表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けのフェーニクス  作者: 永崎カナエ
1章.第3壁外地区コメルシア
4/11

治安部隊エストレラ

 黒い煙が、空を覆っていた。

 赤い炎が、まるで生き物のように唸りをあげて建物を包み込んでいく。

 死んでしまえたほうが、まだ楽だっただろう。苦しんで生きるより、そのほうがマシだ。そう思ってしまうほど、コメルシアは地獄と呼ぶに相応しい光景を作り上げていた。


「グガギゲゲゲゲガ」「キキキキキキキキキッッッッキキキ」「クカッ、コロッコロッコロッ!コココココガ!コメッ、コッ、ルシア!」「刺して砕いて貫いて(アン・ドゥ・トロワ)壊して愛して殺して(アン・ドゥ・トロワ)!」「コノッノノノノノッ病気ハアッ、治療ッ不可能デッス!死ニヨル救済ヲォッ行イマス!」「お待たせいたしました。こちらが奥様の脳味噌焼き、こちらがお子様ランチでございます。食べられない?では、ヒヒッ死ね」


 数時間前までの希望はあっさりと砕かれていた。その地獄に、まともな人間は存在しないように思えた。

 暴走人形(アネーロ)達による襲撃が、コメルシアを破壊し尽くしていた。


 ※※※


 ーーーコメルシア到着、数分前


「……アルティ 」

「んえっ?も、もう着いた……?」

「いや、まだだ。だが、起きていたほうがいい。コメルシアの様子がおかしい、黒煙が見える」


 身を縮めて寝ていた背中から顔を出し、コメルシアのある前方を見る。ボクの目でも、わかるほどの太い黒煙が、コメルシアから立ち上っているのが見えた。


「……機械工場が動いてる、ってだけじゃないのかな?」

「コメルシアは商人ギルドのために栄えた街だ。機械工場はないよ。それに、機械工場があったとしても、あの黒煙は異常だ。なにかに……、恐らく、暴走機械(アネーロ)の襲撃に遭っている」

「し、襲撃?……あっ、見えてきた……?!なんだよ、あれ。門が溶けてるじゃないか!」


 天高くそびえ立つ壁、その入り口であったはずの巨大な扉が、遠くからでも見えるほどに赤く熱され、ドロドロに溶けていた。それも一部ではなく、全部だ。


「あんなに大きい扉を溶かせる武装を持った暴走人形(アネーロ)なんて、いるの?」

「本来なら、いない。ただ、これがもし人による襲撃であれば、暴走人形(アネーロ)に対壁ミサイルなり圧縮型核爆弾なりを装備させることも可能だ。あれなら、あの門を溶かし尽くすことも可能だろう」

「あっしゅくがたかくばくだん」


 聞きなれない、意味のわからない言葉が出てきた。専門用語だろうか。とにかく門が壊されたのは事実であり現実だ。街を襲撃しているのがなんにせよ、その中にいる人たちが心配だった。


「……テラくん、コメルシアまであとどれくらい?」

「あと、1時間近くはかかる」

「それはボクへの負担を考慮した時間だよね。全力で、なにも考えずに駆けたら、どれくらいで着くの?」


 ボクの声に、テラくんはしばらく答えなかった。表情は、見えてたとしてもわからない。今、どんな顔をしているんだろう。ちょっとだけ、気になった。


「10分も、かからない。もしかしかたら、5分もかからない。ただーーー」

「ボクのことなら、気にしないでいいよ。テラくんがボクのことをどうみてるかはわからないけど、こうみえても頑丈なんだ」


 それに、いざとなれば自分の身は守れるよ。と、宣言する。

 少しの沈黙の後、テラくんはわずかに頷いた。


「わかった、コメルシアまで全力で行こう。アルティ 、もっとしっかり掴まっていて欲しい」

「了解!」


 ボクがテラくんにギュッと強く抱きつくのとほぼ同時に、轟音と共に周囲の景色が吹き飛んだ。

 テラくんがどれだけボクに気を遣っていたかがわかった。凄まじい速度で、比べ物にならない速さで、コメルシアへとぐんぐん近づいていく。


(はっっっっやい!これ、どんだけスピードだしてるんだろっ!というか、自動人形(オートマティ)でもこんなスピード出ないだろっ!さむっ、さむっいっっ!)


 テラくんの手前カッコつけてみたものの、風は予想以上に冷たく、鋭くアルティの体力を奪っていく。普通の人間なら確かに、これだけで死んでしまうほどにきついものではあった。


(た、っしかに、てっ、テラくんが躊躇したっのも、わかった気っがするなあっ!)

「アルティ 、あと少しで到着する。もう少しだけ耐えて欲しい」

「だっ、だだっっだっ、だいっ、じょっぶだよおぅっ」


 この速さの中でも動じないテラくんが、少しだけ羨ましかった。人間兵器(アルマーナ)っていうのは、みんなテラくんみたいな超人なんだろうか。

 そして到着した地獄(コメルシア)で、ボクは惨劇を目の当たりにする。それは、骨で飾った道に血を塗り内臓をぶち撒けて汚したような。ボクがこれから歩む道を暗示するような世界の縮図だった。


 ※※※


 臓物が飛び出てもなお生きようと足掻き、無残に踏み砕かれる人がいた。最後に伸ばした手の先には、身体を裂かれた女性と子供の死体があった。


 血溜まりの中で泣きながら笑い続ける人がいた。その手には脈打つ新鮮な誰かの心臓が握られていた。心臓が最後の血を噴き出すのと、首が吹き飛ぶのは同時だった。


 飛び散った内臓を搔き集め、必死に恋人の身体へと戻す人がいた。生体人形(ムニェーカ)が必死に引き離そうとするその人の恋人には、もう首がなかった。


 狂乱の中、微笑み合って抱きしめ合いながら、息絶えた男女がいた。その2人の脚はデタラメな方向に曲げられ、膝から先は、細かく千切られ周りに散らばっていた。

 その2人の間で、幼い子供が泣いていた。

 その子供に、生体人形(ムニェーカ)暴走人形(アネーロ)が微笑み近づいていく。着用するメイド服は、夥しい量の返り血でドス黒く汚れていた。右手は千切れかけ、ぶら下がったまま動かなかったが、左手には獣討伐用の、大人程もある四角い包丁が握られていた。

 四角い包丁を振り上げ、笑顔のまま、振り下ろす。


怖くないですよ(生きる価値無し)安心して眠りなさい(死んで詫びろ)

「ーーーお前がっ、死ね(壊れろ)っっっ!」


 壁を駆け抜け、無防備な背中にナイフを振り下ろす。

 テラくんから譲られたナイフは人工皮膚を容易く切り裂き、ロンズデール製の機械装甲をも貫くと、その下にある機械心臓まで達した。ナイフには傷どころか刃こぼれ一つない。機械心臓に達するのと同時に、生体人形(ムニェーカ)暴走人形(アネーロ)は機能を停止した。

 貫いた傷口から機械油が吹き出して周囲を汚い色に染め、急停止した包丁の風圧で、男女の死骸がべちゃりと音を立てて崩れ、子供は、何が起こったかわからないような、ポケーッとした涙と血と機械油でぐしゃぐしゃの顔でボクを見上げた。

 かく言うボクも、全身砂と機械油まみれで目も当てられなかった。それでも、目的を果たすため子供に手を差し伸べる。


「……おいで。避難場所まで、転送させるから」

「ぱぱとままは?いかないの?」


 即座に問いかけてくる。その小さな手は、自らを守って肉塊へと成り果てた両親に向けられていた。


「…………ごめんね」


 子供はその言葉を聞くと、声も出さずに泣き始めた。わかってはいても、聞かずにはいられなかったのだろう。必死に両親にしがみつき、「ここにいたい」と震える声で訴える。

 ボクの持つ小型転送装置は、生きた人間しか転送できない。この2人を弔うのは、暴走人形(アネーロ)達を全て破壊し尽くした時だろう。

 子供にそっと小型転送装置を取り付け、起動させる。

 一瞬だけ光るとその姿は瞬時に消え失せ、辺りはまた阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられる世界へ戻る。

 コメルシアに着いて1時間近く。テラくんは最も被害の大きい正門付近で暴走人形(アネーロ)達を屠り続けているだろう。ボクはその間、逃げ遅れた人の救助と暴走人形(アネーロ)の破壊を続けていた。

 被害が少ないと街の奥とはいうものの、暴走人形(アネーロ)の数は多く、既に何十人もの無残に殺された遺体を見てきた。

 今はギリギリで助けられたものの、つい数分前に、目の前で違う子供を切断されたので精神的にかなり参ってしまっているのが分かる。

 なんとなく、テラくんの顔が見たくなった。同じような機械の顔でも、テラくんの顔の方が全然愛嬌がある。

 と、テラくんの顔を浮かべたところで、耳に繋いだ通信機が反応する。


『ーーー作戦本部より戦闘部隊へ。間も無く門の仮補修隊が作業に入る。推定時間は1時間。その間、門に暴走人形(アネーロ)を近づけないように。作戦の成功を、祈る。以上。」


 氷を思わせる冷徹な声が一方的に告げて、通信が終わった。思わず、門のある南側へと顔を向けた。

 コメルシアに到着すると同時にボクらは治安部隊『エストレラ』の作戦本部へ通された。そこで指揮を取っていたのが、先ほどの声の主であるベガという女性だった。


 ※※※ ー数時間前ー コメルシア/最前線地域


『時間がない。手短に済ませよう。隊名はガラクシア。人命救助と暴走人形(アネーロ)の破壊、両方を行ってもらう。ーーー君は、戦えるな?』


 ボクとテラくんが到着するなり、彼女はボクに問いかけた。


 美しい人、だった。枯れた大地を照らす月光と同じ色を持つ長い髪を、簡単に後ろで結い上げている。彼女が動くたび、水のように滑らかに宙を泳ぐ。

 高圧的な態度と冷たい口調、表情とは対照的にボクを見る目は優しく、温かな思い遣りを感じた。至る所に傷絵画のような

 ボクが「うん」と答えるのと、テラくんが「ダメだ」と答えるのはほぼ同時で、テラくんを無視してベガさんは話を進めた。


『君には救助活動を行ってもらう。小型転送装置を渡しておく。転送させたい対象に取り付け起動させれば、自動的に避難所へ送られる。ただし、転送できるのは生存している者のみ。3人まで同時に転送できる。作戦本部(ここ)から壁が見える範囲を西回りで始めてくれ。そちらは被害が少ないが、逃げ遅れた人がいるかもしれない。東側は、既に別の救助部隊が活動を行なっている。

 テラ、貴様は正門周辺、南側でひたすら暴走人形(アネーロ)を狩れ。以上だ』


 そう言って背中に抱えていた大剣を引き抜き、周辺の暴走人形(アネーロ)の一掃を始める。周囲の景色が歪む程の熱を放つ、変動型振動炎剣(ティソナ・デル・シド)は、見る者を魅了させる淡紅の炎を剣身に纏い、灼き焦げる程の激しさと美しさを持って暴走人形(アネーロ)を圧倒していく。先に戦っていた治安部隊員の士気が、上昇していくのを感じた。

 思わず見とれてしまったボクの横から、こちらをジッとみつめるような視線を感じて、恐る恐る視線を横へーーー、テラくんの方へと向けた。

 見上げると、テラくんはこちらを完璧な無表情でこちらを見下ろしていた。無表情なのに、なんだか怒っているような気配がしたので、「じ、じゃあ、お互い頑張ろうね!」と言って足早に示された北側へと向かったのが、ちょうど1時間前だった。


(また会うかどうかも定かではないけど……。次に会ったら、ちゃんと謝らないとなぁ。あれ絶対怒ってたよなぁ……。ん、なんで怒ってたんだ?)


 未だによくわからないテラくんの思考を今考えてもキリがない。再開する可能性の方が低いのだし、今は、救助を優先させよう。因みにテラくんの安全の心配はしてない。テラくん、強いし。それよりもテラくんやベガさんの周りにいる治安部隊員さん達のほうが危険な気がする。心配は尽きない。

 ため息を吐いて、救助活動に戻ろうと再び走り出したところで、正門の方から凄まじい爆発音が聞こえてきた。

 再度振り返ると、遠くで土煙が上がっているのが見えた。その周りでは暴走人形(アネーロ)のものと思われる機械部品の塊が宙を待っている。

 土煙が上がるほどの威力を持つ武器を投入した、ということだろう。ベガさんとテラくんはともかく、再度治安部隊員さん達のことを心配する。

 本当に。本っ当に。彼ら、無事でいるんだろうか。

 正門の方へと向かいかけるボクを止めるように、遠くで悲鳴が響いた。瞬時に、助けられなかった子供の顔が脳裏を過る。

 足は自然と、正門の方ではなく悲鳴の方へと踏み出されて、走り出していた。

 治安部隊員さん達(かれら)が、無事であることを祈りながら、ボクは救助活動を優先させた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ