トゥルーエンドを模索する1(side.スーエレン)
どこにいるかも分からない皆様、朗報です。
なんと、あの、エルバート様が!
シンシアとの外出許可を出してくれました!
わ~、パチパチ~!
結婚してからずっと、シンシア嬢の護衛以外では家に引きこもって私と四六時中イチャイチャしていたエルバート様ですが、とうとう騎士団から「仕事しろ」と呼び出されたようで出勤サイクルが変動した。
結婚してから夜毎エルバート様によって抱き潰されていた私なので、正直嫁入りしてから外へ一歩も出ていないと言っても過言ではない。エルバート様も、外でデートをするよりは家でのんびりしていたい人みたいだし。
だから本日は本当に、久々の、ひっさびさの、お出掛けだ!
前世の記憶を取り戻してからはヒロインとの邂逅率を下げるためにも引きこもりしてたし、そうじゃなくても生来私はインドア派な令嬢だった。知り合いのご令嬢に誘われてお茶会には行っていたし、エルバート様のパートナーとして幾度となく夜会にも出てはいたけれど、街を歩くのはこれが初めて。
最近、運動不足のせいもあってか、すぐに疲れてしまったり、食欲が減ってしまったりという私を気遣って、シンシアが外へと連れ出す計画をたててくれたのです。ずっと引きこもっていると気が滅入るでしょ、って。
ふふふー、ちょっとした旅行にでも行くみたいで、気分上々だ。
エルバート様とその内カフェデートとかするためにも、今日はシンシアに街を案内してもらうつもりでいる。楽しみは倍増だわ。
うきうきとしているのが伝わったのか、昨夜からエルバート様は複雑そうな顔をしている。出勤時間になって見送りしようと玄関に着いて行ったら、とうとうこんなことを言い出した。
「エレはそんなに出掛けたかったのかい? 最近は遅くまで眠っていることが多かったと聞いているのに、早起きまでして。妬けるね」
あう、なんかごめんなさい。
このお屋敷にも慣れてちょっと寝汚くなってきたのか、エルバート様のお見送りができる回数が減っていたことを引き合いに出されて恥ずかしくなる。夜遅くまでエルバート様に遊ばれているのを思えば仕方ないような気はするけど……。
新婚当初を思い出すのだ私。
令嬢としてちょっとたるんできてますね!
でもそれのせいで今日のお出掛けはやっぱ無しってなったらしょっぱい。エルバート様なら言いかねない。
最近は緩くなってきているけど、私がこのお屋敷に来たばかりの頃、出掛けるときは私を部屋に閉じ込めて鍵をかけていた男ですよ。その後、シンシアとのお茶会を許してくれたりしたけど……友人との外出許可が出るまでに半年。半年、かかった。
束縛の強い彼がヤンデレの素質を持っていることはちゃんと覚えている。その片鱗をダイレクトに受けていた事を忘れたわけではない。
私は微笑みながら、エルバート様に騎士団のジャケットを羽織らせる。
「妬かないでくださいな。シンシアが街の様子を話してくれるので、ずっと気になっていたんです」
美味しいお店や可愛い雑貨屋さんは勿論のこと、街中にある『騎士ドレ』の聖地とかね。
当たり前だけど、シンシアは最初花屋の娘として騎士達と出会う。その行動範囲は基本的に街中だ。王女としての教育のために王宮の出入りもするけれど、ゲーム内イベントのほとんどが街が舞台である。
街の案内とはつまりはそういうこと。
聖地巡礼。
生前愛したゲームの舞台に立てるなんて、テンションが上がるに決まってるじゃないですかー!
るんるんと鼻唄でも歌い出しそうな私の雰囲気に、ジャケットを着たエルバート様も諦めたのか私の頭を撫でてくる。
「今日の護衛はセロンのはずだから危険は無いと思うけど、くれぐれも気を付けるように。最近寒くなってきているから、温かくして出掛けるんだよ」
「はい、エルバート様」
ちゅ、と軽く頬にキスを交わしあって、エルバート様はお仕事に出かけられた。
ふふふ、行ってきますのキスにも慣れてきた私、立派にエルバート様のお嫁さんしている気がするね。
それにしても不思議だ。春にクラドック侯爵家の断罪イベントがあって、本来なら私はそこでバッドエンドを迎えていたはずなのに、私はエルバート様のお嫁さんになって半年も生き長らえている。
父と母とは会えていないけれど、病気静養という名目でどこぞの田舎に押し込められているらしい。私を生んでくれた人達だけれど、半年経ってようやく思いだし、気にかけた私は薄情なのかもしれない。
不思議な感慨を覚えながら、玄関の扉が閉まった後、小走りで一番近くの窓にまで向かう。
窓からそっと覗けば、エルバート様が馬に乗って騎士団に向かう後ろ姿が見られた。うん、私の旦那様格好いい。
姿が見えなくなるまで窓に張り付いて、一通り満足すると部屋に戻った。
日課であるエルバート様のお見送りも終わったので、シンシアがお迎えに来るまでに出掛ける準備をしなくては!
私付きの侍女であるジェシーにお願いして、動きやすい服に着替えさせてもらう。屋敷内だったら多少裾を引きずるタイプのドレスでもいいけれど、外では足首丈のドレスを着なくてはならないからね。
シンシアとかは町娘らしい膝丈のスカートだけど、ドレスに関してはエルバート様の許可がおりなかったので仕方がない。憧れはあるけど、貴族令嬢としては仕方ないかな。
私が着るのは落ち着いたチョコレート色のドレス。シンプルなタートルネックにオフショルワンピースを重ね着したようなドレスだ。ドレスの裾が襞になっているくらいで、必要以上のレースやフリルはついていないから街でも浮かないでしょう。
化粧もしてもらって、防寒対策にドレスと同色のケープを羽織り、つばが広い帽子を持ってシンシアが来るのを玄関で待つ。そわそわとしていたら、ジェシーに「落ち着かないですね」と笑われてしまった。ぐぅ、遠足前の小学生気分なのは否めない……!
じりじりと待っていたら、玄関の向こうから人の声がした。私はたまらずにジェシーに目配せをして開けてもらう。
「おはよう、シンシア!」
「わぁ、スー!」
帽子を持ったままシンシアに飛び付けば、驚いた表情でシンシアは私を受け止めてくれる。
「びっくりした、まだノックしてないのに」
「ふふふ、楽しみで楽しみで、仕方なかったの」
体を少し離して笑いかければ、シンシアがスンッと真面目な顔になって私の頭を撫で始めた。え? なんで?
「シンシア? どうして撫でるの?」
「スーってこういうところ可愛いよね……」
「どういうところ?」
「そういうところ」
よく分からないけれど、私の何かがシンシアの琴線に触れたらしい。私の精神年齢を考えれば年甲斐もなくはしゃいじゃって呆れられるかとも思っていたけど……そうでもないみたい? シンシア、精神年齢アラフォーの頭撫でて楽しい?
視線を巡らせれば、街中に溶け込めるように私服を着ているセロンと目が合った。会釈されたので、今日はよろしくという意味を込めてこちらも会釈する。
「準備ができているなら早速行こっか」
「はい!」
シンシアの誘導に返事をすれば、ジェシーが近づいてきて、私に帽子を被せてくれる。そうだ、忘れてた帽子。
「シンシア様、セロン様、奥様をよろしくお願いします。くれぐれも、くれぐれも目を離さないようにお願いします」
「任せてください」
ちょっと待ってジェシー、それ完全に幼児への対応だよね。私十八歳だよ? 前世も合わせて四十越えてるよ? そんな危なっかしい子供扱いは酷くない?
しかもシンシアも! 笑顔で返事してるけど、私が立派な大人なこと忘れていませんか!
確かに朝からそわそわして、玄関待機していたけど……! でも幼児扱いはないわ……!
ジェシーとシンシアのやり取りに納得がいかなくてむくれていると、シンシアが私の方を振り返る。相変わらず面白いものを見るような目で見てくるので、ぷいっとそっぽを向いてやった。
「スー?」
「わ、私の方がシンシアより年上なんだから、あなたは私に面倒見られるべきであって、私が見られるのはおかしいと思うの……!」
「あ、うん、そうだね」
あっさり返されるから、私は余計に面白くない。ほら~、そういうところが子供扱い~!
「ほら、早く行きましょ。今日は聖地巡礼ツアーなんだから、時間は足りないよ?」
シンシアが私の背中をぐいぐいと押すので、私は渋々と歩きだした。
「ジェシー、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
ジェシーが見送るなか、私は外へと踏み出した。
───久しぶりの、外出です!




