銀糸と金糸と髪紐と(side.エルバート)
スーエレンとエルバートの新婚生活の一場面です。
「エルバート様。今日はどうなさいますか」
「そうだね。いつも通りでいいよ」
エレの言葉に笑みを浮かべながら返せば、彼女はむくれたように頬を膨らませる。シーツを体に巻き付けながら、ほっそりとした首や華奢な肩が朝日を浴びてまばゆく輝いている。素肌を晒して……とは思うけれど、僕だけしか見ていない事に優越感を覚えた。
彼女はベッドを軋ませてその縁まで来ると、ぺちぺちと自分の隣を叩いて手のひらを差し出した。
「貸してください」
「はい、お願いするよ」
苦笑しながら彼女の手に髪紐を渡して、僕もベッドに腰かけた。
今日は仕事のために騎士団に顔を出す日だ。僕の長い髪はいつもなら侍従にでも適当に括らせるんだけれど……こうやってエレが僕の着替えの時に目が覚めると、彼女が結んでくれる。どうやら彼女は僕の髪に触れるのが好きらしい。彼女が上機嫌で括ってくれるのなら、とついつい任せてしまう。
「ふふ、相変わらずエルバート様の髪ってさらさらで綺麗ですね」
「エレのブロンドヘアーには負けるよ」
「何言ってるんですか。私の癖っ毛よりさらさらストレートのエルバート様の方が素晴らしいです。私のなんてすぐ絡まるし、雨の日なんてハネがひどいし……」
僕の髪を手ぐしですきながら、エレは自分の髪に対する不満をこぼす。長い髪があんまりお気に召さないようだけれど、貴族令嬢である限り彼女の髪が短くなることはない。
だから僕は、彼女が自分の髪を好きになってくれるように囁く。
身体を捻って、彼女の背中にかかる髪をすくいとった。
「僕は好きなんだけどな。知ってるかい? 君の髪って大輪の花のような華やかさがある。それはきっと、ほんのり癖があってふわふわしているからだ。しっとりとしていたら、この華やかさが半減してしまうと思わないかい?」
「そういうものですか?」
「そうだよ」
エルバート様がそう言うなら、と納得した素振りを見せるけど、たぶん実際は納得してないんだろうなぁと思う。まぁ、いいか。おいおい好きになってもらえば。
すくいとった髪に口づければ、エレは頬をほんのり染めて顔を背けた。
「か、髪結うので前見てください!」
「はいはい」
夜な夜なもっとすごいことをしているのに、未だにこういった触れあいに気恥ずかしそうな表情をするエレは初々しい。あまりにも可愛らしくて、仕事なんかそっちのけで二人でのゆっくりとしたくなってしまう。
やっぱり今日は休もうか。
うん、そうしよう。
そう決意した矢先、エレが鼻歌混じりに髪を編み出した。聞いたこともない旋律に耳を傾けながら、複雑に編まれているような感触を頭皮が感じとる。
「はい、できました! 今日のは力作ですよ!」
楽しそうに笑うエレの言葉で、僕はどんな感じかと頭に手を当てた。髪の頭頂から少しずつ髪が編み込まれているようだ。編み込みは苦手だとぼやいていたのに、いつの間にか上達していたらしい。
「ありがとう。編み込み、上手くなったね」
エレが嬉々として笑顔を振り撒いてくる。
「ふふ、侍女にお願いして練習していたのですよ。ささ、色んな方に見せびらかせて来てくださいな」
「分かったよ」
胸を張って笑うエレに、これはしっかりと騎士団にいって見せびらかせてこないといけないなと思い始めた。仕方ない、ちゃんと出勤するか……。
でも、その前に。
「エレ、朝食を食べに行こうか」
「え、あ、待ってください! 服! 服を着させてぇ……!」
シーツを巻いたままのエレを抱き上げると、彼女が慌てたようにシーツを握る。
当たり前だけれど、廊下に出たところで侍女に止められたので、エレの支度が整うまで、僕は廊下で待ちぼうけする羽目になったのだった。




