トゥルーエンドを模索する12(side.エルバート)
オズワルド注意報。
あまりにも時間がなかった。
すぐに集合をかけた仲間の話から、オズワルド第二皇子が帰城した時間を知り、猶予が残されていないことを知る。
「……まだ、なんとかなる。城を空けていた間の報告や執務があるはずだ」
第二皇子は傲慢ではあるが、やることはきっちりやるタイプらしい。敵も多い彼は、付け入る隙を与えないようにやらねばならないことは見極めているという。
セロンの言葉に励まされて、とにかくエレとシンシア嬢を救出するべく、前倒しで計画を実行することになった。
正直、急に決めたことだから城内を武力制圧することは難しい。
それなら少人数で行動し忍び込むしかない。
十人いるアーシラ国の騎士のうち、二人は脱出後にエレとシンシア嬢を匿うための算段をつけさせるために城外に置いていく。四人の騎士には陽動を。そして僕らシンシアの騎士は本命の救出部隊になる。
「バディはどうする」
「僕とチェルノ、セロンとアイザックで良いんじゃないか」
普段ならこの四人でバディを組むときは戦術タイプの僕とセロン、正攻法が得意なチェルノとアイザックで組む。だけど今回、僕とセロンの目的地が違うから、バディを組み替えなければならなかった。
セロンは本能とも言えるべき圧倒的戦闘センスを持っている。僕は物事の観察力に長け、相手の隙を誘導するのが得意。チェルノは果敢に攻めいる勇気と豪胆さがずば抜けていて、アイザックの実直なまでの剣の型は騎士として守ることに長けている。
それぞれの剣の癖を思えば、今回の特別編成はこれで問題ないはずだ。
「時間がない。移動しながら話す」
時間に余裕がないのは分かりきっていることだった。僕らは手早く準備を整えて、拠点を後にする。
月は頂点へと向かうべく昇ろうとしていた。
拠点からフィアーム城まで、人目を避けるように移動する。それなりに距離はあるが、身軽な僕らは最短で城下を駆け抜けた。
道中、救出作戦でそれぞれが自分の役割を確認した。その間にもフィアーム城は目前にまで迫る。
フィアーム城の目前まで行くことはなく、城門付近で散開した。二人は救出の手引きのために、四人は陽動のために。
そして僕ら救出部隊は陽動部隊が動いた後に、反第二皇子派から教えてもらっていた隠し通路から城内へ忍び込んだ。
反第二皇子派の人間が地道に手探りで見つけた貴重な通路だ。これを使わせてもらわない手はない。
隠し通路は城門から少し離れたところにある、用水路に掛けられた小さな橋の下にあった。僕らシンシアの騎士はそこから城内へと侵入する。
隠し通路はとある部屋の暖炉へ繋がっていた。なんともありがちな経路ではあるが、ありがちだからこそ反第二皇子派の人間が手探りでも見つけられたのかもしれないな。
気配を探り、周囲に人がいないことを確認してから暖炉から這い出る。少し煤にまみれてしまった。
生活感がないひっそりとした部屋。事前に聞いていた通り誰も使用していない部屋らしい。
三人と目配せして、部屋を出る。部屋には鍵がかけられていなかった。非常時に隠し通路を利用できるようにだろう。
部屋の前でセロンとアイザックと別れた。シンシア嬢が監禁されている部屋と、花園と呼ばれるオズワルドの妃候補が集められる部屋とでは方向が違う。アイザックの話から、エレは花園にいるはずだと予想している。
僕とチェルノは足音を立てないようにしつつ、気配を消して城内を移動する。叩き込んだ見取り図を参考に、真っ直ぐにエレの居るだろう区画を目指す。
途中、下働きらしい女性逹を見かけた。チェルノと近くの空き部屋に入り、やり過ごす。
部屋の前を通り過ぎていく女性達の気配を探っていると、彼女達の会話が耳に入ってきた。
「そうよねぇ、わざわざ寝込んでいる方をお召しになったんでしょう? その人も可哀想ねぇ」
「寝込んでるっていっても病気じゃないからユリエル様もお許しになられたということかしら。あそこの主従、二人して鬼畜ね、鬼畜」
「今更よ。あの暴君様の性癖の酷さは。あなた知らないでしょうけど、花園付きの子達が言ってたわよ。絶対にあの方に召しあげられたくないって。寝室掃除に出入りしてるだけでも孕みそうとか言ってたから、明日のベッドも大惨事でしょうねぇ」
「そ、そこまでぇ……!?」
遠ざかっていく声に、僕とチェルノは部屋から出た。チェルノが嫌悪を顕に「うげぇ」と呻く。
「オズワルドってどんな変態野郎だよ」
「エレが心配だ。急ごう」
逸る心に足が自然と速くなる。
チェルノも黙って着いてきた。
彼女達の言葉からエレらしき人物が召し上げられたのは確実らしい。しかも今の会話でエレの貞操の危機を一層深く感じ取ってしまい、気ばかりが急いてしまう。あぁ、エレ。間に合って。
ようやく花園と呼ばれる区画にたどり着く。階段を昇っていると、階下を人が通っていく気配がした。こちらに来るかと気配を探るが、どうやら巡回の兵士で階段は上ってこなさそうだった。
「にしてもさっきはビビったな。上からあんなもんが落ちてくるんだからさ」
「それな。たぶん妃候補の誰かが投げ捨てたんだろうなぁ。あ、あれか。さっき召しあげられたっていう隣国の娘」
「あぁ、親に売られた方か。かなり潔癖な方なんかね?」
「既婚者らしいからな。というかあのオモチャの使い方知ってて捨ててるとしたら、旦那にかなり調教されてそー」
「言えてる言えてる。え、じゃ、オズワルド様とその娘の旦那って同じくらいの変態ってことか?」
「男ならやってみたいだろ」
「お前だけだわ。さっきだってちゃっかりくすねてきやがって」
ピシッと何かがひび割れる音がした。チェルノがひきつった顔でこちらを見ている。
僕は穏やかに笑って首を傾げた。
「どうしたんだい、チェルノ?」
「えっ……いや、なんでもないっす」
視線は僕が手にしていた木製の手すりに向いている。おや、割れているなんて、きちんと整備ができていない証拠だ。
「チェルノ」
「……なんすか」
「僕は道具なんて小賢しいものに頼らずに、エレを可愛がっているし、エレもそれで満足してくれている」
「ア、ハイ」
真顔で告げれば、チェルノは一歩僕から引いたように距離をとる。僕は殊更優しく微笑みを浮かべた。
「それにしても、オズワルド第二皇子はとんでもない男のようだな。部屋は近い。急ぐよ」
心が不思議と凪いでいる。今なら何でもできそうだ。オズワルドの首をはねることなんて造作もない。
階段を駆け上がり、そっと階段の死角から顔を覗かせる。
一階も二階も、エレらしき部屋は見当たらなかった。三階でようやく、見張りらしき人間が立つ部屋を一つ見つける。あそこか。
オズワルド第二皇子が幾ら強いからといって、供を連れ歩かない訳がないし、エレが逃亡しないための見張りも必要だ。既に第二皇子がエレの部屋にいるとは考えたくはないけれど、部屋の前に立つ男の役割はそのどちらかだろう。
グレーのシルクハットにグレーの紳士服。貴族然とした出で立ちの癖に、隙のない立ち姿に中々の手練れであることをくみ取った。
チェルノと視線を交わす。二対一だ。どちらかが引き付けている間に、もう片方がエレを救出すれば良い。
「俺がやる。エルバートさんはスーエレン嬢を」
「分かった」
頷いて、一つ深呼吸する。闘争心に火をつけて、視界を見開く。
まずチェルノが躍り出た。僕は走る速度を少し抑えてその背後を駆けていく。
全身灰色の男がこちらに視線を向けた。糸目が面白そうに笑っている。
チェルノが抜剣する。斬りかかると、灰色の男は数歩下がっただけで避けた。
「これはこれは、シンシア嬢の騎士のお二方。今宵は如何されました? こちらにシンシア嬢はいらっしゃいませんよ」
「知っている。だけどここにはエレがいるんだろう!」
「エレ? ……あぁ、そういえば貴方がスーエレン嬢の元旦那でしたね」
「元、じゃない。今もだ!」
灰色の男を扉から引き剥がすように、僕も剣を振るう。冷静に奴の動向を見極めろ。誘え。扉から引き離せ。
灰色の男も腰に佩いていた剣を抜いた。下段から斬り上げたチェルノの剣を叩き落とすようにして防ぐ。横から突き入れた僕の剣は、その身を器用に捻って避けられる。
「今も、ですか。ははは、どうでしょうかねぇ。皇子は手が早いですから、もうそろそろスーエレン嬢を気持ちよーく啼かせていると思いますよ?」
一瞬頭が沸騰しそうになるけれど、戦うための冷静な部分が煽られているだけだと理解する。細く息を吐いて、剣を構え直した。
「チェルノ!」
「応!」
チェルノが灰色の男に斬りかかる。男は笑ってそれをいなす。僕が隙をついて剣を繰り出す。男は避ける。
数歩ずつ、確実に男を後退させる。
そろそろ、十分だろうか。
急所を狙うように男の首を狙う。
僕の太刀筋が変わったのを見て、灰色の男は大きく距離をとる。
チェルノが追随する。
僕はこの瞬間を待っていたとばかりに扉を蹴破った。少々力を込めすぎたらしく、蝶番が壊れて扉が吹っ飛んだ。
「エレ!」
扉を踏み倒し、部屋に踏み込む。
真っ先に目に入ったのは、天蓋付きの大きなベッド。
次に、背中越しに僕を振り替える男。
最後に、押し倒されて無理矢理に開かされているエレの足。
目の前が真っ赤に染まる。
灰色の男の挑発なんて目じゃない程に、怒りが沸き上がった。
「エレから離れろ……!」
剣を閃かせて男に肉薄する。男がベッドから飛び降りる。僕の剣は避けられて、ベッド脇の剣を男が手にした。
「ユリエル! 何している!」
「ちょっと込みいっておりまして」
キィンと響く金属音。その音だけで、チェルノがユリエルを抑えてくれているのが分かる。
灰色の男がユリエルだったかと思いながらも、僕は剣を奮う。エレを組み敷いていた男───オズワルドは嗤いながら剣を鞘から引き抜き応戦してきた。
「セロンが自分の女を助けるならともかく……罪人の女まで助けに来るとは。アーシラの騎士は暇らしい」
「エレは罪人なんかじゃない。僕の奥さんだ」
「ほう、お前が」
面白そうにオズワルドは嗤うと、剣を一閃して僕を牽制してくる。咄嗟に後ろに飛び退く。間合いをとらされた。
オズワルドは無駄に豪奢な鞘を放り捨て、空いた手でエレの髪を掴んだ。豊かな金糸が引っ張られてエレの顔が歪む。
「痛い……!」
「やめろ!」
咄嗟に動こうとすれば、オズワルドが剣をピタリと彼女の首に添えられる。
僕も彼女も、動けなくなる。
そんな中、オズワルドは愉快そうに唇を歪めた。
「なぁ、女。腹を刺されるのと、俺に抱かれるの、どっちを選ぶ?」
エレが青ざめる。
こちらが見ていても分かるほどに震えている。
咄嗟に僕は叫んだ。
「そんな事させるか!」
「貴様にも同じことを問おうか。この女が俺に犯されるのを見るか、この女の腹の中身をぶちまけるの、どちらを選ぶ?」
「黙れ。お前がエレを抱く前に僕がお前を殺す」
「くくっ、その前に俺がこの女の腹をぶち抜くのが早いな」
心底愉快そうに嗤うオズワルドに殺意しかわかない。憎悪が針のように鋭くなるのだったら、片端から奴の全身に突き刺してやりたい。
「んで、お前は?」
「わた、しは……」
オズワルドに促され、青ざめた顔でエレは僕を見る。
記憶の中にある彼女の面影と随分と変わってしまっている。僕から離れていたこの二週間、どんな生活をしていたのかと思うくらいには、彼女の身体がほっそりとしていて……痩せ痩けていて。
それでいて僕に向けて、青ざめながらも笑みを浮かべるのだ。何かの決意をしているかのように、強い意思だけは瞳に宿して。
彼女の微笑みを見た瞬間、心臓が引き絞られたかのように痛んだ。
大丈夫。エレ。僕が助けるから。僕がそこから救うから。こんな奴すぐに倒して見せるから。
だから、その言葉だけは言わないでくれ。
だから、その選択肢だけは選ばないでくれ。
祈るように願うけれど、僕の願いはエレに届かない。
「……殿下に、抱かれとうございます」
エレは唇を震わせながら、自分のお腹に手を当てて答えを出す。服を着ているようで着ていない、肌が透けている扇情的なその姿に、つい先程、僕が部屋に踏み込むまでの色々を考えて鼓動が早くなる。
まさか。
エレ。
どうして。
「ははは! これは面白い! どうだ騎士。自分の女が我が身可愛さに他の男に抱かれる選択をするのは!」
「オズワルド……!」
憎しみで視界が真っ赤に染まる。
オズワルドの剣がエレの首にかかっているのも忘れ───いや、無視して奴に斬りかかる。
オズワルドはエレをベッドの方に突き飛ばすと、僕の剣を跳ね上げて踏み込んでくる。
至近距離に迫った剣を、姿勢を落とすことで避ける。そのまま足を払ったが、軽くいなされて、上から剣が振り落とされる。
ギン、と重たい音を鳴らして、僕はオズワルドの剣を受け止めた。体勢を立て直せない。オズワルドが嗤う。
剣への圧はそのままに、オズワルドは僕の顔面を蹴りいれた。衝撃で視界が歪み、頬に激痛が走る。
無様に床に転がった僕を見下ろして、オズワルドは優越感に浸るかのように僕を跨いで顔を寄せる。
「シンシアの騎士とか大層な名を持っているから期待してみれば……拍子抜けだな。愛だの恋だのに囚われただけの女々しい男ではないか」
嘲笑うオズワルドを睨み上げる。
エレ、エレ、エレ。
どうして僕を信じてくれないんだ。
どうしてこんな奴を選ぶんだ。
怒りと憎しみに支配され、剣をもう一度握ろうとした時、オズワルドが急にその身を引いた。
ひゅんと風を切る音で、初めて誰かの気配があることに気がついた。
のろのろと重たい頭をもたげて上体を起こす。
振り向けば、セロンが険しい顔で剣を構えていた。
ブクマ、評価等ありがとうございます。ここまで読んでくださって嬉しいです。
主にオズワルドのせいで胸くそ展開が続いてましたのでSSをTwitterに上げました。エルバートの髪型のお話です。ほんの少しのお砂糖をどうぞ。
https://twitter.com/unebi72/status/1085503873626759169?s=19




