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18.天使は再び踊る 5

 リーナの眼差しの先には、ひとつの大きな人影があった。

 残念ながらルルティエは気がついていなかったが、こんな街外れで気配も殺さずに近寄って来る者がいれば、リーナは当然に察知する。相手が殺気も敵意も抱かなかったから、仕事を優先して帰り際まで放置していただけだ。

 人影は男の姿をしていた。

 年の頃は彼の王弟殿下と同じくらいだが、タイプは全く違う。見るからに巨体を持て余した筋骨逞しい大男である。服装や着崩し方から、どこかの商家か裏組織の用心棒と推測された。


「どうしましょう、黒羊さん。見られたみたいですけど」

「問題ないでしょう」

 狼狽えることもなく、リーナは男を見据える。

「……おっと失礼」

 見つかったのを知った相手は、のろのろと姿を現した。

「わかっていると思うが、俺はあんたらにどうこうするつもりはない。本来ならあんたらがお帰りになるまで待っていたんだ」

「どちらさま?」

「ウォルカ一家の雇われ者だ。トルスト・ズブロ」


「ここに来たのは、パッソウさんから倉庫と在庫商品を受け渡しいただくためだ」

 トルストなる大男は速やかに両手を上げ、逆らわない姿勢を見せる。ギルビル・パッソウとは異なり、図体や職業に似合わず、あまり粗暴さを感じさせない。

「要するに回収屋さんね?」

「ああ。もちろん本家の取立人に関わるつもりなんて毛頭ない」

 トルストは手を上げたまま頭を振った。嘘は吐いていないように見えた。

 どの道すでに他者に譲り渡された資産は、執行課の回収の対象外だ。邪魔をするのでなければ、特に咎めだても口封じも必要ない。


 リーナは即座に関心を失った。すぐさま回収品とルルティエを連れて帰ろうと、踵を返す。

「そう。ならばお任せしてよろしいわね?」

「あ、ああ。片づけはしておく」

「助かるわ。……では行きましょうか、白翼」

「はーい」


「それにしても」

 一度だけトルストに振り返りると、リーナは物騒な科白を吐いた。

「不幸な事故が立て続けに起こらなくて済んで、良かったわ」

 脅しの意味も込めて、残酷な笑みを見せつける。

「何しろここには発火性の高い品物もまだ残っているみたいだから、こんな倉庫など簡単に燃えてしまうでしょうし。心配ね」

「つ、通報する気か」

「どうかしら。違法製品を放置しておくのも気が咎めるけれど、それは私どもの仕事ではないの。適当に処分するようお願いしてもよろしいのかしら」 

「わかった。言う通りにする。勘弁してくれ」

 トルストは何度も頷いて恭順を示した。


 脅えた視線はずっとリーナの手に向かっている。トルストは何かを探るように、また警戒するように、黒いドレスの袖から伸びた細い指先を凝視していた。

「……何か?」

 無遠慮に眺められ、リーナは怪訝そうに問う。

 トルストはぎくりと身を強張らせた。

「い、いや……何でも。ただ」

「ただ?」

「た、大したもんだと思っただけだ」

 人間の腹を捌きながら一滴の血にも染まっていないリーナの手は、裏社会のならず者すら震え上がらせる程に白かった。

 ギルビルを屠った現場を目撃されていたと知っても、特にリーナは気に留めない。もし世間で吹聴するなら、それすらも取立人の箔になろうと開き直っている。

「ご覧になったの。お褒めに与り光栄よ」


「だが、まさか……」

 トルストは僅かに目を眇めた。

「取立人とはいえ、まさか司法省のお役人がその技・・・を使うなんてな」

「……何ですって?」

 ぴくりとリーナの指先が微かに震える。ベールの影が不自然に揺らめくも、トルストは気づかずに独白めいて呟いた。

「暗殺術の類だろう。裏社会でも使える人間はもういないって聞いていたのにな。そうだ確か、有名な回収屋の得意技……」


「ゼロアッシュ・テロルの――『腸喰らい』」






 そのときルルティエは、周囲の空気が凍てつくのを感じたと思った。

 或いは……不敵かつ余裕に満ち溢れた先輩の動揺を、初めて目の当たりにした。


「……ぐぁっ!!」

 余計なことを言ったトルストは、突然巨体を大きく飛ばされ、壁に背中から突っ込んだ。古い石壁を壊すかのごとく、大きな衝突音が響く。

 リーナは無言のまま手を翳し、握りつぶすように拳の形を変えた。

「ぐ……げ」

「黒羊さん!」

 明らかに執行課の仕事を逸脱している。ルルティエは呼び掛けるが、リーナは応えない。彼女の関心の赴く方向はただひとつだった。


「失礼、トルスト・ズブロ……だったわね」

 ルルティエを無視したリーナは、少しだけ魔法拘束を緩めると、歩を進めてトルストに近づいた。

 それなりに武闘派であるだろう大男も、魔法の使い手から繰り出された唐突過ぎる攻撃には為す術もない。自分よりも遥かに華奢な女の前で、だらしなく身を屈めている。

「なん……で」

「ごめんなさいね」

 暗く低い声音でリーナは謝罪の言葉を掛けるが、込められた感情は凍てつくように冷たかった。

「教えていただけるかしら、トルスト・ズブロ」

「……ま、待て。何を」

 依頼ではなく強制の圧力を肌で感じて、トルストは思わず身を震わせる。

 

「ゼロアッシュ・テロル」


 リーナは淡々とその名を口にした。

 先程トルストが迂闊にも語った暗殺術の使い手――裏社会で知られているらしい、回収屋なる人物の名前を。


のことを知っているのなら……すべて話してもらう」

【登場人物】

・シャルアリーナ・レイン…執行係「黒羊」

・ルルティエ・ディーバ…執行係見習い「白翼」

・ギルビル・パッソウ…パッソウ商会会長。死亡

・トルスト・ズブロ…ウォルカ一家の雇われ人

・ゼロアッシュ・テロル…名前のみ。有名な回収屋

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