トゥルーエンドを模索する4(side.スーエレン)
ガタガタと体が揺れる。
ぼんやりと意識が浮上してきた。
背中が寂しい。
身体が寂しい。
温もりが足りない。
いつもなら、エルバート様が私を抱き締めて眠っているのに。
ごろりと寝返りをうとうとして、横たわっているのがふかふかのベッドなんかではなくて硬い床のようなところであることに気がつく。んん、私もしかしてベッドから落ちた?
そんなまさか、と寝惚けながらむくりと起き上がって気がつく。知らない場所だ。荷物が雑多に置かれた、小さい箱のような空間だ。気のせいではなくて、箱が揺れて車輪の音がしている。
「……荷馬車?」
額に手を当てて溜め息をつく。
これは、あれですね。
間違いなく、ユリエルに誘拐されてますね。
なぜ私までと思わなくもないけれど、シンシアを一人にしたくなかったからこれはこれで良しとしようかな。
「スー、起きた?」
「シンシア」
私の隣で横になっていたシンシアも起き上がる。この口振り、私より先に目が覚めていたみたい。
二人で狭い馬車の中で向き合って状況を確認する。
「ねぇ、これってもしかしなくてもセロンルートの分岐イベ?」
「ユリエルがいるし、間違いないと思う。それに……」
あー、やっぱりセロンルートへの分岐かぁ。
シンシアも頷いたから確定だわ。
それにしても声を潜めて話していたシンシアが、何やら言い淀んだ。何か気にかかることでもあるのかしら? いつもあれだけはっきり物事を言うシンシアにしては、珍しい。
「どうしたの?」
「うん……私たちが休んでたカフェあるでしょ」
私が休むために使用させてもらったテラスのあるカフェを思い出す。うん、カフェだったね。テラスのカフェ……ん? カフェ?
「ちょっと待った、待って、あのカフェもしかして」
「私もスーを早く休ませなくちゃって思ってて頭からすっ飛んでたんだけど、分岐イベのスチルに出てくるカフェテラスで間違いないわ……」
聖地巡礼───!!
フラグ製造機───!!
オーマイゴットと私は顔を手で覆って天をあおいだ。
知らず知らずに聖地巡礼しているばかりか、フラグ回収までしていたとは……分岐の決定打だわぁ……。
「ごめんなさい、スー。本当なら私だけで済んだのにあなたまで巻き込んでしまった」
「ちょっと待って、シンシア」
眉尻を下げて泣きそうな顔で言うシンシアの両頬を私はむにっと掴んでやる。
「ふ、ぇっ」
「ユリエルは私にも用があると言っていたでしょう。それに私達があのカフェに入らずとも、ユリエル達が私達の隙を狙っていたのだったら遅かれ早かれこうなっていたわけで。フラグがへし折れたとは思えないわ」
ユリエルは間違いなく、私をも狙っていた。理由は何となく分かっている……セロンルートで起きる悪役令嬢、いやこの場合は敵役であるクラドック家か。ともかく私に関わる断罪イベントは隣国とも大きく関わっていたはずだから。
ユリエルは虎視眈々と私とシンシアを狙っていたはず。例え地雷であるカフェに入らなかったとしても、いずれはこうなっていたに違いないわけで。
滔々と諭すように話してじっとシンシアの目線を合わせれば、シンシアはゆっくりと瞬きをする。少し困った顔になったので、私がつまんでいた頬を離してやれば「だよね」と納得してくれた。
「うん、結果はきっと変わらなかった。そう、割りきる」
「そうそう。それにこれを乗り越えれば、あなたは晴れてセロンとのハッピーエンドを迎えられる。頑張りましょう」
「そ、そうだよね!」
茶目っ気たっぷりに言ってやれば、シンシアがほんのり顔を赤くして慌てふためいた。その光景に私はからかい甲斐があって、ついつい、つついてしまう。
「ねぇシンシア、セロンのどこが好きなの? 推しだからってわけじゃないでしょう? そりゃ萌え要素としては最高だけど、推しだからって理由でリアル攻略したくなるようなキャラじゃないでしょう?」
それはずっと聞きたかったこと。
今までは人目もあって中々話す機会が無かったけれど、この誰の目もない檻のような荷馬車の中でなら話しても問題ないよね!
なんでシンシアはわざわざセロン一筋で攻略しようとしているのか。
ヒロインのシンシアなら、メイン攻略対象者四人をよりどりみどり。ゲームだからこそ気楽に攻略できていたセロンルートだけれど、ヒロインの致死率が一番高くて公式も認める最高難易度ルートは現実的に選びたくはないものだ。私なら絶対に選ばない。
安全圏を狙うならやっぱりチェルノとアイザックあたりだよね。あの二人ならヒロインの致死率はバッドエンドだけですむし、普段の様子を見ている感じ好感度も無意識の内に上がっているから攻略も簡単そうだ。
それなのに、シンシアがセロンルートをあえて進む理由は。
「え、ぇえ? 言わなきゃ、駄目?」
「教えてくれたっていいでしょう?」
「す、スーだって私に好きな人のこととか推しの話してくれたことないのに不公平よ!」
うりうりと小突いていたら、思わぬ反論が。
顔を真っ赤にして主張するシンシアの言い分に思わずキョトンとしてしまう。
「あら? 私、自分の推しの話したことないっけ?」
「ないわよ」
むぅ、と唇を尖らせるシンシア。こういうのをみると、お姉さん気質なシンシアがちゃんと年下に見えるから安心する。
それにしても私、シンシアに自分の推しの話してなかったか……。
正直いうと、生来根暗な私は前世で親しい友達なんてほとんどいなかった。自分一人の趣味としてゲームは完結していたから、他人にあれこれ話す機会もなかったし。趣味だけじゃなくて、自分の事を話すのが苦手だったりする。
でもそんな事を正直に言って心配させることでもないから、私は「うっかりしてたわー」といった体でさらりと話した。
「私の推しはエルバート様。正直、毎日萌えの過剰摂取で死にそうです」
「え!?」
シンシアがギョッとするけど、私の推しはエルバート様で間違いないです。思わず真顔になって語ってしまう。本人いないからこそ語れる本音だ。
「私がシンシアに会う前に身を引こうと思っていたのは、エルバート様と親しくなっていざ断罪されるのが辛くなるのもあるけど、私夢女にはなれないタイプだったからが一番の理由かも? 自分の推しがヒロイン以外とくっつくのが許せないのもあったのよね」
これ、エルバート様の前で言ったら確実に監禁生活に逆戻りだから言えないけど。
でもそうなんだよね。私は乙女ゲームのヒロインに感情移入はしても自分とは同一視できないタイプだった。ヒロインはヒロイン、私は私。だからビジュアル的にエルバート様の隣に私自身が立っているのは解釈違いで最初は憤死しそうだった。
でもそこは乙女ゲー。夜毎のエルバート様の愛の営みは私の屁理屈をもどろっとろに溶かしていく。それはもうエルバート様を『推し』じゃなくて『男』として見せてくるから……!
「初恋に関してはよくよく考えれば、私の初恋はスーエレンになってからのエルバート様じゃないかしら。前は恋愛的に好きになる人なんていなくて喪女街道まっしぐらだったから」
クラドック家が断罪されたあの日、エルバート様は私を守ってくれるといった。死なないでほしいと願ってくれた。
私を必要としてくれる人。
私を愛してくれる人。
私は彼に応えたいと思った。
エルバート様の側なら安心できると思った。
ずっと一緒にいたいと思った。
それは私の初恋に違いなくて。
「だから私の推しはエルバート様だし、初恋もエルバート様。これでどう?」
「どうって」
シンシアが真っ赤な顔で私を見てくる。
「スーのくせに真顔でのろけないでよ……」
「なぁに、その言い方」
聞きたいって言ったのシンシアじゃないの!
今度は私が頬を膨らませる番。ぷくぅ、としてみればシンシアが声をあげて笑った。
私も笑えてきてひとしきり笑ったあと、さて話を戻そうとしたら、馬車がガタンと止まった。
私とシンシアは身体を強張らせる。
そっと荷馬車の出入り口へと視線を向ける。
幌で覆われた荷台の入り口らしき所からしゅるしゅると音がする。たぶん、外から紐か何かで勝手に出入りできないようにされていたんだと思う。
じっと息を潜めていると、布が取り払われた。ずっと暗かった馬車の中に光が差すけど、ランプの優しい光だけ。外はもう夜みたいだ。
「楽しそうにお話しされていたようで何よりです。食事にしますから降りてください」
ひょっこり顔を覗かせて、相変わらずの糸目でにっこり笑いかけてきたのはユリエルだ。
私はシンシアと顔を見合わせる。
硬い表情を崩さないままにシンシアが立ち上がったので、私はつられるように首を上げた。
「スー、ご飯食べよう。腹が減っては戦はできぬ、だよ」
「……そうね」
シンシアの言い分はもっともだ。
それに、私達が知るシナリオ通りなら、少なくともここで抵抗しない限りは隣国への道中に死亡フラグは立たないはず。
セロンルートの本番は、隣国に入ってから。
ここは大人しく言うことを聞いておこう。
従順な私たちに、ユリエルが不思議そうな目を向けてくるけど、私とシンシアは素知らぬふりして馬車を降りた。
「随分と大人しいですね」
「無駄に抵抗して死にたくはないですもの」
「没落したとは言えどさすが貴族。賢明な判断です」
おどけたように言うユリエルを一瞥して、焚き火の前にまで来た。それにしても手足を拘束されないのは、私たちが女でか弱いと思われているからなのかなんなのか……。まぁ動きやすいから助かるけど。
私たちをさらったメンバーはユリエルの他に三人いるようだ。三人とも顔や体型が分からないように外套を被っている。この内二人は間違いなく、シンシアの背後を取っていた奴だ。私とシンシアは身を寄せて外套の不審人物たちから少し離れたところに座った。
「……飯だ」
不審人物の一人から声がかけられて、パンと水、それからスープを渡された。
こんな状況下では、ただでさえ最近なかった食欲がますますなかったけれど、昼食を抜いていることを思い出して無理やり胃に押し込めた。




