6.
6
自転車で駅に向かい、電車に乗り二つ離れた横手駅で降りる。バスで通うこともあるのだが、駅に置いてある学校へ向かう用の自転車で行く場合もある。愛貴は自転車を二台使って学校へ通っている。今の時間帯ではバスはもう出てしまっているため自転車で学校へ向かうしかない。
朝にランニングはしたものの、もう一度寝てしまったため、体がうまく動かない。
ストレッチをしておくんだったと今になって後悔している愛貴。
駅から約十五分ほどで学校へ到着できる。高校の駐輪場は、高校の向かい側、横断歩道を挟んだ向こうにある。休日なので自転車の台数も少なく、どんな止め方でも止められる状況だったのでいつもより余分にスペースを取った。籠に入っているシューズ、ラケットケース、ユニフォームを雑に取り出した。
校内敷地へくると、小体育館の渡り廊下は校庭から入ることができる。いつもなら普通に通れる渡り廊下も、練習試合のせいで、いろんな色の靴が大量に並べられている。靴から察するにおよそ、三十人ほどの選手が来ているのだろう。しいて三チームほどだ。
すでに小体育館の入口は少し開いており、微かにボールを打ち合う、懐かしい心地のいい音が薫ってきた。中に入るとその音も狂気の混じった音へと変化する。昔の雰囲気を連想させ、最後の試合をも同時に連想させた。このあたりから自身の神経が鋭くなるのを感じる。と同時に動悸と言う名の緊張も一緒となって襲ってくるのだ。
小体育館には卓球台で打っている選手とラケットを持ちながら後方で待っている選手がよく見受けられる。これは会場の卓球台より選手人数が多い場合に発生する現象だ。
あらかじめ卓球台で練習していた選手に「何球か交代で、練習を変わってもらえませんか?」と要望し、了承を得られるとこのような現象がおこる。「何球」の基準はその台で失敗した数で決められる。台で打ち合っている選手がふたりあわせて合計五回ミスをすれば、後方で待っている選手と交代し、台を明け渡す。そしてその打ち始めた選手が再びふたりあわせて合計五回ミスすると、先ほどまで打っていた選手に台を明け渡す。ほとんどの場合はこのように行われるが、中には台を渡さないという選手もいる。そういう選手は辺りから嫌悪感を出されることもあるのだが、あまりにもすごい練習をしている選手には、かえって声をかけずらいという場合もある。そのため卓球の試合会場では常に二人で動くことが多い。どっちにしろ、どのスポーツも一緒だろうが、試合会場と言うものは殺伐としたところなのだ。全員が敵意むき出し、その分勝ちたい!負けたくない!というオーラも充満している。
「お~い、愛貴~~!」
ふと、いつも聞く声が右からトテトテと走ってくる。その明るい声にはもう慣れていた。
「やった!本当に来てくれた!もしかしたら、来るとか言ってこないのかと思ってたよ」
「いや、くるよ、お前に後から、ああだこうだ言われ・・・・」
「じゃ、まずこっち来て!」
人の話は最後まで聞いてほしいものだ。
そのまま優希はステコラと、選手たちの人波をかきわけながら、忍者のように進んでいく。
愛貴もこういう経験はいろんな場所で体験しているため、慣れた動きで人波をよけていく。優希も慣れているのだろうか。実際バスケでは相当な技術を持っているのだろうし。
「監督!連れてきましたよ!」
監督と呼ばれた席に座っている人物から感じられたのは、野生、熱い、赤と言った言葉だった。するとその男と目が合った。が、すぐさま目を逸らされる。
怒鳴る系のタイプの人間のオーラを連想させるその動きを愛貴はいろんな会場で目にしたことがあった。
ああ、こういうタイプの監督か。頭の中でそう呟きながらもじっとその男を見つめる。
だが、その時に気が付いた。さっきは一瞬目を逸らされたと思っていたが、男は愛貴の身体を上から下へと何度も上下している。
「んん~~~、監督?」
優希のその声に、はたと気が付いたのか、
「おっ?」
と、素っ頓狂な声をあげる。赤いオーラの男。
「どうかしたんすか?」
という優希のチャラい印象を帯びた声が、癇に障ったがそれでも、目の前にいる男の正体が気になったので、視線を男へと向ける。
「いい筋肉してんね~、これはなかなか見られないダイヤモンド級の原石じゃね~か!」
ん?監督と呼ばれる男から発せられたセリフは初めに受けた印象とまったく違ったため、違和感を感じせざるをえなかった。
「悪いな、急にうちのレギュラーがこれなくなってしまってよ~。こいつが卓球できるやつ知ってるっていうから思わずな。もし連れてこれなかったら、部員には外周五十周させるとこだった。」
「あ・・・はあ~」
どうやら外周五十周というのは本当だったらしい。にしても末恐ろしい監督だ。今日みたいな快晴の日に外周をさせられたら毎日走っている愛貴でも干からびてしまいそうだ。
「悪いが、今の間だけ仮入部というわけで、なんとか頼むわ」
その軽いノリに監督というよりは、どちらかというと、友達と言った印象を受ける。
「はい。わかりました。で、僕はどうすれば?」
「もうちょいしたら練習試合始まるから、君も自分なりのアップがあるんだろ?」
「まあ、はい」
なぜ自分流のアップがあるとわかったのか不思議である。
渡り廊下を通り学校の本館へとつながる廊下で軽く走ったり、ストレッチしている愛貴。
いつもは生徒で賑っているであろう廊下も休日は静かで、なんだかすがすがしい。
「悪いな。今日サボったやつがいるんだ。」
後方からそう話しかけてきたのは、スポーツ刈りの目が少し釣り目の男だった。
「いえ、寝てただけだったので」
「そうか、経験者なんだろ?」
「まあ。はい」
「そろそろ試合始まるから呼びに来たところだ。」
「すみません。時間間隔わかんなくて」
いつも、そうだ。じっくり入念にアップするせいで、いつも大会でもコールされたのにも関わらず気づかず熊谷が俺を呼びに来ていたことを思い出した。
「大丈夫だ、じゃあ行こうか」
そう言って振り向いた背中にはゼッケンに『梁田』と書かれていたが、何と読むか愛貴にはわからなかった。勢いよく走り出す梁田?という先輩にただ愛貴はついていく。
団体戦とは、最大六人、最少三人でできる卓球の種目である。一番から五番と剣道の先鋒・次鋒・中堅・副将・大将のようになっており、中堅の部分がダブルスになっているか、なっていないかの違いである。初めにシングルスが一、二番に。ダブルスが三番。そして再びシングルスが四、五番。という流れになる。勝敗の決め方は先に三勝あげた方が勝利となる。一番~五番と奇数なので引き分けということはない。
小体育館へと戻ると、先ほどまでの殺伐とした練習風景とは一変し、球の音すら聞こえず、正方形になっている体育館の四方に四チームがそれぞれ陣取り、監督と思われる人物の周りに弧を描くように整列している。
その中のひとつがおそらく自分たちのチームだろう。梁田先輩の後を愛貴はひたすらついていくことしかできなかったが、目的地に近づくにつれ、何か違和感を感じた。
梁田先輩という人を含めても五人しかいない。俺を含めても六人。しかも優希は初心者、使える部員は今の状況では五人ということになる。卓球は確かに少なくても三人で団体を組める。が、それはプロ選手の話だ。学校の部活にもなると、部費や運営費などが関わってくる。そうなるとボール代などでほとんどが消えてしまう。中学時代キャプテンをやっていたからわかるものの、それを見て一つ言えるのはおそらく練習の質が低い。つまり弱いということだ。
「よし、来たな。じゃあオーダーを言うぞ」
懐かしい流れだ。試合でのオーダーは大抵監督が決め、試合直前に発表されることが多い。いつになく緊張するのは変わらない。前回の試合まで点呼されていた選手が呼ばれなくなる、という恐怖も十分承知だ。監督が先輩より後輩の方が技術が上だ、と判断されると今まで呼ばれていた自分の名前がいきなり後輩の名前へと移り変わるのだ。
「一番、弦矢、二番、海翔、三番、健登、海翔、四番、集人、五番・・・・・」
それぞれ名前を呼ばれた選手は返事をする。そして五番と言い切ったところで栗田先生が言葉をつっかえる。
「愛貴です」
「んんっ!五番、愛貴」
一度咳払いし、愛貴の名前を点呼する。
「はい」
「じゃあ、各自アップ、ゼッケンの取り付け忘れずやってくれ」
そう言うと再び部員全員が大きな返事をし、各自各々のバックがある場所へと移動し、ユニフォームを着たり、ゼッケンをつけ合ったりする。中にはすでに付けていて、ストレッチをしていたり、シャドープレーと言われる、素振りをする選手もちらほらと見受けられる。
「!」
栗田監督の交感神経をピリリとさせる声が、俺たち全員に向けられる。そのうちの一人が「はい」と言って監督の元へと走っていく。それは先ほど愛貴を迎えに来たゼッケンに『梁田』と描かれている先輩だった。
あれで梁田って読むのか。卓球しかやってきていないので頭の方はからっきしに近い。
梁田先輩。おそらくこの人がキャプテンだろう。とも理解した。
監督に何を言われているのかは聞こえなかったが、言われている言葉の端ごとに首を頷かせ、最後に背中を軽く叩かれている。キャプテンに気合い付けでもしているのだろうか。
「優希、じっとしてて。」
「ちょっと、背中に刺さないよう気を付けて・・・いったっ!」
そんなじゃれ合いのような会話を繰り広げている二人に自然と視線がいっている。
そちらを見ていると優希にゼッケンをつけてあげている長身の男と一瞬目が合う。
ゼッケンをつけ終えると、ぐちぐちと優希に皮肉のような言葉を投げ捨てられていたが、その男はまるで仏のように微笑んでいる。
すると先ほど目が合った仏の微笑みをしていた先輩が近づいてくる。
「君、平成中の愛貴くんだろ?」
「え、あ、はい・・・」
なんで自分のこと知ってるんだろう?
「君とは中学の時、試合したよね?」
え?中学のときに試合?練習試合でか?それとも大会でか?どっちにしろ愛貴が見た彼は見覚えがなかった。
「あれ?もしかして覚えてない?」
「あの、いや・・・すいません」
「あはは。そうだよね、試合している人数が僕より君の方がずっと多いから忘れるのも当然だよね。君が中学一年生の時に試合をしたんだけどな~」
中学一年生?三年前のことなんて覚えているはずがない。
「で、その時は僕が勝ったんだけど、中学最後の総体で個人で君に負けて引退したんだけど。」
皮肉を言っているように思えたが表情から察するに悔しさなど浮かべていなかった。あんまり卓球に力を入れてないんだ。そう思った。
「すいません、あの時は自分、優勝することしか考えてなかったので」
まずい、もしかして失礼なことを言ってしまったかもしれない。
「ううん、全然いいんだ。それより今日は久しぶりの団体戦だ、頑張ろうか?」
確かに自分にとっては久しぶりの試合だ。でも、この人にとっても久しぶりなのだろうか?
それともいつもレギュラーから外れているのかもしれない。
ん?とこちらの返答を待っている優しそうな先輩。
「あ、はい!」
そう返事を返しておく。じゃ。と言ってチームの元へと帰っていくときに背中のゼッケンには菅原と書かれていた。
先ほどのオーダー発表では集人と呼ばれていたので、おそらくフルネームは菅原集人。
菅原集人先輩か。どこ中出身なんだろうと考えたが、それでも彼の存在は愛貴には到底思い出すことができなかった。
一番手は、弦矢。二番手は先輩、と二台進行でどうやら試合は進んでいくようだ。
海翔先輩も練習風景を見ていた限り弦矢と同じくカットマン。始めにカットマンを二人おくというのは監督である栗田先生の読みがいいらしい。確かに相手チームはカットマンがいない。全員が攻撃系の戦型だ。カットマンにとって同じ戦型のカットマンと対戦するよりはドライブマンである攻撃系の戦型のミスを狙うほうが試合としてはやりやすい。それは圧倒的にカットマン人口より、ドライブマン人口の方が多いことに起因している。だからドライブマンはドライブマンとの練習が多くカットマンに抵抗力がない。逆にカットマンはドライブマンという攻撃系の戦型の人口が多いのでいくらでも練習する機会はある。ドライブマンしかいない相手チームはカットマンのカットというボールに慣れていない。そう読んだのだろう。監督のオーダー、それは卓球にとっては試合の勝敗を分ける大きな存在なのだ。
相手はドライブマンしかいないチーム。ということは
そして勝利数を先に二つあげることによって、相手チームのモチベーションも下げることもできる。普段からカットマンは同じカットマンと練習することが少ない。
「策士だ・・・」
思わず栗田監督を見ながら呟いてしまった。
しかし監督へ不満を募らせる選手も多々見てきた。オーダーへの不満、練習への不満。でもそういった監督の所で練習していても、強い選手は強く、弱い選手は弱い。環境のせいや人のせいにしている時点で強くなどなれないということを愛貴はどこかで聞いたことがあった。
弦矢は、俺が来ている理由は知っているのだろうが、俺と目を合わせることは無い。試合を開始し始めている弦矢はまるで愛貴を眼中にいないかのように扱っている。「卓球やめちまえ」と言ってやった当人が再び卓球をやってしまっているのだから。
すると、パポンッ!という激しい音が弦矢の隣の台で鳴り響いた。その音の持ち主は相手チームの選手だった。はげしくフォアドライブを打とうとしたのか、ラケットを持った腕は額に持ち上がったまま硬直している。しかし打ち返したはずのボールは、ネットを越えることはできずに虚しくポポポポンと音を立てて卓球台から落ちていく。硬直したまま相手選手は薄笑いを浮かべている。
おそらく圧倒的な強さに自嘲するしかないのだろう。点数は九対一。そのスコアを創り出したのは、海翔先輩だ。彼は無表情のまま、自嘲し硬直した相手選手を見向きもせずに、落ちたボールを拾い上げ、サーブする構えを取り始める。
構えると「サッ」と小さく呟き、バックハンドサーブの姿勢になる。そのままじっと相手の試合開始了承の言葉を待っている。相手の気持ちを重んじるということはしないらしい。まるで感情を消しているみたいだ。
その海翔先輩のロボットのような動きを見て、相手選手はこわばった自嘲の笑みがだんだんと恐怖の形相に変わっていく。愛貴はその表情で相手選手の感情を読み取れた。初めは『仕方ない。相手が強すぎるんだから。』と理由付けすることができる。しかし、だんだんと本当に負けることが明確化してくると、負ける、という気持ちも、負けたくない、という気持ちも当然あるのだが、それより怖いのは味方に諦められること、もしくは呆られること。海翔先輩の相手選手はそれが恐ろしいと感じているのだと思う。
「サッ」という開始了承の言葉を返すと、海翔先輩はボールを垂直に空中へトスする。
そこから回転のきれたボールが相手コートフォアへとカーブしながら向かっていく。
短いショートサーブだ。
一度、海翔先輩のコートでワンバウンド、その後相手コートのネット付近にツーバウンドをする。サーブはツーバント、レシーブは相手コートにワンバウンドである。
相手選手はそれをツッツキという技で軽く相手コートに渡すようサーブボールをラケット面で触る。
が、ボールは海翔先輩のコートへと戻ってくることはなかった。ボールはネットに阻まれ、まるでネットに押し返されるように相手選手コートへと戻ってくる。
その次のセットも意気消沈したままの相手を海翔先輩は問答無用で切り裂くように倒してしまった。弦矢も持ち前の技術で年上であろう相手選手を軽々と倒してみる。
これで自分たちの勝利数は二勝となった。あと一勝で平鹿高校の勝利となる。
海翔先輩、まだ他の先輩のプレーも見ていないからはっきりとは言えないが、おそらくこの先輩がこのチームの中でエースだろう。全国に行けると思えるほどの鍛錬されたフォームに動き。そしてロボットが作業するように勝利するメンタルの強さ。というよりは感情がないと言った方が良いかもしれない。海翔先輩の次に強いのが弦矢か、梁田先輩のどちらかだろう。
あっけなく団体戦が進んでいく中、隣では個人戦用の卓球台が用意されている。そこでは団体戦に出ない、もしくは出るとしても出番がまだ後という選手が試合を行っている。
「ああ~、くっそ~!」
そう言いながら、十一対八という何とも言えない点数で負けている優希の姿が。
バスケをやっていたとは思えないほどユニフォームが似合っておりその姿は上級者を連想させる。しかし動きやフォームは初心者だ。相手チームも相手が優希だったため配慮したのか、おそらく高校から始めたであろう選手を出してくれている。
こちらの優希同様に高校から卓球を始める人は少なくない。理由はなんとなく分かる。簡単そうだからだ。今までスポーツに関わってこなかった、または関わってきたが高校では別の部活をやってみたいと思っている人が入部する可能性がある。卓球は確かにキャリアが必要な部分もある。しかしほとんどはセンスと努力だ。中でもセンスだけは特別視される。三、四年卓球を続けたきた選手を一年しかキャリアがない選手に負けると言うことも多々ある。経験値がどれだけ豊富にとれるかどうかが差であって、年や年齢はあまり関係ないスポーツだ。もちろんサボればサボるほど能力も落ちていくのは必然である。
卓球は一対一のスポーツだ。昔からだがドタキャンのように休む選手はいる。理由は敗因が自分で決まる場合が多いからだ。団体戦ともなると、一人でも負けると勝敗を大きく分ける。そのため自分が負けて責められるのが嫌なのだ。だから他の選手に抜け番をやってもらうという行為に至るという思考になるのは分からないわけでもない。今日休んだ先輩というのも、おそらくこの理由ではないとしても、これに近しい理由なのだろう。しかし休んでしまうほど高度な精神面が重要になってくるスポーツでもあるのだ。
そうこうしているうちに、ダブルスの試合前の練習が始まってしまっていた。なんて早い進行だ。練習試合の為、公式戦とは違いそこまで丁寧に進行する必要はないのだが、それにしても早すぎる。監督は公式戦での体力温存も考えてメンバーを選んでいるのだろうか?早めに終わらせて、次の試合に体力を温存しておく。練習試合からそこまで作戦を練っているのだろうか。この監督の力量は今だに未知数である。
ダブルスは海翔、健登という先輩ダブルスだ。どうやら試合が始まるらしい。
基本的に公式戦では一試合ごとに点数板をもつ選手が設けられるのだが、練習試合は自主的に試合を行っている者同士で点数板をめくっていく。
両ダブルスは卓球台の横に移動し、「お願いします。」と言った後、握手を相手ダブルスの二人共とし、両チーム、ダブルスのどちらか片方選手がジャンケンをする。勝った方にサーブ権かレシーブ権を選ぶ権利が与えられ、ジャンケンをした梁田先輩はチョキとグーで負けてしまい落ち込んだモーションを取る。
全国大会やプロの公式戦では、主審判と副審判が設けられ、主審判が選手のイエローカードの対象の行為、サーブまでの時間が著しく長い場合や、相手を挑発する行為、ルール違反などを監視し警告する役目を担っている。副審判は主にタイムキーパーを行う。試合の点数板をめくったり、タイムアウトの時間を測ったり、一セットが終わるごとに点数を記録する役目を担っている。
「あ~あ、あの二人ぶっつけ本番だけど大丈夫かな~」
隣りでそう呟いたのは先ほどまで負けた優希にアドバイスをしていた集人先輩だ。
「え?あの二人ぶっつけ本番ダブルスなんですか!」
おもわず聞いてしまった。試合の練習風景や息の合ったフットワーク、まるでいきなり組んだダブルスには到底見えなかったからだ。
「お、おう、どうした急に?」
愛貴の急な反応に苦笑いを浮かべる集人。
「いえ・・・ただ、ぶっつけとは思えなくて。」
「まあ、いつもはこのダブルスじゃないんだけどね。」
じゃあなぜ、いつものダブルスを使わない?
「なぜ、いつものダブルスは使わないんです?」
思考したことそのままが、言葉になって発せられる。
「う~ん、監督の実験じゃないかな。栗田監督、たまにこういうことするから。入部するなら気を付けた方がいいよ」
俺は入部する前提なのか?笑わせるな。
「いえ、入部はしません。」
「そうなんだ。愛貴くんは結構強いと思うんだけどな~。あ、そろそろ俺も試合だ。じゃダブルスの応援よろしくっ!」
そう気早に言いながら愛貴の肩を叩き、ダブルスの試合を見ること促してくる集人先輩。
ダブルスをぶっつけ本番で組んだ二人の先輩。というより栗田監督の実験とやらで組まされた二人の戦型は、海翔先輩は右利きカットマン。卓球台から少し距離を置き相手の打ってきたボールに対して回転をかけ相手にミスを促す戦型だ。海翔先輩が貼っているラバーは両面裏ソフトラバーと言われる凸凹がないゴム製の赤と黒色のラバーが貼られている。このラバーは、表面に凹凸がないため、ボールの回転の影響を受けやすい。しかし逆に回転をかけやすいラバーとしても扱われている。
それに対して梁田先輩は特殊な戦型である。表ソフトラバーがフォア面に貼られている右利き攻撃型選手。
よく目につくラケットの表面には凸凹がないゴム製の赤と黒色のラバーが貼られている。が、表ソフトラバーには小さな粒がある。そのため打面にボールが当たると、球離れが早いため初速が速く、後から遅くなるというボールが出るという仕組みだ。そのため、スピーディーな試合を臨む選手に向いている戦型で、中でもスマッシュ、強打をされるととてもボールのスピードについていけそうにない。そしてバック面には裏ソフトラバーが梁田先輩には貼られている。
昔から卓球をやっていた為、ある程度目の前にいる選手がどんなプレーをするのかは予測を立てることができる。
そんな中、相手ダブルスがサービスの構えに入る。海翔、健登ダブルスはフットワークを確認しつつ、レシーブの構えを取り始める。ふたりはどう見てもぶっつけ本番ダブルスの面影はまるでない。
相手のサーブがレシーバーである健登先輩の右コートに入ってくる。ダブルスのルールとして、サーブは必ず相手から見て右側に出さなくてはいけない。
健登先輩が回転が薄く打ちやすいボールを相手コートに送り、それをあえて相手選手にドライブ攻撃をさせる。攻撃させたのは健登先輩の作戦だろう。レシーブを行った後、健登先輩はすぐさま横へ避ける。そうすることによって海翔先輩のプレー範囲が広がり、カットの回転量も上げることが出来る。案の定回転のきれたボールが海翔先輩というこのチームのエースであろう人物から放たれる。
当然、相手選手は打面に当てて打つことはできても、ネットに引っかかってしまう。
しかし、あの回転量は俺でも打ち返せるか分からない。カット打ちというのは慣れていない選手には高レベルな芸当だ。カット打ちは新たに自分で回転をボールへかけ、打ち返すか、軽く受け流すか、それともツッツキという技で相手に甘いボールを打ち返すしかない。
「くっそっ」
相手選手はそう辟易し、ラケットに息を吹きかけズボンに打面を擦りつける。この動きをする選手は多い。多少ではあるが回転量は上がる気がするからだ。
これで点数は一対零。先制点を取ることはできたが、このままこの流れが続くかは分からない。
続きに相手はサーブを出す姿勢を取り出す。健登先輩と海翔先輩も軽くアイコンタクトすると、
「サッ」と、試合開始了承の言葉を発する。アイコンタクトで何をすればいいのか分かるなんてダブルスをある程度、練習をしなければできない芸当だ。本当にぶっつけ本番コンビなのだろうか?しかもどちらも右利き。二人で交互にレシーブをするのは至難の業だ。
するとサーブは先ほどと違い今度は、健登、海翔の二人の奥へと早いスピードで、奥にくる。
それを読んでいたのか前もってレシーバーである梁田というゼッケンを激しく揺らしながら素早く打つ構えを取る。すると腕をたたむように、ラケット振る。
目にも見えない速さでボールは相手選手二人を通り過ぎていく。それを驚いたのか相手ダブルスは、キョトンとした顔で後ろを振り向いた後、前方のぶっつけ本番ダブルスをゆっくりと首を動かし見つめる。そこにはすでにボールを差し出すよう促しながら手を相手ダブルスに伸ばしている梁田健登先輩の姿が。海翔先輩と健登先輩は雑談でもしてるのか、それとも猥談をしているのかは分からないが、笑いながら二人は会話している。が、どっちかというと梁田先輩が微笑んでいるだけで海翔先輩は、無表情のまま笑っている梁田先輩を見つめている。
「どう?ダブルス勝てそう?」
そう話しかけてきたのは試合に行ったはずの集人先輩だった。うっすらと額に汗を掻いている。どうやらもう一セット終えて一度休憩に来たようだ。
「え?」
ダブルスとほぼ同時に始めたはずなのにあまりにも一セット終わるのが早すぎる。ダブルスの試合に集中してためか、隣で行っている集人先輩の試合にはまるで目が行っていなかった。
点数板を見ると十一対三と圧倒的な力の差を残している。
「ねえ?聞いてる愛貴くん」
「え・・・はい。勝てそうですよ。」
「そうか。良かった。俺も余裕で勝ってきた。久しぶりの試合だったから勝てるかどうか心配だったけど鳥越苦労だったみたいだ。」
水筒を軽く二口ほど飲み、あまりの試合の速さに不思議のまなざしを送っていた愛貴を集人はチロッと見てきたが、俺は視線を焦るようにすばやくそらし、ダブルスの試合を見ているふりをする。こういう時に人見知りが出てくるのは悪い癖だ。
「それよりあのぶっつけダブルス、なんで強いか分かった?」
「いえ、分からないです」
「ダブルスはね。どっちかが合わせてあげるといいんだよ多分」
「ええ~~っと・・・つまり?」
「あの二人、どっちが強いと思う?」
「おそらく・・・海翔先輩」
「そう。海翔の方が健登より断然強い。でもあれは健登がいるからダブルスの歯車が絡み合うんだよ。健登は要するに海翔という歯車の動きに合わせることができるんだ。作戦をたてることにも長けている」
それを聞いて先ほどのぶっつけダブルスのプレーが次々に頭の中でつながっていく。だからあえて個性を主張し合うのではなく、個性を主張するのは海翔先輩の役目であって、それを引き立てるのが、健登先輩ということになる。確かにどちらも主張し合ってしまっては互いの個性を打ち消しあう。
「だ、か、ら。とりあえず健登は誰とでも調子を合わせることができる。そういうこと。」
回答合わせみたいだ。そう思った。
「集人先輩、相手、きてますよ」
「え?嘘、つか名前覚えてくれたんだ。頑張ってくる!」
いろんな感情が混じっていて最終的になにを言いたいのかよく分からなかった。
とりあえず、ダブルスか集人先輩の試合が終わらない限り、俺の出番は来ない。さっさと終わらせて帰りたいものだが、そうにもいかないだろう。ここまで朝の優希の連絡からここまでことが進んでしまっては、急に帰りますなんて言えるわけがない。
おそらくもうぶっつけ本番ダブルスは大丈夫だろう。点数板もすでに八対二になってしまっている。今だにぶっつけ本番ダブルスは梁田先輩のおかげで歯車が会い続けているようだ。
そんなことより、集人先輩の戦型が気になる。
集人先輩は、相手が来るまでラケットをボールに立てかけて、卓球台に両手をついて足と体のストレッチを行っている。すると相手選手が向かい側につくと、何度もペコペコとまるでサラリーマンのようにお辞儀し、「お願いします」と何度もリピートする。その腰の低さに相手選手も苦笑いしながら、軽く頷き「お願いします」と言い放つ。
ボールに立てかけていた状態からラケットを持ち上げる。ラケットのバック面が、小体育館の照明により、かすかに凹凸があることが分かった。梁田健登先輩が使っていた表ソフトとはまた違う種類のラバー。粒高ラバー。
表ソフトラバーはあまり回転の影響は受けないが、それよりも回転の影響を受けにくいのは、表ソフトラバーよりも粒の高さがある粒高ラバーと言われるものだ。これは相手の回転を無視して、相手コートに返球することができる。返し方も他の戦型とは少し違い、コツも必要になってくるのだが、粒高ラバーで返されたボールは無回転、またはボールに回転が薄くしかかかっていない為、相手選手が打ったり、打面に強く当てると、ワンバウンドすることなく台から浮いて飛んで行ってしまう。
逆に裏ソフトラバーは、ボールの回転の影響を受けやすい。理由は粒高ラバーや表ソフトといったラバーは突起部分があるため回転を抑えたり、もしくは無回転にすることができる。それに対して裏ソフトラバーは粒がなく平らなゴムしかないため、回転の影響を受けやすい。
イメージ的には、回転している草刈り機が固いコンクリート塀にあたってはじかれるイメージだ。そのため裏ソフトラバーでは、相手の回転、つまり草刈り機の回転に合わせて、ラケットの打面、コンクリート塀を動かすことによってはじかれるという現象は無くなり返球することができるのだ。そのため裏ソフトラバーは相手のサーブレシーブの回転のたびにそれにあった返球の仕方をしなければならない。
が、集人先輩の使用している粒高ラバーというのは、回転をほとんど無視して返すことができる。相手の返球を当てるだけで返すことができたり、軽くボールに対して優しくボールを乗せて返してあげるなど、返球にはあまり苦労しないラバーだ。しかし卓球は騙しあいのスポーツであるため、粒高ラバーの球に試合中慣れられるとやっかいだ。なので粒高ラバー選手がプレーで出来ることも選手によっては限られる。選手の技の引き出しが多ければ粒高選手は文句なしの強さだが、引き出しが少なければ、ワンパターン化してしまい、その分自分の個性をすぐに出せる戦型でもあるのだ。
集人先輩からのサービスらしい。フォア面の裏ソフトラバーで下回転のかかったボールを相手コートショートへ出す。それをツッツキで返してくる相手選手。そう来ると予測していたのか、粒高ラバーを相手へと向けバックスイングの姿勢に。そして胸の方へラケットを引き戻し、そのままボールへ対して、ピストンのごとく全身を使って力強く前へ押し出す。
プッシュという技だ。多くはペンホルダーの選手が使う技なのだが、シェークハンドでも使うことができる技術でもある。
相手はいきなりの試合のテンポの変化についていけなかったのか、プッシュ球を見逃してしまう。
「ヨーッ!」
と卓球独特の勝利の雄叫びを上げる。相手選手にとってとてつもなくやりづらいのだろう。
それに続いて集人先輩の卓球台を挟んでいるダブルスの試合からも個人戦専用の台からも似たような雄叫びが同時に聞こえてくる。
「しゃーっ!」
そう独特でもなんでもない嬉しい雄叫びを上げだのは優希だった。バスケをやっていた頃もどうせこんな感じでシュートを決めたら似たような叫びをあげていたんだろう。
するとダブルスは、梁田先輩が軽く「よーっ!」と得点した雄叫びを上げると、ぶっつけ本番ダブルスはラケットを相手側のコートにおいてステステとこちらへ戻ってくる。
シングルスでもダブルスの試合でも一セット終わるごとにコートチェンジをしなければならない。
「このダブルスも使えんなあ」
そう静かに呟いたのはパイプ椅子に深く腰掛けながら足を組んでいる栗田先生だった。
やはりぶっつけ本番ダブルスは実験だったらしい。しかしそんな監督に誰も不満を持たないのだろうか。
「よし。俺ら後一セットで終わりだから、準備しとけよ?」
そう話しかけてきたのは、ダブルスの梁田先輩だった。海翔先輩は何度か俺をチロチロと見ていたが、興味がなくなったのか、あたりの試合風景を見渡し始める。
「はい。分かってます。」
そんなことよりダブルスの点数が気になった。しかしぶっつけ本番ダブルスがいるせいで点数板を見ることが困難だ。
「十一対二だ。次はスコンクを目指してやる」
俺の点数板を見ようとしている姿に急に言ってきたのは、海翔先輩だ。
「十一対二?」
「ああ」
この先輩とはどうやら会話が続きそうにない。
「ま、ダブルスか集人が終わったら、今度は愛貴くんの番だから。でも緊張しなくてもいいぞ。どっちにしろ練習試合だし、俺らダブルスか集人がとれば勝ちだし」
やっぱりキャプテンなのだろうか、チームの統率がとれていそうだ。
そのまま相手からの巻き返しは起きずにダブルスも集人先輩も勝利数を稼いだ。
団体戦は先に三勝を上げて勝利は確定した。なら俺は出なくてもいいじゃないか。と思うのだが練習試合というのはもったない根性というやつで強制的に最後までやることがある。
練習試合の中央には一時間ごとに鳴るタイマーが準備されており、九時から十二時の三時間。他の三チームと一時間ずつの計算でローテションを組んでいるみたいだ。
残り時間はおよそ二十分、おそらく一試合できるかできないかなのでやらされるのだろう。
卓球台にはすでに相手選手が早くも台へついている。急いでバックからタオリング用の汗拭きタオルと、ラケットを取り出す。懐かしい流れだ。
そのまま愛貴も卓球台へと向かい、台の下に設備されてあるバーにタオルをかける。試合球は相手選手がすでに持っており練習をしだす構えを取っている。お互いに「お願いします」と小さく呟くと、打ち合う練習をする。おそらく相手は年上、というよりゼッケンには三年と書かれている。
三年生か。勝てるか?勝てないか?
卓球に関しては自然と頭の中で思考が回り始める。戦型は同じ裏裏ソフトの攻撃型の選手。
戦歴はありそうだが勝率は低い。勝てる。
昔から勝てると確信することはできる。が急に流れを持って行かれると典型的な負けるパターンのタイプなのかもしれない。
台に立つと、卓球がどれだけ怖いスポーツかが見えてくる。どれだけ強い相手と思っても、その選手に勝ってしまったら、倒せる選手に姿を変える。逆に負けた選手は、勝った選手に対して勝てない選手という意識になってしまう。だから練習試合での勝ち負けも、遠回りして公式戦での勝敗をすでに決めているのかもしれない。だから今に本気にならなければ決して公式戦でも勝てるわけがない。愛貴はそう思いながらずっと卓球を続けてきていた。
フォアもバックも打ち合い、どういった試合になるか両選手、感覚を確かめる。
お互いに点数板の前に移動し、「お願いします」と握手したのち、互いのラケットを交換し合う。
カーボンは入っているのか?ラバーの厚さと種類は?ラバーの能力は?グリップはストレートかフレアか?ラケットを調べ上げようとしたら切りがない。
ラケットは選手を物語っているいっても過言ではない。丁寧に扱っているか否かでもどんな戦い方をするのか、荒削りのようなプレーをするのか、もしくはストイックにひとつひとつの動きやフォームまでも確かめているのかなど。ラケットとラバーそして、仕草や顔の動きすべてが闘いへのヒントにもなるし、弱点にもなりうる。
そんなことをずっと思考を回しながら考えていると、いつの間にか確かめ終わった自分のラケットが前に差し出されている。相手選手はいつまでのラケットを入念に調べ上げてしまう俺に眉間を歪めながら不思議と思っているようなまなざしを送ってきている。
「ああ、すいません」
年上には迷惑はかけたくない。
「いや、大丈夫だ」
三年生の相手選手は優しくそう答えてくれたが、愛貴は負ける気などさらさらない。逆にコテンパンに負けさせてやる、という気持ちで心が煮えくり返っている。
サーブレシーブを決めるジャンケンからして負ける気はさらさらない。ここでもモチベーションが変わってくる。そんなので試合は何も変わらないという選手も中にはいるが、モチベーションは大切だ。最初から最後まで勝ちきる。それが俺のモットー。「完璧」だ。
「最初はグー」
「じゃんけん」
「「ぽん」」
パーとグー。俺の勝ちだ。
「サーブで」
愛貴はサーブ権を得た。
同じ戦型なため、どこが苦手なコースでどんな技がやりにくいのかは分かる。それは相手も同じ事だろう。お互いにそれぞれ台へ付く。
愛貴は何度かボールを床にバウンドさせキャッチを数度繰り返した後、バックスイングのフォームを取る。バックハンドサーブと言われる技術だ。ジンクスというかなんというか、初めて試合を行う選手の時は、いつも自然とバックハンドサーブから始めてしまう場合が多い。理由はおそらくない。でも、これが一番自分にしっくりくるからだ。
「「サッ」」
と、お互いに開始了承の言葉が重なりあう。それを確認し、ボールを左手の中心に乗せ静止させた後、空中へトスをする。落下してくるところを狙って、すばやく横回転サーブを相手フォア側に繰り出す。
それを裏ラバーで回転の影響を受けないようにレシーブをし、愛貴のバック側に返球されてくる。それに対してスマッシュのようなスピードでバックドライブを相手のバックサイドのコースを突く。相手を左右へと動かすことに寄って、軽く少し浮いた球がこちらへと戻ってくる。
それを今度はフォア側へ全身を使ってドライブをフォアに送る。
流石にスピード卓球にはついてこれなかったみたいだ。点数板は自分でめくっていく方式なので、自分で点数板をめくる。次はサービスエース。と、どんどん点数を稼ぎ、なんとか一セット目は十一対六と何とも言えない点数だ。
一セットとったからと次のセットも取れるとは限らない。ここは慎重に。と思っていたのだが、次のセットは先ほどよりも、攻撃的に攻めることができ、十一対三で勝つことができた。二勝するとグンッと勝つ確率が上がる。そのまま上がり続けその流れのままで勝ててしまった。
もっとも弦矢はじっと俺の試合を見ていたような気がしていたが気にしなかった。別に弦矢に対して怒りを抱いている訳ではない。それよりもあの時はどう見ても俺が悪かった。自己中に部員を振り回し、挙句、チームを敗北に導いたのは確かだ。
『ピピピピピピッー』
と一時間経過したタイマーが小体育館全体に響き渡る。平鹿高校も含め、四チームがそれぞれ移動していく。そして対戦校が変わり団体戦のオーダーもダブルスはぶっつけ本番ダブルスのままで、シングルスの位置はそれぞれ変わったりしたが、基本的に初めのオーダーと変わらないまま試合は順調に進んでいった。
そして再び三回目のタイマーが鳴り響いた。これで全チームとの試合は終わった。
終わると同時に全チームが帰宅の準備をする喧噪が生まれる。その喧噪に合わせるように愛貴も汗で湿ったユニフォームからトレーニングシャツに着替えを済ませる。下はゲームパンツが湿っていたが、後で着替えれることにした。
「助っ人く~ん」
四、五メートル離れた距離から愛貴を呼びかけたのは栗田監督だった。呼ばれたので愛貴はおもむろに栗田監督の元へと近づいていく。すると立ち上がり、手で「来て」と栗田監督が示唆した後、小体育館の出入り口に向かう。どうやら学校の本館へと向かうみたいだ。
渡り廊下を通り過ぎて、一階に構えてある三年棟を通り過ぎると、いかにも快適そうな職員室が見えてくる。栗田監督はその雰囲気からは到底思えないほど、お淑やかに扉を開け、しかもしっかりと失礼します。と言って入室していく。それに愛貴も習って同じ動作を繰り返す。
中には数人の栗田先生と同じく、運動部の担当をしていそうな教師たちが数人いた。入学して一か月ほどが経過しようとしているが、今だに名前も検討が付かない先生ばかりだ。
栗田先生の教室には優希が言っていた通り、卓球に関しての本と担当科目と思われる数学のプリントや教科書が机に散らばっていた。お世辞にもきれいとは言えない机だったが、机のシートにはいくつもの写真があった。おそらく大学時代のものだろう。
「ええ~っと・・・」
そう言いながら、ガサガサと机をあさっているが、見つけたいものが見つからないみたいだ。
自分の机から見つけるのは困難だと悟ったのか、そそくさと席を移動し、昼休憩をしている他の先生の机に向かう。
「すいません、入部届の紙とかってあまったりしてません?」
「ええ?栗田先生。前にも無くしたって言って騒いでませんでしたか?」
「はい・・・・」
そう言うと、話しかけられた教師は立ち上がり、栗田先生の机のパソコンへ向かう。
「ここのファイルを押して、学校業務の中のここに入部届というテキストがありますから、これを印刷って押してください」
そう丁寧に教えてくれる教師。
「どうも。ありがとうございます」
言いながら頭を掻きぺこぺこと頭を何度も下げる。すると印刷方法まで丁寧に栗田先生に教えてくれた教師は、再び自分の机へと戻る。機械音を鳴らしながらそばの印刷機から紙が印字され出てくる。そこから紙を取り出しこちらへと歩を進めてきた栗田先生。
「はい!これっ!」
と胸に入部届と思わしき紙を押し付けてくる。
「え?」
「これは強制だから。」
「いえ、部活に入る気はありま・・・・」
「そんなに強いのに、やらないのはもったいないだろう?」
と言わせないかのように言葉の続きを言わせない。そこで史上最高に嫌な顔を向けようとした時、ガラガラと職員室の扉が開かれる音がする。
「失礼します。栗田先生に用事があって・・・」
「おう、悪い悪い、梁田、あいさつだろ?今いく」
職員室に入り、きちんとした礼法を途中で止められたのはキャプテンであろう梁田先輩だった。
「じゃあ、行くぞっ」
と、栗田監督に背中を叩かれる。
「はい・・・・」
と言って練習試合が行われた小体育館へ向かう。