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12.王立学院録 4

 夕刻、シルヴィがようやくリーナを私室から解放すると、入れ替わりで王子の側近が入室した。

「失礼します」

「……ああ、カンパネルか」

 カンパネル・ブライドはシルヴィの乳兄弟で、幼い頃から傍近くで仕えている人物だ。ちなみに、彼の親は早逝したため、学生の身でありながらすでに子爵位を継承している。


「くくっ」

 珍しく声を立てて笑う主君を見て、カンパネルはやや怪訝な表情を浮かべた。

「何ですか、気色悪い」

 気心の知れた側近は王子相手でもまったく言葉を飾らない。

「レイン伯爵のご令嬢に振られたんですか」

「誰がだ」

 シルヴィは外面をかなぐり捨てて、剣呑な態度でカンパネルを睨む。

 主人の本性を熟知して慣れっこな側近は痛痒にも感じず、平然とあしらった。

「ちょっと賢いお嬢さんなら、いきなり結婚なんて言われて、不審に思わないはずがないでしょうに」

 

 確かに、とシルヴィは同意する。

 リーナの反応は今まで会った令嬢とは一線を画していた。

「警戒された」

「あからさまに怪しいですからね」

「煩いな」

 リーナが少しだけ見せた、黒曜石の瞳に宿る理知の光を思い出し、シルヴィは愉快そうに笑う。

「しかし……やはりあれが本性か」

 学院では大人しくしていたい様子のリーナだったが、こちらの思惑を図り、早々に対応を切り替えてきた。含みだけ持たせて明確な回答はまだしていないが、求婚を取引と断じる発想は彼女らしい。


「いいな。そうでなくては」

「どうしてシャルアリーナ嬢なんです? 貴族階級でも優秀な女子生徒なら、他にいらっしゃるでしょう。それこそお話のあったライトニア伯爵令嬢ですとか」

「気に入らないのか?」

「個人的に存じてはおりませんから何とも。ただ、言っちゃあなんですが、控え目というか地味過ぎやしませんか」


 カンパネルの評は尤もだった。

 第三王子は現王族の中でも特に容姿に秀でており、光り輝くという形容詞が似つかわしいほど存在感がある。横に並ぶパートナーには、せめてもう少し美しさや華やかさを求めたくなるのは、一般的な感覚だろう。

「問題ないだろう? 頭が悪い女も散財する女も嫌いだからな。レイン伯爵家は彼女同様まったく目立たない家だが、裏を返せば下手な派閥関連の面倒もない」

「そんな理由とは思えないご執心ぶりですが?」

「内緒だ」

 側近の指摘に、シルヴィは煩わしそうにして答えなかった。現状では、なぜ彼女を見初めたかなど、説明するのも面倒なのだ。

「まあ、いいですが。伯爵家の方でしたら、お相手の身分としては許容範囲ですから問題ありません」


「ただ……」

 やや真面目な面持ちで、カンパネルは懸念を口にする。

「そう思わない面々もおりますよ」

「だろうな」

「ご承知でしたか。まず学院のお嬢様方、要するに殿下のファンの皆さんですね」 

 その身分と外見からシルヴィを慕う令嬢は多く、中には熱烈な部類も少なくない。過激な行動に出る者もいるのではないか、とカンパネルは純粋にリーナの身を案じた。

「問題ない」

 シルヴィの返答は素っ気ない。

 しかしそれは、心配していないのではなく、する必要がないと理解しているからだった。

「その程度で傷つけられる女ではないからな」



 + + +



 噂が定着して数日後のことである。

 大方の予想通り、リーナは第三王子のファンを標榜する女子生徒たちに囲まれる羽目に陥った。


 いや、彼の人気を考えると大分動きが遅い。休暇明けで新しい授業が始まったのと、糾弾の対象が自分たちとはやや縁遠い研究科の生徒だったからだろうか。

 リーナは放課後、10人ばかりの令嬢に捕まり、中庭に連れて行かれた。周到に人払いをしているらしく、他の生徒の姿は見えない。

 今日は仕事があるから手短に済ませられるだろうか、と悠長に構えながら、リーナは抵抗せず状況を受け入れる。


「殿下とのお話をおうかがいしたいの」

 中庭に着くと、令嬢方のボス格と思われる女子生徒が、表向きは落ち着いて話を始めた。

「わたくしたちは心から殿下をお慕い申し上げてるわ。だから、殿下がお選びになったのなら、お二人の幸せを祈ることはやぶさかでないの」

「はあ……」

「もちろん、殿下に相応しい方であったなら、ですけれども」

 口調は丁寧だが、表情は剣呑である。

 騒ぎ立てるのでなく陰険な性質なのだろう。あからさまに非難するタイプより狂信的な匂いを感じ取り、リーナは面倒な事態に辟易する。


「正直申し上げますと、ねえ?」

「そのお顔立ちでは、明らかに見劣りなさりますでしょう?」

「お召し物もちょっと……」

「お恥ずかしくなくって?」

「伯爵家とは言っても、聞かないお名前ですわね」

「女だてらに学問を修めるなど、如何かしら」

「いえいえ、学業に秀でていらっしゃるのは立派なことですわ。まあ、ライトニア伯爵家のアリアベル様でしたら、成績も素晴らしいうえに容姿にも優れておりますのに」

「あの方でしたら、貴族の見本のような存在ですものね」

「それに引き換えシャルアリーナ様は、どうして平民に混じって……ああ、そういえばお生まれが」


 次から次へと中傷の言葉が投げつけられる。内容よりも甲高い音声が聞くに堪えず、リーナは右から左へと受け流した。

 相手が飽きるまで放置するのも、なかなかに苦行である。名も知らぬ、知る必要すら覚えぬ令嬢たちの発言を数えるのも鬱陶しい。

 女子生徒たちは侮り切った目でリーナを見ていた。集団に逆らう術などない格下の相手だと、自分たちの物差しだけで判じている。

「ねえ、シャルアリーナ様」

 ボス格の令嬢は、もはや底意地の悪い笑みを隠さずに言った。

「悪いことは申しませんから、ご辞退なさいませ」

 周囲の令嬢らも揃って頷く。

「わたくしたちは、許しません」

「……はあ」

「貴女が殿下の結婚相手だなどと、到底認められませんわ」


 まったくどうでもいいと思いつつ、リーナはやや苛立つ。

 つまらぬ輩の誹謗も貴重な時間を奪われた迷惑も、正直些末事でしかない。しかし気にしないからと言って、唯々諾々と従ってやる義理はないのだ。

 そう、リーナは少し――ほんの少しだけ腹が立っていた。

 だからわざと、険悪な場に不釣り合いなほど明るく朗らかに、にっこりと笑って見せた。

【登場人物】

・シャルアリーナ・レイン…主人公。通称リーナ。伯爵令嬢。学院の研究科

・シルヴィ・クロゥディル・サビ…王国の第三王子。騎士科

・カンパネル・ブライド…第三王子の側近。子爵

・ディタ・アルファ…商家出の娘。研究科

・モブ令嬢たち…学術科の女子生徒

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