バッドエンドを突き進む3(side.エルバート)
「え、百合?」
「そう、百合」
翌日、僕は日報を騎士団へ提出した後の暇時間を利用して、同僚達のたむろする花屋へとやって来た。
もちろん、シンシア嬢の花屋だ。
「沢山百合が欲しいんだ。花束が三つ四つできるくらい、沢山」
「いや、それはさすがに贈りすぎでは?」
「あのエレの我が儘だ。叶えてやりたくなるのが婚約者というものだろう?」
くすりと笑んで見せれば、微妙な顔をしたアイザックが呆れたようにため息をつく。
「エルバート先輩の溺愛話で私はお腹が一杯です」
「僕は君らの溺愛を毎日目にしてるんだからお互い様でしょ」
「彼女には通じてませんけどね」
嫌みたっぷりに返してやれば、アイザックはふいっと視線を明後日の方にやってしまう。涙ぐましい彼らの努力に僕は強く生きろと念じてやる。
どうせ報われないけど。
今だってシンシア嬢はセロンを相手に、僕が注文した花束について頭を悩ませている。
「うーん、百合、百合かぁ」
「どうした? 百合は何か不都合でも?」
普段なら白けた目になりながらも僕の注文に答えてくれるシンシア嬢が、何やら百合について唸っている。
「いや、私の思い過ごしならいいんですけど……」
「何か気になることでも?」
歯切れの悪いシンシア嬢に前のめりになって聞き出せば、彼女は困ったように笑う。彼女の勘が侮れないことは、彼女の騎士として任命された面々なら百も承知だ。
話を促せば、シンシア嬢は丁寧に説明してくれる。
「この世界……じゃない、この国の百合って毒性が強くて。花粉を大量に吸ってしまうと死んでしまうこともあるんです。一輪二輪を花束に差す程度ならいいんですけど……百合の花だけの花束はちょっと健康上の問題で提供出来ないんですよね。それを三つも四つもとか。花屋からしてみれば心中でもする気なのかと」
「あ、はは……そんな、僕とエレに限って、そんな……」
ドクドクと嫌に心臓が鳴る。頬の肉がひきつった。
無知とは恐ろしい。僕は知らずの内にエレを殺してしまう毒花を贈ってしまうところだったのだ!
「毒花なのでしたら、売らなければいいのに……」
「百合の毒性はあまり知られていないんですよ。言ったでしょう、一輪二輪の花粉なら大丈夫だと。ただその毒性のある花粉のせいで百合の花畑は作れないから、百合は一輪辺りのお値段が高価になっているんです」
そうなんですか、というアイザックの相づちに、僕は真っ青になる。
そう、花畑ほどの、量だと―――
『でも、白いシーツと百合の相性は良いと思いますよ? その中で私が眠るのです。素晴らしいでしょう?』
エレの言葉が脳裏を駆け巡る。
彼女は百合の毒性を知っていたのだろうか。
知らずにあんな無邪気な事を言っていたのだろうか。
脈打つ心臓を抑えて、今すぐにでもエレの元に駆けていきたい衝動を抑える。
そうだ、百合の毒性はあんまり知られていないんだ。
それに、彼女が死にたがる理由なんてあるはずもない。
乾いた笑みを張り付けて、僕は注文した花束をキャンセルした。だけど、百合を所望したエレの喜ぶ顔も見たくて、一輪だけ百合を使った花束を注文し直す。
ほっとした様子で、シンシア嬢は花束を作ってくれた。
それじゃ早速贈りに行こうかと代金を払って店を後にしようとしたとき、交代のために一旦騎士団へ帰っていたチェルノが慌てて飛び込んできた。
「……はぁッ、え、エルバートさんいるか……!?」
「どうしたんだい、チェルノ?」
息を切らして駆け込んできたチェルノに全員が注目する。
何事かと促せば、彼は一つ呼吸をして、滝のように流れる汗を服の襟元でぬぐいながら答えた。
「クラドック侯爵が、捕まった!」
シンシア嬢、アイザック、セロンが、僕の方を振り向く。
僕は、告げられた言葉が信じられなくて、頭が真っ白になった。
「ど、ういう、ことだい」
「そのままの意味だ。何でも人身売買に関わってたらしい。ほら、この間シンシアが助けてた子供がいただろう。あそこから、芋づる式に発覚した」
「しまった、あれってエルバートルートのイベだったのか……!」
ぼそっとシンシア嬢が何やら呟いてるけど、その内容まではわからない。
とにかく今の僕の頭を占めるのは、占めるのは……。
「エレ、エレは!? エレはどうなる!?」
「一家全員捕縛されている。夫人の言動が怪しくて、最悪謀叛の疑いが―――あ、待てってエルバートさん!」
僕は駆け出す。
今、エレを一人にしてはいけない。
そう思う。
花束を放り投げて店内から飛び出そうとしたところで、凄まじい殺気が僕を襲う。
僕は咄嗟に腰の剣を抜き放ってガードした。
キィン、と金属の甲高い音が響く。
「……落ち着け、エルバート。こういう時こそ、慎重に動くべきだ」
「……セロン」
セロンの殺気を浴びせられた僕は、幾分か冷静さを取り戻す。二回深呼吸して、気を沈めた。
「……ごめん。ありがとう」
「気にするな」
剣を収めて鼻を鳴らすセロンに苦笑する。
うん、一気に頭が冷えたよ。
僕も剣を収めると、ホッとした様子のシンシア嬢達が僕らの様子を窺っている。
僕が肩を竦めると、チェルノが僕の肩を叩いてきた。
「スーエレン嬢が関わった証拠はまだ出てきていない。きっと道はある」
「ああ、そうだな……すまない」
「愛しい婚約者がそうなれば、誰でも焦りますよ」
優しい仲間に慰められ、涙が出そうだ。お前達、優しすぎるだろう。
「あ、あの、その事、なんですけど……!」
意を決した様子のシンシア嬢の言葉に、僕ら四人の騎士が注目する。
「早くしないと、スーエレン様が死んでしまうやも……」
「なんだって!?」
ガバッとシンシア嬢に詰め寄ろうとすると、アイザックが間に入って僕を止めた。
「可能性の話です! あの、私の推測が正しければクラドック侯爵が……!」
シンシア嬢の勘はよく当たる。
シンシア嬢の言葉を聞いた僕は、シンシア嬢が述べた最悪の結末を覆すべく、すぐさま動き出した。