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16.天使は再び踊る 3

 リーナとルルティエは馬車を下りると、ぼろ倉庫の入口へと向かった。

 来訪の理由はただひとつ、この場所に標的がいるからである。


「すみませーん」

 気安く可愛らしい町娘の声を作り、ルルティエが呼び掛ける。この手の芸は演技達者な白翼には適任である。

「すみませーん、パッソウ商会さん? どなたかいらっしゃいませんかー?」

 倉庫の持ち主である商会の名を出すと、内側から人が動く気配があった。入口の扉が僅かに隙間を見せる。

 慎重に外を窺う視線は、訪問者が女二人だと確認すると、やや警戒を解いた。


「誰だ、あんたらは?」

 隙間から不審気な誰何の声があった。

「あ、パッソウ商会代表のギルビル・パッソウさんですよね?」

「? 何だ、いったい。回収屋じゃねぇよな?」

「えーと、ある意味合ってます」

「何?」


 ドンッと大きな音がして、頑丈な扉がこじ開けられる。ルルティエが力任せに覚えたての魔法を行使したのだ。

 対象は扉――効果は衝撃と破壊である。

 ついでに入口にいた男も吹き飛ばしたのは、完全に副次的産物だった。

「……っ! な、な」

 倉庫の奥に身体を叩きつけられた痩身の男、パッソウ商会の長ギルビルは突然の暴挙に驚き腰を抜かした。

「どうもこんにちは。司法省調停局の者です」

 ルルティエは相手に構わず所属を名乗った。この辺りは自分の経験を十全に生かしている。


「執行課です」


「ラムダ商会さんから依頼がありまして、代理請求に来ました。どうぞよろしくお願いしますね」

「と、取立人!?」

 執行係が現れたと知り、ギルビルは例に漏れず蒼褪める。


 リーナは指導の観点からルルティエの補助に徹していた。執行係は複数で任務に当たるのが原則だが、一人前になるためにはある程度自力でこなしてもらう必要がある。

 ルルティエは書状を出して、パッソウ商会への請求を始めた。

「えっと、ラムダ商会さんの代理請求です」

「……何の話だかわからねぇな」

「賠償金のお支払い、いただいてないですよね?」

「関係ねぇだろ!! ああ!?」


 声音や佇まいから取立人とはいえ相手が若い女とみて、ギルビルの態度は強気に転じた。立ち上がり、怒鳴り声を上げながら近づいて来る。

 ルルティエは無論、柄の悪いだけの男には少しも動じない。

 掌に持っていた小指程度の木の棒を、手早く倉庫のざらっとした壁に擦り付け、悪態を吐くギルビルに向かって投げつけた。

「ぅあちッ!」

 棒は点火しており、ギルビルは思わず飛び退く。

「それの件なんですけど」


「ラムダ商会さんの登録商品」

 同じ木の棒を改めて懐から取り出すと、ルルティエはギルビルの前に突き付ける。親指と人差し指で摘ままれた小さな棒状の先端には、固めた練り薬が塗られている。

「最近開発された附木ですけど、もちろんご存知ですよね?」


 ルルティエが持参したのは、最近王都を中心に広まっているラムダ商会が発明した商品だった。

 軸木に付いている頭薬が発火性の物質で、擦ると容易に火が点けられる。火の魔法石や火打ち石の代わりとして流通し始めている。

「便利ですよね。火打ち石みたいに面倒じゃないし、魔法石みたいに高価じゃない。簡単に着火できてお手軽だったから、かなり売れたみたいで。おこぼれに預かりたくなるのもわかります。でも剽窃はいただけないですね」

「言いがかりだ!!」

 ギルビルは痩せた身体には似つかわしくないほど声を張り上げた。


「うちで売ってたのはラムダ商会とは関係ねぇんだよ!! 俺は悪くねぇ!!」

 唾を飛ばして主張するギルビルから、鬱陶しそうにルルティエは距離を取った。覆面では露骨に嫌な表情をしても見せられないのが残念である。

「ですよね? だって聞くところによりますと、かなり粗悪品を売ってたとか」

 ルルティエは懐からもうひとつ酷似した商品を持ち出した。

「見かけはラムダ商会さんのものとそっくりですけど、技術省の安全基準満たしてないみたいですね。正規品より発火温度が低い材料……えっと、黄燐でしたっけ? これ、さっきより簡単に点いちゃいます?」

「おい……やめろ、それは」

「やりませんよ? 有毒物質が発生するらしいじゃないですか。やだー」


 茶化しながら、ルルティエは思い切りわざとらしく、パッソウ商会の粗悪品をビルギルの鼻先に突き付けた。

「技術省がかーなーりおかんむりらしいですよ?」

 下手に逆らうと技術省にチクってやるという脅しである。相手が役所間の縦割りを如何に理解しているかは知れぬが、有効な追い詰め方だった。

「出頭命令が出てましたよね? ぶっちぎっちゃっていいんですか?」

「……ッ」

「技術省のひとたちも探してましたよ。さすがにこんな倉庫のことまで調べられなかったみたいでしたけど」

 ルルティエの態度は相手を舐め切っていた。

 取立人の手に懸かれば、巧く雲隠れしたつもりのギルビルを探し当てる程度は造作もない。そんな余裕を見せつけて、相手の戦意を挫く作戦である。


「……知ったことか!! いい加減にしねぇとしばくぞ、てめぇ!!」

「はあ。まあとりあえずご覧ください」

 慌てながらも虚勢を崩さないギルビルに、ルルティエは一呼吸置いてから徐に提示した。

「50万ネイ」

 書状を掲げ、大きな文字で書かれた金額欄をあからさまに見せつける。

「ラムダ商会さんにお支払いいただく賠償金です」

「ふざけんな!!」

「新商品の登録から3年以内の同型類似品製造販売については、使用料として売上の1割を申請元に支払うべし。仮にも商売をやっていれば、誰でも知ってる法律ですよね?」


「未払い使用料および粗悪品流通による風評被害の賠償として、50万ネイ」

 耳を揃えてお支払いいただきます――ルルティエはきっぱりと告げた。

【蛇足的設定補足】

正規品…硫化燐マッチ

違法品…黄燐マッチ

みたいなイメージで書いてます

(飽く迄ファンタジー世界の商品です)

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