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私とアイザック

 四人目は弟のアイザックです。燃えるような赤毛の少年で、私の一つ下の16歳。こんな状況になる前まではとても良い子でした。


「アイザック、また来たの? あなたにはここはまだ早いわ」


 すっかり別人のように黒くなってしまった幼馴染や、物騒な計画を話して聞かせる人々とは違う意味で私はアイザックの訪問に怯えていました。

 本来なら、未婚の淑女である私はここ存在すら知ることもなかったでしょう。

 しかし、今の私は公爵令嬢ではなく、ただのライラ。娼館で暮らしているライラという少女にすぎません。

 ここで暮らしていたら、ここにいる他の女性とも話す機会があります。皆が皆、ここにいる理由があって、ほんの少し家族に恵まれていたおかげで私は彼女たちのように働かないですんでいるのです。

 私に会う為とは言え、弟がこんな場所に来ることが嫌でした。ここはまだアイザックには早すぎます。弟の健全な成長の為にも出入りさせてはいけないと思うのに、アイザックは来るのです。私をここに隠してくれた弟には悪いと思いますが、本当に来て欲しくありません。


「大丈夫だよ、姉上。誰も変だって、思わないって。現に兄上は俺に何も言ってこないよ」

「それは気付かないから言ってこないだけでしょ?」


 シルベン王子の愛人の関心を取るのに必死で。


「どっちも同じだよ。気付いていて言わないのも、気付かないで言わないのも」


 私が言わなかったことに気付いた上で呆れたようにアイザックは言いました。


「屁理屈、言わないの」

「だって、姉上がこうして身を隠している必要があるのも、兄上のせいなんだろ? 俺、納得いかないよ。姉上がどうして勘当されて身を隠さないといけないのか、わかんないよ。姉上がいるっていうのに、浮気して姉上をこんな目に遭わせているシルベン殿下なんかこの国の王に相応しくないよ」

「アイザック! 言って良いことと悪いことがあるのよ?!」


 いくらここが娼館の人気のない最奥の部屋とはいっても、隣りの部屋や扉の外で誰が聞いているかわかりません。ホアン様やアルフレッド卿なら聞きとがめられてもご自身でなんとか対処できますが、公爵家の次男でしかない弟には無理な話です。


「悪いけど、俺は自分が悪いなんて思っていないよ。悪いのはシルベン殿下だ。姉上にあんな真似をして、ただですませてやるわけにはいかないよ」

「アイザック、あなた何をするつもりなの?」


 アイザックが何かしでかさないか私は心配でたまりません。


「姉上。俺は俺にしか出来ない方法でシルベン殿下たちに姉上にしたことの償いをさせてやる」

「あの中にはお兄様だっているのよ? お願い、やめて。アイザック」


 兄弟で争う家もありますが、それは自家の権力が安定していると思い上がった結果でしか起きません。アイザックが兄と争った為に我が家が陥れられるきっかけになったなんてことはあってはいけません。


「そんなの関係ないよ。姉上が勘当されたのは兄上が手を回したからだろ? なんで兄上だけ、許してやらないといけないんだよ。同罪どころかシルベン殿下たち以上に罪深いじゃないか。おかげで姉上はこんなところに隠れていなきゃいけない。俺が気付かなかったら、今頃姉上はどうなっていたことか」


 そうでした。家を追い出された私をここに隠してくれたのはアイザックでした。

 まだ子どもであるアイザックがこんな場所を知っているわけはなく、突然屋敷を飛び出して行ったアイザックの後を追って来た使用人がここに連れて来てくれたのです。ここならアイザックが出入りしても不審に思われず、身を隠せて安全だからと。

 その言葉を信用してはいけませんでした。

 アイザックは毎日のように私に会いに来ます。娼館通いの噂が立って、弟に放蕩者の評判がつかないか心配ごとが増えます。


「ありがとう、アイザック。あなたのおかげで助かったわ」


 一応、お礼を言います。アイザックがいなければ、ここに連れて来てくれた使用人が私を本当に娼館に売っていた可能性もありましたから。


「姉上が許しても、俺はあいつらを許さない。チェスターと一緒にあいつらに追い詰めてやる」


 私とチェスター様が幼馴染であるように、弟もチェスター様の幼馴染です。チェスター様のほうが歳上なのだから呼び捨てにしてはいけないと口を酸っぱくして言っても、アイザックはチェスター様を呼び捨てにします。


「やめて。危険なことはしないで」

「危険なことなんか何もないよ」

「でも、アイザック。相手は王族なのよ? 危険だわ」


 今は可愛らしくない態度ばかりとっていても、アイザックが可愛い弟であることは変わりません。シルベン王子相手に何かすれば、王族に対する不敬罪で処罰を受けてしまいます。


「あー。姉上は知らされていないのか。チェスターもわざと教えなかったのか?」

「知らされてないって、何を?」

「俺さ、王子として迎えられるそうなんだよ。シルベン殿下があれだろ? 代わりに王位に就く人物が必要だからって、俺が選ばれたみたいなんだ」

「? どうして? 王女様と結婚することになったの? でも、婚約者のいない王女様はまだ幼い末の王女様だけでしょう?」

「王女様とは結婚しないよ。んー。実は俺、王様とお妃様の息子らしいんだ。シルベン殿下と王位を争うのは良くないって、養子に出されていたみたいだけど、シルベン殿下の代わりに王になって欲しいんだとさ」


 ?!!!


「アイザックがディアナ様の息子?! 私の弟じゃなかったの?!」

「そうなんだよ、驚くよな。と言うことで、俺が王子になったら姉上と結婚してあげるよ。そうなれば、姉上がこんなところに隠れている必要なんかないしね」


 幼い頃からアイザックは私と結婚すると言っていましたが、それは弟が慕ってくれているだけだと思っていました。

 アイザックが兄弟でなかったなんて・・・。

 そして、未だにあの戯事を望んでいるなんて・・・。


 数日後、ショックから立ち直れないまま、私はここを出ることになりました。迎えは私に戦慄の日々を与えてくれたあの方々でした。

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