表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

1.婚約破棄された令嬢の依頼 1



「君との婚約を解消させてもらいたい」


 婚約者の一方的な物言いに、ライトニア伯爵令嬢アリアベルは、良家の子女らしからぬ仕草で険しく眉を顰める。

 日中昼時の王立学院食堂内などという衆人環視の中、あまりにも無礼な振舞である。自分が婚約したガンダイル侯爵家の跡取り息子イブリスはここまで愚かだったかと、頭痛を通り越して眩暈がした。

 おまけに、イブリスの傍らには愛らしい後輩の少女が佇んでいる。名は忘れたが、どこぞの男爵家の令嬢だったはずだ。赤みがかった金色の巻き毛と菫色の瞳が印象的な少女で、一部の男子生徒から人気が高いと噂されていたように思う。


「ごめんなさい、アリアベル様。私は……」

「大丈夫だ、ルル。君は僕が守る」

「イブリス様……」


「仰られている意味が解っておりますか?」

 アリアベルは軽蔑の眼差しで婚約者を見た。

「ああ。申し訳ないが、僕は真実の愛に出会ってしまったんだ。思えば、君との婚約は間違いだった。愛も知らず、主体性もなかった過去の自分が恥ずかしい」

「はあ……?」

 恥ずかしいのは同意だが、間違いはこちらの科白だ、とアリアベルは冷ややかに思う。


 幼い頃からの知己で、家格も釣り合う。親同士も仲が良い。特に嫌いではなかったから、婚約可能年齢の15歳になったとき、周囲の薦めに流されるまま縁を結んだが、どうやら選択を誤ったようだ。

 このサビ王国では実質はともあれ、表向きは貴族階級でも自由恋愛が許されている。婚姻前に何人恋人が変わろうとも男女共に咎められない。

 ただ、正式に婚約まで至っていれば別だ。そして、正式な婚約ないし婚姻後の不貞は逆に罰則が厳しいのを、彼は知らないのだろうか。


「お話はわかりました」

 怒りを押し殺した低い声音に、イブリスもルルと呼ばれた傍らの少女もびくりと身体を怯ませる。

 アリアベルは意に介さず淡々と続けた。

「正式なお申し入れは賠償のお話をさせていただいた後に承りましょう」






 ◆ ◆ ◆



 ――数ヶ月後。

 とある事務所の一室では、次のような会話が繰り広げられていた。



「ああ、そういえば少し前に話題になりましたね。サビ王立学院の婚約破棄事件」

 黒いベールの女はアリアベルを前にして、紅い唇の端を僅かに上げた。

「なるほど、貴女がライトニア家のアリアベル様」

「ええ」


 やや緊張した面持ちでアリアベルは肯く。

 応接セットの対面に座る女が黒いドレスの裾に覆われた腕を伸ばして、アリアベルが持参した書類を指さした。

「婚約破棄の賠償金および衆目に晒された名誉棄損の賠償金……さらに婚約中の不貞に関する賠償金。以上の3件でよろしいですか?」

「相違ございません」


 しっかりと、また毅然とした返答に、女は満足したようだった。

 アリアベルから見て、女の容姿も素性もわからない。黒い布で髪をすっぽりと覆い、黒いベールで顔を隠す。ぱっと見は全身黒ずくめの得体の知れない女だ。

 唯一唇を彩る真紅が異様に妖艶で、箱入りの貴族令嬢など雰囲気に呑み込まれそうだった。

 己の矜持にかけて堪えると、アリアベルは相手を真っ直ぐに見据える。

「それで、お受けいただけるのでしょうか……ええと、あの」

「失礼」

 黒衣の女もベールの奥からアリアベルに視線を返した。


「私のことは『黒羊』と。規定により名を明かせないためお許しください。ええ、この件は執行課がお預かりいたしましょう」



 司法省調停局執行課。


 その日、婚約破棄された令嬢が叩いた扉の名称である。それはこのサビ王国の、治安の一端を担う組織のものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ