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8.婚約破棄された令嬢の依頼 8

「……嘘だ!」

「そんな……イブリス様」

 信じ難い面持ちで、イブリスもルルティエも愕然としている。

 侯爵家の後継問題に関して説明責任はないが、理由の一端を担った側として、黒羊は正確に伝える。

「こちらに赴く前に、侯爵家の本邸にお邪魔させていただきました」

「まさか、父に」

「お会いしました」


 廃嫡という言葉が信憑性を増していく。

 ガンダイル侯爵の第一子として生まれ、嫡男として大切に育てられたイブリスには、まだ認められなかった。婚約破棄騒動の際も、叱責こそ厳しく、表立っての援助は難しいと言われたが、最終的に父は嫡子たるイブリスの味方だったはずだ。

 ほとぼりが冷めるまで大人しくしていろと命を受けた、それだけのはずだった。


「私どもは、侯爵に支払い意思の確認を取ったまでです。ただ……」

 紅い唇が残酷に蠢く。

「もしご子息にお支払いいただくための資産が不足しているのであれば、今すぐ・・・にでも代替わりされて、侯爵位とともに財産をお譲りいただくよう、謹んでお願い申し上げましたけれど」

「……ち、父上まで脅したのか」

「あら、人聞きの悪い」

 悪びれずにおどけても、体のいい脅迫だと、もちろん黒羊も理解している。

 この国の法では、爵位を生前・・に承継させることはできない。謂わば相続財産の一種なのだ。


 ガンダイル侯爵は息子と我が身、或いは家全体を天秤にかけて、イブリスを切り捨てた。苦渋の決断であろうが、守るべき地位のある高位貴族であれば当然の選択だった。

「お父上もお選びになったのです」

「……ちちうえ」

 イブリスはがっくりと項垂れる。

 抵抗の意思を喪失したと見做して、銀狼は剣を引いた。

「では、地下のお宝をいただいていこうか」

「待って、銀狼」

 さっさと仕事を済ませようとする銀狼を、黒羊が制止する。

「どうした? 屋敷を処分するのはさすがに面倒だから、こちらの方がいいだろう?」

「それはいいのだけれど」

 黒羊の視線は、床に向かってぶつぶつと呟き続けるイブリスを通り越して、もう一方の当事者に向かっていた。


 請求金額は多くないが、ルルティエ・ディーバに対する処遇は決定していない。

 立ち上がれないでいる小柄な少女は、脅え切った表情で裁定を待っていた。

「残念ね。頼りの恋人がこの有様では」

「……あの、私……は」

 泣き崩れそうに見えても瞳を逸らさないルルティエは、清純な天使の外見に似合わず、なかなかに興味深い。黒羊は密かに思う。

「さて、ルルティエ・ディーバ」

 名を呼ばれ、ルルティエの肩がびくりと揺れた。

 黒羊は今一度選択を迫る。

「貴女はどうなさる?」


「私、は……」






 ◆ ◆ ◆



「なるほどねぇ」

 職務を終えて帰還した執行係の報告を受け、上司たる人物は穏やかに微笑んだ。

「滞りなく済んだようで何よりだよ」

「詳細は後日報告書にて」

 普段は不遜な態度の銀狼も、上司の前ではやや緊張を隠せない。

「ご苦労だった、銀狼。黒羊も」

「痛み入りますわ……殿下」

 黒羊も控え目に礼を取った。



 執行課は調停局でも特殊な、独立性の高い部署である。

 組織としては司法省の一支局の末端だが、命令系統を司法省最上位者の直轄とすることで、その指針は保証されている。


 司法省長官、王弟ハミル・エルハディル・サビ。

 法務大臣でもある彼が、執行係を束ねるボスであった。


 先日40歳になったばかりの王弟は、国王にも物申せる数少ない国政の中心人物のひとりである。

 王族に多い金色の髪は大分くすんでしまったが、若かりし頃から評判の端麗な面差しは未だ健在で、今でも貴婦人方に人気の高い王宮の憧れの君アイドルだ。

 怒ったことがないと言われるほど柔和な人柄の長官は、いつもの通り、のんびりと部下の報告を聞いていた。

「侯爵はお気の毒だったねぇ。可愛がっていた長男を失くして」

「まだご存命です。今後はわかりませんが」

「学院ぐらいは卒業できるといいけどなぁ」

「まあ、騎士になれば食い扶持程度の禄はございましょう。後は当人の意思の問題かと」

「そうだねぇ」

 うんうんと呑気に頷く王弟ハミルの声音には、一欠片の同情も含まれない。

 彼が温和に見えるのは、飽く迄も表面限りのことなのだ。


「ええと……それで。女の子の方だけど」

「ルルティエ・ディーバでしたら、分割弁済に応じました。学生のうちは少額ずつ親から借りて、卒業したら働きながら支払いを継続するそうですわ」

「別途、調停課で改めて記録を作成いたします」

「ふぅん、そう」

 少しの間思案すると、ハミルは机の上に肘をつき、両手を組む。

 何か思いついたように部下たちを見た。

「ちょっと考えたのだけど」


 ハミルの科白に二人はぎょっとする。

 この前置きは危険だった。大抵の場合、突拍子もなく前例のない発想が飛び出してくる。経験から察した部下たちは警戒を露わにした。

「そんなに構えなくてもいいじゃないか。大したことじゃあないさ」

 心外だとハミルは苦笑する。

「その女の子」


「どうせ働くなら、仕事を斡旋してあげようか」



<婚約破棄された令嬢の依頼~了>

次話より「王立学院録」


婚約破棄的なお話はいったん終了です

物語としては一区切りになります

次は学園ラブコメのようなそうでないような…

世界観や登場人物は変わりません

殺伐とした展開もまたございます

ご興味のある方は

続きもお読みいただければ幸いです

ありがとうございました

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