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13.王立学院録 5

「申し訳ございません」

 あまりにも場違いに微笑んだうえ口先だけの謝罪を述べるリーナに対して、令嬢たちはたじろんだ。

 責められて泣きこそすれ、笑みを浮かべるなど完全に予想外だったからだ。

「何よ、謝ったって……」

「私、寡聞にして存じ上げなくて」

 表情に反して僅かも笑っていない眼光は、生贄の羊ではなく、皮を被った狼のそれである。令嬢の多くは知らず寒気を感じて身を抑えた。

「本当に申し訳ございません。まったく知りませんでしたわ」

「何を……」

「まさか皆様が、人民省にお勤めだなんて、思ってもみませんでした」


「は?」

 唐突に役所の名前を出され、令嬢たちは目をぱちくりさせた。何を言われたか理解が追い付かないようだ。

 懇切丁寧に解説する親切心など持ち合わせぬリーナではあるが、気の毒なので認識可能な程度には噛み砕いて言い直す。

「あら、戸籍管理局で結婚許可証を発行するお仕事をなさっているのでしょう?」


 要するに、ただの皮肉である。

 いったい自分たちに何の権限があって、結婚を許さないだの認めないだのとほざいているのか――。

 リーナは令嬢たちに真っ向から喧嘩を売ったのである。


「な……」

 数秒あれば、さすがに誰でも嫌味だと気づく。

「何なの、貴女! 生意気な!」

「信じられないわ!」

「こちらが親切に言ってあげたのに!」

「……それは失礼」

 一転してヒステリックになった喚き声を、リーナは鼻で笑う。格下認定した相手の反攻に、女子の集団はむきになった。

「この……!」

 一人の令嬢はリーナの服の胸倉を掴んだ。一人の令嬢は中庭の小石をぶつけようと拾い上げる。淑女の嗜みについて小一時間説教をしたいほど野蛮な振舞だった。


 その程度であれば子どもの児戯である。

 だがもう一人、頭に血を昇らせた令嬢が果物ナイフをポケットから持ち出したとき、さすがにその場にいた全員の血の気が引いた。

「……ないわー」

 低次元のやりとりでここまで冷静さを欠くとは、堪え性がないにも程がある。

 リーナは鼻じろんで、ナイフを掲げる令嬢と向き合った。

「な、何よ。ちょっとそのお顔に傷でもつけてあげるわ。ただでさえパッとしないんだから、醜いお顔ではもう殿下にお会いできないでしょ」

「仰る通りもとから大した顔じゃありませんので、傷の一つや二つ、別に気にしませんけれどね」

 内心で嘆息すると、リーナは焦りもせず密かに攻撃の準備をする。

 穏便に治める段階は過ぎている。そろそろ正当防衛が認められてもいいはずだ。


 リーナは視界の範囲で僅かに魔法を発動する。

 学院敷地内には警備と魔法科生徒への戒めのため、監視結界が張り巡らされている。無闇に魔法を使用すれば引っかかる虞があるが、気づかれない程度の匙加減をリーナは心得ていた。


 魔法の標的は中庭の小さな平たい石に置く。

 動作は浮遊と回転――それを高速で動かす。

 照準は令嬢の足、それも足の腱に狙いを定める。


「……っ!?」


 一瞬だった。

 誰の目にも留まらぬ速さで、小石が飛んで令嬢の腱を切る。

 令嬢が身体を崩し倒れ込む。

 辺りには血飛沫が飛んだ。


「きゃあああああ!」


 けたたましく悲鳴が上がる。

 人払いをしていた中庭だが、もはや周囲には隠せないだろう。

 後日咎められる可能性はあるが、今日のうちは学院側に拘束されるような事態は極力避けたい。リーナは混乱を利用してその場から逃げた。



 + + +



「以上、報告です。問題のお嬢さん方も事実が知れれば自分が不利だと自覚していて、お喋りの最中に転んで運悪く足を切っただけだと主張してます。学院側も事故で処理すると」

「ご苦労」

 シルヴィは学院で起こった出来事を適宜カンパネルに報告させていた。

 特に王子の結婚相手候補に関しては、側近自身が興味を持って観察している。

「何と言いますか……」

 カンパネルは複雑そうな表情で口ごもる。

「何だ?」

「顔色も変えず平然と他人に攻撃できる冷徹さは置いておいても」

「正当防衛だろう?」

「まあ、それはいいとしても。……なんで魔法科じゃないんです、シャルアリーナ嬢は?」

 遠巻きながら、目敏くリーナが魔法を使った場面を目撃したカンパネルは、当然の疑問を口にした。

「あんな微かな発動で、動いている対象に狙い通り命中させるなんて、並の精度じゃないですよ。相当魔法を使えるんじゃないですか、彼女」

「見抜くお前も大したものだが」


 リーナの魔法は周囲の誰にも悟られぬよう注意を払って使用されたはずだ。

 学院の監視結界にも触れず、魔法科の教師や生徒にも気取られない。

 その場にいたのは学術科の生徒だけなので、リーナが何かしたと気づいた者は皆無だろう。

「確かに、彼女には魔法の才がある」

「ええ。魔法科に進まなかったなんてあり得ないですよ」

「いいや」

 シルヴィは否定する。

 魔法は才能による。才能があれば貴族でも平民でも拘らず魔法科に進むのが定石であり、既定の進路ではある。無論、当て嵌まらない人材もいる。

「彼女はわざわざ改めて魔法科で学ぶ必要がないのだろう」

「……それって」


 学院の専攻課程以前に魔法技術を習得している。

 で、あるならば――シャルアリーナ・レインの育った環境は、通常の貴族はおろか、どこの一般家庭でもあり得ない。

 嘘寒い事実に慄き、カンパネルは主君の端麗すぎる横顔を凝視する。



 長い沈黙の後、カンパネルはふと思い出したように言った。

「……あ、そうだ。魔法科といえば」

 わざとらしさはあるものの、空気を読んでシルヴィも話を変えるのに加担する。

「どうした。他に事件でもあったか?」

「いえ、そんな騒ぎあったら即伝わってるでしょう。単にひとつ、報告が遅れていたことがあるだけです」

 カンパネルは書類の束から一枚の報告書を差し出した。

「ある女子生徒が休暇明けに学術科から魔法科に転籍しています。殿下の求婚騒ぎであまり話題には上らなかったようですが」

「転籍とは珍しいな」

「生徒の名はルルティエ・ディーバ。ご存知でしょう。あの婚約破棄事件で噂になった『天使』のお嬢さんですよ」



<王立学院録~了>

次話より「天使は再び踊る」


お読みいただきましてありがとうございます

次は取立人話に戻ります

頭脳戦ではないです

途中暴力的描写がありますので

ご注意ください

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