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2.婚約破棄された令嬢の依頼 2

 サビ王国は大陸の西側に位置する王政国家である。西側は海、陸地は三国家と隣接し、経済的には交易に寄るが、農業漁業、織物産業など比較的均整の取れた発展を遂げていた。

 王都サビサには当然、政治の中枢がある。国政の主軸は国王と大臣、また有力貴族から成る議会にあるが、他にも幾つか独立した省庁が置かれている。

 そのひとつ、司法省に課せられた職務は法の守護と係争の調停である。法律を整備し順守させ、違反者に罰則を与えるとともに、個人または組織間における諍いを治めるべく介入する。

 司法省の下部組織である「調停局」は、特に後者に主軸を置かれていた。



 + + +



「ご存知の通り、執行課が依頼をお受けするには条件と取り決めがございます」

 調停局の一部署「執行課」の窓口として徐に説明を始めたのは、自らを「黒羊」と称する黒衣の女である。

 

 依頼者はライトニア伯爵家の令嬢アリアベル。彼女は先日、ガンダイル侯爵家の嫡男イブリスに、一方的な婚約破棄を言い渡された。

 婚約破棄だけであれば係争にもならず、当事者同士で速やかに合意に至った。ただ付随する賠償が膨大なため、公式記録を残すことを目的に、一度調停局に持ち込まれた経緯がある。

 ここまでは同局でも一般的に類する「調停課」の案件である。調停課には大小拘らず諍いの仲立ちを求め、国中から連日依頼が舞い込んでおり、婚姻や離縁に纏わる内容も少なくない。


 執行課はそれとはまた別の、調停局でも特殊な部署である。

 中でも特に異質とされるのは、世俗では「取立人」と渾名される、素顔や本名の秘匿を許された実行部隊だ。正式名称は「執行係」という。

 黒羊は装いから判る通り、その執行係であった。


 執行課は調停より先の、更なるトラブルを強制的に治めることを職責とする。調停課と比較すれば案件は僅少だが、その分人手も限られている。

 執行依頼者への面談と聴取は、調査係という専門員が行うのが常だ。折悪く、アリアベルが突然に執行課を訪れた際は人員が出払っていた。

 まさか高位貴族を門前払いする訳にもいかず、居合わせた黒羊がアリアベルの担当を引き受けたのである。


 接客など慣れぬ仕事ではあるが、黒羊はおくびにも出さず平然と説明を続けた。

「まず執行内容は調停課で当事者間が最終合意した旨の公文書『調停記録』に依拠すること。こちらは提出書類にも不備はございません。先程も確認させていただきましたが」

「はい。婚約破棄、名誉棄損、婚約中の不貞あわせて100万ネイの賠償を支払われる旨、ガンダイル侯爵子息と合意しております」

「それはまた随分と吹っかけましたこと。まあ侯爵家と伯爵家の揉め事でしたら妥当な線でしょうか。そして、もうお一方ですが……ええ、ディーバ男爵家のルルティエ様」


 黒羊は細い指で文書を捲る。

「不貞の件のみですね。3万ネイ」

「残念ながら、彼女の実家の資産状況を鑑みれば、その程度しか請求できないと調停課の判断です。わたくしも、イブリス様ほど彼女に咎があるとは思いませんでしたので」

 アリアベルは愛しい婚約者を奪った相手に対して判ずるには、落ち着き過ぎた声音で言った。



 サビ王国は周辺諸国よりも婚姻以前の異性間交流に於ける自由度が高い。反面、正式な伴侶への裏切りは罪深いものとされる。

 切っ掛けは、革新的な(ある意味では大分とち狂った)考えの持ち主だった何代か前の王が、貴族を含め全国民に対して定めた婚姻に関する法に端を発する。


 曰く、

「子どもを家や親の道具にしない」ために

「未成年の婚姻ないし婚約は許可せず」

「婚姻(正式な婚約)はすべて当事者同士の契約による」ものとし、

「婚姻に際して金銭の授受を一切禁ず」

 また、

「重婚は認められず」

「不貞は特に厳重な契約違反」と見做す。


 即ち、法律上は身分に拘らず愛し合っての結婚が可能となり、斯くしてサビ王国には自由恋愛時代が到来した――。


 ……と、容易に風習が移り変わった訳ではない。

 平民階層は兎も角、貴族間の婚姻に於いて家格が問われぬはずがなく、猫も杓子も構わず家に入れる訳にはいかない。結局は家同士で釣り合いが取れた男女が、自然と、或いは故意に結びつくよう周囲に仕組まれた。

 アリアベルとイブリスの婚約も同様だったのだろう。お互いに恋情がなければ、彼女の醒めた態度も納得がいく。


 黒羊は冷静に当事者の関係性を鑑みるも、特に興味も続かず本題を進めた。

「では、いったんは合意に至ったものの、結局は両者とも約定を違えたと」

「ええ」

「正当な理由があれば、支払い方法についての再調停、もしくは調停合意後の異議申し立て及び再審議も可能ですが……」

「後者の場合、原則非公開の調停ではなく、公開審議となる……でしたわね」

「よく勉強されていらっしゃる」

 的確な回答に、黒羊は感心する。

 さすがは王立学院でも秀才と名高い令嬢である。才色兼備を謳われる彼女は、成績でも容姿でも人望でも他生徒を大きく凌駕していた。

「依頼する以上、当然ですわ」

 矜持も相当なようだ。ガンダイル侯爵家のお坊ちゃんでは手に負えなかったのかもしれない、と黒羊は苦笑した。

 

「イブリス様、ルルティエ様ともに、期日になっても賠償をお支払いいただけませんでした」

 深い緑の双眸を少しだけ翳らせて、アリアベルは嘆息した。

「その後、再三の請求にも応じず」

「再審議をされるご様子も?」

「ございません。当然ですわね。公開となれば己の恥を晒すようなもの」

「支払い拒否の理由は何と仰っていましたか?」

「応じるに足る資産がないと」

「なるほど?」


支払えない・・・・・……ですか」

 黒いベールに隠れた表情がやや剣呑になる。

 一瞬の変化に、アリアベルが気づいた様子はなかった。

「確かにディーバ男爵家はあまり裕福でないようでしたので、ルルティエ様だけでしたらまだしも……イブリス様まで」

「ガンダイル侯爵が出し渋っているのですか?」

「侯爵家は、イブリス様は成人男子のため保護責任はないと、援助はされない方針だそうです」

「跡取り息子に対して随分と冷たいですが、まあ一応理には適ってますね。そうなると……差し当たってはイブリス・ガンダイル氏個人の資産を押収することになります」

 アリアベルは再び大きく息を吐く。

「資産はない、そうです」

「ない?」

 怪訝そうに黒羊が小首を傾げた。

「まだ学生に過ぎぬ身に賠償に充てるほどの資産はないと仰いました」


 言い訳にしても責任逃れにしても、厚顔無恥にもほどがある。

 すでにアリアベルは怒りを通り越して呆れ果てているようだった。

 末端貴族であればいざしらず、侯爵家の嫡子に資産を与えぬなどあり得ない。また、いったん譲渡された資産は親である侯爵と雖も簡単に取り上げることはできないはずなのだ。


「なるほど、なるほど」

 真紅の唇が半月を描く。

 何が愉快なのかと、アリアベルの瞳に不審が浮かんだ。

「あの……?」

「よろしいでしょう」

 黒羊はまるで気に留めない。

「執行は私が引き受けましょう」


「……では、手続の説明に移ります」

 戸惑う依頼者の心中は置き去りに、謎多き執行係は平然と告げた。

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