再会と報告。月光と願い。
『報告:戦闘継続不可能。戦闘・(04〜6…4☆>送信。』
『報告:人間兵器ノ#☆4☆5…6(0〜3♪信。』
『6♪2$:3♪%…・(¥7#…・(%4,』
全ての戦闘人形を破壊し終えたテラは、『死の風』をカバンへ収納しながら、周囲の状況を確認する。
『風切り羽』はまだ戦闘を続けているが、もう少しで制圧できそうだ。周囲にはバラバラに分解・切断された暴走人形が転がっている。片付けが大変だろうが、現状を考えれば些細な問題だろう。しつこく手を伸ばしてきた戦闘人形の頭を砕きながら、アルティの現在地を再検索する。
先程よりも細かい検索設定を加え、より精度の高い現在地を割り出す。現在地は先程よりも数十メートル先だ。ただ、ここまで暴走人形と戦闘人形がアルティのことを図々しくも名前を叫びながら探していたことを考えると、ここにいる以外の個体もアルティを探していると考えることが自然だろう。
歩き出そうと右脚を踏み出したところで、人工皮膚が焼け爛れてベロリと垂れ下がっていることに気付いた。戦闘人形が使用していた『振動熱細剣』の熱波を知らないうちに受けていたのだろう。左手からも、血が滲んで滴り落ちる。痛覚を遮断していたので気が付かなかった。
損傷が激しい右脚の人工皮膚を剥ぎ取り、道へと捨てる。
黒く塗装された右脚の機足には熱を受けた影響は微塵もなく、起動と動作にも問題はない。アルビレオには怒られるだろうが、戦闘制限が一部解除されたことを伝えれば、興奮して忘れてくれるだろう。
しかし、機足を繋いでいたテラ本来の皮膚部分は焦げて黒くなり、嫌な臭いが鼻を擽る。簡易医療キットを取り出そうとカバンへ手を伸ばした所で前方から爆発音が響いた。
視線を向けた先に、巨大な氷が見えた。住居のせいで下部分が見えないが、発生源は百メートルも離れていないだろう。
観測し終えたところで冷気が此方まで漂い、熱されていた空気が冷えていく。テラはその氷に、氷壁に、見覚えがあった。
アルビレオが開発し、あまりに威力が強すぎるためベガに威力を軽減させられるまでは他の部隊員への配布を禁止されていた代物。
そう、あくまで、部隊員には。つまり、部外者に渡す分には問題ない、とアルビレオが考えていた可能性が十分にある。
その部外者にあたる人物に該当するのは、たった1人だ。
「なんて、物をっーーー!」
珍しく慌てた声を上げたテラの目の前で、氷壁が爆音を響かせて粉々に砕け散る。地面が揺れ、足元がおぼつかなくなるが、テラは目の前の光景に釘付けになっていた。
砕けた氷が炎に反射して赤くキラキラと輝き、世界に美しい光景を少しだけ見せた。それは、幻想的な氷の花火を想わせた。
すぐ後に、暴走人形達の耳障りな悲鳴が聞こえてくる。氷壁の破片は凶器へと変貌し、爆発の勢いを利用して四方八方へ飛んでいき、その障害になるものをまとめて潰し、引き裂き、貫いていく。
自分の方へ飛んできた破片を切り落とし、蹴飛ばして暴走人形の方へ軌道を変える。『風切り羽』は遥か上空へ退避していることは確認済みだった。そのまましばらく、同じことを続けていく。
また、戦闘制限解除の恩恵なのだろうか。破片の軌道や破壊最適箇所が的確に計算され、破壊後の破片の軌道までが的確に数値化され、最適な筋肉の可動場所を指示することで、肉体の損耗を限界まで軽減する。
それに合わせて、完璧に体を動かして見せる。
通常の人形や機体にそこまでの精密操作は出来ないらしいが、人間兵器であるテラには出来る。いや、出来るレベルに到達した、と言うべきか。
ひたすら氷壁の破片を打ち砕いていく。切り落としていく。蹴飛ばしていく。
舞踏のように、美しく。激しく。優美に。淡々と。
ただ、パートナーがいないために、それは酷く寂しいものに見えた。
※※※
10秒にも満たなかった氷壁の破片の襲来は、残っていた暴走人形を掃討するには充分過ぎたらしい。所々にそれらしい部品が転がっているだけで、後は木っ端微塵になったそれらの他、テラ以外に動く者の気配はーーー。一体だけ、反応があった。
「いひっ、いひひっぃ。やだやだやだやだやだやだ。ボクは壊れない私は死にたくない俺はまだ生きていたい。愛しくて、憎らしくて、穢らわしい子。お前がいなければ生まれなければこんな感情は出来なかったのに。ありがとうっありがとうっっありがとうっっっ!!」
奇跡的に、氷壁の破片が降り注ぐ中を生き延びたのだろう。損傷はほとんど見られなかった。しかし、完全に狂っている。アルティの名前を呼びながら、大通りを外れて裏通りへと入っていった。
『風切り羽』がそれを追跡していくのを確認して、自分もまた追跡を開始する。途中で時間が止まったような違和感があったものの、それ以外は特に異常なく進む。恐らく、あの場にいた暴走人形と戦闘人形がコメルシアを襲撃していた最後の部隊だったのだろう。道中には、死体と瓦礫、人形だったものらしき残骸以外は、なにも残っていなかった。
暴走人形が明るい場所へ出た途端、『風切り羽』が暴走人形を切り飛ばす。
しかし、まだ足りない。
壁に叩きつけられ半壊しながら、まだ動く。
曲がった腕を、テラではなく別の場所へと伸ばしたところを『風切り羽』がバラバラに切り刻んでいく。
僅かな息遣いが2つ、テラの耳に届く。1つは浅く洗い呼吸を繰り返し、もう1つは、眠っているような呼吸から赤子だということがわかる。生きている人間にようやく出会えたことは、喜ばしいことだろう。何故避難していないのかは、不明だが。
周囲にアルティがいるかどうかの確認と、周囲の敵性反応の確認をかねて索敵装置を起動させる。正門で起動させた際には、索敵範囲が広大過ぎてエラーを起こしていたが、今回はエリアを絞り混むことができる。
「……目標の機能停止を確認。索敵装置、再起動。範囲、コメルシア北区限定。ーー生命反応を複数確認。救助、をーーー」
裏通りの暗がりから、光の中へ。
名前の分からない感情が、身体中を駆け巡る。自然と笑みが零れーーーかけて、表情筋を引き締める。アルティは僕を見ると緊張をほどいて、安心したように笑顔を浮かべた。
それだけで、全てが、許されたような気がした。
※※※ ーコメルシア中央部、エストレラ臨時駐屯所ー
陽が暮れたコメルシアの中心部、エストレラの臨時駐屯所まで眠るアルティと赤子を連れていくと、それだけで大騒ぎとなった。
部隊員達は口々になにかを囁く。意図的に聴覚レベルを下げたので聞こえなかったが、下げる直前で聞こえた「あれは……まさか」「誰だあの子、可」という言葉を発した部隊員に関しては、惜しみない称賛を送るとともに、今後アルティは近付かないよう念を押すことを脳内へ刻み込む。
そこへ、騒ぎを聞き付けたベガがやって来た。
上着、戦闘服を脱ぎ捨て身軽になった身体の様々な部位に、傷痕が見られる。つい最近できたような真新しい傷も何箇所かあるが、それ以外は全て古い傷痕だった。
テラの元へとたどり着く頃には、周囲にいた部下たちに渡される書類全てのサインを終え、アルティを遠巻きに観察して騒いでいた部隊員を散開させていた。
「北部の様子を報告をしろ、テラ」
疲れ切った様子で、ベガが命令する。
アルタイルがいない今、エストレラを一人で回すことは相当辛いはずだ。ベガは、機械化手術を全く行なっていないのだから。不眠不休で働くことは、効率的ではない。
「北部は最南端の地区しか見ていない。が、建物はほぼ破壊され、火の手が上がっている。また、で暴走機械と数体の戦闘人形の待ち伏せを受けた。索敵装置を飛ばしたが、生存者はアルティと赤子のみ。他の反応は確認できなかった。他の地区も、同様だろう」
「……そう、か。報告、感謝する。支給兵より物資を受け取り、今日は休め。右脚については明日、アルビレオに診させよう。それと、赤子は丁重に扱うように。ベッドに壁を作り、落ちないように寝かせろ。その子に何かあれば、貴様の首が飛ぶだけでは済まない」
「善処、する」
「明日は私も同行する。アレは何をしでかすか、わかったものではない」
もう既に一件起こしているのだが、報告するべきかどうかを悩み、やめた。どちらにせよ、明日には露呈するのだから。
ベガは踵を返し、その場を離れる。
しかしテラは、もう1つ報告していないことを思い出した。恐らく今、ベガが一番欲している情報を。
「そうだ、もう一つ。……一瞬だけ、時間が止まった。対象は僕じゃなかったので、確証はないが……、念のため報告する」
ベガが、ビクリと痙攣するようにして立ち止まる。
しかし振り向くことはせず、「そうか」と一言呟き、再び歩き出す。その背中が微かに震えていたのを、テラは見なかったことにした。
※※※
瓦礫となった元民家。その中で、鼻歌を刻みながら白い粉を撒き散らす誰かがいた。黒煙に遮られて、月の光は届かない。それでも間違えることなく、一心不乱に、粉を撒く。
しばらくして作業を終えると、一息吐いて天を仰いだ。
黒煙が、不自然に元民家の上だけ晴れていた。群青色の夜空の中に、月と星が映える。
月光が青年のーーーアギラ、と名乗っていた青年の、白金の髪を照らす。
月へ向けて、手を伸ばす。その銀色の輝きに、大事な人を重ね合わせる。
「絶対に、怒っているよな。心配してくれても、いるよな。連絡も何も、していないから、当然だ。
でも、もうしばらくの辛抱だ。手前の準備も、もう直ぐ終わる。全部終わった後に、いっぱい叱られよう」
夜が訪れたコメルシアに、死体から放たれる悪臭と血が滲み黒く変色した大地に、弔いの光が訪れる。
平等に降り注ぐ月光に微笑みかけると、アギラはコメルシアの中を駆けていく。
撒いた白い粉に月光が降り注ぎ、淡く輝いていた。
白い粉は、月が雲に覆われて見えなくなってもなお、輝き続けた。
「だからあと、ほんの少しだけ待っていてくれ、―――ベガ」