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【連載版】死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。  作者: 采火
死にたくない悪役令嬢は

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トゥルーエンドを模索する9(side.エルバート)

 目的地であるイガルシヴ皇国フィアーム城へは約二週間。馬を乗り潰しても良いけれど、僕らにも疲労はたまるからそれなりに時間がかかってしまった。


 セロンの言葉を信じてエレとシンシア嬢を連れ去ったのが第二皇子だとすれば、先回りして動いた方が都合が良い。向こうも手練れだろう。二週間も気づかれずに尾行するのは至難の技だし、何より今回の件はイガルシヴ皇国の王位争いという根深い問題を抱えている。


 未だエレまで連れ去られた理由は分からないけれど、こうやって自分でエレを助けに行けるのは僥倖だった。他三人に比べて命を懸けてシンシア嬢を救うという言葉は出てこないから、シンシア嬢の騎士としては失格かもしれない。でも僕の心は常にエレで占められているのだから仕方がない。


 エレ。

 愛しいスーエレン。

 僕のかわいい奥さん。


 彼女が腕にいないだけで僕の睡眠の質は格段に落ちてしまった。騎士であるから何処でも寝られるように訓練しているくせに、夜営の時もなかなか寝付けず夜の見張りの交代を申し出たこともしばしば。


 疲労を感じているはずなのに、エレへの心配が先だって心が逸るせいか、疲労を疲労と感じ取れなくなっている。


 僕のその様子を仲間の騎士たちも心配したのだろうね。イガルシヴ皇国に着いて拠点を確保し、いざ情報収集と味方集めをと乗り出そうとしたら食事に誰かに一服盛られた。


 ただの睡眠薬だったけれど、次に目が覚めれば拠点として反第二皇子派が提供してくれた部屋の一室。


「やられた……」

「眠れたか」


 天井を仰いで深々と溜め息をつけば、一人言のつもりだったのに声が返ってきた。誰かがいる気配がしていたけれど、セロンだったか。


 ベッドから身を起こす。落ちてきた髪をかきあげた。短髪よりは長髪が似合うからと伸ばしているが、たまに鬱陶しくなる。


「僕の髪紐は」

「荷物だ」


 セロンが視線で指し示したので、僕は自分の荷物の元へ歩く。袋を開ければ一番上に無造作に置かれていた。


 髪紐で簡単に髪を一つにくくる。


 エレと結婚してから、彼女が朝きちんと起きれた日には彼女が髪を結ってくれていた。優しい手つきで髪をすいて、時折悪戯心で僕の髪を複雑に編んだりもする。僕はそんな子供っぽい悪戯をするエレが一層愛しくて、お返しに彼女の唇が口紅要らずになるまで吸い付いてしまうんだ。


 髪を結って、顔を洗いに部屋を出る。戻って来る時には思考は既に切り替わっていた。


「セロン、今の状況を聞いても?」

「ああ」


 セロンは僕が起きる前から、部屋に備え付けられていた一人用の机の上でせっせと何か作業をしていた。


 僕はセロンの隣に立って、机に手をついてその作業を覗きこむ。


「手紙?」

「そうだ。バステードの両親が、我らに先駆けて早馬を飛ばしてくれたらしい。いざという時のために虎視眈々とオズワルドに仕えている者もいるとか」


 現状、どんなに不満を抱いても表だって皇子と名乗るのはオズワルド第二皇子しかいない。国境を越えてから、彼の横暴な噂は通りすがりにも聞いてきた。それによれば彼に粛清された貴族も多数いる。


 そんな中、悔しくも第二皇子に迎合する姿勢を取った者達が、今回力を貸してくれるという。なんとも虫の良い話に呆れてしまった。


「それにしてもよくセロンが第六皇子として認められたな」

「バステードの両親だけじゃない。オヴリー家が直接俺の後見をしてくれているから、信憑性が高いと判断したんだろうな」


 オヴリー家はセロンを生んだ側妃の家らしい。今回のこの拠点を貸してくれたのも、オヴリー家の息がかかっている人間だ。


 オヴリー家の名を名乗るものとは直接会えていない。その代わり現オヴリー家と繋がっているらしい男が第二皇子周辺にいるので、その男がいざというときに味方になってくれるという。その男とも僕らは直接接触できていないが、この拠点を貸してくれた協力者経由で話は通っているらしい。


 オヴリー家の者が第二皇子の治めるこの領を直接訪れては、不要な疑いをかけられて動きにくくなるのは明白だ。たぶんいつかの未来に備えて、オヴリー家はその男を第二皇子の近くに送り込んだのだろう。


「フィアーム城内にいる反第二皇子派への伝達はそれぞれの家に任せた。その伝で城の見取り図も手に入れたから目を通しておくと良い」

「ありがたい」


 セロンが机の端に寄せていたスクロールを寄越したので、遠慮なく開いて城内の見取り図を脳内に叩き込む。


 隅から隅まで穴が開くほどにスクロールを見つめながら、セロンに尋ねる。


「他に何か動きはあるかい」

「城内では特に変わったことは無いらしいが……あぁ、医師が手配されたとあるな。あの日も体調が思わしくなかったからスーエレン嬢のためか……?」


 不意にセロンが怪訝そうな声になる。

 不審な動きを見せた第二皇子に、僕も思わず顔をしかめてしまう。


 人質に医者を与えた?

 普通なら人質の扱いなんて酷いものだ。特にこれまでに聞いた第二皇子の噂の中には、第二皇子が奴隷を使い潰しているというものまである。人に無頓着な皇子が、人質に医者?


 体調が良くないエレのために医者が手配されたのなら喜ばしいことだけれど……手放しでは喜べない。何かしら裏があるに違いない。


「今日の午前中に呼ばれたみたいだな。今日明日と、オズワルド兄上は皇帝陛下に言いつけられた公務で城を空けている。その間、第一騎士であるユリエルが代理で城内をまとめているようだ」


 そうか……と頷いておくけれど、何度聞いても騎士の領分を越えているユリエルという男の在り方に眉を顰めてしまう。


 オズワルド第二皇子は、その覇道が示す通りに騎士顔負けの剣の腕を持つという。ほとんどの騎士が騎士道に反してまでオズワルド第二皇子に従うのは、彼が強者であるからだという噂も聞いた。実際、彼の徹底した王位継承者潰しに否を唱えた近衛騎士の首が物理的に飛んでいる。


 守られる必要がないと豪語するオズワルド第二皇子の手足となって動くのが、セロンの話に聞くユリエルという男だ。


 僕らと違う騎士の在り方をするユリエルという男が、何故あの男の覇道に手を貸すのかがよくわからない。セロンに聞いてみても「昔から兄上の側にいた人間」としか分からないらしい。乳兄弟だろうと思ったけれど、どうやらそうでもないようでますます謎に満ちた男としての印象が強い。


「兄上が城を空けている今はまだ時間はある。こちらの準備が整うまであと数日だ。……だがユリエルは勘が良い。昨日の今日でこちらの動きを把握されていてもおかしくはない」


 苦虫を潰した表情になるセロンに、僕もつられて渋面になってしまった。


 今まで密かにバステード家とオヴリー家が手を組んで地盤を固めてきていたといえど、その地盤を元にセロンが全てを動かすには時間がかかる。数日でそれを完璧にこなせるのは人として上々だが……このたった数日をまんじりと待つのが堪えがたい。


 目を通し、返信も書き終わったのか、セロンが僕に手紙の束を渡してきた。


「これを渡してきてくれ。それぞれの手紙の受け渡しについてはここの大家が把握している」

「セロンはこれからどうするんだ」

「風呂入って寝る。明日は俺が直接話をつけに行くところがある」

「一人で行くのかい?」

「問題ない」


 手紙を受け取りながらセロンをジト目で睨み付ければ、彼は飄々として答える。


 まったく……セロン、幾ら騎士で僕らの中で一番腕が立つとはいえ、君の命にシンシア嬢の命だけではなくエレの命も関わっているというのを分かっているのかい? もう少し慎重に動いてもらいたいのだけれど。


「僕も着いていく」

「いらん」


 僕も着いていこうとすれば、心底邪魔そうな顔をされた。人の親切をそう邪険にするもんじゃない。


 まぁ明日までに説得すれば良いかと思い、手紙を片手に大家を訪ねにいった。それぞれの手紙の受け渡し方法を聞き、大家と手分けして手紙を配りにいく。


 これが思ったよりも大変だった。手紙を手紙で返信するのは証拠が残る。その場で返信を一読され、口頭で言伝てを頼まれることがしばしばあった。


 十人いた騎士たちは半分が情報収集、半分が伝令として走り回っているみたいで、僕らはギリギリまで自分の役割に奔走した。当然、それに追われてセロンが一人で直接どこかへ赴くのを止められるわけもなく。それに呆れながらも着々と下準備を進めた。


 そして、イガルシヴ皇国に到着して三日目の夜。

 オズワルド第二皇子は既にフィアーム城へ帰城した頃合いかと考えながら、言伝やら手紙やらをセロンに報告していた時だ。


 アイザックが息を切らして帰ってきた。

 慌てた様子で僕とセロンのいる部屋に駆け込んでくる。


「せ、せせせ先輩! スーエレン嬢が!」

「どうしたんだいアイザック。落ち着け」


 スーエレンの名前にハッとなってアイザックのもとに大股で歩み寄る。セロンも椅子から立ち上がってこちらに寄ってきた。


 呼吸を整えるために深呼吸をさせている間、アイザックが冷え込む冷気で頬が赤くなっているに気がついた。早く救出しないと雪が降ってアーシラ国に帰るのが難しくなってしまうな。


 焦る気持ちとは裏腹に、僕はじっとアイザックの言葉を待った。


 息を整えたアイザックは、セロンではなく僕を真っ直ぐに見据えると、険しい面持ちで口を開いた。


「さっき、食堂で仕事帰りの城勤めの方と接触できたんです。その方によると、第二皇子は帰城して間もなく、今夜の夜伽にスーエレン様を指名したそうです」

「な……っ」


 愕然とした。


 エレが、第二皇子の夜伽に指名された?

 僕の、可愛いエレが、第二皇子に……?


 ふらりと体が動き出したのを、腕を取られて引き留められる。

 ゆらりと視線を向ければ、セロンが僕の腕を掴んでいた。


「落ち着け」

「放してくれ、セロン」

「駄目だ。一人で乗り込むつもりだろう」

「放せ」


 自分でも思ってみないくらい低い声が出た。

 鋭く視線を向けてみてもセロンはびくともしない。


「放せと言っているだろうセロン!」


 振り払おうと腕を強く引く。掴んでいた手とは反対の拳が飛んでくる。苛立ちながらいなしてセロンから距離を取ろうとするけれど、嫌なことに壁に追い詰められる。


 胸ぐらを掴まれて、壁に押し付けられた。

 背中をしたたかに打つ。


「……こういうときこそ慎重に動け。クラドック侯爵の時にできたことが、何故今できない」


 奥歯を強く噛み締める。聞き覚えのあるセロンの言葉は、クラドック侯爵が捕まったと聞いたときにも言われた台詞だ。


 あぁ、本当に駄目だ。

 殺意と嫉妬と執着と愛憎が、胸のなかに澱む。

 第二皇子を今すぐにでも殺してしまいたくてたまらなくなる。

 手遅れになる前に……───エレが奪われる前に。


 ぐしゃりと前髪を握りつぶす。

 僕の衝動はまだ収まってはいないけど、理性で体を抑え込もうと肺の空気を全て吐き出した。


「……もしエレがオズワルド第二皇子と閨を共にすることがあれば、僕が彼を殺す。エレも殺す。殺して、僕も死ぬ」

「冗談は寄せ」

「冗談なんかじゃないさ」


 渋面になるセロンに僕はせせら笑う。


「エレは僕のものだ。他の男に奪われるくらいなら、二人だけで誰の手も届かないところに行く」


 一人で死のうとしていたエレを生かしてあげたいと思う。

 でも、今はそれ以上に僕はエレに僕だけのものでいて欲しいと願ってしまう。


 二人で死ぬなら、エレを一人にはしないのだからそれも良いんじゃないか?


 狂おしいほどの愛情と嫉妬が、僕の理性を圧迫してくる。


 セロンが溜め息をついて僕の胸ぐらから手を放した。アイザックがひきつった顔で僕を凝視している。


「彼女がエルバートと心中させられる前に動かないといけないな」


 やれやれとセロンが僕から離れて、机の上から何かしら紙を出した。


「チェルノ達を呼び戻せ。ギリギリだが月は昇っていない。今から乗り込めば間に合うはずだ」


 頼もしいセロンの言葉に、頭に上っていた血が少しだけ下がった。


 やっぱりセロンは騎士の器じゃない。

 人の上に立つ器だ。


 クラドック侯爵の時も今も、冷静なセロンに助けられている。


 目をつむって、全ての思考を切り替える。

 僕は騎士。

 大切なものを守るために剣を握る。


 大丈夫。本当はまだ動く予定では無かったけれど、セロンは動いてくれると決断してくれた。


 どうかエレ、待っていて。


 君の金糸の髪も。

 ルビーのような深紅の瞳も。

 柔らかな絹のような肌も。


 全て僕のもの。


 ───ねぇ、エレ。早く君を、この腕に抱きたいよ。



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