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次の日は、家を出ると、斜め前にある貴衣も家からでる所だった。
手のひらをこちらに向け手を振ってきている。おはよー、その声に愛貴も軽く手を振る。
ふたりは自転車に乗って最寄りの醍醐駅まで向かう。
「えぇぇ!!国安くんバスケ部入らないの!」
キィィィィっと自転車を止め、大きく目を見開いて貴衣は驚愕する。
「そうらしいぞ。」
なんだか止まるのが恥ずかしい愛貴は、そう言い捨て先に進む。
「ちょっ!」貴衣も後に続いて、ガチャコガチャコ自転車をこいでくる。
「元々、平高にくることすらおかしいって感じだったのに。」
息を荒くしながら、貴衣はその高い声で言い放ってくる。朝からこの声は耳が痛い。
「まぁ、それはー、俺も卓球はもうやらないけど。」
「え!?なんで!おかしいよ!二人とも!」
「国安と一緒にするな。」
いかにも仲がいいみたいに言われ少し腹が立ち、髪をむしゃむしゃ掻きむしる。
「俺は勉強頑張るから、貴衣はバスケ頑張れよ。うちの学校、女バスは強いらしいじゃん。」
「そうだけど・・・・」
そう言って貴衣は何か言おうとしていたが問い詰めることはしなかった。
「なんで卓球やらないの?あんなに好きだったじゃん」
「やりたいとも思わん。つか、俺は消防士になることを決意したんだ」
「え?消防士?公務員なるんだ・・・うん!似合いそう!」
テンションがまるで違う。「そうなったらおごって」みたいなことを言いだすぞ。
「じゃあ、たっかいの御馳走してもらわなきゃ。幸せになれるね愛貴」
でた。
「公務員だからって幸せとは限らないぞ。ただ俺は・・・・」
「ただ俺は?」
「社会に従えば、それなりの人生は送れる。そう考えただけだ」
教室に国安は・・・いた。怪訝な顔をする愛貴。でも、熱心になにか書き物をしている様子だ。国安の机にはシャチハタの判子がある。
入部届か。そんなこと思ってると、俺の方に気付き近づいてくる。両手に持っていた二つの紙のうち一つを見せてきた。そこには
一年三組 霞 愛貴
私は卓球部に入部することを希望します。
志望動機 卓球がすきだから。やりたいから。
「お前の分も書いておいた!あと判子だけくれればいい!」
こいつ、やべぇ、愛貴は優希に恐怖心を覚えた。しかも字が意外ときれい。ってそんなこと考えてる場合じゃ、
「よこせって!」
入部届をひょいっと上へ持ち上げる。
「でも書いちまったし~、しかも女子卓球部は近先生だし~、監督さんは去年から赴任して来たらしいんだけど、入部届を貰いに行った時すっごく卓球好きそうだったよ。机の棚には卓球の本ばっかりで、今からウキウキがとまんねー!」
どんだけスポーツ好きなんだよ。だったら・・・・・・・。
「一人でやればいいだろ!」
身長が高いので、紙を上にあげられると到底とどきそうにない。
「じゃあ、なんでやれないんだよ。俺を説得しろ。」
「そ・・それは・・・」
付かれたくない点を突かれる。弱みを握られた。教室にはまだ数人しかおらず、愛貴と優希は教室の入り口付近で口論を続けていると、後方を通過する人物の面影にどこか感じたことのある気配を感じた。身長は俺くらいで、体格もちょうど俺くらいの人物だった。
一瞥するとそれは弦矢だった。愛貴と優希の会話を聞いていたのかは定かではないが通り過ぎ、奥の教室に静かに向かっていく。
俺の目を動きに促されるように優希も弦矢という人物を捉える。
「ん?あいつ・・・確か・・・卓球部・・・」
と優希に言わせる前に隙をついて、上に持ち上げられていた入部届を軽くジャンプし、奪い取る。
「あっ!」と廊下の隅々まで届きそうな甲高い声を上げる優希。
奪い取った入部届の上部部分をねじるようにもち、
「悪い」
そう一言冷たく呟き、優希の書いた入部届を縦一直線に破った。
自分の書いた入部届を破られた本人は、無言を貫きながら俺の両手に握られている紙をじっと見ていた。流石にこれでもう俺にしつこく入部を進めてくることは無くなっただろう。
硬直している優希を一瞥もしないで教室へ入りゴミ箱へ破られた入部届を丸めて捨てた。
硬直している男は、教室の入り口に立ち尽くしながら、口角をニッと上げた。
愛貴はもう絶対に優希は俺に近づいてこない。そう思っていた。
「なあ~、頼むから入ろうぜ~~」
でも、この様だ。
普通、入部届に限らず、自分が書いたものを切り捨てられるという行為は親友であろうと先生であろうと、嫌悪感を抱き、口も聞きたくなくなるはずだ。おそらくこいつには普通の考えというものが通用しないらしい。
「まず、なんで俺を入れたい?」
「俺、昔からさ、一生懸命やれば人が寄ってくるし、なんでもできるたちだったから。そのノリでお前も卓球を一緒にやってくれると思ったんだけどさ。」
あ~、こいつ最初は気取るけど後々友達に嫌われる奴だ。そんなこと考えてしまう。
「だから、そんなことよりバスケ続けろよ。そっちのほう絶対楽しいだろ。将来的に考えたって、お前自身も大学とかいったりなんか叶えたい夢とかあるんじゃねえの?」
夢というキーワードにどうしても脳の奥にイヤな感覚が流れてくる。自分で言って後悔する。
「ちっ」
「え?夢?」
俺の舌打ちをまるで聞こえてないそぶりのまま國安は話を続ける。
「俺は、会社をつくりたいんだ。」
思いがけない言葉におもわず整った顔を横から盗み見る。
「会社の社長とかか?」
小学生みたいだ。と同時に考えながら優希に話を続けるよう促す。再び話を続ける國安。
「まあ、社長もやりたいし、学校の校長もやってみたいな。教育をエンターテイメントにもしたい。そしてプロ選手にもなってスポーツ界も変えてみたいと思ってる。そのほかにも全国チェーンのブランドスポーツショップ的なのもつくってみたいな~。それと海外にも会社つくりたい。」
おいおい、夢のオンパレードじゃねえか。
「プロって、今から卓球選手になる気でいるのか?」
「うん、そう。全部夢。でも流石にいろんなスポーツやり過ぎだとは思ってるけどな」
いろんなスポーツ?
「いろんなスポーツって?」
「だから、いろんなスポーツだよ。俺バスケもやってるし、合気道もフットサルもやってっから。それにこれから卓球も加わるから全部で四つだな」
おいおい、今度はスポーツのオンパレードじゃないか。
「そんなにやってたら普通、疲れるだろ」
「う~ん、どうだろう?多分疲れてる。でも諦めたくないんだ。これをやるためにこれをやめなきゃいけない。そういうことは確かにあると思うけど、俺はそうじゃないし、夢には忠実に生きる、それが俺の誇りだ。」
やっぱり優希は普通という言葉が似合わない。いくら周りが普通を強制してこようとも決して従うことも染まることも溶け込むこともなさそうだ。逆に相手が優希色に染まってしまう可能性だってあるし、優希と次元が同じようなやつがこの世に存在していないかもしれない。
「そんなお前は?」
ふいに来た質問に愛貴は、目を一瞬しかめた後、口を開いた。
「夢は・・・・ない」
「そっか。ないのか。じゃあこれからつくれるな」
「つくらん」
無粋な態度で返答する。
「はっはは。やっぱお前面白いな。で?入ってくれんの?」
「だから、入らん」
「そっか、まあ、ずっと待ってるから~!」
そういって玄関までついてきた優希は回れ右して、サブアリーナと呼ばれる小体育館のあるほうへ足を加速させていった。