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『いち、に、さん、し、ご。』
頭の中で何度もそう呟く。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」
荒い息をあげながら、腹筋を繰り返す愛貴。その後も腕立て、背筋、体幹、そしてダンベル。部活を辞めてからもランニングと筋トレはするようにしている。体の隅々まで鍛え上げる。毎日欠かさず、ランニング、体感、筋トレ、ストレッチ、知識の取り込み、これをひとすら繰り返す。卓球をしなくなってから、愛貴はショートスリーパーになってしまった。十一時ごろに寝たとしても、二時か三時ころに起きてしまう。
でも体が錆びてる感覚はまるで取れそうにない。体に錆除去剤はかけるもののブラシで錆を取るという作業に一行に移ろうとしない。だからまだ錆は体に付いたままだ。
「ずっと待ってるから~~!」國安のその言葉が頭の中を反芻している。
このままじゃ筋トレに集中できない。
愛貴はトレーニング中は頭の中からいろんな意識を抜くように心掛けている。
『だからさあ、出来ないんだって!』脳の奥にあるもやもやを、その一言で消し去った。
キャプテンというのは責任重大だったと今になって理解している。少しでもキャプテンが自己中心的にでもなれば、部活の士気は下がり、誰もついてこなくなる。後輩には早く引退しろと怨まれる。昔の自分の姿が頭の中にちらつく。
今思えば、卓球というスポーツが俺に合っていたのかさえ疑問だ。
自分本位で自分のものさしで人を見下していた。部員に欠点ばかり指摘して、なんでやらないんだ、なんでできないんだって俺見たく真面目にやってほしかった。でも一番足を引っ張っていたのは俺だって分かった。当然、部員からも怒りを買っていたけれど、そんなことに目を向ける暇がなかった。全国に行って自分のプレーを見てもらいたい・・・。そう願っていたことを今だに覚えている。
中学の時の三年生引退会の時もキャプテンなのに俺だけ出席しなかったんだ。というより部員に出席する顔がなかった。
俺のせいでで母親も他の部員の親から嫌われててさ。俺の親は、俺が何にはまっても特に何も言わない人なんだ。と、いっても卓球しかやってこなかったけど。優しい母親だ。これで世間体を気にする母親だったら終わってたな。と常々思う。
『ピンポーンっ』
家のベルが鳴り響く。その音が愛貴の筋トレを一時中止させる。
上半身裸で筋トレしていた愛貴はそばにあったトレーニング用の黒いタンクトップを着て首に汗拭きタオルをかけ階段を駆け下り、インターホンに出る。階段の上り下りは踵を上げてやってしまう。これもトレーニングとしてやっていたのだが、今も癖でどうしても行ってしまう。
「はい」
「ああ、愛貴、わたし。」
それは幼馴染の声だった。
「おっけ、今行く」
貴衣が俺の家のベルを鳴らすなんて小学生以来なかった。玄関付近にある姿見鏡で一応、容姿を確認しておく。汗で少し湿った顔をタンクトップを無理やり伸ばして拭う。
玄関を開けると、貴衣が一瞬、瞳孔を開くかのように目を大きくすると同時にほっぺたを朱色にする。
「もしかして、筋トレ?」
「んだ。で、なんか用か?」
ごくまれに秋田の訛りが出てしまう。
「あ、うん、コレ」
と言いながら、肩にかけてあったスクールバックからなぜか俺の筆箱を取り出す。
あれ?忘れたっけ?確か机から筆箱をリュックにしまった記憶がない。
「悪い、よく忘れてるって気付いたな」
そう言いながら貴衣からそっと筆箱を受け取る。
「いや、それ・・・」
「ん?どうした?」
「実は、優希がわざと持ってたんだ」
「はあ?」
怒りの感情なのか、呆れているのか分からない声が出る。
「愛貴を一度学校に戻らせて、そこで入部させる説得しようとしてたんだって。でも部活も終わっても愛貴は来ないから、これ私に返しておいてって・・・」
なんて自分勝手なやつ。というより筆箱なんて忘れてるのも気づかなかったし、普通だったら筆箱を忘れたくらいで学校には戻らない。でもなぜそこまで俺を入れたい?
「それと・・・」
「まだあるのか?」
少し機嫌悪くそう言ってみると、一瞬、顔を嫌そうにし、下に俯く貴衣。
「悪い。」
「いや大丈夫。それよりこれなんだけど・・・」
すると貴衣のスクールバックから出てきたのは、まっふたつにちぎられた紙がセロハンテープで綺麗に止められている。
「これ、愛貴が破った入部届。流石に破るのはダメでしょ・・・・」
下にうつむきながら、ちらちらと目だけ動かし、俺の表情を確認してくる貴衣。
「・・・・悪い。ついかっとなった。」
「うん、よし!でも私じゃなくて優希にそれいいなよ。じゃ、また明日ね」
そう言って貴衣は背を向け去っていく。
彼女は時々、人思いすぎるところがある。それがかえって鬱陶しく思うときもあるのだが、特に自分には支障はないのであまり注意したことはない。
きっと恋愛においては天賦の才をもっていること間違いなさそうだ。