白金の男
大砲を放ったかのような轟音と同時に、世界が動きを止める。
いや、止まってはいない。ゆっくりとだけど、動いている。
その世界の中で、青年だけが通常と同じスピードで動いていた。構えた旧式大型銃剣を背中のホルダーへセットすると、真っ直ぐこちらへ進む銃弾の横を通り過ぎ、ボクらの方へと歩き始めた。
「……やっぱり、いきなり撃ってしまったのはまずかったかなぁ。でも、危なかったし、不可抗力だよね。ーーーはい、ちょっとごめんね」
ボクの目の前に到着した青年は、動けないボクを赤子ごとお姫様抱っこすると、赤面するボクに構わず青年はさらに続ける。
「人に銃口を向けてはいけない、とか言うけどさ、実際向けないと死ぬよね。そんな感じで許してほしいな。……あぁ、トリステちゃんか。確か、避難所の方で先におねぇちゃんが保護されているはずだよ。名前を出せば会わせてくれると思う。それにしても、アルビレオはまた凄いのを開発したなぁ。これ、絶対許可もらってないだろう」
ボクらを抱えたまま青年は後ろを振り返ると、そこには半壊状態の暴走人形が、手を伸ばした状態で固まっていた。手のひらには回転するチェーン状の刃が搭載されていた。このまま伸ばされていたら、この赤子と共に心臓を抉り取られて終わっていた。
「なっ……!」
「あれぇ?きみ動けるんだ、すごいね。人間兵器でも動きが常人以下に落ちてしまうのに。ホントに人間かな?それともきみが特別?
まぁ、どうでもいいか。エストレラに協力しているということは、ベガも認めているってことだろうし。確かみたいだし、手前としてはそれだけで問題はないな」
「ベガ……さん、を……知って……?」
「うんうん、知ってるよ。ただ、手前と会ったことはベガには内緒にしておいて欲しいな。もう少し時間が欲しいし、怒られのは嫌だからね」
話している間にも銃弾は速度を徐々に増し、螺旋を描いて暴走人形へと迫っていく。
無色の螺旋を描いて飛翔する銃弾は、機械装甲で覆われた暴走人形の手をゆっくりと貫いた。先端を歪ませた銃弾が螺旋の色を銀色へと変え、銃弾は先ほどまでとは比べものにならない速度で回転しながら暴走人形の機械装甲を貫き、その奥にある機械心臓に到達した。
全てが元どおりの速さで動き出し、アルティの世界に炎の熱さと鉄臭さ、乾いた空気と生温い風。それと右足の太ももに負った痛みが戻ってきた。
「いっ……だだだだだっっ!!?」
「あぁ怪我してたのか。気が付かなかったよ、ごめんねぇ。遅くした反動で、痛みが一気に来ちゃったみたいだ。治療してあげようか?」
「ちっ、治療は自分でできるからいいよ。でもそのっ、降ろしていただけると、ありがたいんだけどっ!?」
「?」
自身の髪と同じくらいに顔を真っ赤にして、アルティは足だけをバタバタと動かして抗議する。が、そんなアルティを青年は不思議そうに見下ろしている。なぜ降ろさなければならなないのか、という疑問が顔に浮かんでいるのがわかった。
「足を怪我してるんだし……。このまま降ろしてしまうと、トリステちゃんを取り落としてしまうんじゃないかな?手前としては、コメルシアの人間がこれ以上死んでしまうのは避けたいんだけど」
「そうなんだけど!じゃあせめて座った状態になるように降ろしてよ!?そうすれば、自分で治療できるから!
もしくは小型転移装置を使って避難所に戻れるからさぁ!この格好!すごく!恥ずかしいんだよ!人に、見られたくないの!わかるかなぁ!?」
具体的にいうと、テラくんに見られたくない。
「うーん?ーーーあぁ、いいよ。厄介な子が来たしね。ここで問い詰められるのは避けたい。手前には効率の良い説明なんてできないからねぇ。
じゃ、ベガによろしくね。あ、いや、やっぱりよろりく言わないで欲しいかな」
「そもそもボク、君の名前知らないんだけど……」
「じゃあ、アギラで」
「じゃあって君……あっ、ちょっと待ってよ!」
アギラと名乗った青年は、ボクらを降ろすと逃げるように去っていった。
身体を機械化しているようには見えなかったけど、軽く跳んで民家の屋根へ飛び移り、そのまま見えなくなってしまった。一瞬遅れて、無色の風が後を追う。
「なんだったんだよ、一体……。帰ったら、ベガさんに聞いてみようかな。とりあえずこの子を避難所に……。あ、あれ?装置が、ないーーー?」
服の至る場所に取り付けたポケットを探るが、小型転移装置は見つからない。トリステと呼ばれた赤子は、アギラが去って行った方向を見てずっと笑っている。そんなに気に入ったのだろうか。
いや、今はそれよりも。
「おっかしーな。爆発の衝撃でどこかに飛んでいっちゃったのか?まずいな……。最悪、この子をどこかに隠してーーー」
ブツブツと呟きながら考え事をするボクの右手側にある裏通りから、突然暴走人形が吹っ飛んできた。
壁に叩きつけられ半壊した暴走人形は、近くにボクがいることに気がつくと、曲がった腕を伸ばしてきたが、伸ばされた腕も、壊れかけの胴体も、中身が見える頭も、全てが半透明の風に切り刻まれてバラバラになり、そのまま機能を停止した。
見覚えのある風だった。風に見覚えがある、というのも変だけど。
半透明の風は周囲を散開した後に、再び裏通りへと戻っていく。
その裏通りから、誰かが近づいて来る気配がする。足音が反響してこちらまで聞こえてくる。こちらに向かって来ているようだ。
姿を見る前から、それが誰なのかはわかっていた。別の人間かもしれない可能性は考えなかった。今この時に来てくれるのなら、それは1人しか考えられなかった。
そして、予想を裏切ることなく、彼は現れてくれる。
満身創痍。右脚は人工皮膚が焼き落ちて、機械の足が露わになっている。左手は袖部分がビリビリに破け、白い肌から血が滲んでいるのがわかる。
服も顔も泥だらけで、体は傷だらけ。満身創痍で、痛みだってあるはずなのに、それを気にしていないように立ち振る舞うテラ君は、淡々と呟く。出会ったあの日を想起するその姿を、懐かしく感じていた。
「……目標の機能停止を確認。索敵装置、再起動、範囲、コメルシア北区限定。ーー生命反応を複数確認。救助、をーーー」
数時間前に別れを告げたばかりだ。出会ったのだって、たったの3日前。会話だって、ボクが一方的に喋っただけで、彼はあまり話してくれなかった。
だから、おかしいんだ。こんなにも懐かしく感じるわけがないのに。
あの時は冷たく感じたその眼差しに、今は温かいものを感じる。刹那の間、テラくんの顔に笑みが浮かんだ。ように、見えた。それをみたら、安心して力が抜けてしまい、せっかく立てていたのに、膝から崩れ落ちるように倒れかけて……テラくんが、一瞬で距離を詰めて、支えてくれた。
「ーーーアルティ、怪我を」
「……大丈夫だよ、これくらい。それよりこの子を避難所までーーー」
「その赤子は見たところ怪我はしていないようだが、念のため本部の方に連れて行こう。問題は君だ。焼灼止血方法は安易にできる治療だが、火傷の処置を怠れば感染症で命を落とす危険性もある。早急に治療するべきかつ安静にするべきなのは、確実に君だ」
「いやっ、本当に大丈夫だってば。それよりこの子をぉお!?」
突然、持ち上げられた。
また、お姫様抱っこをされた。どうして短時間に二回もされなければならないのか。2人とも、問答無用だし。
「ちょっとおぉぉぉ!?なんで君も、さっきの人も、お姫様抱っこしたがるのかな!?降ろしてよ!歩けるから!」
「体に力が入っていない。その赤子を抱えているのも辛いだろう。このまま本部の方へ戻る。……さっきの人、とは?」
「降ろして!ていうか、テラ君の方が怪我酷いじゃないか!!」
「それは謝罪しよう。それよりさっきの人とは、」
「降・ろ・し・て!自分で歩くぅ!歩けますぅ!」
抗議するボクを無視してテラくんは歩き出す。「さっきの人……とは……」と、呟き続けるテラ君を、トリステを落とさないように肘でガスガスと突くが、突いた部分は機械化していたらしく、むしろ突いたボクのほうが肘を痛めた。ちくしょう。
何度か繰り返してから、諦めて大人しく運ばれることにした。しっかり掴まれているので逃げることもできないし。何故か走らないテラくんがポツポツと話しだした戦況を聞きながし、布越しに伝わる体温の暖かさに疑問を浮かべていると、ゆっくりと瞼が閉じていく。身体はどうやら、ボクの意思に反して休息を求めているらしい。
目を閉じて浮かび上がる暗闇の中、テラくんの淡々と語る声とトリステの笑う声だけが頭の中に響いて、やがて微睡みの中へ全て解けて消えていく。もう、あの時みた記憶が甦ることはなかった。
※※※
コメルシアでの1日が、終わりを迎える。
炎は絶えず、死体を埋葬することもできないままコメルシアに夜が訪れ、兵士たちに休息の時を与えていく。正門の修復作業は急ピッチで進められ、より頑丈になるよう設計と建設を繰り返す。
テラと、眠ったままのアルティと、その腕に抱えられた赤子が到着する頃には、すっかりと陽が落ち夜となっていた。
結局アルティは眠りから覚めず、テラも起こさなかったため、本部にいた全員にお姫様抱っこをされているところを見られたために、「眠り姫」という不名誉な通り名をつけられるのだが、本人がそれを知るのは、まだ先だ。
配給された簡易式圧縮テントを広げる。
その中に設置されたベッドの一つにアルティを、そして同じようにアルティの腕の中で眠る赤子をその横へと移動させる。別れたベガと合流した際、丁寧に扱うことを無理矢理約束させられたので、落ちないように枕でベッドの端に壁を作る。これで落ちる心配はないだろう。
眠るアルティを、テラはじっとみつめる。
たったそれだけで、今日1日の疲れが癒されるのを感じながら、自身も休息をとるために、ゆっくりと目を閉じた。夢の中でもアルティに会えるように願いながら、テラは眠りについた。
※※※……ーー
目覚めて初めて、夢を見た。
真っ白で、何もない世界。いや、【誰か】が目の前、手を伸ばせば届く位置にいる。赤い花を大事そうに持つ人だ。胸に湧く懐かしさが堪らなく、思わず手を伸ばそうとして、自分の身体が全く動かないことに気付いた。声すら上げることもできない。眼球は前方に固定され、こちらも微動だにしない。
【誰か】は気付いているのかいないのか、それにはかまわず、
「もう、失くしてはいけないよ」
そう言って、手に持っている赤い花を僕に握らせる。微かに触れた指先は氷のように冷たくて、枯枝のように弱弱しい。まるで余命幾許もない病人か、あるいは死体のように頼りない。
「これが最後、最後なんだ。もう次はない。次の機会はない。……だか、らっ」
声が震えて、揺らぐ。まるで間近に迫る何かに怯えるように。
(【誰か】は、子供だ。それもまだ幼い、自我が芽生えたばかりの。だけど、矛盾する。幼子の純粋無垢な振る舞いが見られない。なのに僕は、この【誰か】をはっきりと子供だと認識している。故障したのか、致命的な設計ミスか……それとも……)
「ごめん。ごめんね、テラ。アルティを、よろしくね」
「っ!」
白い世界に【誰か】の声が響くのと同時に、声が出せるようなったのに気付く。
続いてテラの夢の世界が砕けていく。その前に、テラは【誰か】に答えを返した。
「当たり前だ。キミに言われるまでもなく、僕はアルティを……――」
言い終える前に床が崩れ、テラと【誰か】は急激に距離を離していく。
だから、届くように叫んだ。
「今度こそ、守る!!」
叫んで誓いながら、握っていた赤い花を、そっと胸元へ抱き寄せる。
その言葉を聞いた【誰か】は。
涙を流すように白い粒子を辺りに散らしながら、後ろから迫る闇の中へと飲み込まれて消えていった。
その直前、テラの耳には確かに「ごめんね」と小さく呟く声が聞こえた。
初対面なのにどこか懐かしい、【誰か】との夢での会遇は、僕の記憶に残ることすら許されず、闇の中へ熔けて消滅していった。
残っていなくても、たとえ再びすべてを忘れてしまっても、見失ったとしても、必ず。
「必ず……君を……」
プツッ、と回線の切れる音がして。
テラの初めての夢は終わった。