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9.王立学院録 1

 夢を見ているのを知っていた。

 もう会えないひとの横顔があったから。

 青灰色の髪が風に靡く。

 

 ……守るよ。

 君を守るよ。

 たったひとりの家族だから。


 口癖のようにそのひとが言う。

 大きな掌が頭を撫でる。

 暖かさに嬉しくなり、顔を上げて呼び掛ける。


『■■■■■』






 ◆ ◆ ◆



「もう昼休み終わるわよ、リーナ」

「……うぁ?」

「休暇明けとはいえ、だらけ過ぎじゃないの?」

 リーナと呼ばれた少女は、ゆっくりと目を擦りながら上体を起こした。

 ぼんやりと友人の姿が映る。背景には少し騒がしい教室が見えた。


 ここは夢ではなく現実……。


 自身が通う王立学院の学び舎だと知覚し、リーナは周囲を窺う。

 ちょうど昼休みから戻って来た生徒たちが、慌ただしく次の授業に備えて支度をしていた。

 大きく伸びをしたリーナは、寝惚け眼で友人に相対する。

「うーん、ちょっと寝不足で……」

「遅くまで調べ物?」


 サビ王立学院でも専攻課程2年目クラスともなれば、時間に追われることも多い。特にリーナが属する研究科は、将来王国の要職を目指す学業優秀な人材の集まりでもあった。

「授業に支障が出るようじゃ本末転倒よ」

「そうなんだけど……不可抗力で」

 おっとりとリーナが言う。

 てきぱきと物事を進める性格が大多数を占める研究科にあって、リーナはやや感覚がのんびりしている。どことなく反応が薄いため、悪く言えば愚鈍そうに見られていた。

 研究科はただでさえ女子が少ない。稀少な者同士で切磋琢磨したい友人には、リーナのマイペースが時折度し難く思えるらしい。


「次の授業は法律なんでしょ? 貴女の専門分野じゃない」

「そうだねー」

「まったく張り合いないんだから。目指してるのよね、司法省」

「うーん、まあ……。ディタは技術省志望なのに、今期のコマ受けるの?」

「関連する法もあるから、理解しておく必要があるのよ。わからないところは後で教えなさいよね」

「わかったー」

 まだ少し眠たそうにリーナは答えた。



 



 リーナことシャルアリーナ・レインは大変地味な少女だった。

 身分だけ言えば伯爵家の令嬢であり、一人っ子のため跡取りの総領娘でもある。

 学業はそこそこ優秀で、基礎課程修了後の専攻課程は、高位貴族の令嬢にしては珍しく研究科へと進んだ。


 王立学院の頭脳集団に属し、身分のある令嬢という立ち位置にあっても、リーナはまったく注目を浴びない。

 容姿は良くもなく悪くもなく、敢えて言うならば、少し異国の血が混じっているような独特の顔立ちだ。平凡な黒髪をかっちりとアップにして、真面目そうな印象ながら、動作のひとつひとつにどこか隙があった。

 服装も質素で、周囲の殆どが貴族と認識していないだろう。精々が中流家庭の、ちょっとだけ勉強のできるお嬢さんという風貌である。

 セレブにもエリートにも埋もれて目立たぬ、譬えるなら豪華な庭の片隅に潜む雑草の花と言ったところか。


 ……それでいい。

 リーナにはひっそりと暮らす理由があった。


 友人のディタ・アルファは真逆で、同じ研究科でも突出している。

 成績は当然のようにトップを爆走し、男性官僚の牙城である技術省入りを目指し邁進している。気の強さが前面に表れたきつめの美人で、どこに行っても他人の目を引いた。

 彼女は平民ながら裕福な商家出身で、リーナとは身分の差を越えて話せる友人同士である。

 一般的には平民が伯爵家の者にタメ口を利くなどあり得ないが、学院の生徒のうちは別だ。身分による差別が皆無ではないにしても、貴族と平民が友好を温める少ない機会として交流は推奨されている。

 リーナの場合は周囲に貴族令嬢と知られていないために、注目されるディタに引っ付くオマケのような扱いだった。


 ディタ自身は貴族令嬢でありながら研究科を選んだリーナの才を買っており、ライバルとして認めている。

「それにしても、休暇期間の最後の日までそんなに遅くまで集中してたなんて、さすがね。予習にも手抜かりなさそうね」

「えー……ええと、うん」

 ディタの誤解した科白に、リーナは口ごもる。

 夜更かしで集中していたのは確かだが、彼女の思うような勉学のためではなかったからだ。

「違うの?」

「うーん……どちらかと言うと、復習、かなあ?」

「復習?」

「何だろう……他人ひとに教える、みたいな?」

「いいじゃない。教えると逆に自分の勉強になるのよね」

「だよねー」

 感心して頷くディタを横目に、リーナは密かに息を吐く。

 親友を誤魔化さざるを得ない気分は複雑である。



 どんなに親しい友人でも、迂闊には明かせない事情がある。

 リーナが学院の外で活動している仕事が、そのひとつだ。

 

 ぼんやりと、リーナは自らの白い手の甲を見た。

 通常では視認も感知もできない複雑な魔法印が刻まれているのを、当人だけは知っている。

 王国の印……法と治安を守る者、司法の要たる省庁の紋章だ。

 司法省を志しているはずの学生が、すでに司法省に籍を置いている。

 守秘義務を度外視しても、そんな事実を容易に話せる訳がなかった。



 レイン伯爵家の令嬢にして、サビ王立学院の一女子生徒。

 シャルアリーナ・レインの正体――。

 それは司法省調停局執行課に所属する黒衣の女、即ち執行係「黒羊」の世を忍ぶ仮の姿なのだ。

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