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機械仕掛けのフェーニクス  作者: 永崎カナエ
1章.第3壁外地区コメルシア
2/11

目覚めた赤と見つめる紅

 起きたら目の前に、顔があった。

 距離は10センチもない。真紅の瞳が、間近からボクを観察するように凝視していた。

 驚きのあまり硬直したボクを見ても、目の前の彼は少しも動揺することなく観察を続ける。

 沈黙が、少し続く。


(え……なに、この時間?ボク、なにされてるの?)


 頭上で焚き火の弾ける音が聞こえて、ようやく彼はボクに「おはよう」と声を掛け、それでようやく離れていった。


 少しずつ、頭の靄が晴れていく。

 そうだ。ボクは、彼に助けられたんだ。

 頭上にあった太陽は地平線へと接触するまであと少し、と言えるところまで落ちていた。

 あれからずいぶん、時間が経ったようだ。


 あらためて、彼を視線で追う。

 ボクに背を向け、焚き火の方に向かい、何か作業をしているようだ。


 さっき彼は自動人形(オートマティ)シリーズではないにもかかわらず、武装(アルマダ)を展開してみせた。あれは本来、自動人形(オートマティ)シリーズでしか扱えない機械密度の高い代物だ。それを彼は、人の肉体の中で変化させた。

 生体人形(ムニェーカ)ではない。それにしては顔の動きに不自然さが見られない。(というか彼、感情あるのだろうか)

 機械人形(マキーナ)でもない。肉体外の機械密度が低すぎる。ほぼゼロ、と言ってもいい。(表情的にはこちらの方が可能性は高い?)

 なら彼は、何者だろうか。そもそも人間なのだろうか?

 考えれば考えるだけ、頭がこんがらがっていく。わけがわからず頭を抱えるボクを、不思議そうに首を傾げて見つめる彼には、とりあえず悪意とかはなさそうに見える。けれどもしかしたら、これから何かをされるとかーーー。


「……とりあえず、これを食べるといい。なにか胃に入れなければいけない」

「うぇ、あ、ありがとう?」


 固形型食料を溶かして作られたらしい、魅力的な匂いを漂わせるスープが、彼からお椀へと注がれて渡された。そういえば随分とましなものを食べていなかった気がする。最後に食べたのは、蜥蜴の骨の汁だったような。それも、三日前だ。

 ごくっと、唾を飲む。いやでも、彼、奴隷商人かも、しれないし。太らせて売る気、かもしれないし。

 そんなことを考えていると、椀の中へ更に干し肉が投入され、もう我慢がきかなくなった。人前だとか、売られるだとか、言ってられない。

 ガツガツと食べるボクを、またみつめる視線を感じたけど、そんなことは気にしていられない。

 三日ぶりのきちんとした食事を前に、この世に生まれたことを、存在しない神様に感謝を捧げてまで食らい付いた。


 ※※※


「ごちそうさまでしたっ」


 満面の笑みで、両手を合わせて終わりを告げた。

 告げてから、ハッとする。

 誘惑に負けて、ガツガツと食べてしまった。

 彼が奴隷商人なら、ボクは完全に罠にはまってしまったことになる。食事中に感じた視線も、もしかしたら値踏みするための観察だったのかもしれない。

 恐る恐る、彼の方を……いや、バレない様に目は向けない。視線の外で確認する。

 ……見てる。めっちゃ見てる。凝視してる。穴があきそうになる程みつめられてる。めちゃくちゃ居心地悪い。


「……あのっ、さ。あんまり見ないで欲しいんだけどなぁ。助けられて、しかも食事をご馳走してもらって言うのも悪いんだけどさぁ~……」

「…善処しよう」


 少しの沈黙の後に、そう言って、彼は視線をボクから外した。

 なんだか寂しそうに見えた気がしたけど、きっと気のせいだろう。表情に動きが見られなかった。

 なのに不思議と「どう感じている」のか、理解できた。


「そうだ、キミ」

「僕の名前はテラだ」

「あ、そう。えっと、テラくん。ボクに聞きたいことがあったんだよね?確か商人ギルドの依頼人がどうとか……」

「彼の死亡は、君が眠っている間に、ここから7.6㎞離れた岩場で発見した。死体の損傷から見て、暴走人形(アネーロ)たちに殺されたのだと推測している。疑いをかけて、すまなかった」

「あぁ……うん、そっか」


 語気の強さから、ナイフが大事な物であること、死んだ人間が身近な人間であることは予想していた。けれど思ってた以上に、テラくんの表情に動きはない。

 ただ悲しんでいるのだと感じる。

 また、なんとなく。なんとも言えない、不思議な感覚だった。

 初めて会ったはずの彼に、ボクは親近感に似た何かを抱いている。その感覚が、もどかしかった。


「ごめんね。ボクが見つけた時にはもう……それで使えないならと思って、取ってしまったんだ」

「……彼は別に、責めないと判断できる。それで君の生存確率が上がるのであれば、躊躇なく渡していた。それで自分が死ぬと分かっていても。だから」


 そう言って、いつのまにかボクの腰のナイフベルトに収まっていたナイフをみつめる。


「だからそれは、君が持っていてかまわない。持っていた彼は死に、次に発見したのは君だ。君に所有する権利がある」

「でも、これはテラくんの物なんでしょう?保険として預けるくらい大切にしてるものなんじゃ……」

「僕には記憶がない。発見された時に一緒にそのナイフも側に落ちていたそうだけど、僕はそれを見ても特に心を動かされない。それを保険にしたのは、彼の悪ふざけだと言われた。気にすることはない」

「記憶が、ない?」


 テラくんの淡々とした口調からは特に焦りとかは感じないけど、それはとてもまずいんじゃないだろうか。


「覚えていたのは、自分の名前。アミラシオン大陸における一般的な常識。身体の扱い方。また、記憶と一緒に感情も欠落したらしく、人にはよく表情筋が死滅していると言われる」

「えっと、笑うところ、なのかな?」

「恐らく。その知人はこれを聞くたびに、腹を抱えて笑っている」


 その知人、頭おかしいんじゃないだろうか。


「じゃあその身体も、最初から……?」

「なるほど、先程からそれが聞きたかったのか。確かに僕は、生体人形(ムニェーカ)でもなければ機械人形(マキーナ)でもない。知人の言葉が正しければ、僕は人間兵器(アルマーナ)と呼ばれる新型の自動人形(オートマティ)シリーズらしい」

「自動人形シリーズの機能を、人の身体に付け加えたってこと?補助用装置じゃなくて?それって可能なの?」

「可能、だから僕がいる。ただ改造手術に問題があるようで、成功確率は非常に低い。首都政府が公表した手術成功者は7人。僕はその誰にも該当しない所属不明の人間兵器(アルマーナ)だ。失敗作として捨てられたところ、何故か生命活動を再開させたのだと推測している」


 テラくんはそう言い終えて、沈黙する。普段あまり喋らないのだろう。ちょっと疲れているように見えた。それとも自身で口にした「失敗作」という言葉に、傷ついたのか。

 真紅の瞳も、テラくんの無垢さを示すような純白の髪色も、その改造手術による代償なんだろうか。そこまでして、記憶を失う前のテラくんは、何を求めていたのだろうか。


(ーーー求める?)


 浮かんだ自分の考えに疑問を持つが、それがしっかりとした形を持つ前に、テラくんが話の続きを語り出す。


「知人は、金を貯めたら首都に来るといいと語っていた。もしかしたらそこに、僕に纏わるなにかが残されているかもしれないから、と」

「じゃあ、テラくんはこのまま首都へ向かうの?」

「いや。一度、ギルドの拠点へ戻らなければならない。彼の死を伝えなければならないからね」


 そう言って、テラくんは身の周りのものを片付け始めた。ボクも手伝いながら、彼に関することを頭の中でまとめる。


 彼には記憶がない。発見したのはおそらく、死んでしまったあの人で、一般教養と自身の名前以外何も覚えていなかった。

 そして自分は、人間兵器と呼ばれる新型の自動人形シリーズらしいということ。


 テラくんにそれを教えた知人と言うのが気になったけど、今は気にしないことにする。判断材料がない。ないけど変人だろうと言うことだけ記憶しておくことにする。

 一番大事なことは、テラくんが首都へ向かう、というところだろう。正確にいうと首都に該当するところ、だけど。


 第1壁都市トラスベーラ。アミラシオン大陸の中央に位置する、他大陸での首都に該当する場所。守護者(ガーディアン)と呼ばれる存在の拠点都市。


 そしてボクの、目的地でもある。


 ※※※


 数分後、ボク達は出発の準備をしていた。


(連れて行って欲しい、とは流石に言えないからなぁ。助けてもらった上にご飯も貰って……。これ以上、迷惑をかけることはできない。次の街まで、どれくらいだろうなぁ……)


「……さて、準備完了だ。行こうか」

「……ん?あぁうん。じゃあね」


 別方向へと歩き出したボクに、「待って欲しい」とテラくんが声をかけてくる。忘れ物でもしていたのだろうか。


「……君は、どこへ行くんだい?」

「とりあえず近くの街へ。燃料を買い足さないといけないし、行かなきゃいけない場所があるからね」

「ここから一番近い街は、走行補助装置なしで行くと一週間以上かかる」

「えぇっ……どうしよう……」


 1日2日なら食べなくても大丈夫だったけど、まさかそんなにかかるとは思わなかった。死ぬしかないか。いやでも死にたくないし、死ねない。

 うんうん唸るボクに、テラくんが静かに提案する。


「君さえ良ければ、ギルドの拠点まで連れて行こう。君が行こうとしている街よりは大きいし、物価も安いだろう」

「ほ、本当に……!?でも、そこまでしてもらっていいのかな。それに、ギルドの拠点まではどうやって……?」

「走っていく」

「は、走って!?」

「見せた方が、早いだろう。

 ーーー《武装(アルマダ)》展開。『駆け抜ける風(エルティモ・ビエント)』」


 ふっと風が一瞬吹き、ボクの横を通り過ぎていった。彼の足元の砂や石が、彼を中心に円を描くようにしてなくなっていた。やはり見た目には変化はなく、彼自身も平然といている。


「これなら、この荒地を難なく超えられる。君も、僕が背負えば風除け代わりになる。毛布を巻けば寒さの心配もない。それでも2、3日かかるが、食料等に問題はない。どうだろうか?」


 文句の付けようのない提案だった。だからなおのこと、テラくんが何を考えてるかわからないのが怖い。

 明らかにボクは足手まといだ。ここで別れてボクが道中で餓死しようと、再び暴走人形に襲われて怪死・変死・惨死を遂げようとテラくんには関係のないことだし、それでボクが彼を恨むことはない。当然の判断だとわかってるからだ。(嘘。やっぱり少し恨むかも)

 テラくんが何を求めているかわからない以上、信用することが難しい。ボクでは彼に、何も返せないのだから。

 でも、善意の行いという線も捨てきれない。

 どちらにせよテラくんの協力は必要不可欠なので、ボクに拒否する選択肢はなかった。


「……わかった、テラくんの案に乗る。よろーーー」

「ところで」


 ボクの言葉を遮って、ちょっと不機嫌そうにボクを見る。なんだか睨んでいるように見えるその顔が、少し面白かった。

 ()()()()()()()


「僕は、君の名前を知らない。なんと呼べばいいのだろうか?」

「あっ……そうか、まだ名乗ってなかったね」


 そういえば起きてからしたことといえば、出されたご飯を食べて、少し話すだけだった。テラくんにだけ名乗らせて自分は名乗らなかった。いや、テラくんは自分で訂正した上で名乗ったのだけど。


「ボクはアルティ。呼びやすいように呼んでよ。あっ、そうだ。念のために、誤解されやすいから言っておくけど、ボク男だからね」

「…………あぁ。よろしく、アルティ。君の力になれるよう、努力する」

「それはボクの台詞だよ。」


 ボクらは握手を交わした。

 テラくんの顔がちょっとだけ曇っているような、困惑しているような感じがしたけど、気のせいとして流した。


 そしてボクらは、ギルドの拠点コメルシアへと出発する。

 背中に負ぶわれるのはかなり恥ずかしく、廃墟で鉄板を入手して、それを下敷きに引き摺ってもらうことを提案したけど、大量の砂埃を被ること、摩擦で鉄板が高熱になることを淡々と説明され、渋々背中に負ぶわれることになった。

 自らを自動人形シリーズの最新型だと言っていたテラくんの背中は、想像していた機械らしい鉄の冷たさはなくて。

 代わりに服越しに伝わってくるのは、自然な人の温かさだった。


(誰かとこうして触れ合うのは、いつぶりだろう……)


 そんなことを思いながら、深い眠りの中へ、ゆっくりと落ちていった。


 ※※※


 彼女ーーーアルティが、自らを男だと偽った理由が分からなかった。


 義眼に不具合が生じている可能性を考慮して握手した際に全身をスキャンしたが、アルティが女性だという認識が正しいと証明されただけだった。つまりアルティは、僕に対してわざと性別を偽ったことになる。

 ーーまだ僕を、信頼できていないのだろう。

 こちらの提案にすぐ乗らず、自身の行き先も告げずに悩んでいた姿から、その可能性は高い。


 それで今は良い。アルティと過ごせる時間が増えただけでも、そう、「嬉しい」のだろう。

 自分に芽生え始めた感情に戸惑いはあるが、それは今の生活を揺るがすものではない。

 ーー少し、違うか。

 今までは自分を拾ってくれたコメルシアの住人のためだった。今も彼らのことは大切だ。それでも演算機能がーー違う、自分自身が。アルティと過ごす時間を最優先事項に据えている。彼女と一緒にいるためなら、僕はなんだってやるだろう。今まで忌避してたことも含めて、全て。彼女が笑ってくれるのなら、この機体(からだ)がバラバラに分解されても、構わないほどに。僕は、彼女を…………どう、表現すればいいのだろうか。それだけは、僕の演算機能も答えを出せなかった。


 背中で安らかに眠るアルティから伝わる温もりが、僕の身体にジワリと広がる。彼女が傍にいるだけで、何故、こんなにも温かいのだろう。

 演算機能はやはり、沈黙したままだった。

 ーー僕は自分で結論を付ける。これがきっと「幸せ」だ。

 アルティが僕を信用してくれるかは問題ではない。ただアルティと過ごす。アルティの話を聞く。それを考えただけで、心臓が強く脈打つ。体温が僅かに上昇する。

 ーーやはり機体か演算機能、どちらかに不具合が生じているのだろう。帰ったらアルビレオに相談しよう。


 問題はコメルシアに着いた後だ。


 僕がどれだけアルティと過ごしたいと願っても、アルティが僕を信頼していなければ意味がない。コメルシアに到着して、それきりになる。仮にそうなった場合、こっそり後をつけるが。

 僕の語った目標はあくまで他人に提案されたものだ。確かに人間兵器に至った経緯に興味はあるが、アルティより優先させる必要性は感じない。

 僕が最優先するべきことはアルティから信用を勝ち取ること。そしてその旅に同行できるようになることだ。

 暴走人形から救ったことで、一定の信用は得ている。あと少しで、アルティから信頼を得られると推測できる。その機会はきっと、すぐに訪れる。


(……暴走人形達は、()()()()()()|を執拗に狙っていた。これからも、狙われる可能性はある)


 攻撃を加えた僕に十分な敵意は向けていた。それでもアルティのことを見続ける姿は、異常だった。

 腕刀(エスパダブラッゾ)で解体されてなおアルティへと殺意と刃を向け続ける姿は、どう考えても異常だ。そもそもこの荒地一帯に暴走人形が出ることすらおかしい。危険性がないからこそ、僕は彼と別行動をとっていたというのに。

 ーーこれは言い訳だ。彼の死は完全に、僕のミスだ。もうそんなミスは犯さない。


(……なんであれ、君を狙い、攻撃するものは、全て破壊する。たとえ君が僕を否定しても、必ず守り抜いて見せる)


 静かな寝息を立てるアルティを起こさぬように。少しでも長く過ごせるように、緩やかに減速しながら沈んでいく夕日へと誓う。

 血に濡れ染まったような、真っ赤で綺麗な夕日だった。

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