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【連載版】死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。  作者: 采火
死にたがりの悪役令嬢は

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30/40

バッドエンドを突き進む。(side.スーエレン)

「ははうえー、みてみてー」

「あらアル、何を描いたの?」

「とうきょうスカイツリー」

「え」


 よく描けてるわねぇとアルを褒めた私の正面で、シンシアが絶句した。


 ギギギギ……と、油をさし忘れた歯車のような音が今にも聞こえてきそうな様子で私の方を見たシンシア。口元がひくひくと動いている。


「どういうこと……?」

「こういうことです」


 今まで大人しくクレパスを使ってお絵描きをしていた我が息子を抱き上げて、膝の上に乗せる。私の可愛いアルはその手にしっかりと東京スカイツリーが書かれた画用紙を持っていた。どうでもいいけど、ここは東京タワーじゃないのが母息子間に横たわるジェネレーションギャップを感じさせてくる。


「え……というか、待った、名前……」

「ええ。先日アーシラ王国に帰国したでしょう? その時ようやく三歳になったから、名付けの儀式をしたの。ほら、アル。シンシア様にご挨拶してね」

「はい! シンシアさま、アルフォンス・リッケンバッカーです。以後、お見知りおきを」

「こらアル、三歳児を装いたいなら、もっと無邪気に、もっとあざとく」

「うぐ……ははうえきびしい……」


 がっくりと項垂れるアルに駄目出しをしていると、シンシアがハッとしたようにアルをまじまじと凝視し始めた。皇太子妃としての気品を備えてきたのに、今目の前にいるシンシアは私と出会った頃のように感情豊かな表情をしている。


「あ、アルフォンス・リッケンバッカーって、まさかあのアルフォンス? 嘘でしょ? どういうこと?」

「僕もそれ思ったけど、もう遅かったんですよ……」


 三歳児の癖に人生の往年を過ぎたみたいな哀愁を漂わせるアルの頬をうりうりとつついてあげれば、アルは私をむっとして見上げてきた。そんな仕草も可愛いくて、お母様はデレデレです。


 対して絶賛混乱中のシンシアは、眉間の間を揉みほぐすように考える人みたいな格好になって低くうなり始める。しばらくは成り行きをアルと一緒に見守っていると、彼女が苦々しそうに顔をあげた。


「ええと、まず。スー。あなたの息子はアルフォンス・リッケンバッカーという名前に決まったのね? それは、ひとまずおめでとう」

「ええ、ありがとう」

「それとアルフォンス君……あなたは前世の記憶があるの?」

「正解」


 キャパを越えたのか、シンシアはティーカップとかを避けてテーブルに突っ伏した。


「これどんな状況なの……」

「それがねぇ……」


 私はほうと頬に手をついて、ここに至った経緯を話した。


 アーシラ王国には幼い子が三歳になってから名付けをするという慣習がある。曰く、まだ世界に馴染んでいない子の名前を呼ぶと、死神がその名前を頼りに魂を刈り取りに来るという。医療が現代日本ほど進歩していないアーシラ王国ならさもありなんという慣習だ。

 私とエルバート様もその慣習に乗っ取って、息子が三歳になるまでは名前をつけずに「愛しい子」や「僕らの天使」など少し恥ずかしい呼び名で呼んでいたわけです。

 そしてようやく三歳になった先日。私もエルバート様もイガルシヴ皇国に住んでいるものの、国籍はあくまでもアーシラ王国だったので一旦帰国し、アーシラ王国の教会で息子の名付けの儀式をした。


 神父の前で、当主であるエルバート様が「名帳」と呼ばれるリッケンバッカー家の家系図に息子の名前を書き加える。

 そして息子が神父の前に歩み出て、自分の名前を呼ばれながら「名帳」を授けられるのが、儀式の内容なのだけれど……。


 アルはその神聖な儀式をもののみごとに台無しにした。


「貴方に名が授けられました。名とは尊い生の中で、親より賜る最高の祝福。あなたはこの名に恥じぬよう、生を尽くすと誓えますか? アルフォンス・リッケンバッカー」


 神父がお決まりの口上と共に、初めて息子の名を本人に告げた時だった。

 本来ならここで「誓います」と言って名帳を受けとるのが正しい流れだ。


 普通の三歳児は難しい事なんて分からない。だから「神父様のお話が終わったら「誓います」と言って大切なご本を受け取ってね」と言い含めて儀式に挑むのが普通だ。


 それを我が息子は「ち、誓えるかぁぁぁぁ!!」と大絶叫。涙目で私の方を振り向いて短い足で全力ダッシュしてくると、ぐいぐいと私のドレスを引っ張ったり踏みつけたりしながら癇癪を起こしたのだ。


「あんた転生系悪役令嬢じゃねぇのかよぉぉ! なんで自分から死亡フラグに突っ込んでいくんだ!?!? 馬鹿なの!? 母上馬鹿なの!?」

「え、ちょ、何、ば、馬鹿って……ちょっとなんで私が責められないといけないの?」

「馬鹿は馬鹿でしょ明らかに続編のフラグ立てんなよぉぉぉぉ死に芸ライターの餌食に僕を巻き込むなよぉぉぉぉ」

「は、はぁ?」


 錯乱する息子。

 とりあえず言葉の端々から、我が息子は私と同じく前世の記憶を持ち、その上、私の知らないゲームの続編とやらを知っているらしいことを把握した。その上でこの名前を決めた私を責め立てているらしい。


 とりあえず泣きわめくアルになんとか名帳を受け取らせて、名付けの儀式を完了させる。アルは「改名を希望する!」と帰りの馬車で私に詰め寄ったけれど、名帳に書き込んでしまった以上、改名はできない。さめざめと泣くアルをよしよしと膝の上であやしていると「母上の馬鹿ぁ!」と罵倒された上に髪を引っ張られた。


 この時、エルバート様も息子の変貌っぷりには混乱していたらしい。馬車の中でひたすら無言だったけれど、屋敷に戻った後、騒ぎ疲れて眠ったアルを乳母に預けて私は根掘り葉掘りエルバート様に聞かれまくった。


 それはもう、前世やら、乙女ゲームやら、悪役令嬢やら、今の私、今の『スーエレン』を形作るそれらを洗いざらい吐かされた。


 前世があることに対してエルバート様は「その君にも会ってみたかった」と言ってくれたので、変な緊張を強いられていた私はほっとした。けれど、続く「君が僕になびいてくれなかったのはシンシア様に僕がうつつを抜かすと思っていたからなんだね。なるほど、僕は君への愛と献身が足りなかったようだ」という言葉に身を震わせたのは仕方ないと思う。身の危険を感じた。そして私の予想は外れることなく、アルのことがあるというのに、翌日ベッドから起き上がれないほどに抱き潰されてしまったのも記憶に新しい……。


 寝室から丸一日出てこられない私を心配した息子が、私を見舞ってくれようとしたらしいけれど、エルバート様によって阻まれたと後日聞いた。アル曰く「ヤンデレが旦那とか母上詰んでる」らしいけど、息子よ今更だと返しておいた。


 そしてこれは私一人じゃどうも受け止めれる事態ではないぞと悟った私は、イガルシヴ皇国へ戻るとすぐさま前世仲間のシンシアに連絡を取ったという次第である。


 シンシアは若干遠い目をしながらふふふ、と淑女らしく微笑んだ。


「そっかぁ続編かぁ……私には関係ないけど、スーはまた死亡フラグ乱立していくのか……大変ね」

「アルも似たようなこと言っていたけど、何その不気味なフラグは」

「シンシア様、母上は続編の存在知らないんですよ」

「だからうっかり自分からフラグを建造しにいったのね」


 散々な言われよう……何よ、そんなに息子にアルフォンスという名前をつけたのが悪かったのか。

 そもそも続編なんてものを知らなかったんだから仕方ないじゃない!


 事前に聞いたアルの話では、『騎士とドレスと花束と』の続編として二年越しに『騎士とドレスとヴァイオリンと』という乙女ゲームが発売されたらしい。シンシアもプレイしたことがあるというそれは、まさしくアルフォンス・リッケンバッカーが攻略対象者の一人として上げられるという。


 イガルシヴ皇国の学園を舞台としたゲームで、攻略対象者のほとんどが騎士科の生徒らしい。タイトルにあるヴァイオリンとはヒロインが音楽科の生徒であり専攻がヴァイオリンだから。『花束と』が王道シンデレラストーリーだったのに対して、『ヴァイオリンと』は学園ものとして始まり、ヒロインが自分だけの騎士を探していくというストーリー。

 そんな『ヴァイオリンと』の攻略対象者であるアルフォンスルートのストーリーは母方の実家にまつわる不穏な噂を元に、孤立していたアルフォンスに音楽科のヒロインが寄り添っていくというお話なのだそう。


 アルに教えてもらったゲームの概略を思い返していたら、シンシアが新たな情報を教えてくれた。

 それというのも、アルフォンスはリッケンバッカーという家名とその容姿から、前作『騎士ドレ』のエルバートの息子疑惑が出ていたという。二次創作などでは瞳の色からエルバートとスーエレンのIFルートという説が支持を受けていたらしい。


 死に芸シナリオライターが何を考えて続編を出したかは知らないけれど、相変わらずの死ネタの宝庫にプレイヤーは戦きつつ『騎士ドレ』シリーズに対する憶測を呼んだ『ヴァイオリンと』によって界隈は盛り上がったという。


 その話を聞いてなるほど、と私は思った。

 確実にシンシアとアルは私よりもこれからの未来を知っている事に違いは無かった。私はおそらく『花束と』の続編が発売されるより前に死んでいると思われるので。

 あの死に芸シナリオライターが関わっているなら、シンシアは呆れるし、アルは当事者になってしまった今、なりふりかまっていられないわけである。


「ああもう、母上がもっとしっかりしてたら僕はもっと平和な暮らしができたのに……」

「あら、私のせいにしないで? 人生なんて、あなたの心持ち一つで変わるんだから」

「役に立たないアドバイスありがとうございます」


 よくよく話を聞けば、赤子の頃から前世の記憶があったというアルは、私に前世の記憶があるとバラしてからはこんな風に毒舌を噛ましてくるようになってしまった。それでもかまってかまってとすり寄っていけば邪険にしないで好きにさせてくれるので、中身はとても優しい子には違いない。


 因みに彼は頭もいい。誰に似たのか、それとも前世の影響かは知らないけれど、頭の回転が恐ろしいほど早かった。私が転生者であるというのは、赤子の頃から既に疑っていたらしい。おそろしや……


「それにしてもシンシア様がいてよかったです。母上みたいなぼんやりでうっかりしている中身の人間が、華麗に断罪ルートを避けれるわけないと常々疑問に思っていました。どこかに協力者がいるとは思ってたんですが、まさか前作ヒロインを味方につけていたとは」

「そういうこと……」


 シンシアがなんだか納得したように頷いてみるけれど、ちょっと待って。どこに頷いたの。記憶持ちのところ? それとも前半の私に対する悪口?


 何だか釈然としなくてシンシアを恨めしく見ていると、私と視線の合った彼女は苦笑した。


「でもアルフォンス君、あなたは一つ誤解しているわ。私がやったことなんて、一番最初にエルバート様を焚き付けた事とスーと友達になった事くらいなの。あなたが思うほど干渉してないのよね」

「はぁ?」


 行儀悪くアルが声をあげたので、むにっと頬を摘まんでやった。鬱陶しそうに手を払われて悲しい。


「スーも言ったじゃない。心持ち一つで人生が変わるって。あなたのお母様、出会ったときはとんでもない自殺願望者だったのよ? それをエルバート様の愛で救われて今に至るの」

「ちょっとシンシア!」


 恥ずかしい過去をペラペラと息子に話されて、私はシンシアに抗議の声をあげた。

 シンシアの暴挙を止めるべく、アルを膝から下ろして立ち上がろうとすれば、アルが私の方をくるりと向いた。


「ははうえ、しー」


 人差し指を口に当てて、これである。めちゃくちゃ可愛い息子に私の心臓がはち切れそうだ。切実にカメラがほしい。そして息子の小悪魔っぷりが怖い。


 私が心臓を抑えて発作に堪えていると、シンシアが声をあげて笑った。


「アルフォンス君はめちゃくちゃタフそうだから心配ないわ。あなたのお母様はエルバート様がいたからこうして幸せを掴んでいるけれど、あなたならちゃんと自分で運命も乗り越えられる」


 そう言うとシンシアは席を立った。

 忙しい皇太子妃業の合間に来てもらっているので、あんまり引き留めることもできない。知りたいことは聞けたし、教えておきたいことは伝えられたので、今日はここまでにしておこう。


 帰り際、シンシアは玄関にまで見送りに来た私に向かって笑いかける。アルは私の隣で私達のやり取りを見上げていた。


「まだまだ回避しないといけないバッドエンドがあるから、スーも大変ね」

「何を言ってるの。私達のストーリーはもう終わったじゃない」

「私の……シンシアのストーリーは、よ。あなたの息子のストーリーにあなたが巻き込まれないなんて言い切れる? あの死に芸シナリオライターの構成力はこの三年でも散々体感したでしょうに」


 痛いところを突かれて、私はぐっと言葉を飲み込んだ。ごもっともです……。


 この三年間の内に実はチェルノルートとアイザックルートにあった大きな事件が起こっていたのだ。人生は川のように続くとは先人の言葉通りで、ゲームみたいに誰かのルートを攻略して終わり、というわけにはいかなかった。

 そしてその都度、私はエルバート様と巻き込まれたり自分で首を突っ込んだりして、自分やシンシアの死亡エンドフラグを粉砕すべく立ち回っていたのである。たぶんそういったこともあって、アルは私が転生者だということを察したんだと思う。


 シンシアは私の肩をポンと叩いた。


「息子が可愛いあなたが、息子の死亡フラグを見過ごせるの?」

「無理だわ」

「……」


 即答する私に、アルがそっと顔をそらした。耳がちょっぴり赤いのは照れているからかしら。やっぱりうちの子可愛い。


 可愛い息子の手を握ると、少し驚いたように目を丸くして、それからそっぽを向いて手を握り返してきてくれる。その様を見せつけるようにシンシアにドヤ顔してみせると、彼女は「早く私もセロンとの子が欲しいわぁ」とぼやきながら馬車に乗り込み帰っていってしまった。


 見送りが終わって、さぁ部屋に戻ろうとアルの手を引いて歩き出そうとしたら、後ろからふわりと抱きしめられる。


 温かで安心する匂いに、私の頬は自然と緩む。


「やっとお話は終わったのかい」

「エルバート様」


 シンシアとのお茶会の間、書斎に引きこもって外交大使としての仕事をしていたエルバート様が待ちかねたように私を抱きしめている。


「終わったのならもういいだろう。これからは僕との時間だ」

「そう言いますけど、お仕事は終わったんですか?」

「仕事するから、僕と一緒にいて?」


 そう言われてしまえば私も弱い。仕方ないから一緒にいてあげよう。


「アル、これからお父様のお部屋に行くけれど、あなたはどうする?」

「うまにけられたくないから、いかなーい」


 手を繋いだままのアルに聞いて見たら、素っ気ない返事が帰ってきた。

 言い方そのものは舌足らずで子供らしさを装っているけれど、言葉選びはアレだし、顔はものすごいバカップルを見て白けている感じの表情になってる。しかも早く手を離せと言わんばかりに手を抜き取られた。お母様、悲しい。


 アルは乳母に任せて、私はエルバート様にエスコートされながらゆっくりと書斎へと歩いていく。


「シンシア様と、アルと、何を話していたんだい?」

「そうですね……」


 私はシンシアとアルと話していたことを脳内でまとめる。うん、まぁ、有り体にいえば……。


「エンドロールにはまだ早かったみたいですよ」


 悪役令嬢スーエレンのバッドエンド回避は、まだまだ続くらしいです。


 私はエルバート様と一緒に大往生するのが夢なので、まだしばらくは死に芸シナリオライターの描く運命と格闘しないといけないらしいという事実に憂鬱にはなる。

 それでも、初めてこの世界がゲームと同じ世界観であると気づいた時のような絶望も諦念も、私の中にはもうなくて。


「エルバート様がいるなら、百人力です。どんな未来もきっとハッピーエンドにしてみせましょう」


 私には勿体ないくらい最高の旦那様がいるから、恐れるものなんて何もない。


 エルバート様に寄り添いながら、密かに心に決意する。




 見ていなさい、死に芸シナリオライター。

 あなたがどんな試練を私達に課そうとも、私はそれを見事跳ね返して見せるわ。


 私は私のためのハッピーエンドにたどり着いて見せたんだから、今更ひっくり返されるようなバッドエンドはお引き取り願います。






これにて本編完結となります。

ここまでお読みくださりありがとうございました。ブクマ、評価、感想、誤字脱字報告、どれもありがたく、とても嬉しかったです。今後は番外編をぽつぽつとあげられたらなと思うので、リクエストやご質問がありましたら、またお気軽にお声がけくださいませ。


2020.04.01(エイプリル企画)

「騎士とドレスと花束と。」

ゲーム開発的な動画をTwitterにて公開中です。

→https://twitter.com/unebi72/status/1245125482649018368?s=19

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