トゥルーエンドを模索する7(side.スーエレン)
「ちょっと! スーのご飯にだけ毒でも入れてるんじゃないの!?」
「人聞きの悪い事を仰らないでください。同じ鍋でスープを作っていたんですから、そんな訳ないでしょう」
なんだか煩い。ふと意識が浮上したので目を開けてみる。
まず私を守るように背後に庇うシンシアの背中が見えた。次いで、荷馬車の出入口から顔を覗かせているユリエル。休憩か、食事か……馬車も止まっているし、その辺りかな。
気持ち悪さで吐き気を覚えたけれど、これぐらいなら耐えられないこともない。
「シンシア……?」
「スー! 起きて平気? 大丈夫?」
「大丈夫だけど、大きな声だしてどうしたの」
シンシアが振り返って、上体を起こした私を支えようとしてくる。心配性だなぁ。大丈夫だって。
「あの糸目男がスーのご飯にだけ毒を入れてるんじゃないかと思うの。そうじゃないと、スーがここまで体調悪くなるなんて……!」
あー、なるほど、そう言うことね。
私は苦笑しながら、どうどうとシンシアをたしなめる。
「入ってないと思うけど……だってうっかり致死量入れて私を死なせたりしたら、わざわざあなたと一緒に連れていく必要ないじゃない」
「でも、だったら……!」
「たぶん、ストレスからくるものじゃないかなぁ……それに同じような症状は連れ去られる前からあったんだから平気よ」
安心させるようにシンシアに言えば、まだ納得は出来ないみたいで射殺せん勢いでユリエルを睨み付ける。
まぁ、そりゃ心配にもなるかー。
私たちが連れ去られてもうすぐ二週間くらい? ユリエルの目的地が隣国の第二皇子の支配するディズレーリ領だとしたらそろそろ着くはずなんだけど……。
この道中、なかなかに厳しいものだった。
何がキツいって、私の体力。
食事がね、ただでさえ最近食欲なかったのがここでも顕著でね。囚われの身で何我が儘言ってんだって思うくらい偏食が過ぎたんだよね。
水は良い。パンも少しなら。
でも夕食に出されるスープが駄目だ。
食べられれば良い方で、本当に駄目なときは臭いですら吐き気を催す。実際に吐いてはいないけど、そういう時は食べる気が起きなくてパンですら口にできなくなる。一度だけだけど、ユリエルの手下と思われる人達が狩ってくる肉とか口に入れた瞬間吐いたこともあるなぁ。
店に立ち寄った時も、店の中で具合を悪くして結局食べれずじまい。そんな生活をしていれば私の体力はごりごり減っていくわけで。
日がな一日馬車に揺られて眠ってるとはいえ、見るからに現状の私は何らかの病気なんじゃないかなぁと呑気に思い始めてるくらいだ。
あはは、断罪オチを逃れられたら病死オチですか?
死に芸シナリオライター、悪役令嬢に厳しすぎない? 殺意高すぎない?
シンシアはユリエル達が私を殺そうとしていると思っているみたいだけど、ユリエルが私を殺そうと思っていたらとっくに殺されている。だからその可能性は低いと思う。
はぁ、と大きな溜め息が聞こえたのでそちらを向けば、ユリエルが出入口から身体を離した。入れ替わりに手下の一人が入ってくる。
「シンシア嬢、ご安心ください。長旅はこれでお仕舞いですので。食事もあんな簡素なものじゃなくなりますから、スーエレン嬢の偏食も治るでしょう」
あははー、偏食家で申し訳ない。
いやでも言い訳させてくれるなら、私もともとそんな偏食家でもないからね!? たぶん、ほら、あれだよ、ストレスとかで過食症とか拒食症とかあるじゃない。ワンチャン、あれの可能性だってあるわけで。
……いやま、そんな医療の発達していないこの世界でそんな症例言っても理解できるとは思わないけど。
つらつら考えていると、手下の一人が私の体をすくいとるように抱き上げた。シンシアがぎょっとして手下の前に立ちはだかる。
「スーをどうするつもり!?」
「どうもしませんよ。降りるのもお辛いでしょうからお手を貸して差し上げているだけです」
私を横抱きにした手下……この人男性だ。抱き上げられたことで、顔がよく見えた。深い紺色の短髪で、同色の瞳をしている。
その人に抱き上げられたまま馬車を降りた。太陽の光が眩しい。眩しさに目を細めながらも、目の前に聳え立つ王城に息を飲む。
イガルシヴ皇国のフィアーム城。
ゲームのスチルにもあった第二皇子の居城が、目の前にあった。はぁ、こんなところにまで聖地巡礼しに来てしまったか……。
私達の後に続いてきたシンシアも、驚いたように息を飲んだ気配がした。
そんな私達を笑いながらユリエルが前へと移動してくる。
「どうです、うちの皇子の城は。これほど立派な城なら皇城イガルシヴにも見劣りはしません。うちの皇子は敵が多いので権威を誇るだけではなく、軍事的にも隙のない城となっているんですよ」
心底楽しそうなユリエルを一瞥して、私とシンシアは目配せをした。
大丈夫だ。私とシンシアなら、いざとなったらこの堅固な城からも逃げられる。
でも今はまだその時じゃない。
視線を交わし会う私達が怯えているととったのか、ユリエルは歌うように言う。
「そう不安になさらないでください。今しばらくは客人として丁寧にもてなさせていただきますから。」
ユリエルがそんな事を言っている間に、城の扉が開いていく。玄関ホールだろうか。中で待ち構えていた人間が現れる。
硬質な黒髪に碧の眼。セロンに良く似た色彩でありながら、その表情は傲慢さで満ちている。豪奢な刺繍で着飾り、宝飾の着いた剣を腰にはいている男。
私は睨み付けるようにその人間を見た。
「良く戻ったな、ユリエル」
「勿論にございます。オズワルド皇子」
ユリエルがシルクハットを胸に抱いて恭しく礼をする。私を抱き上げる紺の瞳の男以外のユリエルの手下は膝をついて頭を垂れた。
オズワルド・ディズレーリ・イガルシヴ。イガルシヴ皇国の第二皇子で、セロンの、異母兄。
セロンルートの、ラスボスだ。
視線を一周させたオズワルドは、ねっとりと私とシンシアをねめつける。
「───して、どちらが腰抜け皇子の嫁だ?」
ピクリとシンシアの肩が跳ねる。
オズワルドはその僅かな動作を見逃さなかったようで、視線をシンシアに固定した。
「シンシア嬢はこちらでございます」
すいっとユリエルが正しくシンシアを指し示す。
ユリエルを一瞥したオズワルドが、ふんと鼻でせせら笑う。
「まだ子供ではないか。あの腰抜けが幼児趣味だったとは興味深い」
ひくり、とシンシアが頬をひきつらせる。
絶対オズワルドの視線がシンシアの胸にいってるからだよね……。ゲームとまったく同じ台詞ではあるんだけれど、その視線一つでオズワルドが女性を胸で判断する下衆男だと理解してしまった。
攻略対象キャラではないにしろ、キャラ投票では選択肢にないキャラクターの癖に番外的に表を集める人気キャラだったのになぁ……。
『騎士ドレ』はタイトルにもある通りに騎士をコンセプトにおいてある乙女ゲーム。騎士であるのを前提として置いてあるからか、攻略対象者は皆どこか上品なんだよね。
そんな中『騎士ドレ』唯一の俺様キャラであるオズワルドは攻略対象外にも関わらず人気が出てしまったというキャラクター。プレイアブル可希望が殺到したにも関わらず、あの死に芸シナリオライターが「騎士じゃないからプレイアブル可はしない」とまで明言した過去を持つ。
そんな人気キャラだというのに、言動をよくよく見ればただの下衆。テキスト文だけなら萌えられただろうに、現実とはなんとも無情だわ。
あ、因みに隠しキャラのユリエル、自己紹介で側近としか名乗らなかったけど、その正式な役職はオズワルドの第一騎士です。隠しキャラまで騎士だという徹底ぶりである。
そんな風に思考を明後日の方に飛ばしていると、オズワルドは今度は私の方を注目してきた。正確には注視しているのは私の胸なんですけども。
「そっちの女は誰だ?」
「例のクラドックの娘ですよ」
「ああ、奴か。ふん、アレは役に立たなかったが、娘はなかなかに俺好みだな。花園にいれておけ」
「承りました……と言いたいところですが、彼女どうやら体調を崩しておりまして。医師に見せるまで味見も控えてくださいね?」
「面倒な」
チッと舌打ちをするオズワルドにゾッとした。
これあれだよね、貞操の危機を感じる奴だよね。
私は紺色の髪の男の腕で身動きができないまま、自分の体を抱くようにして腕をまわす。最近ちょっと成長している胸は、断じてオズワルドに揉ませるためのものじゃない……!
青ざめた私に気がついたシンシアが私を庇うようにオズワルドからの視線を遮ってくれる。
不快そうにオズワルドは眉をひそめると、ユリエルに何かを指示して去っていった。シンシアは警戒を怠らずに去っていくオズワルドの背中を睨み付ける。
ユリエルがシルクハットをかぶり直してこちらに向き合った。
「それではお部屋にご案内いたしましょう」
胡散臭い笑顔。
私もシンシアも白けた気分になる。
今すぐにでもここを立ち去りたい気分ではあるけ れど、無駄な抵抗をして立場が危うくなるのもまずい。
私に医師を呼んでくれるそうだから、助けが来るまで体調を万全に整えておこう、そうしよう。
割り当てられた部屋は中々に快適そうだった。
出入り口には見張りが立っており、テラスはあるけど三階。逃げ出すには高難易度な部屋ではあるけれども、シンシアとの二人部屋でベッドが一つずつあって、さらには水回りも完全完備。
前世でいうちょっと豪華なビジネスホテルって感じの部屋だ。
王女や貴族の部屋としてあてがわれるには酷いものだけれど、私とシンシアなら問題ない。むしろこのベッド二つとクローゼット、ソファを設置しただけで手狭な感じがわりと落ち着いたりする。
一人部屋としてなら十分な広さなんだけど、私とシンシアを一緒に監視するためにもう一つベッドを運び込んだんだろうなぁ。そんな感じの狭さだ。
でも私とシンシアにとっては好都合。狭い部屋故に、室内にまで見張りは入ってこないからね!
そういうわけで早速二人でベッドに腰掛けて、今後の相談を始める。
「ゲームの予定では、救出までに三日間のタイムラグがあったわよね」
「ええ」
確か、セロンがアーシラ王国騎士団を動かして準備するのに一日かかる。私達は馬車だったけれど、向こうは騎馬だからまずこの差は打ち消されて、イガルシヴ皇国に到着するのはほぼ同時になっているはずだ。
そしてヒロイン救出のための情報収集と反第二皇子派集めに三日かける。そして第二皇子が反第二皇子派の動きに気づく四日目に、救出作戦が実行される……みたいな流れだったはず。
「ヒロインが救出される場面ってどんな感じだったっけ」
「反第二皇子派の不穏な動向に気がついたユリエルが、オズワルドに報告をするのよ。セロンが来たって事を知ったオズワルドは、彼を誘い込むように城内の警備を手薄にする。その上でオズワルドがヒロインを妃にすると公表し、夜伽を命じたという噂を流すの。その筋書き通りにオズワルドの私室でヒロインがベッドに押し倒されたところをセロンが助けに来るのよ」
私の言葉にシンシアがすかさず答えてくれる。滔々と流れていく攻略内容。さすがセロンの女……攻略が完璧だわ……。
感心している傍らで、私もだんだんと思い出してきた。
セロンが助けに来たあと、そこで罠だったことに気がついたセロンがオズワルドの騎士たちに捕まりかけるのよね。だけどその窮地をオズワルドの騎士に紛れ込んでいた反第二皇子派が間一髪で助け、シンシアの騎士も駆けつける。
そうだ、ここがユリエルルートの分岐になるんだ。
それはオズワルドがセロンを直接手にかけるシーン。
この時、ヒロインに与えられる選択肢は【セロンを助ける】【オズワルドを止める】が与えられるんだけど、全ルート制覇後はユリエルルートの分岐選択肢【助けを求める】が出現するんだよね。懐かしい。
因みにゲーム上では【セロンを助ける】を選択するとオズワルドに斬られてヒロインが死亡。バッドエンドを迎える。
ストーリーを続けるための選択肢は【オズワルドを止める】で、これを選べばヒロインの言葉にオズワルドの騎士が怯み、シンシアの騎士が駆けつけてくるのだ。
ユリエルルートを選択すると、ユリエルが介入してきてオズワルドを諭す。その間にシンシアの騎士が駆けつけてくる流れになる。そうだそうだ、これは完璧に思い出したわ。
攻略内容を確認した私達。そんな私達……主にシンシアがこの三日の間に用意しておくべきことは。
「【オズワルドを止める】選択肢を取れるように、あらかじめ説得力のある言葉を考えておいた方が良さそう?」
「問題ないわ。ヒロインの台詞、一言一句覚えているから」
「おぉう……」
思わず令嬢らしくない声が漏れてしまった。
私の記憶じゃ、ヒロインの台詞結構長かったような……? スクロール五、六回くらいした記憶あるんだけど??
まぁでもシンシアなら大丈夫そう?
「私よりもスーよ。体、大丈夫なの?」
攻略に関して一段落したところで、シンシアが心配そうに私に聞いてくる。
そうだよね、シンシアはともかく、私が体調がよろしくないから……。
苦笑しながら、私はうなずく。
「まぁ、お医者様を手配してくれるみたいだし。私は大人しくしてるから、シンシアはチャンスがあったらちゃんと逃げるのよ」
「何言ってるの。その時はスーも一緒だからね」
私の言葉にむっとしたようにシンシアが睨み付けてくるから、私はちょっと困って微笑んだ。
シンシアって本当に心配性なんだから。




