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3.婚約破棄された令嬢の依頼 3



 司法省の末端職員が利用する専用馬車に執行係「黒羊」が乗り込むと、すでに先客があった。


「……銀狼」

「やあ、黒羊」

 馬車の座席には、仮面を被った如何にも怪しい風情の男がいた。

 黒羊はベール越しに相手をちらりと見遣る。

 鬣のように流れる長い髪が、白い仮面に施された紋様と同じ銀色に輝く。背が高く、一見細身だが程よく鍛えられた身体つきで、均整の取れた体躯は役人よりも騎士に近いかもしれない。

 彼はその外見から仲間内では「銀狼」と呼ばれる、黒羊の同僚だった。


「ご令嬢はお帰りになったのか?」

「ええ。手続は済んだので」

 素っ気なく答えながら、黒羊は銀狼の向い座席に座り、馬車を出させた。

 執行係は職務を遂行する際、単独ではなく原則複数名で行動する規則がある。今回は、いや今回も彼が相棒なのだろう。



「アリアベル・ライトニア。ライトニア伯爵の長女で王立学院専攻過程履修生か。魔法科の優等生だな。最終学年か……卒業まで1年を切って醜聞に巻き込まれるなど、気の毒にな」

「手遅れになる前に相手の正体が知れて、良かったのではなくて?」

「確かに。彼女なら縁組など引く手数多だろうしな。すぐに嫁がなくとも、魔法省からお呼びがかかってるとも聞く」

「よくお調べだこと」


 完全防音の馬車の中で、二人はこれから赴く仕事の話をする。

 高位貴族である依頼人および執行相手の素性身分は、調査書を読む以前に相方も概ね把握していたようだ。

「ガンダイル家の馬鹿息子は騎士科か。貴族家の男子ではありきたりな進路だな。最終学年まで大した成績を残していない。まあよくいる輩だ」

「その他大勢、ね」

 鼻で笑う銀狼の物言いに重ねるように、黒羊もくすりと漏らす。


 才媛のアリアベルと比較して、現状、元婚約者のイブリスの評判は芳しくない。

 婚約破棄事件の以前であれば、そこまで低い評価は受けていなかっただろう。学生としては可もなく不可もなく至って平凡ではあるものの、家柄は申し分なく見た目もそこそこである。

 ところが何を血迷ったか、婚約中に他の女性に心変わりした挙句、恥も外聞もなく学院内で大っぴらにした。被害者であるアリアベルへの同情も相俟って、イブリスに向けられる視線はかなり冷たい。

 そもそも最終学年の現在まで特に素行も悪くなかったイブリスが、何故に突然身を持ち崩すような愚行に走ったのか。

 黒羊はもうひとつの資料を銀狼に渡す。

「ディーバ男爵……知らん名だな。娘の方は学院でそれなりに有名らしいが」


 イブリス・ガンダイルに課せられたものとは別に、ルルティエ・ディーバにも賠償の請求が為されているのは、アリアベルも言った通りだ。

 資料にはサビ王立学院専攻課程履修生で学術科所属とある。基礎課程を卒業したばかりの新成人で、王立学院という大きな括りから見れば後輩ではあるが、専攻分野も家格も異なるため、接点があるとは思えなかった。


「何でも天使みたいな美少女だそうよ。ディーバ男爵家については知らなくとも無理はないわ。辺境の、とても小さなお家らしいから。王都に邸宅もなく寮住まいのようね」

「気の毒なことだ。地方の小貴族の殆どは幼少時から故郷を離れ、滅多に親元にも帰れないとは」

「男爵位以上の家に生まれた場合、問答無用で王立学院への入学が義務付けられるのだから、仕方ないことでしょう。令嬢方には別の目的もおありだから、悲観するものでもなくてよ」

「結婚相手探しか」

「ルルティエ嬢も成人されたばかりで、さぞや張り切っていたのでしょうね」

「まあ学術科のご令嬢など、概ねそんなものだな。貴族の生き方のひとつだから否定する気はないが、よもや婚約者のいる男を掴まえるとは。不運というべきか」


 あらあら、と黒羊は皮肉っぽく言った。

「罰則をものともせず狙ったのかも」

「まさか、そこまで愚かではなかろう」

 銀狼は訝しがるが、疑わしいものだ。


 実際、今回の請求も不貞の相手であるルルティエのみに言及すれば、賠償額はさして大きくなかった。侯爵家が泥を被る羽目に陥っても、多少財産を減らし社交界での信用が落ちるだけで、下手な弱小貴族に嫁ぐよりずっと条件がいい。

 賢しくもそこまで計算したとすれば……いや、末端貴族の令嬢であれば、当然に考えたはずだ。

 お堅い婚約者がいる高位貴族の嫡男を手玉に取り、容易に道を踏み外させる。おそらくは結構な金品を貢がせているのだろう……少なくとも、調停で定められた賠償を踏み倒す決断をさせる程度には。

 清純な印象の美少女で、学院では「天使」とさえ渾名されるというルルティエ・ディーバ。実は侮れぬ相手かもしれない。


 黒羊はゆっくりと口端を上げる。

 歪めた唇は猛獣が滴らせる血のように紅い。

「さて、銀狼。行先は決まっていて?」

「もちろん」

 仮面の下の表情は見えないが、銀狼もおそらく黒羊と同じ心境であろう。

 獲物を喰らう前の高揚感に煽られながら、両者とも冷静に狙いを定めている。

「退路を絶たせてもらう」

「そうね、私も同意見よ」


「では……ガンダイル侯爵家本邸へ」 

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