最前線の一時的な戦闘終結
「ギッ……キ、ィ」
微かな断末魔を上げ、暴走人形が機能を停止させる。テラの周辺には暴走人形のものと思われる部品が無数に散乱していたが、それを補う数の暴走人形が未だに正門よりコメルシアへと侵入を続けていた。
おそらく大型の転移装置による行いだろうがそれを別にしても、いったいこの数の暴走人形をどうやって調達しているのか。また、どんな目的を持っているのか。未だに敵の思考が読み取れない。
そして何よりも、アルティのことが心配だった。
「テラ、思考している暇はない。戦闘を続けろ。正門の修復が始められない」
「……了解、戦闘を再開する」
凛とした、機械のように冷ややかな声がテラを叱るように響いた。その声には確かに多少怒りが含まれていたが、それをテラが感じ取ることはなかった。
戦闘が始まって1時間近くが経つ。その間治安部隊エストレラとテラは休むことなく暴走人形を破壊してきた。テラは疲れを感じないが、治安部隊員にはさすがに疲れが見え始めていた。
テラとベガという圧倒的戦力をもっても抑えきれない、増え続けていく暴走人形との戦闘に、戦闘のエキスパートであろう治安部隊エストレラであっても、ただの人間では耐えられないだろう。近いうちに保たれている均衡は崩される。
そこへ、若い隊員が吉報をもたらしにきた。
「ベガ副隊長、正門修復隊の準備が整いました。いつでも始められます!」
「了解した。通信機を貸してくれ。先ほどの戦闘で吹き飛ばされてしまった」
ベガが通信機で戦闘部隊に修復作業開始の連絡をする中、気になることができた。最初から気になってはいたが、ベガと治安部隊員との会話ではっきりと認識できた。
通信を終わらせたベガへとテラが歩み寄った。
「ベガ、訪ねたいことが」
「今でなければいけないことか」
「あぁ、それなりに大事なことだ」
テラへの対応が厳しいわけではなく、彼女は誰に対しても厳しい態度をとる。それば自身に対しても、だ。この緊張した局面で、自分を引き留める程の質問をテラが行う、などと無駄なことを考える暇はベガにはなかった。
テラが人間兵器であり、この戦場においての有力な戦力でなければ、今の発言を無視していた可能性すらある。
先ほどの少女のことについては、ベガとしても問いただしたいことはあった。が、それは現段階での最優先事項ではない。
テラが少女を常に気にかけていることは、戦闘状態からも伺えた。既に2回も受けるはずのない傷を暴走人形より受けていた。しかもそのことにすら気付かないまま、少女が向かったコメルシア北部へと視線を向ける。そのテラの顔は明らかに、人が人を想う表情だった。
だからこそ、興味を持ってしまう。あのテラが。感情がないとまで言われた少年が想う少女のことを。そして、その出会いでテラの中でなにが変わったのかを。
0.1秒にも満たなかった思考をそこで終了させ、ベガはテラに発言を許可した。
「いいだろう。手短に話せ、テラ」
「ーーーーーー、ーーーーー?」
テラが言葉を発した瞬間、凄まじい爆発が後方、門の方で起きた。それはテラの声を搔き消すには十分過ぎる威力を持って暴走人形も、治安部隊員も正門修復隊も吹き飛ばした。
爆発で巻い上がった土煙の中から、巨大な姿が現れる。100メートルはある巨体をぶ厚い装甲で隙間なく覆われたそれは暴走人形でも、自動人形シリーズのどれでもなかった。
爆発の衝撃から立ち直ったベガそれを目にした途端、待っていたかのように、それは耳を劈くような咆哮を周囲一帯に響かせた。
『ギギィッギギッギッ、アァアァァアアァ……!』
「ーーー総員、退避せよ!あれは私とテラで対処する。その間に、少しでも休息を取れ!」
「了解!」
治安部隊員達が一斉に避難所へと転送していく中、未だに事情が飲み込めないテラはそれでも臨戦態勢は崩さずにいた。目の前にある巨体を味方だと考えるほど、楽観的ではなかった。
「あれは……戦闘人形シリーズで合っているだろうか」
「合っている。あれの正式名称は機械兵器型巨兵士。そろそろ現れる頃だと思っていたが……、まさかこのタイミングで出てくるとはな」
その話ぶりは、以前にも戦ったことがあるかのようだったが、少なくともテラが拾われてからの一年の間に、コメルシア周辺では巨兵士との戦闘は起きていなかったはずだった。
そもそも、あれは自動人形のようには暴走しない。暴走してしまったならそれは、設計側のミスだろう。
「前にも、あれと遭遇したことが?」
「お前達が現れるまでの一週間、我々はあれと同じものと連日戦っていた。あれはでかいだけの鈍間だ。爪先から徐々に切り落とすか、中枢にある機械心臓を貫くかで沈黙する」
一週間という日数を聞いて、さすがにテラも困惑した。それほどの期間、コメルシアは攻撃を受けていて、なぜテラの下へ伝達もなにもなかったのか、何故彼が不在なのか、益々疑問に思う。彼の不在は、ベガの先程の表情と関係があるはずだ。何かに耐えるような、哀しげな表情と。
再び尋ねる前に巨兵士がこちらを発見し、手に持つ巨大な変動型振動炎剣をこちらへと振り下ろしてきた。ベガが高所へと退避するのを見て、テラも同じ場所へと跳躍する。
避けるまでに十分過ぎる時間を持って振り下ろされた巨剣は、地面に激突する直前でピタリと止められた。瞬間、巨剣は周囲に一万度を超える熱波を放出した。
安全な場所へと退避したベガとテラのもとにすら届く熱は、一帯の建物全てを溶かし溶岩へと変えていく。
巨兵士と巨剣は、溶岩の海と化した周囲をぎこちない動きで見回す。テラとベガを、探しているのだろう。
「巨兵士は恐らく変動型振動炎剣に直接接続している。接続部分を断てば、あの熱波も収まる」
「直接接続しているのなら、あれの機械心臓を破壊する方が効率が良い。変動型振動炎剣は壊さない方が良いかい。ロンズデールは正門の修復材料になるだろう」
「あぁ、よく気付いたな。確かにあれには、ロンズデールが組み込まれている。だが多少分解体されていた方が使いやすい。存分に破壊しろ、テラ」
「了解」
巨兵士の周りを、守るように暴走人形が群れている。暴走人形もまた溶けずに形を保っていたが、巨兵士が周りを見ずに動くため、数十体もの暴走人形がその一歩で破壊されていく。
テラは、その正面へ降り立った。
溶岩の放つ熱を受けて、白髪が赤く煌めく。遠く離れた場所にいるベガにも見えたその煌きは、2人を探す巨兵士と暴走人形にも届いた。
『ギィイィィィッルッウウゥゥゥ……!』
テラを見つけた巨兵士が雄叫びを上げ、巨剣を振り上げる。数百にも及ぶ暴走人形、が我先にと獲物めがけて耳障りな機械音を響かせながら、一斉に押し寄せてくる。数秒後、自分たちも巨剣により押しつぶされる危険など考えもしない。
「……邪魔だ、消え失せろ」
光が徐々にテラの左腕へ集束していき、白銀に染まる左腕の照準を、巨兵士の機械心臓へと定める。輝きが頂点に達した瞬間に、テラは呟きを零した。
「腕刀式ーー《滅却光彩》ーー!!!」
左手から放たれた光線は溶岩を耐えた暴走人形たちを跡形もなく溶かし、巨兵士の機械心臓だけを的確に射抜いた。
動力源を失った巨兵士は轟音を立てて倒れ、それが収まると、門の周囲は静かになる。転移装置は沈黙し、追加で暴走人形が出てくることはなかった。
それを確認したテラは、ベガに視線を送った。通信機はテラの放った光を間近で浴びたせいで、ノイズが走るだけの鉄くずとなってしまった。
ベガが頷くと、それを待ちかねていたテラはすぐにその場を離れ、アルティが向かったと思われる北地区へと走り出した。それを見届けると、ベガは真下に広がる戦闘痕へと眼を向ける。
変動型振動炎剣によって急激に熱されていた大地が元に戻る中、テラの《滅却光彩》が通った場所だけが、マグマの川と化していた。どう処理するかは、今後の課題になるだろう。
鉄くずとなっていた通信機が復活し、ベガの耳にノイズよりもうるさい声が響き始める。その全てを遮って、ベガは全部隊へと通達する。
「……全部隊に告ぐ。ガラクシア隊により、正門での戦闘は終了。修復隊は速やかに前線へ復帰し、正門の修復を開始しろ。戦闘部隊は各自、他の部隊の援護へ回れ」
それぞれの部隊から、命令の受信了解の通信を受けてから、通信機の接続を切る。せめて少しでも、1分だけでも、この街を守る重責から解放されたかった。
テラの言葉が、想像以上に心を抉っていた。
(アルタイルは、何処にいる?)
その言葉を聞いて、一瞬。ほんの一瞬だけ、ベガは冷たい表情を崩してしまった。ただどんな顔をしていたのかは、自分でもわからない。
治安部隊エストレラは、本来なら隊長であるアルタイルが指揮するべきだ。だが彼は今、ここにはいない。だから、ベガが指揮を取っている。この1週間、ベガはまともな睡眠も、食事も取っていなかった。
1週間前、数百体にも及ぶ暴走人形による襲撃で阿鼻叫喚の地獄となったこの街の事をベガに任せ、アルタイルは1人、暴走人形が送り込まれてくる大型転移装置からの逆転送を試みた。結果、逆転送には成功したがそれ以来、今度はアルタイルは帰ってこない。暴走人形も、未だに送り込まれ続けている。
「ーーー私が、知りたいさ。今、あれが何処にいるかなんて」
目を瞑ってしばらくしてから、再び通信機を接続させる。途端に、他の隊から指示を仰ぐ通信が送られてくる。今日の襲撃は、もうないだろう。それだけでも、十分な成果と言える。任されたこの街を守っていれば、いつか帰ってくると信じるしか希望がないのだから。
深呼吸をして、ベガは再び、「副隊長」として各隊への指示を出し始めた。
※※※
ーーその頃のアルティ。
「もうやだあぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
暴走人形数十体に、追いかけられ、叫んでいた。