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卓球は喧嘩だ。とてつもない声援が試合をしている選手を駆り立て、そして、十一点を争う殴り合い。多く相手を騙し、多く点数を取った方の勝利。残酷なことを言っているように思えるだろうがこれが現実だ。スポーツ。部活。ゲーム。だけとは限らないが、争い事には勝敗は付き物。
どの部活にもできる奴はできる、できない奴はできない。試合中なのにそんなことを考えてしまっている。全国中学校総合体育大会秋田県大会、団体三回戦。
「いけー!霞!!一本集中!」
「頼む!キャプテン!」
監督すらも立ち上がり、愛貴に声援を送り続けている。チームメンバーも立膝のまま一本集中と描かれたうちわをパンパンと叩き、点を取った時に発する卓球独特の声援。
「よーー!しょーー!よーー!」
会場の応援席。対戦校同士の後輩が固まって隣り合わせで試合をしているこちらへと声援を何度も連発してくれていた。
レギュラーチームのみんなの声援が後ろから聞こえる。チームメンバーの顔を見ると、もう家族と同じくらい共にいるずっと一緒に戦ってきたメンバーたちが眉間に力をいれ、必死に俺に声援を送ってくれている。
俺はキャプテンとしてここで意地を見せなくちゃいけない。今までチームのみんなにも厳しくあたり、練習を無理やりやらせ、練習時間を延長し、部員の考えや憎まれ口にすら、耳を貸さなかった、貸している暇がなかった。本気でチーム全体で全国を目指していた。
だが目の前にはセット数二対二、九対十という現実が目の前にたちはだかっている。愛貴がここで一点とれば、デュース。十二対十のようにどちらかが二点差つけた方の勝ちになる。逆にここで相手チームに点を取られてしまえば、十一対九。こちらの敗北が確定してしまう。
タイムアウト。後ろから、長瀬監督が相手チームに聞こえるように発する。いつもは優しい監督の表情が今は目を細め口を歪めている。
「まず一本!愛貴お前ならできる!」
卓球未経験の長瀬監督の話なんて上の空で「はい。」と、相槌だけ打つ。ただでさえ負けそうでイライラしている気持ちを抑えて、試合に臨んでるのにアドバイスにならん感情論で場を持ち上げるな。
周りにはうちわを持って仰いでくれている団体メンバーたち。一人の後輩が水筒を持ってきてくれたが、「いらない」と押し返した。
「タイムアウト終了でーす。」審判の声がチーム全体に響き、全員審判を見る。これほど時間が短く感じたタイムアウトはあっただろうか。こういう時の時間の流れは学校の授業とは比例して恐ろしく短く感じるもの。
卓球台にタオルで汗を拭きながら戻ろうとした。が、愛貴が横目でとらえた光景はいつもと同じ光景だが、今の状況ではプレシャーでしかなかった。そこには胡坐をかき、腕を組み、
少し前傾姿勢になったままこちらを強く睨んでいる人物の光景。高橋弦矢。弦矢とは小学校の卓球クラブ時代から同じで、何度もぶつかり喧嘩も繰り返してきた。率直に言うと、考え方や生き方が全く反対で、俺が右と言ったものに対し、左というのが弦矢である。
弦矢はカットマンという戦型で、相手の打ってきた球に対し、台から少し離れたところ、いわいる中陣と呼ばれる場所で、構えて相手が打ってきた球をカットし、回転をかけ、相手のミスを狙う戦型だ。実にやりにくい。戦型も愛貴と弦矢は対照的なのだ。今まで愛貴の試合の時だけは弦矢は決して、声援も、近くに行ってうちわで煽いでくれさえしない。
そんな男が愛貴の練習に反発しないわけもなく、なんども対立した。
弦矢が今この状況のなか俺に嫌悪感を抱くのはあたりまえで、もしここで負けたら・・・・
そんなプレッシャーをモノともせず、卓球台へ向かった愛貴。
「おい、頼んだぞ。」
副キャプテンの熊谷颯太が台に向かう途中に言ってきた。颯太は必至の形相で俺にエールを言ってくれた。でも愛貴は「おぅ。」負けそうで、不機嫌な愛貴は気のない返事を無意識にした。
相手選手もコーチングが終わり、額から首にかけての汗を拭っている。愛貴は汗も拭わず、ネット際に置いてあったラケットを握り、ぎゅぎゅっと何度か強く握る。
勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。誰よりもそう何度も何度も願いながら、小学校から卓球をやってきた、全国に行って俺のプレーを見てもらいたい。ただそれだけで。
相手選手も汗を拭き終わり、卓球台の下のタオルかけにタオルをかけ、ネット際に置いてあるラケットを持ち上げ、三百六十度全方向にお願いしますと、お辞儀をする。チームにも試合が始まる前にお辞儀をする学校もあるのだ。チームごとに色が違う。ふと誰かがそんなことを言っていたことを思い出す。そんなこと思っている間に、相手選手のお辞儀が終わっている。
相手はラケットを構え、前傾姿勢になり膝を少し曲げ、俺からボールがはなたれるのをまっている。今頃になって、身体中の汗がユニフォームを吸い付け、身体につき離れようとしない。汗・・拭いとけばよかった。そんな後悔の念が頭と心の中で愛貴に渦巻く。
ふぅ、一呼吸置いた後、左手のひらの試合球をじっと睨んだ。『頼む、俺に勝たせてくれ』ボールに勝ちたい気持ちを込めた。
「サッ。」
試合開始了承の挨拶をし、サービスの構えをする。相手もほぼ同時に同じことを発した。
サーブ。手から大きく離れていく試合球。体育館の照明のまぶしさ、観客の声援が重なり緊張が大きく膨らんだのを感じた。
パポンッ。というサーブの音とともにネットを超えたボールが相手コートにカーブを描きながら入っていく。しかし、パンッ!それは、ポンポンポンポンポンポンポンポンポポポポポポン。相手選手のラケットに当たった音とともに、愛貴の後ろから卓球ボールの弾む音が静かになっていく音が聞こえた。え?愛貴の表情は焦燥と驚きで、息が荒くなる。
相手の球は確実に愛貴のコートに入った。それだけが現実としてだんだんと押し迫ってくる。
相手チームの歓喜の声が体育館全体に広がっていった・・・
転がっていた試合球を持ち上げ、レックスコート状の床に力強く叩きつける。
勢いよく弾み、試合球が割れる高い音。心の中がじわじわ塩辛い気持ちになる。
チームのみんなは立ちつくし、呆れ顔でこちらを見る同級生、落ち込むふりをしている後輩、
目を合わせまいとするメンバーすらいた。
その時に愛貴は感じた。独りよがり。俺は独りよがりでチームを引っ張って来たんだ、誰も俺になんかついてきてなんかいなかったんだ。俺はこんなチーム作るつもりなかったのに。
試合終了の挨拶をするため卓球台の前に団体メンバーは整列する。
弦矢も重たい足をあげ、ゆっくりとめんどくさそうにとぼとぼ列に並ぶ。
しかも、どちらかのチームの主将が試合結果が書かれた用紙がはさんであるバインダーを持って発表しなければいけない。試合開始の挨拶は相手チームの主将がしてくれたので、次はこちらのチームの主将が試合終了の挨拶と試合結果を発表しなくてはいけなかった。つまり愛貴が試合結果を発表しなくてはならない。
愛貴は卓球台の下の籠から、バインダーを取り出し、試合結果を告げた。
「三対二で翔北中学校の勝ちです。」
バインダーを相手チームの主将に手渡し、相手チームの主将は大会本部にそれを届けに行くのが、卓球の試合終了の流れである。
そして挨拶が終わり、次の戦う学校が来る前に荷物を片付けようとした。
ガシ、肩をつかまれた。どうせ長瀬監督が慰めの言葉でも、言うんだろう。と思いながら、後ろに振り返る。しかし、そこに立っていたのは弦矢だった。そしてこう告げられた。
「卓球、やめちまえ。」
たった今、引退という烙印をおされてしまったのに、そんなこというのは、お前はもう二度と卓球に関わるなって意味なんだ。やるなって意味なんだ。こいつに負けん気なんてあったのかとも思い、怒りが爆発しそうになったが、それは今の立場上無理だった。
そして、愛貴はラケットをしまった。