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機械仕掛けのフェーニクス  作者: 永崎カナエ
1章.第3壁外地区コメルシア
10/11

現在地と現状把握

 

 ーーー、ーーーがいてくれれば、それだけでぼくの世界は完結します。ーーーが望めば、母さんだっていてもいい。……でも、貴方はいらない。ぼくは貴方に、良い感情を抱いていない。貴方もぼくに、良い感情は抱いていないと計測します。ーーー感情(これ)の正式な名前を、ぼくはまだ理解していません。ですが言葉にはできます。あぁ、ぼくはーー。


 ーーーぼくは、貴方に死んでほしいです。


 ※※※


 目が覚めてまず認識したのは、間近に迫る顔だった。

 暴走人形(アネーロ)から救ってくれたテラくんが同じことをしていたこと。そしてそれから、まだ何日も経っていないのだと思い出していた。

 しかし、目の前にある顔はテラくんではなく、トリステだった。

 スヤスヤと寝息を立てて眠る姿は愛らしく、ほんのり赤く染まる頬は柔らかそうで、思わずつついてしまいそうになるのを、グッと堪えなければならなかった。起こしては、泣いてしまうだろうし。


「ーーーいぃっっっ!?」


 そして、グッと堪えた途端、右足の太ももに痛みが走り、声を必死に押し殺すことになった。

 痛みが引いたところで恐る恐るシーツをめくってみると、丁寧に治療された、乾いて黒くなった血の滲んだ包帯を巻かれた足が見えた。今の動きで傷口が開いたのか、その真上にあたるシーツの部分にポツポツと赤い染みができている。

 そこで、ボクは意識をはっきりと覚醒させた。同時に、眠るまでの記憶を思い起こす。


「怪我……。うん、ボクは怪我をした。暴走人形(アネーロ)の投擲したナイフが刺さって、起動した爆弾が吹き飛ばした氷塊で死にかけて」


 言葉に出して、回想する。そうすることで、より鮮明な記憶を閲覧することができる。

 助かったと思ったら、白金の髪の変な男に助けられて、お姫様抱っこされて。テラくんと合流してからまたお姫様抱っこで運ばれて。戦況をポツポツと語るテラくんには申し訳ないことに、ボクはそれを子守唄に、そのままテラくんの腕の中で眠りにーーー、


 ーーー眠りに、ついた?


「あっ、れ……?じゃ、じゃあボクは、ここに来るまでずっとお姫様抱っこされてたってことーーー!?というかここどこだよっ!?」


 今更ながら、現在地が分からないことに困惑する。眠りに落ちてしまう前は確かに、瓦礫の山となった街の中を歩いていたはずだ。自分がどれくらいの間寝ていたのかもわからないので、現在地のある程度の予測もできない。が、周囲の物からして、ここは駐屯地、もしくは基地のような役割を持つ場所らしい、ということが辛うじて分かった。

 それに加えて、外からは複数人の声。鉄を鉄で叩く金属音。恐らく壊れた武器やら防具やらを直しているんだろう。怒声も微かに、聞こえてくる。子供の笑い声が、聞こえて来る。語り合い、笑い合う声も、もちろん聞こえて来る。


 ()()()()()()、こ()()()()()()()()()()

 そう、実感する。誰かの、記憶と感情によって。

 あの地獄のような、壊れた人形が狂い踊る世界から、帰ってこれた。


 それでもそんな実感と感情を押し退けて、身体のいたる場所から嫌な汗がドッと噴き出してくる。体温も上昇していく。

 まさか、生きている人間の声を聞いて、戦慄する日が来るとは思いもよらなかった。

 いや、戦慄ではない。これはーーーそう、羞恥心だ。


「ーーーっっぁあぁぁあ!!?」


 ボクは、運ばれていたであろう光景を想像して赤面して、悶絶した。

 雰囲気からして、ここはエストレラの駐屯地か何かなのは間違いない。もしくは、仮設で建てられた避難所かもしれない。

 どちらでもいいし、どちらであっても、良くない。

 そんな中を、テラくんはお姫様抱っこでボクを運んだのか。

 戦時中、と言っても差し支えないようなこの状況下で。娯楽のほぼない(と、思われる)この場所でそんなことをすれば、どうなるかは考えるまでも、言葉にするまでもない。

 外へ出た時の好奇の目線を考えると、この場所から出たくもなかった。

 そこまで考えて、ピタリ動きを止める。


(そういうわけにもいかないから、こうやって悶絶しているんだよなぁ……)


 深くため息を吐いて、今のちょっとした騒ぎの間も目覚めなかったトリステに向けていた顔を、逆方向に向ける。

 と、眼前には今度こそ、テラくんの顔があった。


「ふわっ!!テ、テラくーーーん?って、あれ?寝て、る……?」


 軽く声をあげたのに、全く反応がない。耳を澄ませば、僅かな寝息の音が聞こえてくる。

 切り傷だらけの顔を、長い前髪が覆う顔を、報復を兼ねて観察する。誰かが言っていた。「寝顔を見られるのは、死ぬほど恥ずかしい」と。


 切り傷は既にカサブタとなって、流れていたであろう血は乾いている。今ではエストレラの制服だと分かった軍服も、所々が焼け焦げていて痛々しい。今は見えない足の部分からも、なにやら焦げ臭い臭いが微かにする。ボクと違い積極的に(?)戦闘に参加していたのだから、怪我をしていることは想定していたけど、中々痛々しい有り様になっていた。

 死んでしまったという考えが全く浮かばなかったのは、きっとボクの中でテラくんのイメージが『強く、負けない人』で固定されているからだろう。



 ーーーそれとも、”彼がここで死ぬことは絶対にない”とでも?甘いよ、ーーー。



 過去の記憶が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()雑音ノイズ混じりに再生する。

 少しずつ()()()()記憶にも、ようやく理解が示せてきた。でも、この記憶になんの意味があるのだろう。記憶(これ)は、ボクのモノではないのに。それともこれは記憶ではなくてーー……。


 ボクの手を痛まない程度に握ったテラくんの顔は、普段の無表情な顔からは想像できない、子供のように無防備な寝顔だった。長い睫毛が呼吸をする度微かに揺れ、今にも起き出してきそうだ。白い肌、白い髪。透き通っていて、触れれば砕けて、どこかへ消えてえいってしまいそうな。テラくん自身はとても強いのに、そんなイメージが頭に浮かぶ。

 見ている内に、ドクッ、ドクッ、と心拍が急上昇する。頬が紅潮していくのが、体温が上昇していくのがわかる。


 ーーー急に風邪でも引いたんだな、うん。


 そこで、テラくんから視線をはずして今度は周囲を観察することにした。当初の目的からはずれるけど、テラくんを見て体調不良に陥ってしまうのならば、仕方がない。説明のつかないことを幾ら考えたって、無駄だ。合理的じゃない。ーーーうん、テラくんを見て風邪を引く、というのも合理的ではないのだけど。

 無理矢理、自分を納得させた。


 ※※※


 もう少しだけ息を整え落ち着いたところで、自分がいる場所ーーテントの中を見回してみる。

 まずテントと断定した理由は布の壁。入り口から一番遠い場所に、自分が寝ている簡易型のベッドが一つ。これ以外には、ベッドは見当たらない。足元の方には、布で囲まれた縦に長い箱形のナニか。その横に、テラくんが使用していた鞄。その横に、壊れてしまったボクの走行補助装置。そして、入り口と思われる、壁の一部が切り取られて遮られただけの布扉。

 最後に、ベッドの横へ目を向ける。

 簡素な棚の上に置かれた、透明な水桶。それに掛けられたタオル。ボクの血を拭ったからだろう。中の水は赤く濁っていた。そして、少し奥には、タオルとは別の物が置かれている。タオルと水桶で視界が遮られ、よく見えない。


「(うん?よく見えないな。布、に見えるんだけど……。もうちょっ、とで、見えそう、なんだけどーーー)ぐぬっ、ぬぬぬっ」


 よく見てみようと、テラ君を起こさないように、というか右手を動かさないように顔だけをずらそうとしてーーー。

 入り口を吹き飛ばす勢いで入ってきた誰かによって、その行為は邪魔された。


「まったく。ベガの姉さんもしつこいなぁ。頭が固すぎるんだよ。改良するにしても、実験をしなきゃあ始まらないだろ。アルタイルの兄さんならすぅぐ許してーーーんぉ?んぉお!?起きたんだな、おはよう『お姫様』!!」

「予感的中しちゃったよ……最悪だ……」


 灰色の長い髪を適当に結んだ少年が、ボクに最悪な情報を携えてやってきた。

 この少年には見覚えがあった。ボクに、氷壁型爆裂砲丸を渡してきた技術班の人間だ。ひどい目にはあったけど、おかげで助かった。

 そして、ボクはここで『お姫様』と呼ばれているらしい。テントの外に出る際には、やはり冷やかしの3つや4つ以上は覚悟しなければならないだろう。最悪だ。機械の中に埋もれて消えたい。

 項垂れているボクを興味深そうに観察する少年のすぐ後ろから、聞いたことのある声が少年を追ってテントへ入ってくる。声の主ーーーベガさんは、少年の行った事を咎めているようだ。


「お前の実験に付き合えば、コメルシアどころか第三地区が消し飛びかねない。そのような事態に陥れば、窮地に立たされるのはクレアール上兄だろう……。あぁ、起きていたのか、アルティ。騒がしくしてしまって、すまない。ーーーさぁ、アルビレオ。アルティに謝罪を。お前のせいで、彼女は死にかけたのだから」

「ベガさん……!良かった、生きていたんですね!」

「あぁ。君も、無事で何よりだ」


 ボクの声が外へ聞こえてきたのだろう。アルビレオと呼ぶ少年が入り口近くで立ち止まったために、中へとは入れず、入り口の布越しに挨拶をしてくれた。ボクも寝ている状態から飛び起きて、互いに生きていたことに安堵しあう。

 挨拶もそこそこに、ベガさんは再びアルビレオ少年へ声をかける。


「―――さぁ、アルビレオ。アルティに謝罪を。お前の研究は、確かに万人を救うかもしれない。だが、そのせいで」

「だーかーらぁ、あれを『お姫様』が使って死亡する確率はあの場にいた奴等よりも低かったんだよ!『お姫様』、ひ弱そうなのに何でだろうなぁ?」

「お前が今すべきことは謝罪であり、知的好奇心を満たすことではない。今すぐに行動しないのであれば、今後一切の研究、及び実験を禁止にする」


 ベガさんの放った最後の言葉で、アルビレオと呼ばれた少年はぐぅっと悔しそうに言葉を詰まらせる。そして渋々、ボクへと顔を向ける。ボクを正面から直視して。そして、視線をふいっと逸らしながら話しかけてくる。


「わかってるよ。ったく、おいらだって悪かったとは思ってるんだ。じゃないと、研究施設を出てきたりしないんだからさ。……悪かったよ、『お姫様』。エストレラの奴等はあの砲丸、威力を怖がって使ってくれなくてさ。外部から来た、なにも知らない『お姫様』なら、疑いもしないだろうと思ったんだよ」

「それはわかったから、ボクを『お姫様』って呼ぶの止めてくれないかな。そもそもボクは『男』なんだから、そんな風に呼ばれること事態嫌なんだよ。キミだって、自分が『お姫様』って呼ばれるのは嫌だろ?」


 ボクは自分の言葉に満足して、「どうだ!!」と言わんばかりのどや顔をアルビレオ少年へ向ける。しかしそんなボクを見て、アルビレオはお腹を抱えて笑い始めた。

 ベガさんがそれを聞いて、再びアルビレオに注意をしようと遂にテントの中へ入り込み―――。そして、そのままの状態で固まった。


「あはははははっ!!!おいおい、冗談言うのも大概にしろよ『お姫様』!」

「だからーーー!」

「だからな、()()()()()()()()()でそんなこと言われても、説得力がないんだよ。というか、なんで服着てないんだよ?」

「はっ……?」


 言葉を、失った。

 ゆっくりと、視線を下へと。顔を下へと、下げていく。

 自分の体が、一糸も纏っていないことがわかる。。

 微笑ましい程度にしか膨らんでいない胸も、もちろんそのまま。


「ふぇっ……!?なんっ……?」


 そういえば、違和感はあったのだ。ズボンを履いているのなら、包帯が見えるはずがない。そして、水桶の横に置かれた物が、今ならはっきりと見える。


 ボクの、着ていた服だ。


「どどど、どうして服、脱がされてるのっ!なんでっ!!?なんでだよっ!!!??だっ、誰だよっ!?」

「あはは、おいらに言われてもなぁ。ええっと、こういうのをなんで言うの、眼福?」

「黙れアルビレオ」


 硬直から戻ったベガさんが、アルビレオの頭を思いっきりぶん殴った。

 頭を抱えてうずくまるアルビレオを一瞥すると、初めて氷のような表情を崩し、申し訳なさそうな顔をして言葉を紡ごうとした。


 と、そこで。

 ーーー恐らく元凶であろうテラくんが、起きた。


「―――休眠状態から、覚醒状態へ移行。記憶処理、及び想起を開始。……処理が数段速くなっている。戦闘制限(リミッター)が解除された影響か……」

「おい」

「ーーーおはよう、アルティ 。良く眠れただろうか。昨晩、眠っている間に怪我は応急手当てを施した。服は、血で汚れていたため()()()()()()のだがーーー。む?」


 ベガさんの表情(かお)が強張り、再び固まった。

 アルビレオは笑い出すのを堪えてるように、口を押さえている。再び、ベガさんの無言の鉄槌が下されて、アルビレオは頭を抱えて痛みに悶える。

 ボクとテラくんは向かい合っていた。徐々に、徐々に、爪先から頭の天辺まで。赤くなっていくのがわかる。ワナワナと震え始めたのを知覚してから、キッ!とテラくんを睨みつけた。

 そんな視線を向けられた意味を理解出来ず、テラくんは首を傾げ、キョトンとした顔でボクを見る。


「み……み……」

「み?」

「見るなぁぁあぁぁぁあ!!!」


 振りかぶった拳は過去最高速を記録して、テラくんの顔に突き刺さすようにめりこみ、布扉を巻き込んで引き千切りながら、テラくんは外へと吹っ飛んでいった。


 後に、とても良い拳だったとテラくんは語った。

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