ghost78『僕達はダーク・バランス⑯』
不完全詠唱
それはようするに略した詠唱のことである。
例えば『スピットファイア』 なら、
『スピット・F』という具合で。
今夏枷遊華が詠唱したのはその究極である。
何度も見ている椎名冬空にも、
何の略かわからないし、
何度も使っている夏枷遊華にも、
何の略かわからない。
だが今現在、あの『ヘジテイト・B』に勝つには、
これを使うしかない。
逆に言えば、というか、
夏枷遊華はこれを使うことによって、
勝利を確信していた。
これを見切るのは簡単だが、
「これは絶対に対応しきれない攻撃」
「プラス」
「不可避の攻撃」
「さあ、私の本気を受けてみろ」
何か色々混ざり過ぎて気持ち悪い何か。
混沌どころじゃない。
しかし妙な頼もしさがあったりする。
「…」
「いいよ、私は対応できるし避けるから」
「因みにそれ、なんていう技?」
「…そうだな」
「【不健全燃焼】!!!」
「【ヘジテイトブレイク】」
少し前の彼女はこう呟く。
しのーっと
だって意味ないじゃんじんせーなんてー
人間から生きがいを取ったらこうなる。
何にもやる気が起こらない、
どころか何からも逃げられない、
ある意味世界で一番可哀想な人間に、
彼女はなっていた。
しのーっと
だって私生きててもしょうがないじゃーん
小学四年生の時。
駅のホームから飛び降り、
電車に当たるその瞬間。
潜在的に彼女の中に眠っていた魔法、
ヘジテイトブレイクが目覚めた。
ビーズで出来た結晶にぶつかると直ぐに、
電車は止まった。
へーすごいね
つまり私は死ねないんだ
普通の人間だった彼女は異能を知らなかった。
だから、普通なら普通に驚くはずだった。
しかし彼女はあまりにも捻くれており、
摩訶不思議な力より、
自殺出来ない事実の方に目がいっていた。
なら私はどうやって生きよう
そうだ、適当に生きよう!
「‼︎…」
適当じゃ無理だった…この人…!
ヘジテイトブレイクの防御速度を上回って…
私に3発も与えた…⁉︎
夏枷遊華は倒れる。そして考える。
一応師匠である薙紫紅の言葉を。
醜く足掻くというのは見苦しいことだ。
しかし俺はこう思う。
醜く足掻けない人の方がよっぽど見苦しいと。
勝てよ夏枷
…勝てなかった…でもまあ、 私は…
見苦しさから人を救えたんだ…
「…」
倒れた夏枷遊華は言う。
「紗里」
「貴様の本気を確かに見せてもらったぞ」
「ふゆりん」
「貴様の本気を見せてやれ」
「ユーカ…」
「なあに心配することは無い」
「致命的な欠点を貴様は既に見つけただろう」
「…」
え………欠点?
欠点!?何!??