バッドエンドを突き進む2(side.エルバート)
最近、婚約者の様子がおかしい気がする。
元々感情の起伏が薄い人のような気がしていたけれど、ここ最近は特に輪をかけてきたように思える。
僕は何だか嫌な焦燥が胸をよぎってたまらない。
何かおかしなことは無かったかと考えて、ふと今目の前にいる女性に目が向いた。
「エルバート様! どうされたの?」
「シンシア嬢……いや、何でもないよ」
いけない、いけない。今は仕事中だ。
僕はにっこりと笑って、花屋の娘であるシンシア嬢に笑いかける。
「エルバートさんが上の空とか珍しいな」
「最近忙しかったので、疲れが出たのでは?」
「ごめんなさい、私のせいね」
騎士仲間のチェルノとアイザックが口々に言うと、シンシア嬢がしょんぼりと肩を落とす。
「シンシアのせいじゃない」
「そうですよ。貴女は貴女の正義のために動いたんですから」
「ありがとう」
気落ちしかけたシンシア嬢を慰めるかのごとく、チェルノとアイザックは声をかける。それにシンシア嬢がにっこりと微笑んだ。
なんて打算的な微笑。
とんだ茶番だ。
シンシア嬢とはとある事件をきっかけに知り合った。その後もどうやら彼女はとんだトラブルメーカーのようで、あちこちの事件に巻き込まれ続けた。
そうしてそんなごたごたの中で、ただの花屋の娘だと思っていた彼女が、王族の血を引いていたことが発覚してしまって。
そんな彼女を放っておくわけにはいかない。
かといって王位争いが起こることが目に見えて分かっている王室に迎え入れることも難しい。仕方ないので兼ねてから関係のあった、僕を含めた四人の騎士が内密に彼女の護衛をすることになった。
だいたい日替わりで護衛をしているんだけれど……まぁ僕らも護衛に集中するように言われてそれなりに暇だから、基本的に全員が彼女の花屋に入り浸っている。
理由は簡単。
目を離すと彼女はすぐに事件に巻き込まれるから。
正義感の強い人らしく、困っている人を見過ごせないらしい。この間も人買いに拐われかけていた子供を助けようとして、自分が拐われかけていたし。
僕以外の三人……とくにチェルノとアイザックはそれだけではないだろうけど……まぁ他人の恋路に踏み込むまい。僕には僕だけの可愛い婚約者がいるのだし。
「そうだ、シンシア嬢。また花束を作ってくれないかい?」
「またですか?」
呆れたようにシンシア嬢が言ってくるけれど、僕は至極いたって真面目である。
「エレへの贈り物だからね。彼女を花で包もうと思ったら幾らあっても足りないよ」
「あ、そう」
白けた顔でシンシア嬢は花屋のカウンターから花切り鋏を取り出した。
「お花はいかがします」
「そうだなぁ……」
最近贈ったばかりの花束を思い出して、被らないように、それでいて花言葉が可愛らしいものを選んでいく。
こんなもんかと満足すれば、シンシア嬢はやれやれといった体で花を抱えた。
「ほんとエルバートルートを選ばなくて良かったわ……こんな一歩踏み外せば溺愛からのヤンデレ転落ルートマジ勘弁……むしろスーエレン様が可哀想……まぁでもこのエルバート様だったらスーエレン様をちゃんと守るだろうし、鬼畜シナリオライターの即死ルートは免れるでしょ……エルエレは尊い……」
「何か言ったかい?」
「なんでも」
ぶつぶつ呟くシンシア嬢。何を言っているのかはいまいちよく分からないけれど、一人言を言いながらもテキパキと花をリボンと包装紙で包んでいく。
「相変わらずの溺愛っぷりですね」
「はぁ、俺も可愛い嫁さん欲しいいい」
アイザックが店内の花の枯れ具合をチェックしながら僕をからかってくるのに便乗して、チェルノがシンシア嬢の邪魔をし始める。どんな邪魔かと言うと、作業するシンシア嬢の髪をすくって口づけるという悪戯だ。
シンシア嬢はやんわりと微笑みながら、チェルノの手を振り払う。
「私なんか、チェルノ様と釣り合いませんよ」
「以前だったらそうだけど……今なら俺の方が君に届かなくて悲しいよ」
口説くチェルノにアイザックが射殺すような目を向けている。非番の日でもこいつらがでしゃばっているのはこういう理由が一番大きい。互いに互いを牽制しているんだ。
まぁ、空しい争いなんだが。
三人のやり取りを横目に花束の出来上がりを待っていると、ちょうどよく時間が潰せたらしく、花束の完成と共に、交代役の護衛であるセロンがやって来た。
「! セロン様、いらっしゃいませ」
「ああ、昨日ぶりだ、シンシア嬢」
寡黙な質のセロンが柔らかく目を細めてシンシア嬢に挨拶をする。シンシア嬢もとりわけ嬉しそうにセロンを店内へ招いた。その頬はほんのり赤らんでいて。
お分かりだろう。
正直、チェルノもアイザックも、勝ち目はない。
悔しそうにしているが、負け戦は負け戦だ。
あいつら、いつになったら諦めるんだろうか。
そういう僕は花束を受け取ったので、セロンと入れ代わりで店内を後にする。日報報告は明日でいいので、僕はこれから愛しの婚約者の所へ顔をだしに行くつもりだ。
久しぶりに可愛い婚約者に会えると、僕は浮かれた。
花束を贈れば、スーエレン・クラドック侯爵令嬢……エレはほんのりと微笑んで受け取ってくれた。
「ありがとうございます。嬉しいですがもう少し控えてくださらないと、我が家の花瓶が無くなってしまいます」
「花瓶が無くなるより先に枯れちゃうから大丈夫さ」
「あら、こう見えて私はお花のお世話が得意ですのよ」
エレは微笑みながら僕からの花束をメイドに渡す。
確かにエレは花を長持ちさせるのが得意なようだ。先週贈った花が、まだ屋敷の廊下に活けてある。
感心しながらその花を見ていると、応接室へと案内してくれようとしたエレがくすりと笑った。
「エルバート様のお陰で屋敷中花だらけですのよ」
「それは嬉しい。僕は君に贈った花達で君を囲って包んでみたいからね。花に包まれて眠る君は、きっと花の妖精のように愛らしいよ」
「花に包まれて……」
渾身の口説き文句がスルーされて、何やらエレが考え出す。……うん、エレが僕の口説き文句に反応を示さないのはいつものことだ。チェルノがシンシア嬢を口説くのを真似てみても、エレが靡くことはないのは分かっていたこと。悲しくなんか、ない。
つらつらと考えていたエレが、何か得心がいったのかぽんっと両手を打ち鳴らした。
「エルバート様。それでしたら次は百合の花でお願いします」
「百合? 好きなのかい?」
「いいえ?」
きょとんとするエレが可愛い。
じゃなくて。
「でも、白いシーツと百合の相性は良いと思いますよ? その中で私が眠るのです。素晴らしいでしょう?」
ベッドを花で囲う……我ながら口説き文句として恥ずかしい言葉ではあるけれど、本気に受け取ったエレが可愛らしく無邪気にお願いしてくるので、僕はついつい調子にのってしまう。
「確かに……君の白い肌と華やかな君の黄金の髪を、百合なら引き立たせられるね。僕も是非ともその光景を見てみたい」
「そうですねぇ。私が眠った後ならいいですよ」
「ンッ」
どうぞ夜這いしてくださいとでも言わんばかりのエレの言葉に、僕の紳士面が剥がれるかと思った。
……ふう、危ない、危ない。
僕はにっこりと微笑みながら、エレをエスコートすべく、腕を差し出す。
「エレ、そういう冗談は僕以外にしてはいけないよ?」
「冗談ではありませんが……百合は頂けないんですか?」
「勿論、百合は贈らせていただくよ」
君が喜ぶのなら幾らでも。
ここ最近、気分が塞ぎがちなのか元気がないのか、以前にも増して欲というものを見せなくなっていたエレのお願い。叶えずして何が婚約者だろうか。
エレが嬉しそうに微笑んだので、僕も嬉しくなってしまい、つい彼女の額に口づけをしてしまう。
エレは驚いたらしくて目を真ん丸にしちゃって、すごく可愛い。
僕はそんな彼女をエスコートして応接室へと行くと、彼女とのお茶を楽しんだ。