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【連載版】死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。  作者: 采火
番外

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35/40

婚約者と花束と初恋と(side.エルバート)

時間軸は本編終了後くらいです。

 家の決めた婚約に、大して興味はなかった。

 申し込みは向こうの家からだった。長子同士の婚約で、向こうの家は娘を嫁に出す気でいたらしい。長子同士の婚約は珍しいけれど、家格は同位だから向こうの家がそれで良いならと思った父がそれを了承した。

 子供ながらに不思議に思った記憶がある。向こうの家に旨味のない婚約。こちらの家にも跡継ぎ以外に旨味のない婚約。何かおかしいと思ったけれど、具体的に何がおかしいのかは分からなかった。

 後から聞いた話だけれど、向こうの家の現当主がこちらの家に借りがあったらしい。何でも現当主の失態を祖父が昔のよしみで尻拭いしたのだとか。どうやら向こうの家は祖父の初恋の人が嫁入りした家系らしく、そこの娘が祖父のその初恋の人の面影を持つようでこちらの家に嫁入りさせて欲しいということらしかった。

 年齢的にも僕とならという事で婚約の話が纏まったらしい。

 大人たちに振り回される子供の気持ちも考えてみろと言いたい、特にお祖父様。

 彼女はお祖父様の初恋の人に似ているだけであって、その人本人ではないし、僕の初恋の人でもない。ただお祖父様が手元に置いて愛でていたいだけだろうに。

 そう思った僕は、婚約者殿……スーエレン嬢に必要以上に関わらないようにした。

 お茶会やパーティーなど、必要な場所では婚約者として振る舞うし、義務のような感じで贈り物もした。どこを見ているのかよく分からないあの赤い目が苦手だったのもある。


 スーエレン嬢はあまり笑わない令嬢だった。周囲の令嬢が勝手に姦しく囃し立てるだけで、本人は焦点の合わない目でどこか遠くを見ている。

 唯一、お茶会やパーティーなどに王子が来るときだけは焦点が合った。王子に視線を向けて、すがるような視線を向けている。

 スーエレン嬢は僕の婚約者だ。

 それなのに僕を通り越して王子に視線を向けるのが不愉快だった。

 取り繕いもしないその態度に苛立つ。そんな感じだったから僕はますますスーエレン嬢とは一線を引いて付き合うようになった。向こうもそれにとやかく言うことはない。


 そんな関係が何年も続いた。

 僕は成長し、騎士になり、侯爵家の事を手伝う傍ら、騎士としての役目に没頭した。パーティーやお茶会など、どうしてもというもの以外は騎士の仕事を理由に断った。それには当然スーエレン嬢のエスコートも入っている。最低限の事はしているからそれでいいかと思っていた。


 ある日の事。

 町で巡回していたら、年配のご婦人の重そうな荷物を肩代わりしてふらふらと運んでいる女の子を見かけた。

 危なっかしいその女の子に、思わず手が出てしまった。馬車道によろけた彼女を支えたのがきっかけで、何となくその子を手伝った。

 年配のご婦人の荷運びを手伝うと、女の子に「お礼をさせてください」と言われた。巡回中だったから断ったものの、それから何度となく町で会うようになったので少しだけ立ち話をするようになった。


 シンシアと名乗る花屋の女の子は、ある日僕にこんなことを言い出した。


「エルバート様って婚約者様がいらっしゃるんですよね。如何ですか、お一つ花束でも」


 スーエレン嬢に花束か。

 シンシア嬢に勧められて、なんとなく断れずに適当に花束を買った。最近贈り物もしていなかったから、ご機嫌取りにも丁度良いだろうと思って。


 仕事終わりにクラドック侯爵家に立ち寄る。すぐ帰るからと断って、玄関で執事に花束を預けた。

 用事は済んだし帰ろうと踵を返したところで、たまたま通りかかったスーエレン嬢と視線があった。


 その目には驚きの色が映っていて。

 いつものように焦点が合わないあの瞳じゃなくて。

 僕をまっすぐに見ていた。


 スーエレン嬢に気がついた執事が彼女に花束を渡す。渡された花束に戸惑いながらも、腕一杯の花束に顔を寄せた彼女は、頬を綻ばせた。


「ありがとうございます」


 そうやってひっそりと笑うスーエレン嬢の表情が、僕の目に焼き付いた。

 初めて僕に笑いかけたスーエレン嬢。

 驚愕と、戸惑いと、困惑と───ほんの僅かなときめき。

 スーエレン嬢は、春の咲き初めの花のように微笑むんだと知った瞬間だった。


 もう一度あの笑顔がみてみたい。

 欲求がむくりと鎌首をもたげた。

 その日から幾度となく花を買ってはスーエレン嬢に贈るようになる。あんまりにも花を贈りすぎて花瓶がなくなると言われたけれど、それでも律儀に彼女は花を受け取ってくれた。


 花を贈るようになって少ししてふと気がついた。

 それまで散々お茶会やパーティーに誘われていたのにそれがなくなった。

 無表情なりにパーティー好きのスーエレン嬢らしからぬ事だと違和感を持った頃、ふと気がついた。

 スーエレン嬢は僕の顔を見るように他者に対しても視界におさめるようになったけれど、それはただ見ているだけだと。

 死期を悟った騎士のように、その瞳には諦念が浮かんでいるということを。


 どうしてそんな目をしているのかと冷や汗が伝った。

 彼女は相変わらず、僕を見ているようで見ていなかった。

 その事に段々と焦りが募り初める。

 このままじゃいけないと脳内に警鐘が鳴り響く。

 だから僕は彼女を僕のもとに繋ぎ止めるために言葉を重ねた。

 花を贈り、言葉を贈り、気持ちを贈る。

 些細なことでも反応が返ってくるのが嬉しくて、僕は遠退きがちだったクラドック家への訪問回数を増やしていった。

 それまで見向きもしなかったツケが回ってきたからか、あまりスーエレン嬢が喜ぶことが思い付かない。その頃、星巡りの関係で偶然的に集まった騎士仲間に相談することが自然と増えるようになった。もちろん、シンシア嬢もだ。


 いつからか、なんてよく分からない。

 最初から愛していたわけではなかった。

 きっかけはシンシア嬢の花束だけれど、あの時に僕が恋をしたのかは分からない。

 でも気がついたら、彼女を愛したいと思っていたんだ。


 だから僕は国からエレをかすめ取った。本来なら、両親の処刑に殉じて処刑されるエレを、あの手この手を使って僕の元へと引っ張りこんだ。

 そして始まる新婚生活。

 最初の頃、エレはあんまり僕らが結婚したことに実感を持ってくれなかったけれど、段々と馴染んでくれたのは間違いない。心も、身体も、僕に馴染んで、いつかのような暗い目をすることも無くなった。


 以前より明るくなったエレは、それはもう大輪の花のような可憐さを持っていた。

 最初の頃こそ煩わしい奴らの目に触れさせたくなくて僕の部屋に閉じ込めていたけれど、段々と閉じ込める理由が他の男に見せたくないってなってしまうのに時間はかからなかったかな。






「父上、まだ続きますか」

「ここからもう一度僕がエレに恋をするくだりがあるんだけれど」

「もうお腹いっぱいだぁ……」


 息子のアルフォンスがぐったりと僕の膝で溶けた。ソファで膝に乗せていたんだけれど、でろんと溶けてずるりと床に滑り落ちていく。

 アルフォンスの脇を掴んで膝の上に乗せ直すと、アルフォンスが恨めしそうにこちらを向いた。


「どうして母上と結婚したのか聞いたのは僕ですけど、もうちょっと簡潔にお願いしたいです」

「アルフォンス、人の心とは複雑だ。僕でもよく分からないのに、これ以上どうやって簡潔にしろと?」


 けろりと言ってやればアルフォンスは苦虫を噛み潰したような表情になった。三歳になったばかりだというのに、こういう表情ばかりがうまくなっていくのは少し残念だ。もう少し無邪気に過ごして欲しいとも思うけれど、この子の内面の事情を慮るとそれも仕方ないのかと思ってしまう。

 アルフォンスの身体を抱き直して、イガルシヴ皇国特産のコーヒーを飲む。黒々しいお茶は苦味と酸味のせいで好き嫌いが別れるものだが、エレとアルフォンスが好んで飲むので僕も嗜むようになった。

 ティーカップのコーヒーを啜っていると、アルフォンスが溜め息をつきながら自分のコーヒに手を伸ばす。……距離が足りないようなので取ってやった。


「とりあえず、色々あって母上を好きになったのは分かりました。こういう内面的なものは、母上に聞いても分からなかったのでありがたいです。今後の参考にさせてもらいます」

「今後の参考とは?」

「んー……まぁ、未来のあれこれ?」


 言葉を濁したアルフォンスになるほど、と頷いた。

 アルフォンスと、エレと、シンシア嬢が共通して話す「げーむ」の話に関連する事か。

 僕が「げーむ」について聞いたのは、アルフォンスの名付けの儀式が終わった後。錯乱するアルフォンスをどうにか宥めてエレに色々と尋ねたのだ。

 今は何となくだけれど彼らの話を理解はしている。納得いかないところもあるが、エレやシンシア嬢の言動が時折おかしかったのはこれのせいなんだろうな。


「僕たちはシナリオに一喜一憂してしまうから、行動一つ一つに制限がかかってるみたいなものです。特に『騎士ドレ』シリーズは致死率が高い。正しい行動をしないと死んでしまうっていう先入観が働きます。でも実際は違う。僕らだけではなく、父上みたいなイレギュラー……ええと異分子? 異端? んんん……あ、不確定要素? みたいに、シナリオを改変させる人間だっているんですよね」


 アルフォンスがつらつら言い重ねる。最初の聞きなれない言葉に聞き返せば、アルフォンスは適切な言葉に言い換えてくれた。恐らく、アルフォンスが前世で使っていたという言語だろう。

 アルフォンスが話すその意味を噛み砕けば、どうやら僕の行動、僕の感情はそのシナリオにとって予定外の物であり、アルフォンスたちの想定を越えたものだという。

 その事実を踏まえて、アルフォンスは言葉を続けた。


「所謂『強制力』みたいなものはこの世界には働いていない。母上とシンシア様はあらすじ通りの世界に『強制力』があると思っているみたいだけど、実はそうじゃない。『強制力』があれば、父上はここにはいないでしょう?」


 アルフォンスがぽすっと僕の胸にもたれかかって、足をぶらぶらさせながら見上げてくる。

 きっぱりと言いきられて、僕は苦笑しながらコーヒーを飲みきった。


「その根拠はどこだい?」

「だって正しいシナリオ通りなら、父上は母上を見捨ててる。シンシア様を言い訳に使った可能性もあるだろうし、家のために切り捨てる選択もある。それをしないで父上は自分の思うままに動いたんですよね?」


 見上げたままこてんと首を傾げる息子の髪を撫で付けた。僕に似た伸びやすくて柔らかな手触りの銀の髪。ティーカップとは反対の手で撫でていれば、息子は気持ち良さそうに目を細める。

 普段は精神年齢がどうのこうのと言って三歳児とは思えない素早さで逃げていくけれど、こうやって捕まえてしまえば大人しくなるので満更でもないのだろうな。


「そうだね。僕は僕の意思で動いていた」

「僕も僕の意思で動いている。つまり『強制力』なんてないんです。それなのにシナリオが進むのは必然的な要因があるということ。それならその必然の種を早くから見つければいいと思いません?」


 にこりと笑うアルフォンス。僕はティーカップを置くと、アルフォンスの頭をもう一撫でしてからその小さな身体を下ろした。

 僕の息子は末恐ろしい。エレもそうだけど、シンシア嬢も、前世の記憶があってもそこまで考えていなかった。むしろ、その『強制力』を恐れて身動きが取れなくなったのがエレだと言うし。それに比べたら、アルフォンスは頭の回転がすごく早い上に状況把握が完璧だ。恐らく今後、アルフォンスが成長した時、そのシナリオとやらは彼の手のひらの上で転がされるに違いない。


「それで? この話の帰結点はどこだい、アルフォンス」

「フラグ破壊……特に僕のアルフォンスルートに起こるだろう事件の防止に一役買ってもらおうかと」

「具体的には?」

「簡単ですよ。父上はひたすら母上を守ってもらえば。物理的にも、情報的にも」

「そうだね、言われなくても分かっている」


 自然と唇の端がつり上がる。

 この息子は本当に頭がキレる。

 情報。情報ね。


「アルフォンス、君にも手伝ってもらおうか」

「僕、三歳児ですけど」

「三歳児らしい扱いがされたいのかい?」

「言ってみただけですよ」


 アルフォンスはにこにこと笑っている。

 上面の笑顔に僕も微笑んだ。


 アルフォンスもコーヒーを飲みきったようで、机の上にティーカップを戻す。二人で立ち上がると、談話室から移動することにした。

 そろそろエレも起き出す頃だ。今日は僕の仕事が休みなので、家族三人水入らずで過ごす予定。アルフォンスを連れて、寝室まで移動する。

 寝室の扉の前でアルフォンスに待つようにいうと、大袈裟に溜め息をつかれた。


「どうしたんだい」

「いいえぇ、大変仲が良いのは結構ですけど、こうも毎日のように母上が抱き潰されてるのを見ていると気まずいの通り越して気の毒だなぁと思って」


 抱き潰すとか。

 三歳児の見た目に似つかわしくない言葉が飛び出てきて、少し微妙な心境になってしまった。



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