性を呼び覚ますためな首輪なの。


 だから私は甘んじてこの首輪を受けるのだ。

 ヤンデレがこれ以上、ヤンデレを拗らせないために……ね?






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