完
20
それからあっという間に一週間という月日が過ぎていき、大会の日となった。大会は土曜日から月曜日までの三日間行われる。これが全県大会や東北大会、ましてや全国大会ともなると、地域によっては宿泊をよぎなくされることがある。弦矢とのダブルスは五日間と練習時間も短かったがお互いにそこは大人になり気を合わせる。
大会当日の朝は学校で練習してから大会会場の横手体育館へと向かう。いつもは七時から朝練を行っているが今日は出発が七時なため、朝練は五時半集合し、そこから練習となる。
「みんな、おはよう!さっそくだが、ランニング五分五周してこい!」
小体育館に全部員が遅れることなく集まり準備し終えている姿を見ると、栗田監督が発した第一声はそれだった。
「はいっ!行ってきます!」
そう言ってホワイトボードへと走り出したのは泰成先輩だった。ボードの裏のペンを置く取っ手に乗ってあるタイマーを急ぐように取り出し、『ぴっぴっぴっぴっぴ』と五回押す。
「ランニング~!」泰成先輩の怒号のような掛け声の後、部員全員が「はいっ!」と言っていつものコースを走り出す。いつもと同じコースなのになぜだろう。足が重い気がする。緊張しているのかもしれない。というよりチーム全体のランニングペースがいつもよりも遅い。もしかしてみんなやっぱり緊張しているみたいだ。
『はあ、はあ、はあ、はあ』全部員一人残さず息を切らしている。流石の海翔先輩も息を切らしているとなると、それは愛貴も息を切らした。朝練も体力温存のため、基本的なアップや、フォアやバックの確認などで終わった。『集合!』泰成先輩が集合をかけ、全部員が栗田監督の周りに集まる。
「全員緊張しているか?」
「ん?みんな緊張してんの?まだ市大会だぞ?」
それは泰成先輩が「緊張」という二文字があるわけはないが、それ以外の部員はあるに決まっている。その泰成先輩の台詞に対して、部員は押し黙る。笑いを起こせるようなノリではないのだ。そのまま沈黙が続いたがそれを破ったのは栗田監督だ。
「これだけは言わせてくれ。結局、一番心に素直なやつが幸せになれることは今までもこれから決まっているルールだ。勝ちたいと思って負けるか。負けようと思って勝ってしまってもなにも面白くもなんともない。勝ちたいと思って勝つしか幸せには慣れない。心と体どちらも幸せにしてやらないと人は本当の幸せを掴むことができない。それだけだ。」
その栗田監督の言葉で何を伝えたのかは、はっきりした。その言葉で全員の表情もだんだんと変わっていく。覚悟した。部員の目はそう物語っているように愛貴には見えた。
県南のチーム全部が体育館に収まりきるわけがなく、通路や休憩スペースすらも青のビニールシートで高校ごとに陣取る。平鹿高校卓球部が会場についた頃にはすでにピリリと交感神経を敏感にさせる喧噪が聞こえてくる。パコンパコンという心地のいい音が近づくために心と精神にヒビを入れてきそうな音へと変化する。
ここで苦い思いをするか、しないかは自分にかかっている。そして愛貴の闘いは始まった。
「今のは、ただ調子が悪くてミスっただけっす。」
集人先輩&優希ダブルスの試合のベンチコーチについていた愛貴は同じミスを何度繰り返しても虚栄して返してくる優希の台詞に辟易していた。
「もっと気を抜いてリラックスしていいと思うよ?」
集人先輩がアドバイスをする。しかしいかにも自分は間違っていないと言わんばかりの態度をとってくる優希。
「先輩大丈夫っすよ、俺が勝てないわけないじゃないですか!というよりたまたまミスっただけで・・・」
その優希の言葉にキリリとした表情が集人の顔に浮かび上がってくる。
「失敗を失敗と認めない悪い癖、それがあると勝てないよ?」
そう目をじとっとみつめて真剣に諭そうとしている集人先輩。
優希はなにか、それをどこかで聞いたことがあった。同じ場面、この雰囲気と一緒の時だ。
試合会場、バスケの時、ひろや?ひろやだ。あいつにも似たようなことを言われていた。
『優希は偽ってるの分かるんだよ?たまには自分の気持ちに正直になってみたら?』
そうだ。また偽ってた、逃げそうになってた。
「誇りがないんじゃない?今の優希はただ、強くなりたい目立ちたいって感じなんだけど、
卓球というスポーツに誇りがあったら、そんなに腹立たしくはならないと思うんだけどな~。もうちょっとでいいから、スポーツやれていることに感謝してみたら?」
優希にとってそれは思いがけない言葉だった。それだ。忘れていたのはそれなのかもしれない。いつも自然と身体が効率を考え、どうしたら勝てるかを考えてしまう。そうすると、いつの間にか自分の力より相手の力が優れているように感じる。つまり自己軽視が自分の中で勝手に始まっていたのだ。
「すいません、気を付けます。俺また同じ過ち繰り返すところでした。」
「うん、そうそうその意気その意気」
集人先輩は優希の扱いがうまくできている。というよりはもう慣れてしまっているのかもしれない。
「「しょー!」」
その後ふたりはむくむくと巻き返すように歯車がお互いを支えあい、そして回しあって、勝利を手に入れた集人&優希ダブルス。勝ったふたりはベンチコーチである愛貴の元へと戻ってくる。
「ありがとう、愛貴。一応初めての試合だったからベンチコーチ必要かなって思って。」
シングルスの試合でもダブルスの試合でも、お互いに一人だけだったら試合中にタイムアウトを取ったり、アドバイスをする人を付けていいことになっている。
「愛貴、優希」
集人先輩が話しかけてくる。
「「なんです?」」愛貴と優希は異口同音しながら同時に集人先輩の表情をうかがう。
「僕はずっと不変が良いと思っていた。変わらず葛藤もなく、そしてなにより、負けてもみんなが平和なまま、楽しみながら生きていくのがいいと思っていた。でも、やっぱり負けるより、勝つ方がいいよね、うん、絶対そっちのほうがいい。確かに負けても平和は来る。でももっと僕は、いや、僕を幸せにしていいんだんだ。」
前にも言った台詞を今度は自分に言い聞かせるように、優しく、あたたかい言葉を発した。
「頑張りましょう、先輩。その意気です。」
さきほど集人先輩に言われたようなことをそのまま返す優希。
「生意気なっ・・・ふふ」
でもなぜだろう。集人先輩が笑うと、いっつもみんなが笑っている。
「だからもっと厳しく決めることにしたんだ。確かに亀は亀、いきなり亀からウサギにはなれない。だから亀でも指示がないと動けない亀じゃなくて、自分で自分に指示をしようと思うんだ。指示が来るのを空を見たり、休んだりしてるんじゃなくて、自分で動いてみる。」
そう言って集人先輩がたった今成長したことを目のあたりした。
今度は俺の番。次は俺と弦矢のダブルスの試合だ。
『選手番号、五十四番霞愛貴、高橋弦矢、平鹿高校。二十番の台で試合があります』
大会のコールがかかると同時に心臓が飛び跳ねり、どくんどくんと鼓動がなっていることが気付く。愛貴と弦矢は無言で指定された卓球台へと足を運ぶ。
それよりも、五日間の練習中も、『卓球やめちまえ』と言われて、弦矢とは意思疎通が少ない。流石に試合前には話させるようにならなくちゃだめだよな。
「「あのさ」」
話しかけてみるが、同時に弦矢も話しかけてくる。
「いいよ。弦矢からで」
「・・・・・いや、愛貴からで」
「なんだよ。いいから言えよ。」
どうしてか分からないが弦矢の前だと強がってしまう悪い癖が出てしまう。男のプライドというものなのか。それともただ虚栄したいだけなのだろうか。
「分かった。・・・・・・あ、あ、あのさ・・・・・俺・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・なんだよ。」
また強がってしまった。くっそ。この癖があるせいで弦矢とうまく話せないんじゃないか。ライバル意識持ってしまっているせいでいつまでもロクに話せっこない。
「・・・・・・悪い。あの時は俺が言いすぎた」
その突然の謝りに体が硬直して動かない。
「あのさ・・・俺・・・中学の時本当はお前の意見に賛成だった。全国に行きたかったんだ。でも周りの連中にあわせちまった。自分の素直な選択ができなかった。でも最後大会で言った言葉は、お前に言ったけど・・・・」
愛貴は綴っていくその言葉にただ固唾を飲むことしかできなかった。
「本当は自分に死ぬほど言いたかった。だから、あの日からずっと卓球をやらなくなったお前を見て、罪悪感を感じていた。ただ・・・・ただ俺は、お前に憧れて、嫉妬してただけなんだよ・・・・だから、ごめん許してくれ。どうしても、お前の前だと強がっちゃうんだ。昔から嫌いだったけど、嫌いじゃないんだ。俺は嫌っていたわけじゃない。それより俺は憧れていた。なんでそんなにストイックに周りに流されず嫌われることすらもためらわない。そんなお前の姿を見て嫉妬して心底腹が立った。でも、ごめん。俺ずっと・・・いっつも他人に好かれないから、めちゃくちゃ今でも愛貴に嫌われてると思うけど、それでも許してくれ。」
「なんだ・・・そうだったのかぁ・・・」
その思いのよらない発言に今までどこかに掛かっていたいくつもの南京錠が取り外された気がした。
「俺は昔は目標に執着しすぎて、周りが見えてなかった。誰の意見も聞かず、正しい、こうあるべきだと勝手に決めて、部員に欠点ばかり指摘して、なんでできないんだ、なんでやらないだ。って俺みたく真面目にやってほしかった。でも一番足を引っ張ってたのは俺だってわかった。自分を追い込んで、焦って焦ってばかりいた。まだ足りない、こんなんじゃ全国に行けるわけがないと。でも、國安からも先輩たちからも教わったんだ。自分を信じれないやつが夢なんて叶うわけがないと。」
「うん・・・・」
「あの時の俺もバカで未熟だった、でも同時に弦矢も未熟だった。勝手に自分のものさしで、仲間を見下してた。あの時は悪かった、でも俺、気づいたんだ。楽しもうって。楽しんだもん勝ちだって。だから卓球を続けさせてくれ・・・」
「そんなの良いよ。つか・・・・・・・・やっぱ愛貴はすげえよ。お前はすげえ。」
「そんな褒めんなよ」
こういう時にプライドというか強がりが出てきてしまう。
「ありがとう」
そう言って弦矢は手を差し伸べてくる。
「さっさとダブルス勝っちまおうぜ・・・」
照れながらもそう答える。
「・・・・・おう」
弦矢も照れているのか顔を背けながらそう答える。
俺が抜け殻になっていた間、ずっと弦矢も抜け殻だったんだ。俺も弦矢が足りない。でも、弦矢も俺が足りない、國安も、泰成先輩も、海翔先輩も、健登先輩も、集人先輩も、栗田先生も、俺たちが必要で、みんながみんなを必要としている。
そう言ってふたりはラケットを持ち、卓球台へと向かった。
俺と弦矢のダブルスは練習以上に歯車が合い、自由に、まるで空を飛ぶようにうまく試合が進んだ。セット数は三対零でストレート勝ち、中にはスコンクできそうなセットもあった。
最強だ。自画自賛ではないが、このダブルスに素直にそう思った。
一日目のダブルスとシングルスの試合は二回戦までで終わった。午後の部は団体戦となる。
うちの平鹿高校は、国安のシングルス以外は、二回戦は勝ち、明日に残れた。
昼食と軽いアップを済ませ、団体戦が行われるコートにメンバー全員が移動する。ベンチの椅子には栗田監督となぜか近先生が座っている。おそらく団体出場メンバーは、泰成先輩、海翔先輩、梁田先輩、そして弦矢のメンバーだろう。ランキング戦通りにいけばそうなる。と思っていた。
「泰成、集合をかけてくれ」栗田監督がそう言うと、いつも通り泰成先輩が部員に集合をかける。全部員が栗田監督と近先生を囲むように半円でならぶ。いつもならデレデレしている近先生も流石にキリリと表情が硬い。
「オーダーを発表する。」
監督が絶対言うこの言葉はどの監督から聞いても、心臓がどきりとする。
「一番、泰成、二番、海翔、ダブルス、健登泰成、四番、弦矢、五番・・・・・」
各々、呼ばれた選手は言われると、気合十分な返事を栗田監督へと返す。
「愛貴」
全員が沈黙している中、愛貴に視線が集中する。
「愛貴!」
今にも噴火しそうな栗田監督の声が、自分の身体を振るわせる。
「はいっ!」と一応言ってみるものの、頭の中では最大の疑問符が浮かんでいる。
「お前が五番だ、いいな?」
「はい・・・」
「じゃあ、各自、試合開始までアップ。」
「はい!」
戦闘モードに入ったのか、声が辺りに響き渡った。
準備をしている途中で、背中を勢いよくたたかれる。見るまでもなく想像はついたが、一応その叩いた人物を首だけを回し見ようとするが、見る前に今度は、首に腕を回される。
「大丈夫だって、ストレートで勝ってやるから。お前まで順番を回さねえよ!」
自信満々にそういうもののなぜか、不安が収まらなかった。この不安の正体は分かる。
だってこれは、『デジャブ』だからだ。あの日とまったく同じだ。俺の時計を止めたあの日とまったく一緒だ。やっと動き出した自分の時計がまた止められる。そう思った。
しかし試合は順調に進んでいった。一番の泰成先輩は三対零で勝ち星を挙げた。続いて二番手の海翔先輩も三対零と勝ち星を挙げた。しかしダブルスで問題が発生した。
二セット目までは順調に勝利に近づいていた。二対零。あと一セットで勝利という時だった。
泰成先輩が、ラケットで口元を隠しながら隣にいる梁田先輩になにかを話し出す。おそらく作戦を練っているのだろう。
「はあ?それマジで言ってんのか!」
平鹿高校のベンチを見ながらそう叫んだのは梁田先輩だった。ベンチで待っている選手たちと栗田監督、近先生を一瞥した後、顔を泰成先輩の方へ急いで戻す。なにかを悟られまいとしたのかは愛貴には分からない。しかし梁田先輩の隣でまるでピエロのようなにやけ顔を浮かべている泰成先輩。
あの先輩。何を考えている。
その後も長々とふたりで言い争いが起きていたが、折れたのは梁田先輩だった。そして地獄への門が開いた。
まるで先ほどの勢いが嘘だったかのように、ダブルスは点数が取れなくなっていく。五対十一?どうしたどうした?心の中では必死にそんな言葉が繰り返された。
なんだなんだなんだなんだ?焦りと同時に怒りを感じた。自分が試合をすることから逃げようしているのは分かる。でも、まったくあの日と同じなんて・・・。
そのままダブルスは負けてしまった。相手チームはかなりの喜びと試合の流れを手に入れた。
でも大丈夫だ。まだ四番手に弦矢がいる。先ほどの会話で今は弦矢も調子がいい。負けるはずがない。と思っていた。
弦矢の相手選手は相手チームのエース級らしく、二年生で去年、全県でベスト十六に入るほどの選手だった。
しかしとてつもなくいい試合だったと言うしかほかない。それでも弦矢は頑張ってくれていた。
セット数は一対三と、惜しいとは言えない結果だったが、全然その選手にかなわないわけではなかった。むしろ力は拮抗していたと言った方がいいだろう。しかし弦矢は負けてしまった。
これで両チーム勝利数は、二対二。試合の勝敗は五番手である両選手にゆだねられた。
相手選手は二年生で弦矢の相手と同等の力量を持った選手らしい。戦型はドライブマン。俺と一緒だ。
「よろしくなつ!」
相手選手は明るく、気さくなタイプの人間だった。こういう人間は強いと決まっている。『前向き』『純真』『単純』頭の中でそう言った言葉が次々と出てくる。相手選手を見て愛貴は感じた。
『負ける』
負ける要素を探すな。どうやったら勝てるかの要素を探せ。愛貴は自分へそう念じた。
「最初はグー、じゃんけん、ぽんっ!」
愛貴は人間が緊張するとじゃんけんはグーを出すという心理学のまま、グー。相手選手は、自信や安心している心理を意味するパーを出してくる。悪い予感はしていた。
「じゃあ、レシーブでっ!」
相手選手は珍しいタイプだ。サーブではなくレシーブを選ぶ選手だった。しかし愛貴は、サーブからの展開が得意なタイプなため、最初の流れは俺に来る。愛貴はそう感じた。
「「サッ」」
互いに試合開始了承の合図を言った直後に、愛貴は素早くサーブボールを天高く投げる。
緊張で手には嫌で独特な変な汗。体もアップしたはずなのにうまく動かない。
まずい・・・・・・・・・・・・・・・。
体がドンっ!と圧がかかるように不安や恐怖が一気に襲い掛かってくる。それと同時にトラウマすらも脳裏によみがえる。信頼されていない視線。呆れられた視線。この試合が終わる頃には、そんな視線を向けられるのではないかと予知してしまう。
サーブの回転は安定するように下回転サービスを出す。しかし出した直後に後悔の念に体が包まれていく。
『安定』という言葉をこれほど嫌ったことはない。安定。安く定まる。結果、
打たれる。
「よーっ!」
雄叫びのような声を会場全体に響かせる相手選手。流れは相手選手に来ているため、相手チームのベンチも流れをまるで渡さんと言わんばかりに立ち上がり、雄叫びを叫ぶ。
負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。
負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けたくない。
頭の中で、何千回呟いたか分からないほど、高速でそう念じた。
確かに卓球は死ぬわけではない。命をかけているわけでもない。しかし、それでも死んでもいいくらい負けたくない。それだけはわかる。負けたら待っているのは、見下される自分だけ、力量を決めつけられ、実際にそれほどしか力を出せない。そういう世界なのだ。
卓球は喧嘩だ。
『いけー!霞!!一本集中!』『頼む!キャプテン!』
あれ?
中学の時の試合の映像が脳裏に流れ始める。あの時と一緒じゃ・・・・ない!全然一緒じゃない!絶対諦めない!もう逃げない!逃げたくない!勝つ!勝ちたい!みんなと笑いたい!これが俺の道だ!正しい道だ!
まったく論理なんてその時の感情には通じなかった。でも勝ちたい!心からそう感じている。そう感じていることだけは正解で、真実なんだ!だから自分は絶対勝つ!
『どうやったって全国いけねえよ、とか関係ない。行こうとしないから全国にいけない、これあたりまえだよね?』
『楽しんでないやつがいくらやってもうまくなるわけないじゃん』
『楽しみながら生きていくのがいいと思っていた。でもやっぱり負けるより勝つ方がいいよね』
『結局キーになるのは、ラバーやラケットではなく自分。』
『他人の意見や、プレーがどう見られるかなんて気にする必要はない。どうせどいつもこいつも自分のことで精一杯なのだから。だから自分を信じるだけでいい。』
『結局、一番心に素直なやつが幸せになれることは今までもこれから決まっているルールだ。』
『ありがとう』
やっと、やっとだ。
体から緊張が解けて、汗が引いて、体が自由になり言うことを聞いてくれることが分かった。
自由だ。もう俺は自由なんだ。この台の上だったら何をしてもいいんだ。台というキャンパスを今から自分色に染めていく。そうだ分かった。俺は間違ってたけど、間違うのも正解なんだ。
相手選手が打ち返してきたドライブ。
「パンッ!」
愛貴はまるで自信の塊のような道化のような満面の笑みを浮かべていた。まるで何かに操られているかのように。
「ぱんっ!パン!ぱぱん!」
激しい攻防が続く。最初はまったく歯が立たないだろう。と、思っていた選手と同等にやりあえている。それが嬉しくてたまらなかった。ずっと力はついていた。自信すらもずっと。
簡単だ。答えは分かった。自由になるだけ。それだけなんだ。自由になって楽しむだけ。それだけなんだ。そう思い通そうと思った瞬間体が浮くように軽くなった。
しかし、調子が良くなったのは俺ばっかりではない。相手選手もだ。流石にキャリアの差がこんなときに見えてきた。おそらく相手選手もスポ少出身の選手なのだろう。
しかし愛貴も負けない。『パンッ!』という強打した瞬間に、
「しょーっ!」
という雄叫びをあげる愛貴。それくらい自信が付いていた。
今度は、相手の軽いスピードサーブが愛貴のフォア側に迫ってくる。神経が削られていく中、とっさに相手のフォア側のきわどいところへと返球する。
相手はその負けたくないという意思の証明のように、粘り強く取ってくる。しかし返球はあまりにも甘くそして浮いていた。それを前の俺とは違う!と言わんばかりに逆コースへとバックドライブで返す。そのような流れが繰り返された。
スコア十対十。その重みのある現実が俺に突き刺さる。
そして相手のサーブが取れず、セット数は二対二。スコアは十対十一になってしまう。
栗田監督の企みなのか、それとも泰成先輩があえて、ダブルスを落とし、弦矢の勢いを無くさせ、俺へとかけたのか。それとも俺の力量を本当に確かめるために栗田監督が最後に俺を置いたのかは定かではない。それとも泰成先輩と栗田監督はグル?さっきのダブルスの梁田先輩が泰成先輩の意見の驚きようがその証拠か?ああ!もうどっちでもいい!
どこのどいつだ、順番を回さないと言ったのは・・・と睨み返してみるが、泰成先輩も流石に今まで見せたこともないような真剣なまなざしをこちらへと向けている。
ここで負けたら、また失望されるじゃないか、なんで俺は入部した?いつかはこうなるって、理解してただろ。なんで、なんで、前と同じだ。また二対二の十対十一これで相手に先取されたら・・・・・・・。
また俺はこうなるのか、くそっ!なんでいっつも俺なんだよ!
「また、俺のせいで負けるのかよ・・・俺のせいで・・・・」
あの時、俺は泰成先輩との勝敗関係なしに『やらない』って決めてたらどうなっていただろうか。実際泰成先輩の言うことを聞かないで『部活をやらない』という選択もできた。あの日、自分はこのチームに入らなかったらどうなっていただろうか。あの場所で決断していなかったら、自分から逃げたら、今目の前にあるラケットを握ることすらできなかっただろう。
なんでこんなこと考えてる?わからない。けどたったひとつ今、心が思っていることがある。
『ありがとう』
感謝だった。何に感謝しているのかも分からない。みんなに感謝してるのか?先輩に感謝してるのか?それとも環境?それとも卓球に?やっぱりわからない。頭で考えるんじゃ何も見えない。やっぱり心がそう感じている。
『負けたくない』
心がそう言っている。
『諦めたくない』
心がそう言っている。
『ありがとう』
心がそう言っている。
「ふぅ~~~~」
愛貴は一息つくと、完全に頭の中でぐるぐるしていた思考が収まり、心がおさまり、体もおさまった。
勝てる。
「サッ」
相手が呟いたのに対して、自分でも言ったのか言ってないのか分からないくらいの声で「サッ」と言う。
サーブは愛貴が出す。ほとんど感覚でやっているため、なんの回転を出したのかはわからない。けど相手選手はレシーブミスをした。それと同時に平鹿高校のメンバーは怒号のような、または雄叫びのような応援をこちらへと向けてくる。
これで同点。
あとは、二点差離す。そんなことしか考えることができなかった。
デュースとなると、サーブは一球交代となる。相手サーブだ。
相手はチャレンジすることをやめ、安定を選んで下回転サービスを繰り出してくる。
それもなぜだか分からないがバックドライブで返球する。自分でももう半分なげやりなのか集中しているのかがわからない。
「パンッ!」
と心地のいい音を立てて、相手のコートへワンバウンドし、相手選手の後方へ愛貴の球は転がっていた。それと同時に再び後ろから怒号のような声が聞こえてきていた。
あと一点。
と心の中で呟いたと同時に想い浮かんだサーブはなぜかバックハンドサーブだった。
そして空中へ投げられた球に愛貴は回転を付ける。軽く打ちやすいボールだ。
それを相手選手はツッツキでレシーブしてくる。
「パンッ!」
心地の良い音を立てて、愛貴のレシーブは会場全体へと響き渡った。
エピローグ
あの日以来、分かれ道になってしまっていた自分の道。それがまるで、交差したかのように一つの道になった。あの落ち込んでいた時期すらも今では自分の武器になっている。
素直になればよかったんだ。自分に。心に。自分で自分を殺してしまっていた。
毒の塗ったブーメランをただ投げてキャッチしていただけなんだ。
あの時、俺は、やらないって決めてたら、どうなっていただろうか。あの日、自分はこのチームに入らなかったらどうなっていただろうか。あの場所で決断していなかったら、自分から逃げたら、今目の前にあるラケットを握ることすらできなかっただろう。
卓球なんか二度とやらない。ある程度の所に収まってればいいとそう思っていた。でも今、卓球をやっている自分がいる。
なんでだ?偶然が重なったのか?それとも奇跡か?いや・・・・違う。偶然でも奇跡でもない。自分の選択が今、目の前の風景をつくりだしている。あの時入部届を頑固として受け取らないこともできた。でも選択したのは自分だった。
「なんだ、やっぱり正しかったじゃん・・・・」
「ん?なにが?」
優希が、じっと卓球台が並べられた
「これが」
と、練習準備が整った練習場を両手を広げて見せてみる。
「練習開始~!」泰成先輩の怒号のような声がアリーナに響いた。
「はいっ!」
そう言って俺は再びラケットを握った。




